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彼女のドレスの色は、濃紺に金糸で豪華な刺繡が施されたこの上なく美しいものだった。
濃紺はニックの瞳の色であり、金糸は彼の金髪と同じ色。
そしてその横に寄り添うように立つニックの燕尾服は、輝くようなシルバーで、刺し色にはソニアのドレスと同じ濃紺に金糸の刺繡が施されている。
カフスとクラバットブローチは、燃えるような赤い宝石。
「あからさまねぇ……二人で誂えましたって宣伝しているようなものだわ。お互いに不貞を犯しているというのに。正気じゃないわ」
リリアの口がクリスによって優しく塞がれた。
「リリア、おいしそうだよ? フードスペースに行こう」
泣きそうなキャンディと怒り狂うリリアの腕をとり、その場から連れ出すクリス。
テキパキと料理を皿にのせながら、リリアがキャンディに言った。
「そのドレス、ニックから贈られたのでしょう?」
「うん……このドレス10着分でもソニアのドレスは買えないわね」
無理やり握らされたフォークを持て余しながら、キャンディは微笑みながら見つめ合う二人の姿を見ていた。
ソニアの美しい銀髪と同じ色の燕尾服。
揃いの刺し色。
ソニアの瞳と同じ色の宝石。
「お似合いね、あの二人……」
ぽつんと呟くキャンディの前にシャンパングラスが差し出された。
「アルコールは少なめだから大丈夫だろう? さあ飲もう! 卒業の乾杯だ」
クリスの優しさに泣きそうになりながら、シャンパンの泡のようにわずかに残っていた恋心が弾けて消えた。
結局その夜、ニックがキャンディに話しかけることは無かった。
二人をリリアの家まで送った後、家に帰るとレガート侯爵夫妻が来ていた。
「おめでとうキャンディ。明日から侯爵夫人の教育が始まるね。頑張ってくれ」
明るい声で言うレガート侯爵に頭を下げ、何事かと尋ねるキャンディ。
レガート侯爵夫人が代わりに口を開いた。
「あれほど高価なドレスだったのだもの。着ているあなたを見たいと思う私の気持ちも理解してね。それにしてもどうしたの? もう着替えたの? それはあなたの子供の頃の普段着かしら」
侯爵夫人の言葉に、シルバー伯爵夫妻が顔色を変える。
「え? 何かしら? 私なにかいけないことを言ったのかしら?」
「あっ……いえ、夫人……これがニックから贈られたドレスなのです」
キャンディは悪戯が見つかった子供のようにボソボソと言った。
「まさか……だって……え? どういうこと?」
レガート侯爵夫人が慌てだす。
侯爵がゆっくりと口を開いた。
「ニックの燕尾服がシルバーだったから、君の色ではなく家名に寄せたシャレなのかと思っていたが、どうやら違うようだね。銀も赤も君の色じゃない」
黒髪に碧眼のキャンディは、そっと目を伏せた。
無理を言ってお金を出させたのだろう。
ソニアのドレスを購入した残りの金で買えたのがこのドレスということだ。
まだ思い出してくれただけマシということか?
それともソニアに忠告されて慌てたのか?
多分後者だと思ったキャンディは乾いた笑いを浮かべた。
「どういうことか話してくれ」
キャンディが意を決し口を開こうとしたとき、客間のドアが勢いよく開いた。
ニックが血相を変えて肩で息をしている。
「父上……母上も……どうしてここへ?」
挨拶などする気も無いようだ。
「どうしても何も、お前がキャンディを送ってくるのはわかっていたから、卒業祝いをしようと思って待っていたんだ。お前こそ何処に行っていた!」
「僕は……会場でキャンディを見失って……探していたら遅くなって……」
夫人が口を開く。
「噓は結構よ。それより何なの?このドレスは。あなたから渡された請求書は、このドレス100着分はあったはずよ。はっきり説明しなさい!」
夫人はさっきからお金のことしか言わないなぁ……などとキャンディは他人事のように聞いていた。
それにしても100着とは。
もしかしたら購入したのではなく、お店から貰ったオマケ?
「これは……布地が……他国の高級品で……」
「バカにしないで! 見ればわかるわ! 本当のことをおっしゃい!」
チラチラと様子を伺いながら、止めろと目線で指示をする父親の願いをしれっと無視し、キャンディは完全に傍観者になっていた。
ニックは助けを求める視線をキャンディに向けたが、そのあまりの冷たさにビクッと肩を震わせる。
手を握りしめて黙ったまま俯いているニック。
レガート侯爵が立ち上がった。
「何か手違いがあったようだ。今夜はお暇しよう。失礼したねシルバー伯爵」
夫人を無理やり立たせようとする侯爵に、キャンディは静かな声で言った。
「お帰りになる必要はございません。今すぐに私から全てを説明いたします。ここで……全員が揃っているこの場所でニックが真実を話すなら、私からは何も言いません。もしもお帰りになってからニックが言うであろう噓の話を考えると……私は正直怖いです」
「キャンディ?」
ニックが真っ青な顔でキャンディに一歩近寄った。
夫人の顔色がサッと変わり、何かを言おうとした瞬間、キャンディの母親が叫んだ。
「何を言い出すの! キャンディ、控えなさい」
「そ……そうだぞキャンディ。侯爵家に戻ってから親子で話し合うべきだ。婚約者とはいえお前が口を出すことではない」
父親も侯爵の顔色を伺っておろおろと宥めようとしてくる。
レガート侯爵が口を開いた。
「いろいろと我々が知らない問題があるようだ。君たちは夫婦となるのだから、ここで信頼関係を壊してしまうと、将来に不安が残る。キャンディが今ここで全てを詳らかにしたいというならば、そうすべきだと私は思う。伯爵も良いね?」
そう言って座りなおした侯爵は、自分の横に座るようニックに言った。
濃紺はニックの瞳の色であり、金糸は彼の金髪と同じ色。
そしてその横に寄り添うように立つニックの燕尾服は、輝くようなシルバーで、刺し色にはソニアのドレスと同じ濃紺に金糸の刺繡が施されている。
カフスとクラバットブローチは、燃えるような赤い宝石。
「あからさまねぇ……二人で誂えましたって宣伝しているようなものだわ。お互いに不貞を犯しているというのに。正気じゃないわ」
リリアの口がクリスによって優しく塞がれた。
「リリア、おいしそうだよ? フードスペースに行こう」
泣きそうなキャンディと怒り狂うリリアの腕をとり、その場から連れ出すクリス。
テキパキと料理を皿にのせながら、リリアがキャンディに言った。
「そのドレス、ニックから贈られたのでしょう?」
「うん……このドレス10着分でもソニアのドレスは買えないわね」
無理やり握らされたフォークを持て余しながら、キャンディは微笑みながら見つめ合う二人の姿を見ていた。
ソニアの美しい銀髪と同じ色の燕尾服。
揃いの刺し色。
ソニアの瞳と同じ色の宝石。
「お似合いね、あの二人……」
ぽつんと呟くキャンディの前にシャンパングラスが差し出された。
「アルコールは少なめだから大丈夫だろう? さあ飲もう! 卒業の乾杯だ」
クリスの優しさに泣きそうになりながら、シャンパンの泡のようにわずかに残っていた恋心が弾けて消えた。
結局その夜、ニックがキャンディに話しかけることは無かった。
二人をリリアの家まで送った後、家に帰るとレガート侯爵夫妻が来ていた。
「おめでとうキャンディ。明日から侯爵夫人の教育が始まるね。頑張ってくれ」
明るい声で言うレガート侯爵に頭を下げ、何事かと尋ねるキャンディ。
レガート侯爵夫人が代わりに口を開いた。
「あれほど高価なドレスだったのだもの。着ているあなたを見たいと思う私の気持ちも理解してね。それにしてもどうしたの? もう着替えたの? それはあなたの子供の頃の普段着かしら」
侯爵夫人の言葉に、シルバー伯爵夫妻が顔色を変える。
「え? 何かしら? 私なにかいけないことを言ったのかしら?」
「あっ……いえ、夫人……これがニックから贈られたドレスなのです」
キャンディは悪戯が見つかった子供のようにボソボソと言った。
「まさか……だって……え? どういうこと?」
レガート侯爵夫人が慌てだす。
侯爵がゆっくりと口を開いた。
「ニックの燕尾服がシルバーだったから、君の色ではなく家名に寄せたシャレなのかと思っていたが、どうやら違うようだね。銀も赤も君の色じゃない」
黒髪に碧眼のキャンディは、そっと目を伏せた。
無理を言ってお金を出させたのだろう。
ソニアのドレスを購入した残りの金で買えたのがこのドレスということだ。
まだ思い出してくれただけマシということか?
それともソニアに忠告されて慌てたのか?
多分後者だと思ったキャンディは乾いた笑いを浮かべた。
「どういうことか話してくれ」
キャンディが意を決し口を開こうとしたとき、客間のドアが勢いよく開いた。
ニックが血相を変えて肩で息をしている。
「父上……母上も……どうしてここへ?」
挨拶などする気も無いようだ。
「どうしても何も、お前がキャンディを送ってくるのはわかっていたから、卒業祝いをしようと思って待っていたんだ。お前こそ何処に行っていた!」
「僕は……会場でキャンディを見失って……探していたら遅くなって……」
夫人が口を開く。
「噓は結構よ。それより何なの?このドレスは。あなたから渡された請求書は、このドレス100着分はあったはずよ。はっきり説明しなさい!」
夫人はさっきからお金のことしか言わないなぁ……などとキャンディは他人事のように聞いていた。
それにしても100着とは。
もしかしたら購入したのではなく、お店から貰ったオマケ?
「これは……布地が……他国の高級品で……」
「バカにしないで! 見ればわかるわ! 本当のことをおっしゃい!」
チラチラと様子を伺いながら、止めろと目線で指示をする父親の願いをしれっと無視し、キャンディは完全に傍観者になっていた。
ニックは助けを求める視線をキャンディに向けたが、そのあまりの冷たさにビクッと肩を震わせる。
手を握りしめて黙ったまま俯いているニック。
レガート侯爵が立ち上がった。
「何か手違いがあったようだ。今夜はお暇しよう。失礼したねシルバー伯爵」
夫人を無理やり立たせようとする侯爵に、キャンディは静かな声で言った。
「お帰りになる必要はございません。今すぐに私から全てを説明いたします。ここで……全員が揃っているこの場所でニックが真実を話すなら、私からは何も言いません。もしもお帰りになってからニックが言うであろう噓の話を考えると……私は正直怖いです」
「キャンディ?」
ニックが真っ青な顔でキャンディに一歩近寄った。
夫人の顔色がサッと変わり、何かを言おうとした瞬間、キャンディの母親が叫んだ。
「何を言い出すの! キャンディ、控えなさい」
「そ……そうだぞキャンディ。侯爵家に戻ってから親子で話し合うべきだ。婚約者とはいえお前が口を出すことではない」
父親も侯爵の顔色を伺っておろおろと宥めようとしてくる。
レガート侯爵が口を開いた。
「いろいろと我々が知らない問題があるようだ。君たちは夫婦となるのだから、ここで信頼関係を壊してしまうと、将来に不安が残る。キャンディが今ここで全てを詳らかにしたいというならば、そうすべきだと私は思う。伯爵も良いね?」
そう言って座りなおした侯爵は、自分の横に座るようニックに言った。
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