裏切りの代償

志波 連

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 一方『裏切りの代償』を払う羽目になっている者たちは……

「お前なぁ……避けたら危ないって何度言ったらわかるんだ? 死ぬぞ?」

「だったら投げなければよかろう! だいたいなぜ私がこのようなことを」

「またそこから? 飽きないねぇ。お前は破産して奴隷に落とされるとこだったんだ。それを俺が買ったの。わかる? もう百回は言ったぜ? 昔お世話になった方の依頼だから受けたけど、もう面倒なんだよ」

「そんなこと知るか! 私の娘は侯爵家の嫁なんだぞ! もうすぐ支援を寄こしてくる。そうなったときには覚悟しておけよ!」

「はいはい、これももう何度も言ったけれど、その侯爵とやらは処刑されたんだよ。犯罪者なんだ。本当ならお前も連座だったんだ。レッドさん……もう殺していいですか?」

 興行主が壁に向かってブツブツ文句を言う。

「そもそもなんだあの食事は! 私の息子は優秀なんだぞ! 伯爵家の跡取りなんだ! あんな食事をさせて良い存在では無いんだ」

「うん、それは認める。おまえさあ、もうちっと現実を見ろよ。お前の息子はあそこで空飛んでるだろ? もう空中一回転もできるようになったんだ。見習えよ、頼むから」

「ふふん! 息子は優秀なんだ。わかったか」

「はいはい、わかったから早いとこ仕事に戻れ。今度こそ避けたら当たるからな」

 そう言い残して去る興行主と、彼の言葉を理解していない元シルバー伯爵。
 息子の方が何が楽しいのか、嬉々として空中ブランコの練習に勤しんでいた。

「おい! 手を離すな! 危ないだろう!」

 息子の練習を真下から見ていた元シルバー伯爵が叫んだ。
 一瞬息子の集中が切れ、掴むはずのブランコを取り逃がす。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

 父親の真上に落下する息子と、何が起こったかわからず、どんどん大きく見えてくる息子の背中を見つめる父親。

 ドスンという音がして団員たちが駆け寄った。
 息子が父親の上に堕ちたのだ。
 とはいえ、練習中は必ず装着している命綱がある。
 障害物にぶつからなければ、軽いけがで済んだはずだ。
 父親が石頭だったせいで、あらぬ方向に曲がってしまった足はもう元には戻らない。
 父親という障害物が、息子が見つけた夢を奪ったようなものだ。

 一方、落下してくる息子の体を最後まで凝視していた父親の方は、無残な姿となってしまった。
 騒ぎを聞いて駆け付けた興行主が、床に横たわる元伯爵の遺体を見て呟いた。

「そういう時は避けるんだよ。バカかお前は」
 



 そして帝国の手によって公開処刑となったレガート侯爵とメルダ国第二王子。
 かの大国を騙そうとしたのだから、公開処刑は当然の処罰と言える。
 しかし彼らがその処刑後も長く語り継がれることとなったのには理由がある。

「絶対にバレないと言ったじゃないか! この大ウソつきが!」

「やかましい! お前が邪魔などしなければ私は帝国と取引していたんだ! あんな体だけのカスのような女を差し向けやがって! 息子はバカなんだ! 引っ掛かるに決まってるだろうが! なにが第二王子だ! ボケ! カス! クソ! 矮小! 早漏!」

「うるさい! お前が嫁を幽閉しないのが悪い! そうしていれば俺だって諦めたさ」

「ばーかばーか」

「バカっていうやつがバカなんだ」

「やーい 大バカ野郎 くそ王子」

「腐れ外道が汚い口を開くな」

 断頭台の上で幼児レベルの罵りあいをする大の大人に、ドン引きしている子供たち。
 死刑執行の合図を待っている執行官達も、呆れて笑いをかみ殺す始末だった。

「やれ」

 帝国宰相の執行合図とともに、罵りあいながら首を落とされた二人。
 落ちた首はゴロンと転がり、断頭台の上で正面を向き合う形で止まった。
 その距離のあまりの近さに、二人の唇が触れ合っていたとかいないとか……




 それぞれの罪を命をもって贖った三人に比べ、罪を罪として認識できないまま、いまだに夢を見ている二人は、その命を永らえていた。

「もう働き始めるのかい? まだ産んだばかりで体力が戻ってないだろうに」

 背中に一人と両手に一人ずつの赤子を抱き、痛めた股関節を庇うように立っている男と、最早服を着るのさえ面倒だとばかりに、素っ裸で化粧をする女。
 窶れ果て、どす黒い顔色の男はニックだ。

「うるさいね! 待ってるんだよみんな。私が復帰しないと戦意が下がっちまう」

 一時期より随分引力に負けた乳房を揺すりながら、怒鳴り返しているのはソニアだ。
 最前線で戦う男たちの、驕り昂った下半身の熱を発散させてやるこの仕事は、彼女の天職だったようだ。
 キャンディが奇しくも選んだ『三番』という罰は、彼女にとってはご褒美だった。

 その体の虜になり、妻を顧みず全てを投げ捨てた自分の目の前で、腰を振り続ける恋人の姿に、絶望し泣き叫んでいたのも束の間だった。

 食材として捕獲した動物の脂肪を、潤滑油代わりにたっぷりと塗りこめられ、逃げられないように足首を固定され犯され続けた日々。

 逃亡防止のために、ここに来てすぐに足の腱を片方だけ切られたソニアだったが、きれいな顔を傷つけない方が良いという部隊長の判断で、失明は免れた。
 なぜ片方の足だけで済んでいるのかというと、逃亡する気が本人に無いからだ。
 逃げる気がないなら歩けた方が互いに都合が良いということになり、そのままになっていたが、それが良い方向に作用した。

 片方の足だけに負担がかかると、大腿部と臀部の筋肉に偏りが生じる。
 それがなんとも具合が良いと評判が評判を呼んだ。
 ソニアと同じ仕事をしている女は八人いたが、ソニアに人気が集中するお陰で三食昼寝付きという好待遇を享受している。

 それでは申し訳ないとばかりに、裂傷を起こし壊死しかけているニックの菊の花を、丁寧に洗い清めてくれた。
 血膿を拭き取り、薬を塗りこめる娼婦たち。
 ソニアへの恩返しをニックの体に施したのだ。
 お陰でニックは一命をとりとめた。

 兵士たちとの行為に夢中になってしまうソニアは、当然のように避妊を忘れる。
 そして子を孕むが、さすがこの道のために生まれたような体を持つ女は悪阻も無く、結局臨月まで自ら志願して奉仕を続けるのだ。

 毎年のように妊娠と出産を繰り返し今年で5人目。
 父親は誰なのかなどと詮索する人間もいない。
 この戦場に送られてくる男たち全てが父親のようなものだ。
 戦意の高揚に多大な貢献をしているとして、大隊長より育児専用テントまで貸与された。

 子育てはニックと八人の娼婦たちが順番にやっている。
 仕事が楽しくて帰りたくないソニアと、父親が怖くて帰りたくないニック。
 そんな二人はこの前線での最古参となっていた。
 きっと死ぬまでずっとここにいるのだろうと、裸のままテントを出て行くソニアを見送るニックは考えていた。
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