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エマが何事も無かったように言う。
「馬車を待たせているので戻ります。できるだけ外出はお控えくださいね。次は月曜に参りますので」
「はい、わかりました。ありがとう」
エマを見送り、しっかりと施錠してからバスケットを開けると、おいしそうな食材がたくさん入っていた。
「一週間くらい買い物をしなくても良いかもね」
これだけのものを二日で食べきったら太ってしまうと思いながら、キャンディはいつの間にか心が軽くなっている自分に気づく。
そして月曜日、いつものように迎えに来たエマに手作りのクッキーを渡した。
「凄いですね。私は調理ができないので心から尊敬します。麦の粉と卵と砂糖がこんなふうになるなんて、とても信じられない気分です」
「いろいろなものを混ぜると味も変わるわ。気に入ってくれたなら今度はフルーツでも入れて……」
そこまで喋ってキャンディは黙ってしまった。
エマが不思議そうな顔で見ている。
「そうよ、そういうことよ。きっと『B』という文字があることは理解できても、なぜ『B』と『O』が二つと『K』が並ぶと『本』になるのかが理解できないのだわ……なるほど。少し方向性が絞れてきたわ」
短い距離ではあるが、じっと考え込むキャンディを見ながら、エマは貰ったばかりのクッキーをポリポリと齧っている。
その日から、マーガレットとの遊び方が大幅に変わった。
レッドフォードが用意してくれた木の文字は、大きさも安全性も申し分ない。
そして金曜日に購入したクレヨン。
これらを全部床に並べて、マーガレットと一緒に座り込んだ。
「マーガレット様、これは何ですか?」
「これは本よ。お兄様がいつも読んでくださるの」
「ではこれは?」
「これも本よ」
「そうですね。ではこの本とこの本は何が違いますか?」
「表紙が違うわ」
「表紙が違わなかったら見分けがつきませんか?」
「つくわよ? こうやってページを捲って……ほら、ここの模様が違うでしょう?」
そう言って目次を指で差すマーガレット。
文字の羅列を模様と認識するのかと思い、自分の方法が良い結果を生む予感がした。
「そうです。違いますね。でも開かなくてもわかる方法があるのです」
「そうなの? 表紙が同じでも?」
「はい、例えば表紙が真っ白だとさすがにわかりませんが、ほらここ」
キャンディは背表紙を指示した。
「あら、ここにも模様があるのね」
「ええ、これがこの本の名前なのです」
マーガレットは興味津々の顔つきで、キャンディの話に聞き入っている。
キャンディは優しい笑顔で続けた。
「では、あなたのお名前は?」
「私はマーガレットです」
「では私の名前は?」
「先生の名前はキディだわ」
「そうです。もし私がマーガレット様を探すときはどうすると思いますか?」
「きっと私の名前を呼ぶわ」
「正解です。名前さえあれば姿が見えなくても探せます。名前というのは大事ですね」
何度も頷くマーガレット。
いつの間にか刺しゅうの手を止めて、ロミット夫人も聞き入っていた。
キャンディは本棚から数冊選び、マーガレットの前に置く。
「これは?」
「本よ」
「ではこれは?」
「これも本よ」
「これも?」
「そうよ」
「全部違うのに全部本ってわかりにくいですよね」
「そうね、でもこれは全部本だもの」
「良いですか? マーガレット様。『本』というのは、開くと中に文字や絵がたくさん書かれている紙をつづった物の名前です。マーガレット様はドーマという家名ですね?」
「ええ、人に聞かれたらそう言うように教わったわ」
「お兄様の家名は?」
「ドーマよ」
「お父様も?」
「ええ、ドーマよ」
「お母様は?」
「お母様もドーマ……ああ! 『本』というのはこんな形をした文字がたくさん書いてある紙を綴ったものの家名なのね? でも私はマーガレットだし、お兄様はマーカス……それがこれなのね?」
マーガレットが表紙を指さして題名をなぞった。
「そうです。マーガレット様! 素晴らしいですわ!」
キャンディはマーガレットの絹のような金髪を何度も撫でて褒めた。
ソファーの所で夫人が拍手をしている。
その後ろでは執事やメイドも手を叩いていた。
「馬車を待たせているので戻ります。できるだけ外出はお控えくださいね。次は月曜に参りますので」
「はい、わかりました。ありがとう」
エマを見送り、しっかりと施錠してからバスケットを開けると、おいしそうな食材がたくさん入っていた。
「一週間くらい買い物をしなくても良いかもね」
これだけのものを二日で食べきったら太ってしまうと思いながら、キャンディはいつの間にか心が軽くなっている自分に気づく。
そして月曜日、いつものように迎えに来たエマに手作りのクッキーを渡した。
「凄いですね。私は調理ができないので心から尊敬します。麦の粉と卵と砂糖がこんなふうになるなんて、とても信じられない気分です」
「いろいろなものを混ぜると味も変わるわ。気に入ってくれたなら今度はフルーツでも入れて……」
そこまで喋ってキャンディは黙ってしまった。
エマが不思議そうな顔で見ている。
「そうよ、そういうことよ。きっと『B』という文字があることは理解できても、なぜ『B』と『O』が二つと『K』が並ぶと『本』になるのかが理解できないのだわ……なるほど。少し方向性が絞れてきたわ」
短い距離ではあるが、じっと考え込むキャンディを見ながら、エマは貰ったばかりのクッキーをポリポリと齧っている。
その日から、マーガレットとの遊び方が大幅に変わった。
レッドフォードが用意してくれた木の文字は、大きさも安全性も申し分ない。
そして金曜日に購入したクレヨン。
これらを全部床に並べて、マーガレットと一緒に座り込んだ。
「マーガレット様、これは何ですか?」
「これは本よ。お兄様がいつも読んでくださるの」
「ではこれは?」
「これも本よ」
「そうですね。ではこの本とこの本は何が違いますか?」
「表紙が違うわ」
「表紙が違わなかったら見分けがつきませんか?」
「つくわよ? こうやってページを捲って……ほら、ここの模様が違うでしょう?」
そう言って目次を指で差すマーガレット。
文字の羅列を模様と認識するのかと思い、自分の方法が良い結果を生む予感がした。
「そうです。違いますね。でも開かなくてもわかる方法があるのです」
「そうなの? 表紙が同じでも?」
「はい、例えば表紙が真っ白だとさすがにわかりませんが、ほらここ」
キャンディは背表紙を指示した。
「あら、ここにも模様があるのね」
「ええ、これがこの本の名前なのです」
マーガレットは興味津々の顔つきで、キャンディの話に聞き入っている。
キャンディは優しい笑顔で続けた。
「では、あなたのお名前は?」
「私はマーガレットです」
「では私の名前は?」
「先生の名前はキディだわ」
「そうです。もし私がマーガレット様を探すときはどうすると思いますか?」
「きっと私の名前を呼ぶわ」
「正解です。名前さえあれば姿が見えなくても探せます。名前というのは大事ですね」
何度も頷くマーガレット。
いつの間にか刺しゅうの手を止めて、ロミット夫人も聞き入っていた。
キャンディは本棚から数冊選び、マーガレットの前に置く。
「これは?」
「本よ」
「ではこれは?」
「これも本よ」
「これも?」
「そうよ」
「全部違うのに全部本ってわかりにくいですよね」
「そうね、でもこれは全部本だもの」
「良いですか? マーガレット様。『本』というのは、開くと中に文字や絵がたくさん書かれている紙をつづった物の名前です。マーガレット様はドーマという家名ですね?」
「ええ、人に聞かれたらそう言うように教わったわ」
「お兄様の家名は?」
「ドーマよ」
「お父様も?」
「ええ、ドーマよ」
「お母様は?」
「お母様もドーマ……ああ! 『本』というのはこんな形をした文字がたくさん書いてある紙を綴ったものの家名なのね? でも私はマーガレットだし、お兄様はマーカス……それがこれなのね?」
マーガレットが表紙を指さして題名をなぞった。
「そうです。マーガレット様! 素晴らしいですわ!」
キャンディはマーガレットの絹のような金髪を何度も撫でて褒めた。
ソファーの所で夫人が拍手をしている。
その後ろでは執事やメイドも手を叩いていた。
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