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クリスが申し訳なさそうに言った。
「いや、あの二人は良く買い物をするのだろう? 君の店の売り上げが落ちてしまっては申し訳ないよ。今日も1着売り損ねたんだ。近いうちにリリアに似合いそうなドレスを5着ほど届けてくれ。言い値で買うよ」
二人の会話はキャンディの耳に届かない。
また裏切られたのだという現実に、キャンディは思いのほか打ちのめされている自分に驚いていた。
まさか愛していたのだろうか……
「キャンディ、行くわよ。もしかしたら旅行を中止して戻ると言い出すかもしれないわ」
リリアの言葉がキャンディを現実に引き戻す。
そうだ、ホープスと一緒に逃げよう。
私のことを知っている人が誰もいないところへ行くんだ。
もう二度と利用なんてされない。
あんな死にかけた虫のような男の顔は二度と見たくもないわ!
「ええ、急ぎましょう」
キャンディは立ち上がった。
どこかで見ているかもしれないというクリスの言葉に、三人はエヴァン家がよく利用するレストランへと入った。
支配人に『不審者につけられている』と言って裏口から逃がしてもらい、オーエンと落ち合う場所へと急いだ。
馬車に乗り込むとエマがすでに待機していた。
乳母がホープスを抱いている。
リリアが自分のハンドバックを押し付けた。
「邪魔にはならないはずよ。持って行って。あなたは絶対に幸せになるの。頑張るのよキャンディ。いいえ、この瞬間からキディ・フォードとエスポ・フォードね。ずっとあなた達を想っているわ」
リリアが涙声で言う。
キャンディはまだニックを信じたいという思いを捨てきれない自分を恥じた。
「ありがとうリリア。手紙を書くわね」
クリスが言う。
「念のために手紙はドーマ子爵邸に送った方がいい。あそこならキディが手紙を送っても疑われることは無いからね。僕を信じてくれ。あて先はロミット夫人でいいよ。ちゃんと話をつけておく」
「ありがとう。本当に何から何までありがとうね。まだ頭の中が整理しきれていないけど、必ずホープス……いいえ、エスポと幸せになってみせる。必ずまた会いましょうね」
待ちきれないとばかりに動き出す馬車。
振り返ると、リリアが千切れるほど手を振っていた。
「私とリアはフォード男爵家で働くメイドと乳母になります。妻と子供を迎え入れるために男爵が雇ったという設定です。必ずお守りします」
エマの言葉に、乳母のリアが隣で頷いた。
「エマ、そしてリア。信頼していますよ」
キャンディは幸せそうな顔でリアに抱かれているホープスの髪を撫でた。
追手も来ないということは、ニックとソニアが予定通り旅行に行くということだろう。
馬車は順調に走り続け、キャンディはいつの間にか眠っていた。
オーエンの屋敷があるフォード領は、お世辞にも豊かとは言えないような村だった。
人口のほとんどは農民だろうこの村は、働き手が少ないのだろうか。
馬車の窓から見た人たちは老人か女性ばかりだ。
オーエンの屋敷は、エヴァン侯爵家の庭にある別邸よりも少しだけ小さかった。
「驚いた? 普通に平民の家って感じでしょう? 口調はこんな感じでいきますね」
「ええ、よろしくね。それにとても素敵なおうちだわ」
「気を遣わなくてもいいよ。実際に小さいし。今暮らしているのは母だけだしね。メイドやコックは通いなんだ。部屋の数は母の部屋を除いて5つ。母とエマとリアは1階、僕と君とエスポは2階だね。あとは食堂と厨房と応接室だけだ。急に家族が増えたから、客間が無くなっちゃったけど、基本的に泊まるような客は来ないから問題ない」
オーエンは明るく言った。
「ごめんなさいね。あなたを巻き込んでしまって」
「いや、気にしないで。仕事でやっているんだって割り切ってくれていいよ。でも一応は僕のお嫁さんだから、母とは仲良くして欲しいかな」
「もちろんよ。私は親との縁が薄かったから、お義母様にお会いするのが楽しみよ。逆にお義母様の方が心配だわ」
「たぶんそこは大丈夫。あの人はとても不思議な人でね。何でも受け入れちゃうんだよ。来るものは拒まず、去るものは追わずを地でいっている人さ」
「懐が広いのね。でも何か不都合があったらすぐに教えてね。できることは何でもするから何でも言って」
オーエンはにっこりと笑って頷いた。
屋敷に入ると、オーエンの母が迎え入れてくれた。
手紙で知らせる時間も無かったはずなのに、何も聞いてこない。
むしろ歓迎してくれるその雰囲気に、キャンディはむしろ戸惑った。
「お義母様……ご迷惑を……お掛けしてしまいます」
キャンディは、あまりの申し訳なさに泣き出してしまった。
オーエンの母マリアは、そんなキャンディを抱きしめながら優しい声で言う。
「会えてうれしいわ。仲良くやりましょうね。あなたは今日から私の娘よ。孫までできてこんなに嬉しいことは無いわ。疲れたでしょう? 今日はゆっくり休みなさい」
幼い頃ここで暮らしていたエマは、迷うことなく二人を部屋に案内する。
何が何やら分かっていないのはホープスも同じだ。
不安がるホープスに、今夜は一緒に寝ようと誘うと、少しだけ落ち着きを取り戻した。
何もかも捨てて新しい暮らしが始まる。
久しぶりに母親に抱かれ、安心して眠る息子の頬に触れながら、キャンディは無理やり涙を止めた。
「いや、あの二人は良く買い物をするのだろう? 君の店の売り上げが落ちてしまっては申し訳ないよ。今日も1着売り損ねたんだ。近いうちにリリアに似合いそうなドレスを5着ほど届けてくれ。言い値で買うよ」
二人の会話はキャンディの耳に届かない。
また裏切られたのだという現実に、キャンディは思いのほか打ちのめされている自分に驚いていた。
まさか愛していたのだろうか……
「キャンディ、行くわよ。もしかしたら旅行を中止して戻ると言い出すかもしれないわ」
リリアの言葉がキャンディを現実に引き戻す。
そうだ、ホープスと一緒に逃げよう。
私のことを知っている人が誰もいないところへ行くんだ。
もう二度と利用なんてされない。
あんな死にかけた虫のような男の顔は二度と見たくもないわ!
「ええ、急ぎましょう」
キャンディは立ち上がった。
どこかで見ているかもしれないというクリスの言葉に、三人はエヴァン家がよく利用するレストランへと入った。
支配人に『不審者につけられている』と言って裏口から逃がしてもらい、オーエンと落ち合う場所へと急いだ。
馬車に乗り込むとエマがすでに待機していた。
乳母がホープスを抱いている。
リリアが自分のハンドバックを押し付けた。
「邪魔にはならないはずよ。持って行って。あなたは絶対に幸せになるの。頑張るのよキャンディ。いいえ、この瞬間からキディ・フォードとエスポ・フォードね。ずっとあなた達を想っているわ」
リリアが涙声で言う。
キャンディはまだニックを信じたいという思いを捨てきれない自分を恥じた。
「ありがとうリリア。手紙を書くわね」
クリスが言う。
「念のために手紙はドーマ子爵邸に送った方がいい。あそこならキディが手紙を送っても疑われることは無いからね。僕を信じてくれ。あて先はロミット夫人でいいよ。ちゃんと話をつけておく」
「ありがとう。本当に何から何までありがとうね。まだ頭の中が整理しきれていないけど、必ずホープス……いいえ、エスポと幸せになってみせる。必ずまた会いましょうね」
待ちきれないとばかりに動き出す馬車。
振り返ると、リリアが千切れるほど手を振っていた。
「私とリアはフォード男爵家で働くメイドと乳母になります。妻と子供を迎え入れるために男爵が雇ったという設定です。必ずお守りします」
エマの言葉に、乳母のリアが隣で頷いた。
「エマ、そしてリア。信頼していますよ」
キャンディは幸せそうな顔でリアに抱かれているホープスの髪を撫でた。
追手も来ないということは、ニックとソニアが予定通り旅行に行くということだろう。
馬車は順調に走り続け、キャンディはいつの間にか眠っていた。
オーエンの屋敷があるフォード領は、お世辞にも豊かとは言えないような村だった。
人口のほとんどは農民だろうこの村は、働き手が少ないのだろうか。
馬車の窓から見た人たちは老人か女性ばかりだ。
オーエンの屋敷は、エヴァン侯爵家の庭にある別邸よりも少しだけ小さかった。
「驚いた? 普通に平民の家って感じでしょう? 口調はこんな感じでいきますね」
「ええ、よろしくね。それにとても素敵なおうちだわ」
「気を遣わなくてもいいよ。実際に小さいし。今暮らしているのは母だけだしね。メイドやコックは通いなんだ。部屋の数は母の部屋を除いて5つ。母とエマとリアは1階、僕と君とエスポは2階だね。あとは食堂と厨房と応接室だけだ。急に家族が増えたから、客間が無くなっちゃったけど、基本的に泊まるような客は来ないから問題ない」
オーエンは明るく言った。
「ごめんなさいね。あなたを巻き込んでしまって」
「いや、気にしないで。仕事でやっているんだって割り切ってくれていいよ。でも一応は僕のお嫁さんだから、母とは仲良くして欲しいかな」
「もちろんよ。私は親との縁が薄かったから、お義母様にお会いするのが楽しみよ。逆にお義母様の方が心配だわ」
「たぶんそこは大丈夫。あの人はとても不思議な人でね。何でも受け入れちゃうんだよ。来るものは拒まず、去るものは追わずを地でいっている人さ」
「懐が広いのね。でも何か不都合があったらすぐに教えてね。できることは何でもするから何でも言って」
オーエンはにっこりと笑って頷いた。
屋敷に入ると、オーエンの母が迎え入れてくれた。
手紙で知らせる時間も無かったはずなのに、何も聞いてこない。
むしろ歓迎してくれるその雰囲気に、キャンディはむしろ戸惑った。
「お義母様……ご迷惑を……お掛けしてしまいます」
キャンディは、あまりの申し訳なさに泣き出してしまった。
オーエンの母マリアは、そんなキャンディを抱きしめながら優しい声で言う。
「会えてうれしいわ。仲良くやりましょうね。あなたは今日から私の娘よ。孫までできてこんなに嬉しいことは無いわ。疲れたでしょう? 今日はゆっくり休みなさい」
幼い頃ここで暮らしていたエマは、迷うことなく二人を部屋に案内する。
何が何やら分かっていないのはホープスも同じだ。
不安がるホープスに、今夜は一緒に寝ようと誘うと、少しだけ落ち着きを取り戻した。
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