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参捨伍 コーネリアス、大盤振る舞いする
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コーネリアスは前世を思い出す。
光汰だった頃はとにかく空気を読むのに徹した。
何よりも場を乱すことを恐れたからだ。
(それをやってしまうとはな……)
臍を嚙むコーネリアスだが、時既に遅しだった。
蛙人のノウスからは胡乱な視線を向けられる。
ジョスランとマケールからは「早く消えないと殺すぞ」と殺意の籠った視線を向けられる。
ノウスに加勢しようと動きながら、散々な結果だったがヤンの解錠でコーネリアスは勇気に満ちている。
満ち溢れた勇気は不要なまでの自信を生んだ。
折りから来合わせた人物がまた悪かった。
「いいポコ! もっとやるポコ!」
「|ᛟᚾᚢᛋᛁᚴᛟᛋᛟᛟᛏᛟᚴᛟᚾᛟᚾᚪᚴᚪᚾᛟᛟᛏᛟᚴᛟᛞᛖᚪᚱᚢ《お主こそ、男の中の男である)」
パストラス十勇士の面々は気のいいヤツラの集まりと言っていいだろう。
しかし、パストラスの再興を掲げる彼らは一丸のように見え、実は一枚岩とは言い難いところがある。
それぞれ腹に一物あり。
様々な思惑が絡み、一堂に会しているところが否定出来ない。
その中でも読みにくい人物が二人いる。
穴に棲む者のトゥーリパとスライムのエンテメシスである。
トゥーリパは見た目だけなら、動く大きなタヌキのぬいぐるみにしか見えない。
ところが幻惑魔法の使い手とも言われる彼らが、腹の中で何を考えているかは皆目、見当がつかない。
大きな目は垂れていて、可愛らしいが口許から偶に覗く鋭い犬歯は人の首を切り裂き、血の海を見せるのに十分なのだ。
訳が分からないといった意味ではエンテメシスの方が上だ。
スライムはそもそもが知性や個性を有しているのかも定かではないと言われてきた種族だった。
不定形のぬめぬめとした粘液質の体は半透明だが、酷く雨が降った後の荒れた川のような色合いをしている。
目、鼻、口といった器官も見当たらず、彼らはその体全体で獲物を体内に捕らえ、消化するのだと信じられているが実際にそれを確認した者はいない。
知的好奇心を抑えきれない学者が、愚かにも己の身を使い実験をした。
結果は見るも無残なものである。
彼は骨まで全てを溶かされてしまい、どうなるのかを報告出来なくなったからだ。
身に着けていた服などを残し、学者は存在そのものがこの世界から消えた。
ゆえにエンテメシスが『森の賢者』と呼ばれていようともその真意を悟れる者などいなかった。
ヴェステンエッケはこのように個性的な二名の人物(?)が通りを闊歩しようとも特に騒ぎなど起きない。
伊達に千年の古都ではないのだ。
「え、ええと。そのですね。私にこの場を収めるいいアイデアがありまして」
「貴公、何者でござるケロ?」
「そうだ、そうだ。てめえ、何だ? いきなり出てきやがって、やんのか? おう?」
「パン。まあ、待て。話を聞くのも悪くあるまい?」
三者三様の反応にどう出れば効果的であるのか、コーネリアスも考慮する必要に駆られた。
二人組を納得させるよりもノウスという男の心の琴線に触れねば、意味がない。
石田三成はどうしたのか。
コーネリアスは腹積もりを決めた。
「私はコーネリアス・ストンパディと申します。ヘルヴァイスハイト家に仕える小身者です」
ノウスと二人組から射竦められながらも動揺を見せず、落ち着いた声色で名乗りを上げたコーネリアスに場の空気が僅かに変わった。
ノウスは微かに興味を抱いたのか、大きな瞳をぎろりと動かしコーネリアスの挙動に注視している。
マケールは小身者との名乗りに己も大差ない身でありながら、明らかに侮った。
ジョスランは涼し気な瞳を維持しつつ、ノウスと同じく注視する構えだった。
「ノウス殿、コレで私の下に来てくださいませんか」
コーネリアスはやや大仰に右手を出すと掌を大きく広げ、五本の指を強調する。
現在、禄を食む者であるジョスランとマケールはコーネリアスと同じ小身者であるだけにその意味をすぐに理解した。
彼らは直臣ではなく、陪臣。
王に直接仕えているではなく、王家に仕える貴族の厄介になっている身となる。
言わば家来の家来であり、見習いに近い身分であれば禄もたかだか知れている。
そうである以上、コーネリアスが出した五本の指が禄全て――銀貨五百枚を意味しているのだと気付いたのだ。
銀貨はもっとも流通している通貨だった。
日本円にすれば、一万円ほどの価値がある。
禄は年俸制なのでコーネリアスの年収がおおよそ五百万。
コーネリアスが十七歳とまだ若く、仕官して間がないのに好待遇のように見えるがこの世界に必要経費や残業代といった概念はない。
必要な物があってもそれは禄で賄えが罷り通るのだ。
諸々を差し引けば、自由に使えるお金はそれほど手元に残らないのである。
その禄を全て、差し出そうとは酔狂どころの騒ぎではない。
ノウスもかつては禄を食んだ身だった。
まだ男と呼ぶには幼さが残る少年に近い者が、冗談で言ってのけるものではない。
コーネリアスの目はぶれずにまっすぐと己を見ている。
ノウスは「何とも豪気なことケロ」と率直に思い、「実に面白い男だ」と好意的に捉えた。
「私が叙爵された暁にはノウス殿に城を守っていただきたいのです」
「ほお?」
大言壮語と取られてもおかしくない発言だった。
しかし、ノウスはそう受け取っていない。
「この少年であれば、もしや」などと考えてすらいる。
ハシビロコウを思わせる物静かで何も語らぬ真っ直ぐな瞳にはそう信じさせる何かがあった。
「ふむ。拙者はお主についていくことに決めたケロ。今日これより、拙者の命はお主のものでござるケロ」
「なんだと……」
「……やめておけ、パン。帰るぞ」
事態を飲み込めず、納得していないと言わんばかりに怒りと悔しさで顔を紅潮させたマケールが今にも掴みかからん勢いで向かおうとした。
静かな言い方だった。
しかし、確実に抑えようとする強い威圧感を感じる物言いだ。
途端に顔を青くしたマケールは踵を返し、去っていくジョスランを慌てて追う。
かくして豪傑ノウスはコーネリアスの被官となったのである。
エンテメシスもまた「ᛁᛁᛗᛟᚾᛟᚥᛟᛗᛁᛋᛖᛏᛖᛗᛟᚱᚪᛏᛏᚪ」とこれまた静かに去っていった。
その上に器用にも乗っかったトゥーリパを見たヤンは「あれ、乗れるんだ」と妙なところに感心するのだが、これはまた別の話である。
光汰だった頃はとにかく空気を読むのに徹した。
何よりも場を乱すことを恐れたからだ。
(それをやってしまうとはな……)
臍を嚙むコーネリアスだが、時既に遅しだった。
蛙人のノウスからは胡乱な視線を向けられる。
ジョスランとマケールからは「早く消えないと殺すぞ」と殺意の籠った視線を向けられる。
ノウスに加勢しようと動きながら、散々な結果だったがヤンの解錠でコーネリアスは勇気に満ちている。
満ち溢れた勇気は不要なまでの自信を生んだ。
折りから来合わせた人物がまた悪かった。
「いいポコ! もっとやるポコ!」
「|ᛟᚾᚢᛋᛁᚴᛟᛋᛟᛟᛏᛟᚴᛟᚾᛟᚾᚪᚴᚪᚾᛟᛟᛏᛟᚴᛟᛞᛖᚪᚱᚢ《お主こそ、男の中の男である)」
パストラス十勇士の面々は気のいいヤツラの集まりと言っていいだろう。
しかし、パストラスの再興を掲げる彼らは一丸のように見え、実は一枚岩とは言い難いところがある。
それぞれ腹に一物あり。
様々な思惑が絡み、一堂に会しているところが否定出来ない。
その中でも読みにくい人物が二人いる。
穴に棲む者のトゥーリパとスライムのエンテメシスである。
トゥーリパは見た目だけなら、動く大きなタヌキのぬいぐるみにしか見えない。
ところが幻惑魔法の使い手とも言われる彼らが、腹の中で何を考えているかは皆目、見当がつかない。
大きな目は垂れていて、可愛らしいが口許から偶に覗く鋭い犬歯は人の首を切り裂き、血の海を見せるのに十分なのだ。
訳が分からないといった意味ではエンテメシスの方が上だ。
スライムはそもそもが知性や個性を有しているのかも定かではないと言われてきた種族だった。
不定形のぬめぬめとした粘液質の体は半透明だが、酷く雨が降った後の荒れた川のような色合いをしている。
目、鼻、口といった器官も見当たらず、彼らはその体全体で獲物を体内に捕らえ、消化するのだと信じられているが実際にそれを確認した者はいない。
知的好奇心を抑えきれない学者が、愚かにも己の身を使い実験をした。
結果は見るも無残なものである。
彼は骨まで全てを溶かされてしまい、どうなるのかを報告出来なくなったからだ。
身に着けていた服などを残し、学者は存在そのものがこの世界から消えた。
ゆえにエンテメシスが『森の賢者』と呼ばれていようともその真意を悟れる者などいなかった。
ヴェステンエッケはこのように個性的な二名の人物(?)が通りを闊歩しようとも特に騒ぎなど起きない。
伊達に千年の古都ではないのだ。
「え、ええと。そのですね。私にこの場を収めるいいアイデアがありまして」
「貴公、何者でござるケロ?」
「そうだ、そうだ。てめえ、何だ? いきなり出てきやがって、やんのか? おう?」
「パン。まあ、待て。話を聞くのも悪くあるまい?」
三者三様の反応にどう出れば効果的であるのか、コーネリアスも考慮する必要に駆られた。
二人組を納得させるよりもノウスという男の心の琴線に触れねば、意味がない。
石田三成はどうしたのか。
コーネリアスは腹積もりを決めた。
「私はコーネリアス・ストンパディと申します。ヘルヴァイスハイト家に仕える小身者です」
ノウスと二人組から射竦められながらも動揺を見せず、落ち着いた声色で名乗りを上げたコーネリアスに場の空気が僅かに変わった。
ノウスは微かに興味を抱いたのか、大きな瞳をぎろりと動かしコーネリアスの挙動に注視している。
マケールは小身者との名乗りに己も大差ない身でありながら、明らかに侮った。
ジョスランは涼し気な瞳を維持しつつ、ノウスと同じく注視する構えだった。
「ノウス殿、コレで私の下に来てくださいませんか」
コーネリアスはやや大仰に右手を出すと掌を大きく広げ、五本の指を強調する。
現在、禄を食む者であるジョスランとマケールはコーネリアスと同じ小身者であるだけにその意味をすぐに理解した。
彼らは直臣ではなく、陪臣。
王に直接仕えているではなく、王家に仕える貴族の厄介になっている身となる。
言わば家来の家来であり、見習いに近い身分であれば禄もたかだか知れている。
そうである以上、コーネリアスが出した五本の指が禄全て――銀貨五百枚を意味しているのだと気付いたのだ。
銀貨はもっとも流通している通貨だった。
日本円にすれば、一万円ほどの価値がある。
禄は年俸制なのでコーネリアスの年収がおおよそ五百万。
コーネリアスが十七歳とまだ若く、仕官して間がないのに好待遇のように見えるがこの世界に必要経費や残業代といった概念はない。
必要な物があってもそれは禄で賄えが罷り通るのだ。
諸々を差し引けば、自由に使えるお金はそれほど手元に残らないのである。
その禄を全て、差し出そうとは酔狂どころの騒ぎではない。
ノウスもかつては禄を食んだ身だった。
まだ男と呼ぶには幼さが残る少年に近い者が、冗談で言ってのけるものではない。
コーネリアスの目はぶれずにまっすぐと己を見ている。
ノウスは「何とも豪気なことケロ」と率直に思い、「実に面白い男だ」と好意的に捉えた。
「私が叙爵された暁にはノウス殿に城を守っていただきたいのです」
「ほお?」
大言壮語と取られてもおかしくない発言だった。
しかし、ノウスはそう受け取っていない。
「この少年であれば、もしや」などと考えてすらいる。
ハシビロコウを思わせる物静かで何も語らぬ真っ直ぐな瞳にはそう信じさせる何かがあった。
「ふむ。拙者はお主についていくことに決めたケロ。今日これより、拙者の命はお主のものでござるケロ」
「なんだと……」
「……やめておけ、パン。帰るぞ」
事態を飲み込めず、納得していないと言わんばかりに怒りと悔しさで顔を紅潮させたマケールが今にも掴みかからん勢いで向かおうとした。
静かな言い方だった。
しかし、確実に抑えようとする強い威圧感を感じる物言いだ。
途端に顔を青くしたマケールは踵を返し、去っていくジョスランを慌てて追う。
かくして豪傑ノウスはコーネリアスの被官となったのである。
エンテメシスもまた「ᛁᛁᛗᛟᚾᛟᚥᛟᛗᛁᛋᛖᛏᛖᛗᛟᚱᚪᛏᛏᚪ」とこれまた静かに去っていった。
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