薔薇の姫は夕闇色に染まりて

黒幸

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第二部 偽りから生まれる真実

第40話 私と彼の距離

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 シルさんはお疲れのようなのにお仕事です。
 大丈夫でしょうか?
 ちょっと心配です。
 お顔も少々、赤くなっていたので熱があったりしたら、どうしましょう。

 でも、そう伝えたら、「そういうアリーさんこそ」と言われてしまったんですよね。
 熱はないと思うのですが、ちょっと顔が熱い気は……。
 シルさんの顔が赤かったのもつまり、そういうことなのでしょうか?
 えぇ? つまり、どういうことなのでしょう!?

 こういう時こそ、冷静にならないといけません。
 私はシルさんがマッサージをしてくれたお陰で体は快調そのもの。
 今なら、迷える愚かな子羊三匹を目を瞑っても瞬殺出来そうです♪

 肩が凝ったら、また彼がマッサージをしてくれるのでしょうか?
 「えへへ」とつい口許が自然と緩んでいました。
 いけません。
 そんなことを考えるだけでもとても、まずいことです……。

 お昼のお仕事をしているのにこんなに集中を切らしているようでは。
 人の目はどこで見ているか、分からないものと習いました。
 出来るだけ、目立たないように。
 それでいて、普通でないと……新婚の夫婦の普通がよく分かりませんけど!

 パミュさんはティナに任せましたが、大丈夫ですよね?
 年の離れた友人のように仲良しに見えたのは気のせいではないと思うんです。
 何よりもティナは面倒見のいい子ですから、多分……。
 大丈夫、信じています・

「今日一日、あたしがシッターの代わりをしますねぇ♪」

 そう言ってくれたのです。
 パミュさんも「だいじぶだいじょうぶ。パミュはかこい」とよく分からない自信に満ちていましたし……。



 パラティーノで首脳会議が開催されるらしい。
 それも明日から!

 町中で武装した騎士服姿を見かけて、妙に物々しかったのはそのせい。
 自由都市同盟と自由共和国の代表や外務卿が参加するのだから、何かがあってからでは遅いということでしょう。
 セレス王国の責任問題だけで済めばいいけど、下手したら大きな戦争に繋がる恐れがある。
 十八年前に起きた戦争も些細なことが原因だったそうですし……。

 でも、私は怪我の後遺症でほぼ寝ていたせいもあって、首脳会議のこと自体を知らなかったのです。
 「知らなかったんですね」とシルさんにも少々、呆れた目を向けられてしまいました。
 まさか、それが理由で離婚なんて……ないですよね?

 ともかく、会議があるので本日のお仕事は早めに終業となりました。
 ティナにパミュさんを預けているので早く、帰宅が出来るのは嬉しいです。

 帰る前に商人ギルドへと足を延ばして、シルさんの働いているところを見たい!
 本当はいけないことなんです。
 互いのプライベートや余計な詮索はしないのが、結婚を契約するにあたってのルール。
 でも、お仕事をしているシルさんはきっと、素敵なのです。
 その姿を見たいと願うのは悪いことなのでしょうか?



 ただ、その前に寄らなくてはいけない場所があります。
 合図があったから……。
 行きつけのバーに寄ると案の定、明日からの

「はぁ……。『護衛』のは苦手です」

 誰かを守りながら、戦うのは苦手なんです。
 思わず、溜息と共に愚痴が零れます。
 しかし、ハタと気付きました。
 パミュさんを守って戦うのに何の迷いもなかったことに……。

 そんな物思いに耽っている間に商人ギルドに着いてしまいました。
 長い髪が目立たないように髪留めで留めて、前髪でなるべく目許まで隠すのがいつもの私です。
 でも! でも、なのです。
 もしも、シルさんにばったりと会ってしまったら、これではいけませんん!
 ギルドの窓硝子を鏡代わりにして、前髪を必死に直していると……

「あれ? アリーさん、どうしたのですか?」
「えぇ!?」

 ミシミシと頸椎が音を立て、ぎこちない様子で振り返ると錯覚ではなく、シルさんがそこにいました。
 しっかりと帰り支度を整えた御姿です。
 商人ギルドも今日は終業時間が早かったということでしょうか?

 残念です……。

「あ、あの……その……お仕事が早く終わりましたので。シルさんがお仕事をされている姿が見たかったからではなくって、ち、違うんですよ?」
「アリーさんなら、大歓迎ですよ。職場の皆にも伝えておきますから、いつでも見に来てください」
「ひゃい」

 あ、あれ? これではまるで夫婦みたいですけど!?
 白い歯がチラッと見せながらも鷹揚な笑顔はどこまでも素敵で……。
 心臓が苦しいのはなぜかしら?

「それでは帰りましょうか」
「は、はい」

 シルさんはそう言うとエスコートをするようにとても自然に腕を出してくれました。
 シルさんの腕に掴まって歩くなんて、本当に夫婦みたいです……。
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