愛すべきマリア

志波 連

文字の大きさ
37 / 100

37

しおりを挟む
 その頃クランプ公爵家では、親子喧嘩が勃発していた。

「なぜ勝手なことをしたんだ!」

「だってぇ~どうしてもあの女よりも先にアラバス様と契りを結びたかったのよぉ」

「はぁぁぁ。媚薬はどこから手に入れた?」

「タタンですわ。あれなら絶対だと思いましたの。まさかマリアがお茶もお菓子も口にしないなんて思わなかったのです」

「気持ちは分かるが、お父様に任せておけと言っただろう? もう勝手なことは絶対にするなよ?」

「でも私はどうしてもアラバス様の正妃になりたいのです」

「お前に正妃は無理だ。かといって、あのバカ王女にも無理だよ。そうなると、マリアを生かしておいて仕事だけさせるというのが正解なんだ」

「あの女とアラバス様を共有しろと仰るの? 酷いわ! そんなの許せるはずがないわ!」

「レイラ……よく考えろ。お前が欲しいのは正妃の座か? それともアラバスの愛か?」

「両方ですわ」

 クランプ公爵がグッと口を結んだ。

「どちらかにしなさい」

 レイラが半泣きの顔で父親の顔を凝視した。

「正妃の仕事は大変なんだ。そんなものに人生を費やしていたら、アラバスと愛し合う時間などないぞ?」

「それはダメです! アラバス様に愛し愛されるのが私の望みですわ」

「だったら第二妃で我慢するんだ。そうすればお前は毎日着飾って、楽しいところだけを享受できる。そして執務で疲れたアラバスを癒せ。あの男は仕事はできるからな」

「でも第二妃なんて、あの女に負けたみたいではありませんか」

「負けて勝つという言葉もある。仕事はマリア、愛はお前だ。それで納得しろ」

「愛は私……素敵だわ。これでアラバス様は私だけを見るのね? そうでしょう? お父様」

「そうだ。だからもう二度と勝手なことはしないと約束しなさい」

「はい、お父様。私はお父様の娘で幸せですわ」

「ああ、お前は私の可愛い娘だ。必ず幸せにしてやるからな」

 どうやら和解したクランプ親子は、ルンルンという音が聞こえそうな足取りで食堂へと向かった。
 そしてその頃、ラランジェが滞在する離宮から抜け出した侍女が、人目を忍んで隠れ家に戻り、何食わぬ顔で平民男性の姿となってクランプ家の使用人門から入って行く。
 顔見知りの使用人たちと明るい声で挨拶を交わしつつ、向かった先は庭師小屋だった。

「おう、帰ったか。どんな様子だ?」

 作業着を纏ってはいるものの、草さえ触らないような指先の中年男が笑顔で迎えた。

「動きがありましたよ。どうやらクランプは第二王子にターゲットを変えたようですね。そのことを苦にしたカーチスが、ラランジェに接近しています」

「クランプが第二王子を狙っているだと? 考えにくいが……なぜだろうか」

「どうやら王太子の座を簒奪する作戦のようです」

「バカバカしい。あのアラバスがそう易々とその座を渡すものか。しかし、考えようによってはチャンスかもしれんな。もしも第二王子がラランジェに助けを求めるなら、シラーズ国王は手を貸すだろう? 内政が疎かになる可能性が高い」

「なるほど。それはチャンスですね」

「うん、俺は隣国へ報告を飛ばそう。お前はラランジェを焚き付けて、クランプのバカ娘と競わせろ。どちらが第二王子を落とそうが我らには関係ないからな。とにかくシラーズの目をワンダリアに向けさせるんだ」

 クランプの狙いはあくまでも王太子になるアラバスの第二妃であり、ラランジェは自己満足の花畑にいるだけだというのに、この親子は明後日の方向で納得してしまっている。

「わかりました。それでは戻ります」

「ああ、ご苦労だな。早く隣国であるビジョン王国がシラーズを飲み込むよう頑張ろう」

「ええ、平民に落とされた屈辱を私たちの代で返してやりましょうね」

 庭師小屋を出た男が、夕暮れの町へと姿を消した。

 足早に去っていく息子の後ろ姿を見送りながら、庭師に身を窶した男が独り言ちる。

「しかしレイラがそうあっさりとアラバスを諦めるとはなぁ……蛇のような執着を見せていたのに。やはりアラバスがマリアを娶ったからか? まあ現実を見たのかもしれんな。レイラが勝てるわけがない」 

 その頃アラバスの執務室では、盛大にブンむくれたカーチスが、兄王子とその側近二人を睨んでいた。

「もう嫌ですよ。自分で言っていて自分が嫌いになりそうだったんだからね!」

「まあそう言うな。素晴らしい働きだと聞いたぞ? 褒美に二日ほど休みをやろう」

「でも三日目にはまた狸を化かさなきゃいけないのでしょ? そもそも化かすのは狸の方で、猟師は化かされるという配役のはずだ」

 アレンがニヤッと笑ってカーチスに言う。

「何言ってるの。そんなに狸が嫌なら狐に代えてやろうか?」

 カーチスは返事をせず、盛大な溜息を吐きながら、虚ろな目で首を横に振った。。

「お前ならどっちにする?」

 ニヤつくアレンにトーマスが聞いた。

「究極の選択だな。まあ俺なら……そうだなぁ……十年ほど考えさせてくれ。お前なら?」

 トーマスが顎に手を当てる。

「俺なら……絶対無理だと答えるしかないよ。毒杯さえ受け入れるかもしれん」

「ほらっ! みんなもそうじゃん! なんで俺ばっかり!」

「まあそう言うな。これをやるから頑張れ」

 兄であるアラバスが、引き出しから紙に包まれた何かを出してカーチスに渡した。

「なに?これ」

「マリアが仲直りの印にくれたんだ。お前にやる」

「マリアが? マリアは兄上の意地悪を許したの?」

「ああ、許してくれたよ。急いで用意したウサギのぬいぐるみが功を奏した」

 紙を広げると、甘酸っぱい香りが鼻腔を擽った。

「スミレの砂糖漬け……しかもたった一個?」

 やけになったカーチスが、それを口に放り込んで顔を顰めた。

「あっま! うわぁぁぁ……甘過ぎだ。トーマス、お茶をちょうだい」

 笑いながらお茶を渡すトーマスがカーチスに言う。

「食ったんだから成果を出せよ」
しおりを挟む
感想 96

あなたにおすすめの小説

邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです

ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

あなたの姿をもう追う事はありません

彩華(あやはな)
恋愛
幼馴染で二つ年上のカイルと婚約していたわたしは、彼のために頑張っていた。 王立学園に先に入ってカイルは最初は手紙をくれていたのに、次第に少なくなっていった。二年になってからはまったくこなくなる。でも、信じていた。だから、わたしはわたしなりに頑張っていた。  なのに、彼は恋人を作っていた。わたしは婚約を解消したがらない悪役令嬢?どう言うこと?  わたしはカイルの姿を見て追っていく。  ずっと、ずっと・・・。  でも、もういいのかもしれない。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

処理中です...