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第74話「戦慄」
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すると、西園寺の後頭部にオレンジ色に光る槍のようなものが当たった。頭部ではあったが西園寺に致命傷を与えるほどのダメージは与えていなかったが衝撃を受けて少し前のめりになった反動で楓を握る力を弱めて後ろを振り返った。
「誰や男同士の真剣勝負に文字通りの横槍入れおったやつ」
西園寺の視線の先には真夜中を照らす太陽のようにオレンジ色に光るパワードスーツ(アトン)を身にまとった4人の姿がそこにあった。その後ろには恐らく100人以上はいるだろうかアトンを身にまとったゼロの戦闘員たちが後ろに立っていた。皆、険しい表情でたたずみ、そして一人一人が形状は様々な武器を構える。
夜闇を照らしていた光は月光から一転して燦然と輝くライトが辺りを照らし出していた。
槍を投げた男は巨大化した西園寺に負けないほどの人間離れした巨躯の持ち主だった。
「ふーむ、この距離じゃまだ威力は足りないか」
ゼロS級隊員の鳥田はグローブのような分厚い手を眉に充てて槍を投げた先を見つめていた。
「通報を受けて来てみれば随分派手にやってくれてるな。紫が暴れてると言うから増援を要請して正解だった」
西園寺は掴んでいた楓を地面にたたきつけてから鳥田をにらみつける。腕の断面から血があふれ出す楓は咳込んで地面に額をつけて伏している。出血も多く顔色も青くなっている。
西園寺は額に血管が浮き出で眉間にシワを寄せる。そして、やや前傾姿勢で今にも飛びついてきそうだったがそれをこらえながらしっかりと顔を見てやろうと鳥田の元へと近づいてくる。
「人間の分際で何やお前ら。死にに来たんか」
一歩一歩踏み出す歩幅が大きくなる西園寺にも鳥田は全く動じずその表情には余裕すら感じられる。
「生と力に執着するあまりそんな醜い姿になってかわいそうに」
憐れむように鳥田は言ってから空気をつかむように手を開いた。すると、そこには何もない状態から槍のシルエットをした光が鳥田の手の上で形成されていく。
「君をここで殺す。何か言い残すことはあるかい?」
やがてその槍はオレンジ色の光をまとって身長190cm以上ある鳥田を裕に超えるほどの大きさになっていた。あまりの大きさに鳥田ほどの体格でなければ槍に体を押しつぶされてしまうだろう。
「なめとんかのこらぁ!」
西園寺は怒りが頂点に達してつばを飛ばしながら叫んだ。
鳥田が眩しいくらいに輝く槍を西園寺に向ける。西園寺は紫色の拳を鳥田にぶつけた。まるで光と闇が相対しているようだった。
「いいか。鷹橋、木並。二人共C級からB級に昇格したんだ。鳥田さんがアイツを抑えている間に僕らは散らばっているヴァンパイアを倒そう。見たところ弱っているからこの機を逃すなよ」
山本隊隊長の山本純矢は順調に昇進を重ねる部下に期待を寄せた。しかし、部下二人の返答はいつもと変わらなかった。
「言われなくてもやります」
「…」
しかし、木並は目を細めて醜いものでも見るようにそして、憐れむような視線を送った。口を開いた。
「あの不死身がいますよ」
そして、山本は不死身のヴァンパイアを邪悪なものでも見るかのように睨みつける。
「ああ、彼は僕らの脅威だ。ゼロの中でも最も警戒しているヴァンパイアの一匹。今は仲間割れして弱っているようだから下手に勝負するよりこちらで拘束したほうがいい。これを使ってくれ」
山本はアトンの腕に巻き付けてある小さな箱のスライド式のふたを開くとそこから注射器を取り出した。
「僕は上位クラスのヴァンパイアをやる。木並はこれであの白髪を眠らせて捉えるんだ。ゼロの研究ではいくら不死身でも薬剤は効果があると実証されている。だから、これを打って確実に捉えるんだ。奴は以前の戦闘におけるデータから不死身なだけで戦闘力はあまり高くない。落ち着いてやれば大丈夫だ」
山本は木並にその注射器を渡そうとした時、山本の手の上からその注射器が消えた。気づいたときには注射器は鷹橋の手の上にあった。その動作を目で追っていた木並は鷹橋を睨みつけた。
「何あんた? こんな時に手柄横取りしようとしてる? なめてんの」
鷹橋は手のひらの注射器に視線を落とした。そして、頭を振る。
「そんなんじゃない。でも、これは僕がやらないといけない気がするんだ」
木並は舌打ちしたが、この状況を1秒でも無駄にできないと考えてそのまま鷹橋に白髪を拘束する役割を交代することに承諾した。
「いい? 絶対に失敗しないでくれる。アイツらが勝手にやりあっててくれる絶好のチャンスなんだから」
鷹橋は小さく頷いた。そして、山本、木並、鷹橋そして、後方に控えるゼロの部隊が一気に散開した。
山本に続く部隊は無傷のルーカスへ、木並は他のA級隊員に混ざり手負いの鬼竜へ、他のB級以上の戦闘員は鳥田の援護へ。そして、鷹橋に続く部隊は手負いの楓にそれぞれ向かっていった。
鷹橋は楓の元へ一直線に向かう。楓が武器を持っていないことや近くに武器になりそうな物が落ちていないことを確認し、鷹橋は後方に従える隊員を手で制して待つように指示を出した。
まるで、鷹橋は楓が抵抗して来ないことを知っているかのように進める歩に迷いなく楓の元へ近づいてゆく。
片腕片足を無くし、痛みに悶て地面に伏したままでいる状態の楓を鷹橋は見下ろした。そして、一度長いまばたきをしてから言った。
「あなたは僕に言った。人間とヴァンパイアの味方だって。僕はずっとこの世界の在り方に疑問を持っていた。だから、あなたのあの一言を聞いた時この腐った世界が変わるんじゃないかって思った」
楓は地面に額を伏したまま唸るように言う。
「竜太を、竜太を助けないと…」
まるで聞こえていなかったように会話は成立していなかった。それでも、鷹橋は続ける。
「随分容姿が変わりましたね。以前会った時は普通の高校生みたいな顔だったのに。その真っ赤な瞳も目の下のクマも、何があったか知らないですけど今の貴方は正気じゃない」
鷹橋は後方で鳥田と戦闘を続ける西園寺を指差した。
「ヴァンパイアは人間と違って独特な方法で力を手に入れる。あなたも何かやったんでしょう? けど、それは人を殺すためではないと僕は信じています。だから、僕はあなたと殺し合いがしたいんじゃなくて話し合いがしたいんだ」
片手片足を無くした楓は芋虫のように地面を這いつくばって残った片手でなんとか地面を掴んで鷹橋から距離を取ろうとする。出血多量により少なくなった握力で何度も地面をつかもうとして爪が剥がれていた。しかし、懸命に楓が地面を這いつくばって進む速度よりも人間の歩く速度の方が遥かに速かった。
距離を取ろうとする楓に鷹橋すぐに詰め寄ってしゃがみ込む。
「少し休んでください」
鷹橋は楓の後頭部。ちょうど脊髄の辺りに注射の針を差し込んで透明な液体を注入した。すると、楓はまるで急激な眠気が襲ってきたかのように何度も瞬きをしてブツブツと話していた言葉も消えて安らかな眠りについた。
鷹橋は待機させていた隊員に目配せをして隊員たちはまるでこの状況を想定していたかのように訓練されているのか手際よく楓を大きな包帯のような布でつま先から頭まで巻きつけるとその布は鋼鉄のように硬化した。そして、一人の隊員は高さは2mほどの鉄製の細長い箱を取り出し、さらに背中にタンクを積んでいる隊員が到着し、その箱の中にタンクに入った透明な液体を箱の中いっぱいに注いでいく。その液体は箱に注がれてから3秒ほど経つと硬化していった。箱に並々と注がれた透明な液体はすべて硬化して大きな塊になった。まるで氷の中に封印されたように箱の中身は固体で隙間なく満たされていた。
「捕獲液で凝固させればいくらヴァンパイアといえどここから自力で出ることはできないですね」
タンクを背負っていた隊員はそう言った後、大きな箱を持ってきた隊員は蓋を締めて背に背負った。凝固液と意識を失った楓が入っている大きな箱だが細身なその隊員は軽々とそれを持ち上げて数人の護衛を連れて夜の闇に消えていった。
そして、鷹橋は山本と木並の様子を確認してから後に続いた。
その間、ルーカスは楓を連れ去られまいと何度も弾丸を放ったが山本の光線銃(グエイト)や大量に押し押せてくるゼロの隊員に手を焼いて楓に近づけないでいる。その中には山本と同じA級隊員もおりモラド上位のヴァンパイアであっても簡単に倒すことはできなかった。鬼竜やジャンセンも同様に西園寺との戦闘のダメージも蓄積して大人数で押し押せてくるゼロの隊員に邪魔をされて楓の元へ近づけない。
「楓!」
鬼竜は叫ぶが当然楓に聞こえていなかった。波のように押し押せてくるゼロの隊員たちの雄叫びでその声はかき消される。
そして、幸か不幸か東の空が徐々に薄明るくなり始めた。
「チッ。ここまでやな。勝負はお預けやゴツいおっちゃん」
「待て!」
西園寺は建物の壁面を踏み台にしながら道路を封鎖していたゼロの隊員たちを軽々と飛び越えていき、西園寺の姿は段々と遠ざかっていく。鳥田もその巨体からは考えられないほどの速度で西園寺を追跡していたが西園寺は慣れた道順だったのかスルリと地下へ地下へと逃げていきやがて鳥田の視界から消えた時、鳥田は追跡を止めた。
鳥田は片膝を付いて息を切らした。額からは流血して二人の勝負における実力差が現れていた。その証拠に鳥田を援護していたゼロの隊員の死体が周りには何人も横たわっている。
鳥田は地面に拳を振り下ろした。コンクリートの地面にはヒビが入る。
「クソッ! 仲間も守れずヴァンパイア一匹駆除できないなんて。何がS級だ」
山本が鳥田を追いかけて鳥田の元へ到着する。
「鳥田さん…」
「山本君すまない。あのヴァンパイアを駆除することはできなかった。隊員も大勢犠牲にしてしまった。私の力不足だ。自らこんな軍勢を率いといて立つ瀬がないよ」
山本は首を横に振った。そして、結んでいた唇を解いて言った。
「鳥田さんのせいじゃありません。いつか…いつか我々の手でアイツらを全滅させる日が来るはずです」
「ルーカス 、ジャンセン! もうダメだ一旦引こう」
呼ばれた2人は頷き3人は楓の奪還を諦めて大勢のゼロの部隊から距離を離して地下へと姿を消していった。
この大規模な戦闘の余韻に包まれる中、夜明けを知らせる光が辺りを照らし始めた。戦闘が行われた場所全体が照らし出されて初めて今回の戦いの惨状を克明に記した。
鉄筋コンクリートの壁面には刀で切り刻まれた跡や地面はボコボコに盛り上がっており平らな車道は見る影もなくなっている。特に西園寺と鳥田が戦闘を行った跡はそれがより一層際立っていた。地面は陥没してまるで地割れが起こったようだった。そして、最もゼロに衝撃を与えたのは鳥田の援護に向かった隊員の死者数である。今回の戦闘においてゼロの隊員109人。鳥田含めて西園寺と戦った隊員は43名の内生き残ったのは鳥田ただ一人だった。死者の中にはA級隊員も含まれていた。
楓の拘束に向かった隊員10名中死者0名
ジャンセンの討伐に向かった隊員15名中死者0名
ルーカスの討伐に向かった隊員20名中死者1名
鬼竜の討伐に向かった隊員21名中死者2名
死者はいずれも病院に搬送後失血死を確認。
この惨状は翌日の電子新聞の一面を飾った程だった。この出来事に日本中は震撼した。それは新しい力を手に入れたヴァンパイアの登場。そして、S級隊員の敗北。実際は1対1の対決で負けたわけではないが大勢の部下を失ったことで噂に尾ひれがついてS級隊員がヴァンパイアに破れたという噂が広まっていった。唯一人間の国民にとって明るい材料は人類の脅威であると公表されていた不死身の吸血鬼を拘束したことだった。それはどこでマスコミが張っていたのかは不明だが楓の顔を撮った写真が指紋照合して年齢確認した上という条件付きだが電子新聞で閲覧できるようになっていた。
「誰や男同士の真剣勝負に文字通りの横槍入れおったやつ」
西園寺の視線の先には真夜中を照らす太陽のようにオレンジ色に光るパワードスーツ(アトン)を身にまとった4人の姿がそこにあった。その後ろには恐らく100人以上はいるだろうかアトンを身にまとったゼロの戦闘員たちが後ろに立っていた。皆、険しい表情でたたずみ、そして一人一人が形状は様々な武器を構える。
夜闇を照らしていた光は月光から一転して燦然と輝くライトが辺りを照らし出していた。
槍を投げた男は巨大化した西園寺に負けないほどの人間離れした巨躯の持ち主だった。
「ふーむ、この距離じゃまだ威力は足りないか」
ゼロS級隊員の鳥田はグローブのような分厚い手を眉に充てて槍を投げた先を見つめていた。
「通報を受けて来てみれば随分派手にやってくれてるな。紫が暴れてると言うから増援を要請して正解だった」
西園寺は掴んでいた楓を地面にたたきつけてから鳥田をにらみつける。腕の断面から血があふれ出す楓は咳込んで地面に額をつけて伏している。出血も多く顔色も青くなっている。
西園寺は額に血管が浮き出で眉間にシワを寄せる。そして、やや前傾姿勢で今にも飛びついてきそうだったがそれをこらえながらしっかりと顔を見てやろうと鳥田の元へと近づいてくる。
「人間の分際で何やお前ら。死にに来たんか」
一歩一歩踏み出す歩幅が大きくなる西園寺にも鳥田は全く動じずその表情には余裕すら感じられる。
「生と力に執着するあまりそんな醜い姿になってかわいそうに」
憐れむように鳥田は言ってから空気をつかむように手を開いた。すると、そこには何もない状態から槍のシルエットをした光が鳥田の手の上で形成されていく。
「君をここで殺す。何か言い残すことはあるかい?」
やがてその槍はオレンジ色の光をまとって身長190cm以上ある鳥田を裕に超えるほどの大きさになっていた。あまりの大きさに鳥田ほどの体格でなければ槍に体を押しつぶされてしまうだろう。
「なめとんかのこらぁ!」
西園寺は怒りが頂点に達してつばを飛ばしながら叫んだ。
鳥田が眩しいくらいに輝く槍を西園寺に向ける。西園寺は紫色の拳を鳥田にぶつけた。まるで光と闇が相対しているようだった。
「いいか。鷹橋、木並。二人共C級からB級に昇格したんだ。鳥田さんがアイツを抑えている間に僕らは散らばっているヴァンパイアを倒そう。見たところ弱っているからこの機を逃すなよ」
山本隊隊長の山本純矢は順調に昇進を重ねる部下に期待を寄せた。しかし、部下二人の返答はいつもと変わらなかった。
「言われなくてもやります」
「…」
しかし、木並は目を細めて醜いものでも見るようにそして、憐れむような視線を送った。口を開いた。
「あの不死身がいますよ」
そして、山本は不死身のヴァンパイアを邪悪なものでも見るかのように睨みつける。
「ああ、彼は僕らの脅威だ。ゼロの中でも最も警戒しているヴァンパイアの一匹。今は仲間割れして弱っているようだから下手に勝負するよりこちらで拘束したほうがいい。これを使ってくれ」
山本はアトンの腕に巻き付けてある小さな箱のスライド式のふたを開くとそこから注射器を取り出した。
「僕は上位クラスのヴァンパイアをやる。木並はこれであの白髪を眠らせて捉えるんだ。ゼロの研究ではいくら不死身でも薬剤は効果があると実証されている。だから、これを打って確実に捉えるんだ。奴は以前の戦闘におけるデータから不死身なだけで戦闘力はあまり高くない。落ち着いてやれば大丈夫だ」
山本は木並にその注射器を渡そうとした時、山本の手の上からその注射器が消えた。気づいたときには注射器は鷹橋の手の上にあった。その動作を目で追っていた木並は鷹橋を睨みつけた。
「何あんた? こんな時に手柄横取りしようとしてる? なめてんの」
鷹橋は手のひらの注射器に視線を落とした。そして、頭を振る。
「そんなんじゃない。でも、これは僕がやらないといけない気がするんだ」
木並は舌打ちしたが、この状況を1秒でも無駄にできないと考えてそのまま鷹橋に白髪を拘束する役割を交代することに承諾した。
「いい? 絶対に失敗しないでくれる。アイツらが勝手にやりあっててくれる絶好のチャンスなんだから」
鷹橋は小さく頷いた。そして、山本、木並、鷹橋そして、後方に控えるゼロの部隊が一気に散開した。
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鷹橋は楓の元へ一直線に向かう。楓が武器を持っていないことや近くに武器になりそうな物が落ちていないことを確認し、鷹橋は後方に従える隊員を手で制して待つように指示を出した。
まるで、鷹橋は楓が抵抗して来ないことを知っているかのように進める歩に迷いなく楓の元へ近づいてゆく。
片腕片足を無くし、痛みに悶て地面に伏したままでいる状態の楓を鷹橋は見下ろした。そして、一度長いまばたきをしてから言った。
「あなたは僕に言った。人間とヴァンパイアの味方だって。僕はずっとこの世界の在り方に疑問を持っていた。だから、あなたのあの一言を聞いた時この腐った世界が変わるんじゃないかって思った」
楓は地面に額を伏したまま唸るように言う。
「竜太を、竜太を助けないと…」
まるで聞こえていなかったように会話は成立していなかった。それでも、鷹橋は続ける。
「随分容姿が変わりましたね。以前会った時は普通の高校生みたいな顔だったのに。その真っ赤な瞳も目の下のクマも、何があったか知らないですけど今の貴方は正気じゃない」
鷹橋は後方で鳥田と戦闘を続ける西園寺を指差した。
「ヴァンパイアは人間と違って独特な方法で力を手に入れる。あなたも何かやったんでしょう? けど、それは人を殺すためではないと僕は信じています。だから、僕はあなたと殺し合いがしたいんじゃなくて話し合いがしたいんだ」
片手片足を無くした楓は芋虫のように地面を這いつくばって残った片手でなんとか地面を掴んで鷹橋から距離を取ろうとする。出血多量により少なくなった握力で何度も地面をつかもうとして爪が剥がれていた。しかし、懸命に楓が地面を這いつくばって進む速度よりも人間の歩く速度の方が遥かに速かった。
距離を取ろうとする楓に鷹橋すぐに詰め寄ってしゃがみ込む。
「少し休んでください」
鷹橋は楓の後頭部。ちょうど脊髄の辺りに注射の針を差し込んで透明な液体を注入した。すると、楓はまるで急激な眠気が襲ってきたかのように何度も瞬きをしてブツブツと話していた言葉も消えて安らかな眠りについた。
鷹橋は待機させていた隊員に目配せをして隊員たちはまるでこの状況を想定していたかのように訓練されているのか手際よく楓を大きな包帯のような布でつま先から頭まで巻きつけるとその布は鋼鉄のように硬化した。そして、一人の隊員は高さは2mほどの鉄製の細長い箱を取り出し、さらに背中にタンクを積んでいる隊員が到着し、その箱の中にタンクに入った透明な液体を箱の中いっぱいに注いでいく。その液体は箱に注がれてから3秒ほど経つと硬化していった。箱に並々と注がれた透明な液体はすべて硬化して大きな塊になった。まるで氷の中に封印されたように箱の中身は固体で隙間なく満たされていた。
「捕獲液で凝固させればいくらヴァンパイアといえどここから自力で出ることはできないですね」
タンクを背負っていた隊員はそう言った後、大きな箱を持ってきた隊員は蓋を締めて背に背負った。凝固液と意識を失った楓が入っている大きな箱だが細身なその隊員は軽々とそれを持ち上げて数人の護衛を連れて夜の闇に消えていった。
そして、鷹橋は山本と木並の様子を確認してから後に続いた。
その間、ルーカスは楓を連れ去られまいと何度も弾丸を放ったが山本の光線銃(グエイト)や大量に押し押せてくるゼロの隊員に手を焼いて楓に近づけないでいる。その中には山本と同じA級隊員もおりモラド上位のヴァンパイアであっても簡単に倒すことはできなかった。鬼竜やジャンセンも同様に西園寺との戦闘のダメージも蓄積して大人数で押し押せてくるゼロの隊員に邪魔をされて楓の元へ近づけない。
「楓!」
鬼竜は叫ぶが当然楓に聞こえていなかった。波のように押し押せてくるゼロの隊員たちの雄叫びでその声はかき消される。
そして、幸か不幸か東の空が徐々に薄明るくなり始めた。
「チッ。ここまでやな。勝負はお預けやゴツいおっちゃん」
「待て!」
西園寺は建物の壁面を踏み台にしながら道路を封鎖していたゼロの隊員たちを軽々と飛び越えていき、西園寺の姿は段々と遠ざかっていく。鳥田もその巨体からは考えられないほどの速度で西園寺を追跡していたが西園寺は慣れた道順だったのかスルリと地下へ地下へと逃げていきやがて鳥田の視界から消えた時、鳥田は追跡を止めた。
鳥田は片膝を付いて息を切らした。額からは流血して二人の勝負における実力差が現れていた。その証拠に鳥田を援護していたゼロの隊員の死体が周りには何人も横たわっている。
鳥田は地面に拳を振り下ろした。コンクリートの地面にはヒビが入る。
「クソッ! 仲間も守れずヴァンパイア一匹駆除できないなんて。何がS級だ」
山本が鳥田を追いかけて鳥田の元へ到着する。
「鳥田さん…」
「山本君すまない。あのヴァンパイアを駆除することはできなかった。隊員も大勢犠牲にしてしまった。私の力不足だ。自らこんな軍勢を率いといて立つ瀬がないよ」
山本は首を横に振った。そして、結んでいた唇を解いて言った。
「鳥田さんのせいじゃありません。いつか…いつか我々の手でアイツらを全滅させる日が来るはずです」
「ルーカス 、ジャンセン! もうダメだ一旦引こう」
呼ばれた2人は頷き3人は楓の奪還を諦めて大勢のゼロの部隊から距離を離して地下へと姿を消していった。
この大規模な戦闘の余韻に包まれる中、夜明けを知らせる光が辺りを照らし始めた。戦闘が行われた場所全体が照らし出されて初めて今回の戦いの惨状を克明に記した。
鉄筋コンクリートの壁面には刀で切り刻まれた跡や地面はボコボコに盛り上がっており平らな車道は見る影もなくなっている。特に西園寺と鳥田が戦闘を行った跡はそれがより一層際立っていた。地面は陥没してまるで地割れが起こったようだった。そして、最もゼロに衝撃を与えたのは鳥田の援護に向かった隊員の死者数である。今回の戦闘においてゼロの隊員109人。鳥田含めて西園寺と戦った隊員は43名の内生き残ったのは鳥田ただ一人だった。死者の中にはA級隊員も含まれていた。
楓の拘束に向かった隊員10名中死者0名
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死者はいずれも病院に搬送後失血死を確認。
この惨状は翌日の電子新聞の一面を飾った程だった。この出来事に日本中は震撼した。それは新しい力を手に入れたヴァンパイアの登場。そして、S級隊員の敗北。実際は1対1の対決で負けたわけではないが大勢の部下を失ったことで噂に尾ひれがついてS級隊員がヴァンパイアに破れたという噂が広まっていった。唯一人間の国民にとって明るい材料は人類の脅威であると公表されていた不死身の吸血鬼を拘束したことだった。それはどこでマスコミが張っていたのかは不明だが楓の顔を撮った写真が指紋照合して年齢確認した上という条件付きだが電子新聞で閲覧できるようになっていた。
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