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2.自覚する気持ちと現実と
しおりを挟むその夜を境に、残業後の深夜の使用人ラウンジで、リードマン執事長とお茶をすることが増えて行った。
エリアナお嬢様のご婚約が決まり、その準備で連日忙しく、残業が続いたのもあったが、深夜のラウンジにリードマン執事長を捜してしまう自分も居て、密かに彼との時間を楽しみにしていた。
話すことは仕事のことが殆どであったが、日に日に、リードマン執事長と打ち解けて行っているような気がして、気分が上昇している自分がいた。
仕事中も何故か彼を目で追ってしまう。でも、彼を知るたびに自分と比べてしまい、生まれてきそうな淡い思いを必死に押し込めた。
鏡の前に、地味で真面目な自分の姿を映る。エリアナお嬢様のように、誰もが振り返るくらいの美貌があれば、自信がもてるのだろうか。そんなことを思いながらエリアナお嬢様の髪の毛を梳いていると、髪の毛が櫛に絡まってしまった。
「痛っ!!ちょっと、何するのよ!!」
案の定、激怒するお嬢様に、ああやってしまったと茫然と考える。首にされるだろうか。それとも手を上げられるだろうか。
どちらにせよ、諦めた気持ちで頭を下げ謝っていると
「エリアナお嬢様、旦那様がお呼びですよ」
「もう!こんな時に!仕方ないわね、いいわ!もう下がってちょうだい!!」
癇癪を起こしながらも、リードマン執事長に連れられ部屋を出るお嬢様を茫然と見つめた。
リードマン執事長…もしかして…私を助けてくれたの…?
タイミングよく表れてくれた彼に胸が熱くなり、必死に気持ちを誤魔化した。
とにかく仕事に集中しなければ。そう思って頬を自分の手でパチンと叩きながら、お嬢様のお部屋を整えた。
◆◆◆
「今日は、ありがとうございました」
深夜の使用人専用ラウンジで、紅茶を飲みながらリードマン執事長に頭を下げた。リードマン執事長は首を振り、
「いいえ。当然のことですから」
そんなことは無い。お嬢様が怖くて、今まで誰も助けてはくれなかった。リードマン執事長だけが、気転をきかせ、いつも皆をフォローしてくれている。
彼の存在に、どれほど私達使用人が助けられているのか。無表情でクールなイメージだから勘違いされやすいけれども、リードマン執事長の優しさにいつも救われるのだ。
「リードマン執事長と、一緒に働けて、本当に良かったです」
つい本音が漏れてしまった。リードマン執事長は少し目を丸くさせ、こちらを見つめ返す。
「最初は、何でも出来るリードマン執事長と自分を比べて、卑屈になったりしましたが、今は、リードマン執事長のこと、尊敬しています」
「買いかぶりすぎですよ。それに、私は、どんなに酷い環境でも、挫けずに一生懸命自分の出来ることを探し、精一杯仕事をしている貴女こそ、素晴らしいと思います。時々頑張りすぎて心配にはなりますが」
ストレートに褒められて、顔が真っ赤になってしまう。
ああ、もう隠しきれない。
私、この人が好きだ──
でも、この想いは私には不相応な想いだから、そっと心の奥に仕舞い込もう。
仕事仲間として、彼の隣に堂々と立てるように。
「ふふ。リードマン執事長にそのように褒めて頂けるなんて、凄く嬉しいです。これからも頑張れそうです」
「無理しない程度に、ですよ」
この穏やかな時間が、ずっと続けばいいのに。
まるで嵐の前の静けさのように、私達は深夜のお茶会を終え、お互いの執務室へと戻るのだった──
◆◆◆
「私、婚約なんてしないわ!ブライトのことを好きになっちゃったの!彼が執事でも関係ないわ!私、彼と結婚するわ!!」
翌日、エリアナお嬢様は、突拍子もなく爆弾発言をした。恋愛体質なお嬢様は、いつも一目惚れとかいきなり恋に落ちたとか言い周りを混乱に落としていたけれど…よりによって…リードマン執事長にお嬢様が想いを寄せるなんて─…
サァーッと皆が青くなる中、お嬢様はリードマン執事長にすり寄り、腕を絡め、胸に頬を寄せてしだれかかる。
その姿を見ただけで、心に黒いものが溢れ出る感覚がした。
「お嬢様…、お嬢様にはリシオン・マラット伯爵様との縁談が…」
掠れた声でそう言うと、お嬢様は不機嫌そうな表情で私に振り向く。
「うるさいわね!あんな格下の家に嫁げるわけないでしょう?私に物申すなんて、いい度胸ね!お前、クビよ!!」
格下と言えども、今国内で一番の権力とお金を動かしているのは、マラット伯爵様だと、使用人の私でも知っている。この縁談を断ったら…流石の侯爵家でも潰されかねない。
しかも…長年我慢して、勤めてきたのに…
こんなに簡単にクビになってしまった。
最後まで名前を呼ばれることもなく。
ぎゅっと唇を噛みしめる。
「わかりました。今まで、お世話になりました」
深くお辞儀して、お嬢様とリードマン執事長に背を向けて退出する。
背中越しに、
「レニーベースメイド長!」
と、リードマン執事長の声が聞こえたけれど、振り向けずに執務室に戻った。
自分の荷物を整理して、泣きそうになっている副メイド長へと引き継ぎをする。本当に、こんな形で責任を押し付けて申し訳ないけれど、もうここには居られないことは、何人ものクビになった仕事仲間を見送っている私は重々に承知していた。
「申し訳ないわね。仕事の引き継ぎで何か分からないことがあったら、ここへ連絡を頂戴ね」
激務で中々帰れなかったアパートメントの住所を副メイド長に渡し、私は侯爵家を後にした。
ここ半年くらい、執務室に備え付けられている仮眠室に寝泊まりしていたから、久々に自室でゆっくり眠れるわね…
ぼーっとした思考でアパートメントのドアを開ける。荷物も殆ど置いていない、寝るためにあるような生活感の無い部屋に、この数年間、私は一体何をしてきたのだろう…と喪失感に襲われる。
窓を開け、埃っぽい部屋の空気の入れ替えをして、寝台へ横になる。
リードマン執事長…お嬢様とどうなるのかしら…
旦那様にお嬢様を誑かしたとかで処罰を受けなければいいけれども…
もう、会えないのかしらね──
寝台の枕にぽつりぽつりと染みができる。
ここ何年も涙が出ること何て無かったのになぁ。
この涙は、仕事をクビになった悔しさから?
それとも、彼ともう二度と顔を合わせて、一緒に仕事をすことが無くなった悲しさから…?
分からないけれども、止めどなく流れ落ちる涙に、私も限界だったのかな、と思った。リードマン執事長がいつも無理しないようにと心配してくれていたのは、私がいつ崩れてもおかしくない砂の上で必死にもがいていたからかもしれない。
あの深夜24時のお茶会が、私の唯一の救いだったのだわ──
泣き疲れていつの間にか眠ってしまい、気が付いた時には朝の陽ざしが窓から注ぎ込んでいた。
こんなに眠れたのは、いつ以来だろうか…
ゆっくりと起き上がり、渇いた喉を潤すためにキッチンへと向かった。
見事にお酒類以外は何もなく、まあ、無いよりましかと、瓶のままお酒に口をつけて一気に飲み干す。
戸棚にチーズもあったっけ…
空腹をチーズを食べて誤魔化しながら、酒瓶を持って寝台まで戻る。
お酒を飲んで一日ぼーっと出来るのなんて、本当何年ぶりだろう。
仕事をクビになるのも、悪いことばかりじゃないわね…と少し気分が浮上した。
チーズをおつまみに酒瓶を2本空け、3本目の瓶の蓋を開けた瞬間─…
コンコンとアパートメントのドアをノックする音が聞こえた。
「はーい、どちらさまでしょうーっ!」
お酒でふわふわする頭で、無防備にドアを開けると、其処には目を丸くして私を見つめるリードマン執事長が居た。
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