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Side ニック・レガート その1
あれから十日、ソニアとの不倫旅行から戻ってきた僕は盛大に焦っていた。
どう言いくるめようかと思っていたキャンディが、まだ実家から戻っていないのだ。
「やはり旅行なんて行くべきじゃなかったんだ!」
今更そんなことを言っても遅いのだが、口に出さずにはいられない。
僕は1年間、父親からの再教育を受けた。
学生時代の行動が如何に愚かであったかを心と体に叩き込まれたんだ。
本当に辛い1年だった。
再教育が終了した日、父と交わした会話が頭をよぎる。
『お前が好き勝手していた間、キャンディ嬢は何も言わず耐えてくれたのだ。それは一重にお前を愛していたからだ。お前に恥をかかせたくないという深い愛だ』
『でもキャンディは婚約白紙を口にしました。私の謝罪も届きませんでした』
『それはお前の気持ちを試しているのだよ。お前は謝恩パーティーでやり過ぎた。あのドレスは無いぞ。うん、あれは無い。私でさえ部屋着か寝間着かと思った位だからな。それに引き換えあの女のドレスときたら……キャンディの中にお前への愛が無かったら刺されていたほどの屈辱だ』
『屈辱……』
『ああ、女性というのはそういうものだ。宝石やドレスで愛の重さを計りたがる。多少疑われていたとしても、それなりのドレスを贈っていれば、キャンディ嬢もあそこまで拗ねることは無かったんだ。うまくやれば良いものを未熟な奴だ』
『愛の重さですか』
『そうだ。湯水のごとく妻に金を使う夫こそ、妻たちにとっては良い夫なのだ。それさえ怠らなければ、あとは自由。外に女を囲っても、一夜限りの恋を楽しんでも、プレゼントさえ贈っていれば目を瞑る』
『そういうものですか』
『最大のコツは、頻繫に抱いてやることだ。その時お前が頭の中で誰を想像していても関係ない。夫婦なんてそんなものだよ。いいか? お前は必ずキャンディ嬢と結婚するんだ。これは命令だぞ。絶対に逃がすな、逃がしたら……殺す』
父親から夫婦の正しい在り方を学んだニックは、意を決してシルバー邸に向かった。
『キャンディは一日千秋の思いで今日という日を待っていたのです。その証拠にあの子が読んでいた本は、全てレガート侯爵領に関するものでした』
そう言ってニヤニヤと笑うシルバー伯爵の顔は、今でも鮮明に覚えている。
そうか。そこまで僕を愛していたのか。
父の言うことは全て正しいんだ。
毎日贈り物をして、毎日閨を共にしよう。
でも僕は浮気はしない。
それほど器用な人間ではないことは自覚している。
僕の愛の全てをキャンディに捧げよう。
そう決心して、僕はキャンディにプロポーズし、彼女は頷いたんだ。
その頃のキャンディは持ち前の明るさを失い、信じられないほど従順になっていた。
そうか、1年も結婚を延期したことが余程堪えたのだな?
大丈夫だよ、キャンディ。
僕はもう迷わない、君だけを愛すると誓うよ。
そして僕たちは結婚式を迎えた。
日々キャンディに愛を囁いていると、完全ではないが明るいキャンディに戻っていく。
僕の愛がキャンディを立ち直らせたのだと思うと嬉しくて仕方がない。
そして子供も生まれ、キャンディはますます美しくなっていった。
あれは本当に偶然だった。
キャンディへのプレゼントを選びに行った宝飾店で、ソニアに再会したんだ。
もともと気高い雰囲気を持っていたソニアが、第二王子妃とはいえ王族となったことで、一種独特な雰囲気を身に纏っていた。
驚く僕の腕に、迷うことなく体を密着させてソニアは言った。
『まあ! ニックじゃないの! 久しぶりに帰ったその日に偶然会うなんて……神の差配としか思えないわ。とても会いたかったのニック。あなたのことだけをずっと思っていたわ。だって、こんなに愛しているのだもの』
愛してる? ソニアが?
あれほど体を寄せ合って、愛を語り合っても、王族に嫁ぐのだからとキス以外は許してくれなかったんだぞ?
まあディープキスではあったが。
愛してる?
愛してる……
愛してる!
そして僕はソニアに溺れていった。
最初は食事をしたり観劇に行くだけの、友人のような付き合いだったが、半年ほどで第二王子に呼び戻されたソニア。
二人で泣いて別れを惜しんだが、これで元の生活に戻れると安心した僕。
でも彼女はひと月もしないうちに帰ってきてしまったんだ。
呼び出され駆け付けると、彼女はもう耐えられないと泣きじゃくった。
『ニックを愛していることが知られてしまって、夫に酷く殴られたの。でもこの愛を失うくらいなら何を失っても構わない! だから私……逃げてきたのよ』
ああ! なんて健気なんだ!
その夜、僕たちは遂に一線を越えてしまった。
王族に嫁ぐための閨教育は、僕たちが受けるものとは違うのだろうか。
信じられないほどの快感が僕を包み込む。
もう無理だった。
抗えない。
これほど僕を愛していると何度も何度も告げるソニアの想いに応えないなんて、男の風上にもおけないんじゃないか?
大丈夫、きっとキャンディは気付かないさ。
キャンディにバレなければ父上にもバレやしない。
キャンディと別れる気は無い。
そのことをソニアが納得しさえすればいい。
だから僕は父の教え通り、ソニアに何でも買い与えた。
宿泊回数も滞在日数も増えていったのは仕方がないことさ。
『ねえ、ニック。また旅行に行きましょうよ。夕日が美しいハーベイは素敵だったわ。あなたに抱かれながら沈む夕日を眺めたら、きっと私は世界で一番幸せな女になれると思うの』
そう言って微笑むソニアの美しさは、何に例えれば良いのかわからないほどだった。
ハーベイか……前に行った時は一泊だけだったものな。
あの美しい夕日を二人で眺めながら愛し合うのも悪くない。
キャンディに1週間の出張に出ると言ったら、疑いもせずに送り出してくれた。
よしよし、キャンディは僕を変わらず愛している。
バレてない! 大丈夫だ……そう思っていたのにまさかドレスショップで会うなんて!
『久しぶりね、キャンディ。あなたの旦那様をお借りしているわ。私たちはオペラ観劇の帰りなの。あなたは? てっきり家に閉じこもっていると思ったのに』
おいおい! ソニア! キャンディを煽ってどうするんだ!
もしかしたらヤキモチか? モテる男は辛いな。
『ソニア、戻ってきていたの?』
それに比べてキャンディは冷静だった。
あれから十日、ソニアとの不倫旅行から戻ってきた僕は盛大に焦っていた。
どう言いくるめようかと思っていたキャンディが、まだ実家から戻っていないのだ。
「やはり旅行なんて行くべきじゃなかったんだ!」
今更そんなことを言っても遅いのだが、口に出さずにはいられない。
僕は1年間、父親からの再教育を受けた。
学生時代の行動が如何に愚かであったかを心と体に叩き込まれたんだ。
本当に辛い1年だった。
再教育が終了した日、父と交わした会話が頭をよぎる。
『お前が好き勝手していた間、キャンディ嬢は何も言わず耐えてくれたのだ。それは一重にお前を愛していたからだ。お前に恥をかかせたくないという深い愛だ』
『でもキャンディは婚約白紙を口にしました。私の謝罪も届きませんでした』
『それはお前の気持ちを試しているのだよ。お前は謝恩パーティーでやり過ぎた。あのドレスは無いぞ。うん、あれは無い。私でさえ部屋着か寝間着かと思った位だからな。それに引き換えあの女のドレスときたら……キャンディの中にお前への愛が無かったら刺されていたほどの屈辱だ』
『屈辱……』
『ああ、女性というのはそういうものだ。宝石やドレスで愛の重さを計りたがる。多少疑われていたとしても、それなりのドレスを贈っていれば、キャンディ嬢もあそこまで拗ねることは無かったんだ。うまくやれば良いものを未熟な奴だ』
『愛の重さですか』
『そうだ。湯水のごとく妻に金を使う夫こそ、妻たちにとっては良い夫なのだ。それさえ怠らなければ、あとは自由。外に女を囲っても、一夜限りの恋を楽しんでも、プレゼントさえ贈っていれば目を瞑る』
『そういうものですか』
『最大のコツは、頻繫に抱いてやることだ。その時お前が頭の中で誰を想像していても関係ない。夫婦なんてそんなものだよ。いいか? お前は必ずキャンディ嬢と結婚するんだ。これは命令だぞ。絶対に逃がすな、逃がしたら……殺す』
父親から夫婦の正しい在り方を学んだニックは、意を決してシルバー邸に向かった。
『キャンディは一日千秋の思いで今日という日を待っていたのです。その証拠にあの子が読んでいた本は、全てレガート侯爵領に関するものでした』
そう言ってニヤニヤと笑うシルバー伯爵の顔は、今でも鮮明に覚えている。
そうか。そこまで僕を愛していたのか。
父の言うことは全て正しいんだ。
毎日贈り物をして、毎日閨を共にしよう。
でも僕は浮気はしない。
それほど器用な人間ではないことは自覚している。
僕の愛の全てをキャンディに捧げよう。
そう決心して、僕はキャンディにプロポーズし、彼女は頷いたんだ。
その頃のキャンディは持ち前の明るさを失い、信じられないほど従順になっていた。
そうか、1年も結婚を延期したことが余程堪えたのだな?
大丈夫だよ、キャンディ。
僕はもう迷わない、君だけを愛すると誓うよ。
そして僕たちは結婚式を迎えた。
日々キャンディに愛を囁いていると、完全ではないが明るいキャンディに戻っていく。
僕の愛がキャンディを立ち直らせたのだと思うと嬉しくて仕方がない。
そして子供も生まれ、キャンディはますます美しくなっていった。
あれは本当に偶然だった。
キャンディへのプレゼントを選びに行った宝飾店で、ソニアに再会したんだ。
もともと気高い雰囲気を持っていたソニアが、第二王子妃とはいえ王族となったことで、一種独特な雰囲気を身に纏っていた。
驚く僕の腕に、迷うことなく体を密着させてソニアは言った。
『まあ! ニックじゃないの! 久しぶりに帰ったその日に偶然会うなんて……神の差配としか思えないわ。とても会いたかったのニック。あなたのことだけをずっと思っていたわ。だって、こんなに愛しているのだもの』
愛してる? ソニアが?
あれほど体を寄せ合って、愛を語り合っても、王族に嫁ぐのだからとキス以外は許してくれなかったんだぞ?
まあディープキスではあったが。
愛してる?
愛してる……
愛してる!
そして僕はソニアに溺れていった。
最初は食事をしたり観劇に行くだけの、友人のような付き合いだったが、半年ほどで第二王子に呼び戻されたソニア。
二人で泣いて別れを惜しんだが、これで元の生活に戻れると安心した僕。
でも彼女はひと月もしないうちに帰ってきてしまったんだ。
呼び出され駆け付けると、彼女はもう耐えられないと泣きじゃくった。
『ニックを愛していることが知られてしまって、夫に酷く殴られたの。でもこの愛を失うくらいなら何を失っても構わない! だから私……逃げてきたのよ』
ああ! なんて健気なんだ!
その夜、僕たちは遂に一線を越えてしまった。
王族に嫁ぐための閨教育は、僕たちが受けるものとは違うのだろうか。
信じられないほどの快感が僕を包み込む。
もう無理だった。
抗えない。
これほど僕を愛していると何度も何度も告げるソニアの想いに応えないなんて、男の風上にもおけないんじゃないか?
大丈夫、きっとキャンディは気付かないさ。
キャンディにバレなければ父上にもバレやしない。
キャンディと別れる気は無い。
そのことをソニアが納得しさえすればいい。
だから僕は父の教え通り、ソニアに何でも買い与えた。
宿泊回数も滞在日数も増えていったのは仕方がないことさ。
『ねえ、ニック。また旅行に行きましょうよ。夕日が美しいハーベイは素敵だったわ。あなたに抱かれながら沈む夕日を眺めたら、きっと私は世界で一番幸せな女になれると思うの』
そう言って微笑むソニアの美しさは、何に例えれば良いのかわからないほどだった。
ハーベイか……前に行った時は一泊だけだったものな。
あの美しい夕日を二人で眺めながら愛し合うのも悪くない。
キャンディに1週間の出張に出ると言ったら、疑いもせずに送り出してくれた。
よしよし、キャンディは僕を変わらず愛している。
バレてない! 大丈夫だ……そう思っていたのにまさかドレスショップで会うなんて!
『久しぶりね、キャンディ。あなたの旦那様をお借りしているわ。私たちはオペラ観劇の帰りなの。あなたは? てっきり家に閉じこもっていると思ったのに』
おいおい! ソニア! キャンディを煽ってどうするんだ!
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