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27話 イベントてんこ盛り

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「へー。店の中で実際に料理を作るのかい。それなら、試食して美味しかったら店の食材を買って帰るね。上手い事を考えてもんだ」
「お褒めにあずかり光栄です。ですが、これはディモ君が考えて実行してくれました。彼は凄いですね! 私は今まで色々な商売をしてきましたが、こんな方法は思いつきませんでしたよ! ヘレーナさん! 彼は本当に素晴らしい弟君ですね! その他にも……」
「おぉ! 良く分かってるな! そうだよ、ディモは素晴らしいんだよ!」

 感心したように呟いていたヘレーナにマテウス近付き手放しにディモを褒めほめ始めた。五分間もディモの称賛話を聞いたヘレーナは、顔が蕩けとろけるような表情になっており、満面の笑みでマテウスの肩をバシバシと叩いていた。その間、ディモは奥様方とアメーリエに出来上がった料理を振る舞いながら、料理についての説明をしていた。

「これは、お母さんから受け継いだレシピに載っていたハーブ包み塩釜焼きだよ! 見てた通り、最初にハーブを肉に……」

 ディモから料理名と作り方を聞いた一同は、湯気を立てている料理から漂ってただよってくるハーブの香りと、肉汁によだれが出そうな表情で試食を始める。そして、口に広がる肉汁の多さと、肉の柔らかさを味わいながら歓声を上げた。

「んー。美味しい! これは美味しいね!」
「大量の塩を使っていたから、どうなるかと思ったけど意外とあっさりしているね」
「ハーブの香りがいい! 今日は間に合わないけど、明日の晩ご飯はこれにしようかね。旦那も喜んでくれるだろうよ」
「ディモ君が作った料理の食材はどこに並んでるの?」
「ああ。それは失礼しました。今日の料理については材料をまとめて購入出来るように集めておきますよ。それと、今後はディモ君ではありませんが、実演販売は続けていきますので楽しみにして頂けると幸いです。今日は特別に、こちらのハーブをお一人様にひと束をプレゼントしますよ」

 ディモに料理の感想を伝えている奥様方の元にヘレーナとマテウスが近付く。そして、棚に飾られているハーブを手に取ると、近くにいた一人に手渡した。最初はキョトンとしていた奥様だったが、無料で貰えると分かると歓声を上げて喜んだ。

「えっ! 本当にこのハーブをもらっていいの? このハーブは前から試してみたかったのよね」
「ええ。そうでしょうとも。今日はディモ君の実演販売に参加して頂いた方への特別プレゼントです。そうだ! 塩も渡しましょう。明日以降はディモ君は来ませんが、一品無料プレゼントは続けますからね」

 マテウスのさらなるプレゼントに奥様方の目の色が変わる。そして、自分達以外にこの話を聞いていない事を確認すると、円陣になってヒソヒソ話を始めた。

「どうする? この話? 周りに広める?」
「今日は可愛い子がいるから、気楽に参加したのが本音よ?」
「だよね! 私も普段は色々な店で一番安い商品を買ってた」
「でも、明日からも定期的に実演販売をするんでしょ? だったら無料の一品が貰うために、よろず屋にきてもいいかも」
「他の奥様方にも紹介して、実演販売が中止にならないようにしましょう!」
「「「了解!」」」

 円陣が解けると、奥様方は楽しそうな表情でディモに話し掛ける。

「明日からは実演販売をしないのよね?」
「今日だけだよ! お姉ちゃんと散歩にも行きたいし、今日買った香辛料を使って色々と作りたいから。でも、僕のレシピは何個かをマテウスさんに伝えるよ!」
「ディモ君が居ないのは寂しいけど、旅の途中だものね。お姉ちゃんに美味しい物をたくさん作ってあげな」
「お姉ちゃんも頑張りな!」

 ディモの元気な返事に奥様方は微笑ましそうな顔になると、ヘレーナやヘルマンに挨拶をして買い物の続きをするために散っていくのだった。

 ◇□◇□◇□

「それで、アメーリエがここにディモ君を連れてきてくれたのは家業を継ぐ気になったから……」
「私は森の安らぎ亭を継ぐから!」
「そうか。残念だよ。領主になる私の後を……」
「それ以上は聞かないよ!」

 マテウスが嬉しそうに話し掛けるが、アメーリエは一刀両断に会話を終わらそうとする。さらに話を続けようとしたが、そっぽを向いて耳をふぐと、どこかに行ってしまった。その後ろ姿を見ながら苦笑するとディモに話し掛ける。

「それはそうと、今日はありがとうございます。お客様のお陰で売り上げが良い感じです。そして素晴らしい種まきが出来ました。後はアメーリエが後を継いでくれると完璧なのですが」
「あいつは、あんたの娘なのかい?」
「いえいえ。私の娘ではありませんよ。彼女は、この屋敷を建てた魔術師の血を継承する一族です。残っている血族は彼女とその母親だけになっています。私としては彼女の先々代から預かっている屋敷と、ここまで大きくしたよろず屋を任せたいのですが……」

 マテウスの言葉にヘレーナが確認すると、笑いながら否定の言葉が返ってきた。自分はアメーリエの先々代から屋敷を預かっている事。その際に屋敷は自由に使って良いと言われたたので、よろず屋としてオープンさせた事。物珍しさも手伝って繁盛している事などを伝えた。

「元々、私は現領主の次男なのです。ですが、先日兄が流行病はやりやまいで亡くなりまして。私が領主を継ぐ事になりました。この店以外の引き継ぎは完了しているので、後はここだけなのです。私としては名義だけでも返したいのですがね……。おっと。こんな話をお客様にするべきではありませんな。今日は本当にありがとうございました。お礼となるかは分かりませんが、今日購入された香辛料は無料で差し上げます。それとこちらもお持ちください。こちらのハーブは気に入って頂いたようですので」
「えっ! いいの?」
「もちろんです。本当なら、ずっと専属でいてもらいたいのですがね」

 長々と語っていたマテウスだったが、ふと我に返ると慌てた様子で商人の顔に戻るとディモに香辛料を大量に手渡しながら、さらに購入して分についても料金は要らないと伝えるのだった。
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