和ませ屋仇討ち始末

志波 連

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知ろうとしない罪

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 高杉のもとに門下生らしき数人が駆け寄った。
 久秀のもとには柴田研吾と新之助が走る。
 動こうとした咲良を止めたのは宇随だった。

「今はだめですよ。まだ行ってはいけない。あいつはまだ気を抜いていない」

 三良坂も立ち上がって咲良を止める。

「安藤殿なら大丈夫です。ここで安心してお待ちなさい」

 咲良の目から涙がボロボロと零れ落ちた。
 宇随は咲良を座らせながらも、高杉から目を離さずにいる。
 その刹那、高杉に駆け寄った門下生の一人が動いた。

「おのれ! 奸賊め!」

 柴田研吾が新之助を搔っ攫うようにして横に飛んだ。
 久秀は男に背を向けたままじっとしている。

「ぐあっ」

 久秀は動いていないのに、その場に男が崩れ落ちた。
 いや、実際には違うのだが、その場にいる全員にはそう見えたのだった。
 高杉の横に立っていたもう一人の男が剣を抜いて、久秀の方に向き直る。
 それを止めたのは高杉だった。

「止めよ。手を出すな」

「しかし先生!」

 高杉はギロッと門下生たちを睨むと、久秀に声を掛ける。

「我が弟子が失礼をした」

 久秀がゆっくりと立ち上がり口を開く。

「新之助様が無事ですから、今回は見逃しましょう。まだやりますか?」

「無論だ」

 そこに佐々木が割って入る。

「この佐々木が預かると申したであろう?」

 高杉も久秀も睨み合ったまま返事をしない。
 佐々木がスラっと剣を抜いた。

「まずは私が相手をせねばならんか?」

 北町奉行にそこまで言われては、頷くしかない。
 先に跪いたのは久秀だった。

「お預け申す」

 仕方なく高杉もそれに倣った。
 三良坂が立ち上がり、佐々木に並ぶ。

「どうやら誤解があるようですね。高杉さん、少し話をしましょう」

 新之助が咲良のもとに戻ってきたが、顔色は悪かった。

「新之助様? どこか痛めましたか?」

 新之助は歯を食いしばったまま、首を横に振って俯いた。
 研吾が戻ってきて咲良に言う。

「大丈夫ですよ。新之助は悔しいだけだ。なあ? 新之助?」

 新之助の目から大粒の涙がポロっと零れる。
 それを見た宇随が声を出した。

「泣くな! 悔しいということはまだ強くなれるということだ!」

 新之助が頷いて、袖口で涙をぬぐう。

「こちらへ」

 北町奉行の役人が来て、四人を表座敷に案内した。
 振り向くと、切り捨てられた男の体が戸板に乗せられようとしている。
 宇随の視線に気付いた研吾がポツリと言った。

「あれが神速ですか……恐ろしいですね。切り口に一切の迷いがない」

「ああ、本当に到達したんだなぁ。悔しいなぁ」

 二人はそれきり口を開くことなく、咲良と新之助の後を歩いた。
 座敷に上がると、見届け人の三名が上座に並び、その左右に久秀と高杉一真が相対して座っていた。
 高杉の後ろには三人の門下生が並び、久秀を睨んでいる。
 宇随と研吾は久秀に並んで座り、咲良と新之助は下座に控えた。
 まず口を開いたのは駒井信義だった。

「元山名藩剣術指南役高杉一真。直答を許す。此度の仇討ちに至った経緯を申せ」

 高杉が小さく頭を下げた。

「我が育ての親であり剣の師である山本半兵衛先生を、佃島におびき寄せて斬殺したと藩主……いえ、元藩主である山名将全様より聞き及びました」

「山名が直接申したか?」

「いえ、書状にて」

「その書状はどこにあるのか?」

「こちらに」

 高杉が懐から差し出した奉書を受け取る佐々木。

「確かに山名将全の名ですねぇ」

 その佐々木が続ける。

「いつ受け取った?」

「仇討ち許可をお願いした前日です」

 佐々木が呆れた声を出した。

「お主は書状の内容を全面的に信じ、確認もしなかったということか?」

「主の意向です。否はございません」

 その言葉に久秀の眉がぴくっと動いた。
 駒井と三良坂が盛大なため息を吐いた。

「なあ、高杉。火付盗賊改方長官であるこの駒井信義が直接見たのだ。山名藩江戸家老であった柴田清右ヱ門は抜け荷を首謀しておった。共犯は藩主の倅である山名正晴だ。その両名に付き従い、盲目的に補佐していたのが山本半兵衛だ」

 高杉の顔に動揺が走る。

「そしてそこに控えておる安藤咲良に、あろうことか刃を向けて拉致監禁し、異国へ売ろうとしていた。その現場が佃島だよ。私とここにおわす三河守三良坂弥右衛門様は、現場でそれを確認したのだ。もはや疑う余地もない」

 三良坂が続ける。

「なあ、お主の許嫁であった景浦小夜のことは存じているか?」

 高杉が音がするほど奥歯を嚙みしめた後、苦々しい顔で久秀を睨みつけた。

「そこに居る安藤久秀に手籠めにされ、それを五十嵐喜之助が救い出したと聞いています。恥じた小夜殿は江戸を離れ、今はどこにいるのか存じません。山本先生が、安藤に逆恨みされている五十嵐を自宅に匿っていましたので、間違いないと存じます」

 再び三良坂が口を開いた。

「小夜の父である景浦光政についてはなんと聞いておる?」

「はい、小夜殿を失った景浦先生は気力を失くされ、まだ域に達していない者たちに免許皆伝を与えて腹を切られたと……」

「誰に聞いた?」

「江戸家老の柴田清右ヱ門さまでございます」

 師を失った悔しさを思い出したのか、高杉の後ろの男たちが歯ぎしりをしていた。

「お前は驚くほどのバカ者だな……山本は剣を教えても人の道は説かなかったか? まあ、本人がとんでもないことをしでかしていたのだから、人の道どころでは無いか……なあ、高杉。景浦小夜を手籠めにして攫ったのは五十嵐喜之助だよ。そして五十嵐を追ってきた景浦光政を切ったのは、山本半兵衛だ」

「まさか!」

「いや、事実だよ。本人が白状した」

 そう答えたのは久秀だった。

「噓を言うな! おのれ卑怯者が!」

「控えろ! 私も聞いたぞ? この三河守を疑うか?」

 高杉が黙り込んだ。
 三良坂が言い聞かせるように話しかける。

「安藤久秀と吉田咲良は、山名正晴によって殺された三沢一家の仇討ちのために江戸へ来たんだ。その遺子新之助を育てながら、真相を探っていたのだよ。そして正晴を討ち、柴田を討った。山本は景浦の弟子たちに討たれた。これが事実だ」

 高杉の手が膝からずり落ちる。
 久秀がその高杉に言った。

「高杉さん、あなたは納得できないでしょう? でもね、それが事実だ。あなたの罪は自分で確かめようとしなかったことだ。小夜殿のことも、景浦先生のことも今回のことも、全部あなたの怠慢のせいだ。あなたの剣の腕は本物だ。あの域に達するまでにどれほどの努力をしてきたのかと思うと頭が下がる」

 高杉が顔を上げた。

「先ほどの話は全て事実だと言うのか?」
 
 久秀が頷く。

「そうか……俺がバカということか……しかし山本先生は……」

 横から宇随が口を挟んだ。

「一言申し上げたいのですがよろしいでしょうか。なあ高杉、山本は最期に言ったんだ。極意は凪だとね。聞き覚えはあるか?」

「ああ、常々言われていたよ。俺は凪る心を持つために、邪念を全て取り払った……小夜殿のことも、景浦先生のことも……深く考えないようにして心を波立たせない努力をしていた。いや、していたつもりだったと言った方がいいな。だが、どうやら目を背けていただけだったようだ。言われる通り俺はただのバカだった」

 宇随がチラッと見ると、久秀が涼しい顔で頷いて見せた。
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