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幕間 ある悪役令嬢の奇妙な物語
閑話 悪役令嬢奇譚1
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ニブルヘイムは後に女王ヘルの名を取って、ヘルヘイムと名を変える。
人々は彼の地をこう呼ぶ。
冥府、冥界、冥土、地獄と……。
地方によって、その名は変われども意味合いは変わらない。
ニブルヘイムは言わずと知れた辺境の中の辺境の地である。
北の辺境の地としてはヨトゥンハイムが知られているが、その差は歴然としている。
単なる辺境と俗界と隔たれた異界として扱われるのは訳が違うのだ。
即ち、流刑の地である。
重罪を犯した者はすべからく、ニブルヘイムへと送られた。
ニブルヘイム着はあってもニブルヘイム発は存在しない。
死罪と変わらない片道切符の旅の行先こそ、彼の地なのだ。
ここに興味深い事実が一つある。
彼の地に送られる者は冤罪の可能性が非常に高いのだ。
ニブルヘイムが流刑地として、世界にその名を広く知られるきっかけとなった事件がある。
かつて、ゲメトー王国という名の小さな国があった。
長い歴史を持つ国で脈々と受け継がれてきた王家の血筋は貴きものとして、扱われていた。
己が国に取り入れようとする大国が後を絶たなかったのは血統も理由ではあったが、国土は狭いものの希少な鉱石を産出していたことも大きかったのだ。
しかし、この国は長く、独立を保ってきた。
これは歴代の王だけでなく、国を構成する貴族や官僚にも有能な人材が多かったからとも言える。
時に卑怯、卑屈でありながら、尊大。
蝙蝠と呼ばれるほどに大国の間でパワーバランスを保ってきたその手腕には見習うべき点があると後世の歴史書にも記されているほどである。
ところが何事にも終わりは訪れるものだ。
その引導を渡したのが直系の王族であり、最後の王となったヒューバート・ロー・スデズクである。
ヒューバート王は王太子時代、王立の学院において剣術にも学業にも優れた成績を残した優秀な王太子という評価を得ていた。
また、幼い頃に婚約を果たしたアグネス・クリスティン・ジョーレー侯爵令嬢も才色兼備なだけではなく、人格的にも非常に優れた女性として、知られていた。
彼女には学院卒業後に王太子妃となることが確約されていたのだ。
しかし、王太子という地位に二枚目の舞台俳優もかくやというほどに甘いマスクの美男子である。
ヒューバート王は優秀ではあるもののお世辞にも品行方正とは言い難い男だった。
学院に通う女生徒に彼から、声がかからなかった者はいないというくらいにお盛んな男である。
彼にとっては一夜限りの相手に過ぎない者の容姿は些細な要素に過ぎなかったようだ。
不幸中の幸いなのか、これだけ種を蒔きながら、後の世にも御落胤を称する者が現れなかったことから、実はヒューバート王は種無しではなかったのかという学説も提唱されているほどである。
これだけ、浮名を流す婚約者を前にしてもアグネスはまるで聖母のように慈愛をもって、ヒューバート王に接していたと伝えられている。
ここで思いもよらなかったことが起きた。
一夜限りの愛の行為に溺れていたヒューバート王がとある令嬢に一目惚れをする。
ヒラリー・ド・インデス子爵令嬢である。
インデス子爵家は貴族としてよりも商家として、知られた家柄だ。
元々、他国の伯爵家だったものが亡命し、零落していたところ、商才に長けた者が偶々、当主となって商いに成功した。
インデス商会は御用商人として取り立てられるなど、躍進が目覚ましかった。
そのインデス家当代の当主トバイアスは穏健派で実直な人物だが、子宝に恵まれず、夫婦相談の上で公認の愛人に産ませた庶子がヒラリーだった。
トバイアス夫妻はヒラリーがインデス家の血を引くと信じて疑っていなかったようだが、歴史家の中でも議論が白熱するところである。
(ヒラリーがトバイアスにも先祖にも似たところがまるでなかったと言われている)
アグネス・クリスティン・ジョーレーを気高き薔薇に例えるのであれば、ヒラリー・ド・インデスは可憐な月見草に例えられる。
だが、それは大きな間違いである。
ヒラリーは食虫植物だったのだ。
実に彼女は狡猾だった。
ヒューバート王に近づく為、健気で地味なヒロインを演じた。
このヒロインというのは当時(現代にも綿々と受け継がれているが……)流行していたロマンス小説に登場するとにかく愛される主人公のことだ。
小説を踏襲し、ヒューバート王の心を篭絡したヒラリーはやがて、本性を露わにした。
ヒューバート王に婚約破棄するように唆し、学院の卒業パーティーという晴れの舞台でアグネスに悪役令嬢というレッテルを貼ったのである。
小説のヒロインは愛らしく、誰からも愛され、誰も憎まず、敵とも友情を結ぶ。
それは恋敵ともなった悪役令嬢と呼ばれる敵対するサイドの者であっても例外ではない。
だが、あれだけ小説を模倣し、流れを踏襲していたヒラリーはここで小説になかったことを始める。
悪役令嬢と貶めたアグネスをこのまま、野放しにしては御身が危ないとさらにヒューバート王を煽り立てた。
人々は彼の地をこう呼ぶ。
冥府、冥界、冥土、地獄と……。
地方によって、その名は変われども意味合いは変わらない。
ニブルヘイムは言わずと知れた辺境の中の辺境の地である。
北の辺境の地としてはヨトゥンハイムが知られているが、その差は歴然としている。
単なる辺境と俗界と隔たれた異界として扱われるのは訳が違うのだ。
即ち、流刑の地である。
重罪を犯した者はすべからく、ニブルヘイムへと送られた。
ニブルヘイム着はあってもニブルヘイム発は存在しない。
死罪と変わらない片道切符の旅の行先こそ、彼の地なのだ。
ここに興味深い事実が一つある。
彼の地に送られる者は冤罪の可能性が非常に高いのだ。
ニブルヘイムが流刑地として、世界にその名を広く知られるきっかけとなった事件がある。
かつて、ゲメトー王国という名の小さな国があった。
長い歴史を持つ国で脈々と受け継がれてきた王家の血筋は貴きものとして、扱われていた。
己が国に取り入れようとする大国が後を絶たなかったのは血統も理由ではあったが、国土は狭いものの希少な鉱石を産出していたことも大きかったのだ。
しかし、この国は長く、独立を保ってきた。
これは歴代の王だけでなく、国を構成する貴族や官僚にも有能な人材が多かったからとも言える。
時に卑怯、卑屈でありながら、尊大。
蝙蝠と呼ばれるほどに大国の間でパワーバランスを保ってきたその手腕には見習うべき点があると後世の歴史書にも記されているほどである。
ところが何事にも終わりは訪れるものだ。
その引導を渡したのが直系の王族であり、最後の王となったヒューバート・ロー・スデズクである。
ヒューバート王は王太子時代、王立の学院において剣術にも学業にも優れた成績を残した優秀な王太子という評価を得ていた。
また、幼い頃に婚約を果たしたアグネス・クリスティン・ジョーレー侯爵令嬢も才色兼備なだけではなく、人格的にも非常に優れた女性として、知られていた。
彼女には学院卒業後に王太子妃となることが確約されていたのだ。
しかし、王太子という地位に二枚目の舞台俳優もかくやというほどに甘いマスクの美男子である。
ヒューバート王は優秀ではあるもののお世辞にも品行方正とは言い難い男だった。
学院に通う女生徒に彼から、声がかからなかった者はいないというくらいにお盛んな男である。
彼にとっては一夜限りの相手に過ぎない者の容姿は些細な要素に過ぎなかったようだ。
不幸中の幸いなのか、これだけ種を蒔きながら、後の世にも御落胤を称する者が現れなかったことから、実はヒューバート王は種無しではなかったのかという学説も提唱されているほどである。
これだけ、浮名を流す婚約者を前にしてもアグネスはまるで聖母のように慈愛をもって、ヒューバート王に接していたと伝えられている。
ここで思いもよらなかったことが起きた。
一夜限りの愛の行為に溺れていたヒューバート王がとある令嬢に一目惚れをする。
ヒラリー・ド・インデス子爵令嬢である。
インデス子爵家は貴族としてよりも商家として、知られた家柄だ。
元々、他国の伯爵家だったものが亡命し、零落していたところ、商才に長けた者が偶々、当主となって商いに成功した。
インデス商会は御用商人として取り立てられるなど、躍進が目覚ましかった。
そのインデス家当代の当主トバイアスは穏健派で実直な人物だが、子宝に恵まれず、夫婦相談の上で公認の愛人に産ませた庶子がヒラリーだった。
トバイアス夫妻はヒラリーがインデス家の血を引くと信じて疑っていなかったようだが、歴史家の中でも議論が白熱するところである。
(ヒラリーがトバイアスにも先祖にも似たところがまるでなかったと言われている)
アグネス・クリスティン・ジョーレーを気高き薔薇に例えるのであれば、ヒラリー・ド・インデスは可憐な月見草に例えられる。
だが、それは大きな間違いである。
ヒラリーは食虫植物だったのだ。
実に彼女は狡猾だった。
ヒューバート王に近づく為、健気で地味なヒロインを演じた。
このヒロインというのは当時(現代にも綿々と受け継がれているが……)流行していたロマンス小説に登場するとにかく愛される主人公のことだ。
小説を踏襲し、ヒューバート王の心を篭絡したヒラリーはやがて、本性を露わにした。
ヒューバート王に婚約破棄するように唆し、学院の卒業パーティーという晴れの舞台でアグネスに悪役令嬢というレッテルを貼ったのである。
小説のヒロインは愛らしく、誰からも愛され、誰も憎まず、敵とも友情を結ぶ。
それは恋敵ともなった悪役令嬢と呼ばれる敵対するサイドの者であっても例外ではない。
だが、あれだけ小説を模倣し、流れを踏襲していたヒラリーはここで小説になかったことを始める。
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