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4. つながる
しおりを挟むCloseと書かれた札がぶら下げられた通いなれたバーの扉を開けると、チリンとドアのベルが鳴る。ドアベルの音で2階から下りてきた糸魚川さんは、ずぶ濡れでドアの前に立っている俺を見て目を丸くした。
「遥君?そんなに濡れて、大丈夫ですか?」
焦ったようにタオルを持ってきて俺を包み込んだ糸魚川さんに、涙が止まらなくなった。会いたかった。声が聴きたかった。触れたかった。抱きしめて欲しかった。
「っ…──」
実際、何も言えなくて。ただ泣き出す俺の頭をぽんぽんと撫でて、糸魚川さんはずぶ濡れの俺をぎゅっと抱きしめてくれた。
「ずっとね、雨が降らないかなぁって思ってたんです。君が、来てくれないかって。おじさんにこんなこと言われても嬉しくないですよね。でも、今日、君が来てくれた」
温かい糸魚川さんの声が心地いい。彼も、俺に会いたかったのだろうか。待っていてくれたんだろうか。
「遥君、好きだよ。ずっと、君が来てくれたら、言おうと思ってた。」
糸魚川さんはの言葉に俺はびくっと反応する。糸魚川さんは変わらず、優しい声色で俺を安心させるように言う。
「返事は要りません。ただ、君が来なくなる前に言っておきたかっただけだから。君がこの関係を望んでいると分かってます。いつも通り、セフレのままで構いません」
どうして、ここまで俺を想ってくれるのだろう。こんなに甘やかしてくれるんだろう。この人は、どうして…──
先程までの恐怖は無くなって、心がどんどん温かくなっていく。この人が好きだ。この人が欲しい。糸魚川さんの特別になりたい。
「糸魚川さん、俺の、話聞いてくれる?上手く、話せるか分からないけど、糸魚川さんに聞いて欲しい」
「うん。聞くよ。でも、風邪ひいちゃうから、先にお風呂に入って着替えておいで。今日はお店もお休みにしますから、時間は気にせず、ゆっくり話しましょう」
糸魚川さんに促され、俺はお風呂を借りて、熱いシャワーを浴びた。さっきまで、恭平さんに襲われて、怖くて堪らなかったのに、今は糸魚川さんの気持ちを知れて舞い上がっている自分が居る。
早く…糸魚川さんと向き合いたい。逸る気持ちを押さえながら用意してくれた着替えを身に着けると、彼の匂いがして胸がドキドキした。
お風呂から出で、バーの空いた席に腰かけてお互い向き合うと、緊張感で手に汗が滲んだ。糸魚川さんに、想いを伝えるには、俺の過去も知ってほしいと思う。恭平さんのことも、全部。
「緊張、しているね。もし話し辛いなら無理しないでくださいね」
そうやってまた甘やかそうとする糸魚川さんに俺はきゅっと手を握り締めて意を決する。
「糸魚川さんだから…聞いて欲しいんだ。俺が今までどうして、恋人を作りたくなったのか、恋愛するのを、怖がっていたのか…」
俺の真剣な顔に糸魚川さんは優しく頷いた。まるで、大丈夫だよって言ってくれているように。少し泣きそうになったけど、必死に我慢した。
「俺ね、小さい頃から男の人が恋愛対象なのはずっといけないことだと思っていて、家族にも、友達にも隠してたんだ。そんな時に、兄の友達に俺と同じ趣向の人が居て、初めての仲間に浮かれてたのもあると思うけど…俺単純だから好きになっちゃって。その人は遊びで俺に手を出してたのに、俺はすっかり恋人気分になってて。俺の事は玩具としか思ってないって言われて…性処理にしか思われてなかったんだ」
10代の頃の自分の話をするのは、すごく惨めな気分だった。全てが初めてで、一途に思っていた気持ちが弄ばれていて。初めてした恋はとても辛くて、苦い思い出で、心に深く傷を残した。
「こんな想いをするなら、もう二度と恋はしないって、恋人なんて作らず、傷つかない程度の軽い関係しか持たないって、そう思って地元から遠く離れた大学を受けて逃げてきたんだ。でも…糸魚川さんと出会って、俺…」
あんなに優しく丁寧に抱いてもらったのは初めてだったんだ。優しい、俺を愛おしむ様な瞳で見つめられて、頭を撫でながら抱きしめて貰ったことなんて無かった。セフレって自分に言い聞かせなきゃ…また同じ勘違いをしてしまいそうで、ずっとずっと自分の気持ちを誤魔化していた。
でも、恭平さんと再会して、分かったんだ。俺の心はもう恭平さんに囚われて無い。俺が好きなのは─…
「糸魚川さんが欲しい。糸魚川さんの特別になりたい。糸魚川さんが…好きだ──」
セフレなんて…嫌だ──そう言いかけた言葉は、糸魚川さんに重ねられた唇の中に消えて行った。何回も重なり合う唇に、俺は見開いていた目をそっと閉じた。
唇が離れて、ぎゅっと抱きしめられる。少し震えている糸魚川さんが俺の肩越しに呟いた。
「本当…?遥君、僕と恋人になってくれるの?」
「うん。糸魚川さんと、恋人になりたい」
ふうっと深く息を吐いた糸魚川さんは少し潤んだ瞳で俺を覗き込んだ。
「夢みたいだ…。こんなおじさんでいいの?」
「おじさんって、糸魚川さんまだ32歳じゃない。若いよ、それに…格好いいし。逆に俺で大丈夫?こんなガキで…」
俺の言葉に糸魚川さんは目を丸くした。そして、優しく俺の頬を大きな手で撫でてくれた。
「遥君なら何でもいいよ。君の繊細な所も、怖がりなところも、可愛いところも、全部好きだよ。全部、愛おしすぎて…年甲斐もなくドキドキしてますから」
「えっ!糸魚川さんみたいな大人もドキドキするの!?」
いつも余裕な大人な感じの糸魚川さんの乙女発言に吃驚してしまう。そっと手を重ねられ、糸魚川さんの心臓の上に乗せられると、本当に鼓動が早くなっているのが分かった。
「ね、ドキドキしてるでしょう?」
「う、うん」
蕩けるような甘い顔で言われて、俺まで心拍数が急上昇した気がした。またちゅっとキスを落とされると、お互いの瞳に熱が灯り、どちらともなく指を絡ませる。
「二階行きますか?」
「う…うん」
真っ赤になって頷くと、ふっと糸魚川さんが笑った。夕立ちだったのか、あれほど激しく降っていた雨は止み、夕暮れの曇りがちな空が窓から見えた。
きっと、もう、雨が降らなくても、降っても、糸魚川さんの隣に居られると思うと、何だか幸せだなって、自然とにやけてしまったのは、内緒だ。
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