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弐捨捌 猿と呼ばれた男
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コーネリアスも最初から、ヤンの力を頼りにしていた訳ではない。
出来ることならば、解錠を使わずに済めばいいと考えていたのだ。
しかし、そうも言っていられない状況に追い込まれていた。
まず、解錠でキリアコスが今後、どのように立ち回るべきかで迷いを生じさせているのが判明した。
これが分かっただけでコーネリアスは百人の味方を得た思いだった。
キリアコスを十分、説得出来る自信があったからだ。
それはエンディアが軍事行動を取っていない前提があったうえでの自信だった。
数々の戦いを経て、上洛を果たした織田信長とノエル王はかなり異なるとしか、言いようがなかった。
カリスマ性がある魅力的な男であるのは確かであり、信長と同じように優秀な家臣団を抱えているのも事実だったが軍事的な手段を一切、用いていない。
外交で天下布武を成し遂げようとでも言わんばかりに精力的な外交を展開しているともっぱらの噂だった。
ところが俄かに雲行きが怪しくなったのは上洛してきたのが信長ではなく、秀吉だったことだ。
出自と半生から、秀吉その人だと思われるサンジュことディオン・プリュムラモーが手勢を連れ、ヴェステンエッケに駐留していた。
表向きはオットー・ミヒェル王への朝貢使に近い。
親善大使としての位置付けで派遣されたに違いないとコーネリアスは睨んでいた。
ディオンという男が人心掌握術に長けた人誑しであるのは間違いなかった。
彼はさらにこうも分析する。
元来、歴史が長く、格式高い王家への対応を担うのは礼式や作法に詳しく、朝廷との関係も良好だった明智光秀――つまりはリヒテルが担うべき務めだったのだろうと……。
ところが歴史の歯車はどこで食い違ったのか、リヒテルはノエルに仕えてすらいない。
彼が仕える主は誰あろうオットー王であり、今回の親善行事でディオンに対応するのがリヒテルだった。
番狂わせもいいところだ。
「どうするのさ、兄さん」
「いささか困った事態ではある」
「実際にディオン・プリュムラモーを見るしか、手がないか。スケジュールは分かっているんだ。頼んだぞ、ヤン」
「合点承知の助だよ」
「どこの言葉だよ、それ……」
しかし、このような軽口を二人が聞いていられるのもここまでだった。
ディオンが僅かな供回りを連れ、王城へと向かうと知った二人は、先回りをした。
実際に見ることは叶ったが、それは後悔の色を伴っている。
「あれは……化け物だな」
「そうだね。あんなに真っ黒な心は見たことがないよ」
二人の意見はほぼ一致している。
コーネリアスはヤンのように心の中までは見ることが叶わない。
だが、偶然とは思えないタイミングで目が合ってしまった。
その瞬間にコーネリアスは悟った。
ディオンという男は危険だ、と……。
一見すると人好きのする柔和で穏やかな表情をした中年男性にしか見えない。
小柄で貧相といった方がいい体つきなのもあって、無害な男としか見えないのだ。
だが目が合った瞬間、コーネリアスが見たのはディオンの底知れない闇を抱えた昏い瞳である。
まるで深淵を覗いたと錯覚を起こしてもおかしくない。
顔は笑みを湛えているはずなのに目は決して、笑っていない。
血に飢えた獣の目をしているのだ。
心の中が見えるヤンの反応を見れば、一目瞭然だった。
血の気を失い、青白い顔になっている。
これまでにヤンの見たことが無い扉だった。
墨を塗ったように真っ黒で闇そのものといった印象が強い。
解錠しようとノブに手を掛けた瞬間、何かに弾かれた錯覚を覚え、解錠が解除されていたのである。
ヤンにとって、初めての経験だった。
「しかし、これで分かったよ。彼らをあの男に近づけさせてはいけない」
「そうだね、兄さん。でも、手はあるのかい?」
不安そうに己を見つめるヤンの頭を軽く撫でるとコーネリアスは自信たっぷりに「まあね」と応じた。
既にデニスを通じ、策を講じていた。
リヒテルだけではなく、テオドールも賛同し、パストラス家にとって追い風となる状況を作り上げる道筋は整いつつあった。
コーネリアスの双眸にいささかの揺らぎも見られない。
出来ることならば、解錠を使わずに済めばいいと考えていたのだ。
しかし、そうも言っていられない状況に追い込まれていた。
まず、解錠でキリアコスが今後、どのように立ち回るべきかで迷いを生じさせているのが判明した。
これが分かっただけでコーネリアスは百人の味方を得た思いだった。
キリアコスを十分、説得出来る自信があったからだ。
それはエンディアが軍事行動を取っていない前提があったうえでの自信だった。
数々の戦いを経て、上洛を果たした織田信長とノエル王はかなり異なるとしか、言いようがなかった。
カリスマ性がある魅力的な男であるのは確かであり、信長と同じように優秀な家臣団を抱えているのも事実だったが軍事的な手段を一切、用いていない。
外交で天下布武を成し遂げようとでも言わんばかりに精力的な外交を展開しているともっぱらの噂だった。
ところが俄かに雲行きが怪しくなったのは上洛してきたのが信長ではなく、秀吉だったことだ。
出自と半生から、秀吉その人だと思われるサンジュことディオン・プリュムラモーが手勢を連れ、ヴェステンエッケに駐留していた。
表向きはオットー・ミヒェル王への朝貢使に近い。
親善大使としての位置付けで派遣されたに違いないとコーネリアスは睨んでいた。
ディオンという男が人心掌握術に長けた人誑しであるのは間違いなかった。
彼はさらにこうも分析する。
元来、歴史が長く、格式高い王家への対応を担うのは礼式や作法に詳しく、朝廷との関係も良好だった明智光秀――つまりはリヒテルが担うべき務めだったのだろうと……。
ところが歴史の歯車はどこで食い違ったのか、リヒテルはノエルに仕えてすらいない。
彼が仕える主は誰あろうオットー王であり、今回の親善行事でディオンに対応するのがリヒテルだった。
番狂わせもいいところだ。
「どうするのさ、兄さん」
「いささか困った事態ではある」
「実際にディオン・プリュムラモーを見るしか、手がないか。スケジュールは分かっているんだ。頼んだぞ、ヤン」
「合点承知の助だよ」
「どこの言葉だよ、それ……」
しかし、このような軽口を二人が聞いていられるのもここまでだった。
ディオンが僅かな供回りを連れ、王城へと向かうと知った二人は、先回りをした。
実際に見ることは叶ったが、それは後悔の色を伴っている。
「あれは……化け物だな」
「そうだね。あんなに真っ黒な心は見たことがないよ」
二人の意見はほぼ一致している。
コーネリアスはヤンのように心の中までは見ることが叶わない。
だが、偶然とは思えないタイミングで目が合ってしまった。
その瞬間にコーネリアスは悟った。
ディオンという男は危険だ、と……。
一見すると人好きのする柔和で穏やかな表情をした中年男性にしか見えない。
小柄で貧相といった方がいい体つきなのもあって、無害な男としか見えないのだ。
だが目が合った瞬間、コーネリアスが見たのはディオンの底知れない闇を抱えた昏い瞳である。
まるで深淵を覗いたと錯覚を起こしてもおかしくない。
顔は笑みを湛えているはずなのに目は決して、笑っていない。
血に飢えた獣の目をしているのだ。
心の中が見えるヤンの反応を見れば、一目瞭然だった。
血の気を失い、青白い顔になっている。
これまでにヤンの見たことが無い扉だった。
墨を塗ったように真っ黒で闇そのものといった印象が強い。
解錠しようとノブに手を掛けた瞬間、何かに弾かれた錯覚を覚え、解錠が解除されていたのである。
ヤンにとって、初めての経験だった。
「しかし、これで分かったよ。彼らをあの男に近づけさせてはいけない」
「そうだね、兄さん。でも、手はあるのかい?」
不安そうに己を見つめるヤンの頭を軽く撫でるとコーネリアスは自信たっぷりに「まあね」と応じた。
既にデニスを通じ、策を講じていた。
リヒテルだけではなく、テオドールも賛同し、パストラス家にとって追い風となる状況を作り上げる道筋は整いつつあった。
コーネリアスの双眸にいささかの揺らぎも見られない。
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