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弐捨参 コーネリアス動く②
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「出血ですか?」
「だな。それもな。こっからだ」
キリアコスは己の口を指差した。
喀血や吐血ではないのだろうと素人判断ながら、コーネリアスは考えた。
歯肉からの出血であれば、考えられる症例の病気がいくつか浮かび、コーネリアスは迷う。
「他には何か、なかったですか? 何か、あるのでは?」
「お? おお。そうだな。そうだ、そうだ」
コーネリアスの剣幕に押された形となり、キリアコスはいくつかの症状を挙げた。
元来、壮健で快活なカラノスが病に伏せてから、やつれただけではなく、無気力になった。
立ち眩みを起こしやすくなり、疲れやすくなった。
傷の治りが悪くなっただけではなく、古傷が開いた。
ここまでの症状を聞いたコーネリアスの灰色の脳がさらなる活発な動きを見せる。
そして、閃くものがあった。
だが、確信に至らない。
まだ、足りないものがあると考えたコーネリアスは、仮定を確信へと変えるべく次の一手を切り出すことにした。
「もしかしてなんですが……カラノスさんは野菜が嫌いですか?」
「おう? 何でおめえがそれ、知ってんだ」
「やっぱり、そうなのか」
指を顎に当て、両眼を閉じ考え込むコーネリアスを前にキリアコスも声を掛けられない。
この時、コーネリアスは一つの結論に辿り着いた。
(この症状、やっぱりあの病気か。あれは確か……)
光汰は父親の影響もあり、戦国時代にもっとも傾倒していた。
趣味として戦国時代を舞台にしたゲームにも多少なりともはまっていたほどだ。
しかし、もっと大きく歴史が好きなせいか、大航海時代をテーマにしたゲームにも手を出した。
そのゲームの中で長い航海に出た船乗りを苦しめるのが『壊血病』だった。
大航海時代の文化水準では原因がビタミンCの不足によるものと判明していなかったが、解決の手段は試行錯誤の末に編み出されていた。
ライムジュースのような柑橘類などを摂取することだった。
もっともその処方は柑橘類が恒常的に供給される必要性があったので現実的ではなかったのだが……。
「もしかしたら、カラノスさんの病気、治せるかもしれません」
「なんだと!?」
コーネリアスはかっと目を見開くと自信たっぷりに宣言した。
少なくともキリアコスの目にはそう映っていたのである。
曇りのない眼で真っ直ぐに言い放つこの男、只者ではない。
キリアコスの中でコーネリアスの評価が鰻登りした瞬間だった。
果たして、コーネリアスの見立て通りだった。
カラノスの野菜嫌いは実に徹底したものである。
物心ついてから一切、菜と付く物に手を付けていなかった。
ビタミンCは野菜や果物以外からも摂取が可能だが、いかんせん栄養素が偏るのは否めない。
偏食を続けた報いが病として表層化したに過ぎないのだ。
窮余の策として、早急に考えたのが柑橘類の摂取だった。
野菜嫌いのあまり、酢漬けにも手を出さないカラノスだったが柑橘系の果物であれば、口にする可能性があったからだ。
幸いなことに大陸の南部には熟すと橙色に染まる柑橘類の実を名産品として出荷している地方がある。
生鮮品としての果実だけではなく、加工された商品もヴェステンエッケには数多く出回っていた。
砂糖漬けにされた物だけではなく、砂糖と一緒に煮詰めたコンフィチュールも人気のある商品だった。
問題があるとすれば、柑橘類が嗜好品であり、少々値が張るという点だ。
故国を失った亡命者に近い立場の彼らにそのような余裕があろうはずもない。
だが、このことを人伝に聞いて、黙っていられないのがヘルヴァイスハイトの家風らしい。
キリアコスの同僚にあたるデニスだけではなく、トマーシュも大いに賛同した。
「ですがこれで根本的な解決にはなりませんよ。分かってますよね?」
「だよなあ。分かっとるとも」
下手をすれば、息子にあたる年齢のコーネリアスに強い口調で言われ、キリアコスはぐうの音も出ない。
真剣な眼差しでカラノスの野菜嫌いを許してはならないと口を酸っぱくして、言われるとさすがのキリアコスも重い腰を上げるしかなかった。
世俗を離れ、静かに暮らしていたカラノスを歴史の表舞台へと引きずり出した負い目があった。
ある程度のことには目を瞑っていたのだが、そうも言っていられない。
「彼の身に何かあってはそれこそ、先祖に申し開きが立たないと思いませんか?」とコーネリアスに諭され、誠にその通り反論の一つも出来なかった。
この一件があり、カラノスとキリアコスはコーネリアスを高く、評価している。
少壮なれども決して、侮るべからず。
そればかりか、コーネリアスの言うことであればと全幅の信頼を置いている。
それもあって、パストラス再興軍は現在のところ、エンディアに通じる者と誼を通じていない。
コーネリアスが出来るだけ、避けるようにと言ったからに他ならない。
本来であれば、エンディアの力を借りる形で再び、故国を取り戻す戦いに身を投じているべき彼らだが、未だ古都で羽を休めている。
「だな。それもな。こっからだ」
キリアコスは己の口を指差した。
喀血や吐血ではないのだろうと素人判断ながら、コーネリアスは考えた。
歯肉からの出血であれば、考えられる症例の病気がいくつか浮かび、コーネリアスは迷う。
「他には何か、なかったですか? 何か、あるのでは?」
「お? おお。そうだな。そうだ、そうだ」
コーネリアスの剣幕に押された形となり、キリアコスはいくつかの症状を挙げた。
元来、壮健で快活なカラノスが病に伏せてから、やつれただけではなく、無気力になった。
立ち眩みを起こしやすくなり、疲れやすくなった。
傷の治りが悪くなっただけではなく、古傷が開いた。
ここまでの症状を聞いたコーネリアスの灰色の脳がさらなる活発な動きを見せる。
そして、閃くものがあった。
だが、確信に至らない。
まだ、足りないものがあると考えたコーネリアスは、仮定を確信へと変えるべく次の一手を切り出すことにした。
「もしかしてなんですが……カラノスさんは野菜が嫌いですか?」
「おう? 何でおめえがそれ、知ってんだ」
「やっぱり、そうなのか」
指を顎に当て、両眼を閉じ考え込むコーネリアスを前にキリアコスも声を掛けられない。
この時、コーネリアスは一つの結論に辿り着いた。
(この症状、やっぱりあの病気か。あれは確か……)
光汰は父親の影響もあり、戦国時代にもっとも傾倒していた。
趣味として戦国時代を舞台にしたゲームにも多少なりともはまっていたほどだ。
しかし、もっと大きく歴史が好きなせいか、大航海時代をテーマにしたゲームにも手を出した。
そのゲームの中で長い航海に出た船乗りを苦しめるのが『壊血病』だった。
大航海時代の文化水準では原因がビタミンCの不足によるものと判明していなかったが、解決の手段は試行錯誤の末に編み出されていた。
ライムジュースのような柑橘類などを摂取することだった。
もっともその処方は柑橘類が恒常的に供給される必要性があったので現実的ではなかったのだが……。
「もしかしたら、カラノスさんの病気、治せるかもしれません」
「なんだと!?」
コーネリアスはかっと目を見開くと自信たっぷりに宣言した。
少なくともキリアコスの目にはそう映っていたのである。
曇りのない眼で真っ直ぐに言い放つこの男、只者ではない。
キリアコスの中でコーネリアスの評価が鰻登りした瞬間だった。
果たして、コーネリアスの見立て通りだった。
カラノスの野菜嫌いは実に徹底したものである。
物心ついてから一切、菜と付く物に手を付けていなかった。
ビタミンCは野菜や果物以外からも摂取が可能だが、いかんせん栄養素が偏るのは否めない。
偏食を続けた報いが病として表層化したに過ぎないのだ。
窮余の策として、早急に考えたのが柑橘類の摂取だった。
野菜嫌いのあまり、酢漬けにも手を出さないカラノスだったが柑橘系の果物であれば、口にする可能性があったからだ。
幸いなことに大陸の南部には熟すと橙色に染まる柑橘類の実を名産品として出荷している地方がある。
生鮮品としての果実だけではなく、加工された商品もヴェステンエッケには数多く出回っていた。
砂糖漬けにされた物だけではなく、砂糖と一緒に煮詰めたコンフィチュールも人気のある商品だった。
問題があるとすれば、柑橘類が嗜好品であり、少々値が張るという点だ。
故国を失った亡命者に近い立場の彼らにそのような余裕があろうはずもない。
だが、このことを人伝に聞いて、黙っていられないのがヘルヴァイスハイトの家風らしい。
キリアコスの同僚にあたるデニスだけではなく、トマーシュも大いに賛同した。
「ですがこれで根本的な解決にはなりませんよ。分かってますよね?」
「だよなあ。分かっとるとも」
下手をすれば、息子にあたる年齢のコーネリアスに強い口調で言われ、キリアコスはぐうの音も出ない。
真剣な眼差しでカラノスの野菜嫌いを許してはならないと口を酸っぱくして、言われるとさすがのキリアコスも重い腰を上げるしかなかった。
世俗を離れ、静かに暮らしていたカラノスを歴史の表舞台へと引きずり出した負い目があった。
ある程度のことには目を瞑っていたのだが、そうも言っていられない。
「彼の身に何かあってはそれこそ、先祖に申し開きが立たないと思いませんか?」とコーネリアスに諭され、誠にその通り反論の一つも出来なかった。
この一件があり、カラノスとキリアコスはコーネリアスを高く、評価している。
少壮なれども決して、侮るべからず。
そればかりか、コーネリアスの言うことであればと全幅の信頼を置いている。
それもあって、パストラス再興軍は現在のところ、エンディアに通じる者と誼を通じていない。
コーネリアスが出来るだけ、避けるようにと言ったからに他ならない。
本来であれば、エンディアの力を借りる形で再び、故国を取り戻す戦いに身を投じているべき彼らだが、未だ古都で羽を休めている。
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