不死身の吸血鬼〜死を選べぬ不幸な者よ〜

真冬

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第65話「特訓④」

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「あの状態は体力的にも精神的にも結構きつかった。長期戦にもつれ込んだら持たないかもしれないな。でも、とりあえずノルマはクリアした。あとは楓だぞ」 

 お侍2号は竜太に敗北したことをプログラムが認識したのか機能を停止して目を閉じた。そして、実体化からホログラムの状態に戻りテレビの砂嵐のように体がぼやけ始めて体の中心部の小指の第一関節ほどの黒い小さな球が現れてそれに吸い込まれて姿を消した。
 それを確認した竜太は立ち上がり膝に付いている汚れを手で払った。
「つっても、俺と楓は状況が違うだろうからもしかしたら楓は暴走するかもしれない。ってか、今回はそれをコントロールするのがメインミッションなんだったな」
「でも、暴走したらどうする?」
「とりあえず止めには入るけど無理だと判断したら応援を呼ぶ。鬼竜さんになんかあったら呼んでくれって言われてるから。LINEも交換したし」
 そう言って竜太はスマホを取り出して楓に鬼竜のアカウントを見せた。
 
「わかった。危険だと思ったらすぐに逃げてね」
 楓は右手に握りしめていた木刀を胸の前の掲げて大きく息を吐いた。
 楓は緊張の面持ちでまだ竜太と2号の熱戦の余韻が残る施設の中央部へ歩き始めた。2号同様に戦意を確認した1号は一度首をがっくりとうなだれてからつむっていた瞳を見開いて電源が入ったように始動して、首を左へ右へと動かして視界の中で楓を捉えて一直線に見つめた。

 楓は一度立ち止まって木刀を持っていない方の手のひらに視線を落としてしばらく見つめていた。手のひらは天上の光を反射して少しの汗をにじませていた。
「僕にとっての恐怖」
 楓は目をつむって天井を見上げるようにして首を傾ける。そして、脳裏のあの時の映像を思い出す。
 ルーロで起こった空太、竜太、そして観客たちの変わり果てた姿を思い出した。徐々に木刀を握る手に力が入る。楓はまだ正気を保てているようで歯を噛み締めて歯ぎしりをしながら自分の中から湧き上がってくるものを噛み殺すように耐えているようだった。額や首筋の浮き出た血管が楓の今の状態を示している。

 しだいに、楓の瞳は白目の部分も含めて徐々に赤く染まり始めた。一つ一つ吐き出す息は回数を重ねるごとに荒くなってく。

 それを見た竜太は右手に握っている木刀の握る手に少しだけ力を込めた。
 楓の白目には絵の具の赤色を混ぜたかのように赤色が白色ににじみ始めて明らかにいつもの状態とは違いがあることを示した。それでも1号と向き合って着実に距離を縮めていく。
 二人の距離がおよそ3メートルほどに近づいた時、脱力したように両手をぶら下げていた楓はようやく木刀を持つ手を持ち上げると目の前にいる1号に刀身を向けた。 
 楓の意識はここまで正常のようで竜太も少しだけ安堵した様子を見せる。

 楓と1号はお互いに対峙する。1号は相変わらずいつも通りの表情だったが楓は負の感情に意識を集中しているのか少しだけ視線を下げて1号の胸元を見て自制心をコントロールしている。
 重心を低くし、お互いが戦闘態勢に入る。傍観している竜太も二人がその体制に入ってピリリとした空気感を肌で感じとっていた。今までとは雰囲気が違う。ずっしりとした空気の重さは。
 
 まず先手を打ったのは楓だった。右手に持つ木刀を対峙する1号の左脇腹付近から右へと薙いだ。木刀が風を切る音がより鋭くなっており、振る速さは先程の竜太をも凌ぐほど高速だった。
 1号は上体を反らし、木刀が1号の腹部の上を通過して交わす。着ている着物はその風圧で激しく波打っている。そして、1号は後方に跳躍し、距離を取った。
 それを見た竜太はあることに気がついた。
「2号だったら今の攻撃かすってるはずだぞ」
 そうつぶやいたが楓は聞こえていなかったようにもう一度同じ攻撃を繰り出したが1号は見切って当然のように避ける。
 心配に思った竜太はすぐに楓に声をかけた。
「楓! 聞こえるか!」
 しばらく歯を噛みちぎるほどに食いしばっている楓はまぶたを瞬かせて竜太の声に気がついて急いで振り向いた。
「1号は2号と様子が違う気を付けていけよ」
 楓は頷いた。竜太は楓が正気を保っていることに安堵したものの額には大粒の汗をにじませていることが見て取れた。竜太にとってルーロで見た楓ほどの暴走ではないが今の楓も苦しそうな表情をしているのは明らかだった。

 楓は順調にと言ってよいほどに感情をコントロールして負の感情で増幅した力をもコントロールしていた。そして、その力はさっきの竜太を凌ぐほどに力強い動きを見せていた。一撃一撃が一発で勝負を決めるのではないかと思うほどに期待させる威力だった。しかし、それを上回っていたのがお侍1号だった。先程の竜太の攻撃だったら確実にかすり傷は付けている攻撃も風圧を受ける程度で全くと言って良いほどダメージを与えることができていない。
 さっきの竜太と2号の試合を見ていた楓も1号の戦闘レベルの異変に気がついたのか口角をわずかに上げた。その姿はまるで戦いを楽しんでいるかのようだった。
 竜太は様子がおかしい楓に直ぐに気がついた。
「楓! 感情に飲まれるな! 正気を保て」
 竜太は最大限に声を張っていったが楓には全く聞こえている様子はなかった。
 
 1号と楓の激しい打ち合いは続いたが1号ははじめに戦った時に比べると攻撃が消極的なように見える。まるで、楓の様子を見ているようだった。一方、感情に飲まれた楓はまるで戦いを楽しんでいるように嬉々として木刀を振るって攻撃を繰り出す。
「楓! もういい、戻ってこい!」
 必死に叫ぶ竜太の存在はもはや認識していないかのように二人の激しい打ち合いは続いている。
 木材同士がぶつかる音とはまるで違って鉄砲でも打っているかのように大きく弾けるような音が施設内に響き続けていた。

 楓の攻撃パターンをデータとして蓄積したのか1号の攻撃は積極的な攻撃に変わり始めた。
 それでも、今までの訓練では攻撃に押されていた楓は片手一本で1号の攻撃を悠々と防ぎ切る。
 鼻歌でも歌いそうなほどに余裕の表情を見せている楓に一貫して表情は同じだが攻撃の一つ一つに強さが増している1号はついに楓が油断しているすきをつこうとして木刀を構えて楓のこめかみに向かって木刀を振ったときだった。
 十分に距離を取って試合を見ているはずだった竜太のもとに髪を揺らすほどの風が吹いた。その瞬間、焦げ茶色の木材が宙を舞い地面に虚しく音を立てて転がり落ち、音がよく響く訓練施設では余計に虚しく聞こえた。

 楓は木刀を振り切って中腰の状態だった。一方、お侍1号の手には木刀の半分が握りしめられている。もう半分ははるか向こうに飛んでいった。
 決着が付いたその時だった。
「竜太…」
 一瞬だがいつもの楓の表情で後方にいる竜太に振り向いた。楓が正気を取り戻すことを半分ほど諦めかけていた竜太はハッとして楓の方を向いた。
「楓! 無事か! 勝負はもう良いから戻ってこい」
 心配そうに話しかける竜太に楓は素直にうなずいて応える。
 しかし、竜太の目線から楓が一瞬にして消え去った。
 楓が竜太と話している間に1号は今までの恨みを晴らさんとばかりに溜めに溜めた一撃を楓の後頭部におみまいした。
 楓は叩きつけられて地面に顔面から落下して地面に伏したまま動かなくなった。頭部からは赤い液体が水溜りのように広がっている。
 勝負がついたことを確認にした1号は戦意を失った楓に一度視線を落としてから電源が切れるように目の光を失いその場に立ち尽くした。
 
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