不死身の吸血鬼〜死を選べぬ不幸な者よ〜

真冬

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第28話「王者」

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 ルーロに向かう4人は道中で宿泊したホテルでフォンツで貴族のボディガードをしているという大胡鋼星と名乗る男と出会う。その男もルーロの武闘会にでるというのでホテルをチェックアウトした一行はホテルから少し歩いたところにある空き地で武闘会に備えて大胡に特訓してもらえることになった。
 
 砂地が広がる空き地でジャリジャリと砂利を踏みしめながら指を鳴らして楓と竜太のことを指差した。
「よし! いつでもかかってこい!」と鋼星は重心を落として両手を顔の前に構え戦闘態勢に入った。
 少し間を置いてから竜太は歩を進めた。
「俺からお手合わせ願おうかな」
「よーし! えっと、名前は何だっけ?」と鋼星は聞き返すと竜太は呆れたように言葉を吐き捨てた。
「竜太だよ。いい加減覚えろや」
 鋼星は「わりぃわりぃ」と頭を掻いた。
 立華が両手をこすり合わせながらそそくさと二人の間に入って試合を取り仕切ることになった。
「え~では。竜太くんと鋼星くんの1対1武器無しでの戦いを初めます。あ、それと武闘会はヴェードの使用は許可されてないので今回もそのルールに則って行いますね」
 淡々と立華はそう言うと竜太はキョトンとして立華の方を振り向いた。
「空太、それ初耳なんだけど」と言うと立華は少年のように晴れやかな笑みを見せて「てへへ」とごまかした。恐らく、純粋に伝え忘れていたのだろう。
 立華は表情を戻してから仕切り直した。
「では…」
 と立華は溜めてから、
「始め!」
 その声を聞いた瞬間、竜太の前方にいる鋼星は地面が抉れるくらいに蹴り上げてまるで大きな弾丸のように竜太に飛んできた。
 竜太は間一髪のところで前転して交わす。
 鋼星が走った後はまるで突風でも吹いたかのように砂埃が舞い上がり、竜太を疾風のごとく通り過ぎた鋼星は地面に足をこすりながら自分の体にブレーキをかけた。
「これを交わしてくれるか。良い目してんじゃん」と初撃を外した鋼星はトラのように四つん這いになってから竜太を振り向いた。
「じゃあこれはどうかな?」
 鋼星はまた地面を強く蹴り上げ竜太の首元めがけて拳を振るい上げたが竜太は自身の高い身体能力もあってなんとか交わすことができた。そして、鋼星が振った腕の風圧で竜太の髪がなびいた。
 鋼星の竜太を捉えるはずだった拳は勢いそのままに地面を殴りつけた。
 拳と地面が接触した瞬間、地面は一度大きく盛り上がり、砂煙が舞い鋼星の姿が隠れる。砂埃が晴れるとクレーターのような大穴があらわになった。
 衝撃的な破壊力に近くで見ていた立華はその大穴を目を丸くして見ていた。ここまでの力は普通の人間では到底不可能だがそこらのヴァンパイアでも地面にここまでの大穴を開けるほどのパワーを持ったヴァンパイアはいないだろう。
「おいおい冗談だろ。あんなの食らったらひとたまりも無いぞ」
 竜太は白い歯を見せて余裕の表情はすでに消えており額に一筋の汗を流していた。
 
 その後も二人の戦闘は鋼星が圧倒的に優勢の戦いを強いられており竜太は後手後手に回っていた。
 攻撃を交わすことに手一杯の竜太は時間とともにスタミナを消耗して肩で息をしている。流す汗の量は試合前に比べて明らかに多くなっていた。
「お前めっちゃ強いんだな。正直予想以上だぜ」
 褒められた鋼星は「へへ」と照れるように鼻の下を掻いた。
「そりゃ、俺は前回大会で優勝してんだから当然だろ」と鋼星は当たり前のように言ったがその場にいた鋼星以外の4人は目を見開いて驚いた様子だった。
「おい、それ先言えや」と竜太が声をぶつけるように言った。
「あれ? 言ってなかったっけ?」と鋼星は首をかしげてとぼけているように思えたが本当に言ったかどうか本人も記憶になさそうだった。
「それは初耳ですねぇ。道理で力の差があるわけですか」と立華は口角を上げた。
「そうか、そうか。よし、わかった」
 鋼星は大きく頷いてから自分の中で何か納得したようだった。
「王者としてハンデをやる! お前ら4人全員で俺にかかってこい! 相手してやるぞ!」
 鋼星は右手の人差指をクイクイと曲げて4対1の構図もいとわない様子だったが立華が大きく首を横に降って鋼星の発言を否定して、隣に立っている烏丸の方を見たが烏丸はそもそもやる気はないようで胸の前で腕をクロスさせて意思表示した。
「武闘会に出るのは2人なので僕らは遠慮させていただきます。なので2対1でどうぞ」と隣にいる楓の背を押した。
 隣に腕を組んで並ぶ烏丸も何度か小さく頷いて立華の意見に賛成していた。
「やろうぜ楓。この感じ幹人とやった時以来じゃんか」と言って竜太は顔の前で構える拳に力を込めた。
「そこの色白もやし君も参戦か。上等上等。殺す気で行くからお前らもそうしろよ。じゃなきゃ勝負になんねぇからな」
 鋼星はその場で数回ジャンプしてから気合を入れ直し、巻き上げた砂埃を大きく散らし、風を切って楓たちの方へ再び弾丸のように走り込んだ。
 竜太と楓は左右に別れて飛び込み鋼星の突進を交わす。そして、すぐに竜太は起き上がり鋼星の突進の反動で出来た数秒のスキを突くために拳を上げて勢いそのままに鋼星に飛びかかるが鋼星は屈んですぐに交わし、竜太の腕を掴んで竜太の進行方向へ向かう勢いを利用して放り投げた。
 鋼星の力が強すぎるのか竜太の肩でゴキッと肩が外れる音が聞こえ、竜太はバウンドするように転がっていった。
 竜太が飛ばされている間に楓が向かうものの鋼星はキレの良い上半身の動きを見せてターンし、飛びかかって来る楓の首もとに腕を絡めてラリアットをする。
 え? 何が起きたんだ…。
 あまりの早業に状況を理解するのに数秒要した楓は鋼星の丸太のような腕を振りほどこうとしたが、まるでその抵抗が効いていないようで勢いそのままに頭から地面に叩きつけられ後転するように一回転し、地面に頭をうずくめたまま首から下が力なく横たわる。
 この間、楓の頭は強い衝撃で地面に叩きつけられ、頭蓋骨は粉々に砕け散り、頭に空いた穴からは脳の一部が飛び出していた。あまりに刹那的出来事だったため楓は痛みの声を上げることすらできずに攻撃を受けていた。
 頭の中が冷たい…気持ち悪い…吐き気がする…。
 何が起こったのか状況がわからぬまま、そのまま楓は意識を失った。
「まずはひとーり!」

「楓君大丈夫ですか? あれ、頭やっちゃってません?」
 立華は隣りにいる烏丸にだけ聞こえるくらいの声量でつぶやいた。
「大丈夫なんじゃない。死なないんでしょ?」
「…そうですけど」

 鋼星は準備運動がこれで終わったかのように首を鳴らしながら竜太の方へ一歩ずつ近づいて行く。その歩は王者の余裕の表れかゆっくりとした動作だった。
 そこからの戦闘は竜太が必死に健闘しているように見えたが、ただ鋼星が遊んでいるだけだったようで、鋼星が遊び終わってから決着が着くまでの時間は短かった。

 しばらく経って意識を失っていた楓がムクリと起き上がり地面に埋もれていた頭を持ち上げる。後頭部を触ってから自分の怪我の状態を確認してから、しばらく何か考え込んだ後、特訓が終わり立華と談笑している鋼星のもとへ向かった。

 僕に何があったんだ? 強い衝撃の後、とてつもない吐き気が襲ってきてから全く記憶がない。まさか、一回死んだのか? 
 鋼星が言ってた殺す気で行くって本当だったのか。いや、ただの練習で本当にそんな事するわけないと思うけど。
 鋼星は僕らのことを鍛えてくれようとしてるけど、鋼星の考えてることはよくわからないのは確かだな。

 
「あれ、君生きてたの? 手加減してたつもりだったんだけどあの攻撃まともにくらってたから死んじゃったかと思ってたよ」
「まあ、なんとか…」
 あれで手加減してたのか。てことは、本当に殺すつもりはなかったってことかな。それでもあの強さだし、竜太は大丈夫だったのかな。
「ちょっと待ってください鋼星君? 『死んじゃったかと思ってたよ』って本当に殺すつもりだったんですか?」と立華はぎょっとして鋼星を見た。
「心配すんなよ手加減はしてやったから。でも、それで死んじまったらしょうがないってだけだろ」
 立華は引きつったような笑みを作ってから鋼星を上目遣いして言った。 
「まさか、竜太君のことも殺す気だったんですか?」と立華は鋼星に問いかける。
「うん。彼はそれでも大丈夫だと思ったからね。それに、よく粘ってたよ。いいセンスしてる。だから、ちょっと遊んじゃった」
 白目を剥いて気絶していた竜太はヴァンパイアの強い生命力で傷が徐々に自然治癒し、意識を取り戻し跳ね上がるように起き上がった。
「うお! 生きてる! し、死んだかと思った」
 竜太は自分の両手が交互に眺めながら自分の体が動いていることを確認する。
「君、なかなかいいセンスしてんじゃん」
 鋼星は竜太のもとへ行って手を差し伸べたが竜太はその手を掴むことなく、自力で立ち上がる。
「そりゃどーも。お前のせいでそのセンスを活かすことなくヴァンパイア生命が終わるとこだったけどな」と竜太は口を尖らせてそういった。
「よーし、なんかテンション上がってきちゃったからそこの君も一緒に俺が戦いの基礎を教えてあげるよ」
 鋼星は楓の方を見ながらそう言った。
 頭を抑えてよろよろと歩く楓は苦笑いを浮かべて「ありがとうございます」とつぶやいた。

 それから楓と竜太は戦い方の基礎になる間合いのとり方や力が伝わりやすい打撃方法などを教えてもらった。ルーロの武闘会で前回優勝しているだけに鋼星は本能的に戦っているようで説明は論理的に解説していて彼の強さがただの筋肉だけの力押しだけじゃない事が分かった。

「どうやら僕らはお邪魔のようですかね。3人が終わるまであそこで休憩してましょうか」
 立華がそう言って烏丸は頷き、2人は楓たちとは反対側に踵を返して立華が指差したカフェへのような雰囲気のお店に向かった。

 ジャズのような曲調の音楽が流れる店内に入り、二人がけの席で向き合って腰掛けるとすぐに店員がやってきて注文を聞いてきて2人はメニューを見ると長く悩むこと無くすぐに注文した。
「鋼星君はちょっとやりすぎな気がしますけど、僕らの仕事が減ってよかったですね」
「私はもともと立華に全部任せるつもりだったけど」
 烏丸は無愛想に呟いてから窓の外を眺めて頬杖をついた。
 烏丸が見つめる視線の向こうでは鋼星と竜太、楓が2対1で特訓していた。初めに戦った頃に比べると蹴りのフォームや立ち回りなど様になっていて2人の成長が感じられた。
「竜太君はもともとセンスがあるって聞いてましたし、楓君は不死身ですからねどんな事があっても耐えられるでしょう」
 烏丸は窓から遥か遠くを見つめるような目をして言った。
「不死身でも弱かったらさっきみたいに何回でも死にかけるんだろうね。死にたくても死ねない可愛そうなヴァンパイア」と烏丸はつぶやいた。
「ちょっとちょっと、そんな事言わないでくださいよ。不死身なだけで楓くんだっていい人なんですから、途中で見捨てたりしないでくださいよ」
「はいはい」とため息混じりで返事をした烏丸は「それより」と窓の外を再び眺めた。
「あ、終わったようですね」
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