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最終話
いつものように三人で夕食を終え、テラスに出てお茶を楽しんだ。
まだまばらな星を見上げながら、思い出したようにエステルがキャンディに話しかける。
「ねえ、キャンディ。いままでずっとスミスと仲よくやってきたあなたに聞きたいと思っていたことがあるの」
キャンディが小首を傾げて先を促す。
「この子は幼い時からいろいろと辛いことが多い人生だったでしょう? 育てて下さったのも牧師様だし、その身に清貧と謙虚が沁み込んでいるわ」
「ええ、そうね。彼の人生はとても過酷だったと思う」
「小さい頃から口数も少なかった子なの。そんな子が還俗してまであなたを欲した。これは物凄い決意だったと思う。そしてあなたもまた激動の人生だった。何度も裏切られ、辛いことが多かったでしょう? でも最後は受け入れた。そのきっかけは何だったの?」
キャンディはフッと口角を上げた。
「姉さん、そんなこと今更聞いてどうするんだよ」
「知りたかったのよ、ずっと。私は結局この歳まで、心から誰かを信用することができないままだった。もちろんあなた方は別よ? 私はあなた達に比べると平和に暮らしてきた方だと思う。でも誰かに心を開き切ることができなかったのよね。だからこそ知りたいの」
スミスが困った顔で言う。
「そんな尤もらしいこと言ってさぁ、本当はただの好奇心だろ?」
「そうかも?」
スミスが肩を竦めてティーカップをテーブルに置いた。
「キャンディ、適当に流せばいいからね。僕は明日の授業の準備をしてくるよ」
皺が目立つようになってきたキャンディの目尻にキスをして、スミスがテラスを出た。
スミスの背を見送った後、キャンディがエステルに笑いかけた。
「義姉さん、ちょっと待っててね」
そう言って出て行ったキャンディが、小さな木箱を持って戻ってきた。
シンプルなそれは、ところどころ塗装が剝がれかけた古いものだ。
「スミスのことは、とても好ましい男性だと出会ってすぐに思ったわ。でも私はその時、まだレガート家の嫁という立場だったでしょう? それに何をおいてもホープスを守ることが絶対的な望みだったから、それ以上その感情を育てることは封印したわ」
キャンディが木箱の蓋を撫でながら続ける。
「それは彼も同じ。彼は聖職者という立場もあったけれど、彼の持つ道徳心が人妻への恋情を許さなかった。私たちはお互いに恋愛ができる状況には無かったのよ。でもそれからいろいろあって……あっという間に結婚することが決まって。その環境の変化に感情が追いついていなかったというのは事実ね」
木箱を開けて何かを取り出したキャンディ。
それは何度も何度も繰り返し開封されたのであろう、古い手紙だった。
「きっと彼はもう忘れているでしょうから。でも見せたことは内緒にしてね?」
キャンディがエステルにそれを手渡した。
「私の生きる糧だった。辛いことがある度に読み返したわ。結婚式の前日にスミスから貰ったのよ」
エステルがポケットから眼鏡を取り出し、手紙を広げた。
キャンディへ
私はあなたが大好きです
私の瞳は素早くあなたの姿を探し出すことができます
私の耳は敏感にあなたの声を拾うことができます
私の心は如何なる時もあなたに寄り添うことができます
何も残せず、ただこの身が朽ち果てるだけの人生だと思っていた私にとって、あなたは神が与えて下さった光明でした。
あなたの姿を追い、あなたの考えを聞き、あなたの苦悩を知ることで、私は私の中に隠れていた本当の自分を見つけることができました。
私はあなたを愛さずにはいられません
あなたのためなら、どれほど高い山でも超えてみせましょう
あなたのためなら、どれほどの荒野でも渡り切ってみせましょう
私はあなたに夢中です
こんな気持ちは初めてです
どうか私に権利を下さい
あなたの横に立ち続ける権利を与えて下さったなら、私はあなたの塩となり水となり、あなたの歩む道を照らし続けることを誓います
どうしようもなく愛しいキャンディ
あなたが生きていることこそが、私の生きる理由です
あなたの姿を見るたびに、私の心は喜びで満たされます
あなたの声を聞くたびに、私の心は幸福で溢れます
あなたという存在が、どれほど私を救ったことでしょう
どうか私を信じてください
私は息をするように、あなたの安寧を祈り、心からの祝福を贈り続けます
愛しています
私の唯一の人
愛しています
愛しています
エステルは黙ったまま手紙を封筒に戻した。
キャンディはそれを木箱に戻し、スミスが作業をしているであろう部屋の明かりに視線を投げた。
「私もあなたを愛しているわ」
エステルは流れる涙を隠すように、そっと夜空を見上げた。
おしまい
長いお話しにお付き合いくださった皆様
ありがとうございました
まだまばらな星を見上げながら、思い出したようにエステルがキャンディに話しかける。
「ねえ、キャンディ。いままでずっとスミスと仲よくやってきたあなたに聞きたいと思っていたことがあるの」
キャンディが小首を傾げて先を促す。
「この子は幼い時からいろいろと辛いことが多い人生だったでしょう? 育てて下さったのも牧師様だし、その身に清貧と謙虚が沁み込んでいるわ」
「ええ、そうね。彼の人生はとても過酷だったと思う」
「小さい頃から口数も少なかった子なの。そんな子が還俗してまであなたを欲した。これは物凄い決意だったと思う。そしてあなたもまた激動の人生だった。何度も裏切られ、辛いことが多かったでしょう? でも最後は受け入れた。そのきっかけは何だったの?」
キャンディはフッと口角を上げた。
「姉さん、そんなこと今更聞いてどうするんだよ」
「知りたかったのよ、ずっと。私は結局この歳まで、心から誰かを信用することができないままだった。もちろんあなた方は別よ? 私はあなた達に比べると平和に暮らしてきた方だと思う。でも誰かに心を開き切ることができなかったのよね。だからこそ知りたいの」
スミスが困った顔で言う。
「そんな尤もらしいこと言ってさぁ、本当はただの好奇心だろ?」
「そうかも?」
スミスが肩を竦めてティーカップをテーブルに置いた。
「キャンディ、適当に流せばいいからね。僕は明日の授業の準備をしてくるよ」
皺が目立つようになってきたキャンディの目尻にキスをして、スミスがテラスを出た。
スミスの背を見送った後、キャンディがエステルに笑いかけた。
「義姉さん、ちょっと待っててね」
そう言って出て行ったキャンディが、小さな木箱を持って戻ってきた。
シンプルなそれは、ところどころ塗装が剝がれかけた古いものだ。
「スミスのことは、とても好ましい男性だと出会ってすぐに思ったわ。でも私はその時、まだレガート家の嫁という立場だったでしょう? それに何をおいてもホープスを守ることが絶対的な望みだったから、それ以上その感情を育てることは封印したわ」
キャンディが木箱の蓋を撫でながら続ける。
「それは彼も同じ。彼は聖職者という立場もあったけれど、彼の持つ道徳心が人妻への恋情を許さなかった。私たちはお互いに恋愛ができる状況には無かったのよ。でもそれからいろいろあって……あっという間に結婚することが決まって。その環境の変化に感情が追いついていなかったというのは事実ね」
木箱を開けて何かを取り出したキャンディ。
それは何度も何度も繰り返し開封されたのであろう、古い手紙だった。
「きっと彼はもう忘れているでしょうから。でも見せたことは内緒にしてね?」
キャンディがエステルにそれを手渡した。
「私の生きる糧だった。辛いことがある度に読み返したわ。結婚式の前日にスミスから貰ったのよ」
エステルがポケットから眼鏡を取り出し、手紙を広げた。
キャンディへ
私はあなたが大好きです
私の瞳は素早くあなたの姿を探し出すことができます
私の耳は敏感にあなたの声を拾うことができます
私の心は如何なる時もあなたに寄り添うことができます
何も残せず、ただこの身が朽ち果てるだけの人生だと思っていた私にとって、あなたは神が与えて下さった光明でした。
あなたの姿を追い、あなたの考えを聞き、あなたの苦悩を知ることで、私は私の中に隠れていた本当の自分を見つけることができました。
私はあなたを愛さずにはいられません
あなたのためなら、どれほど高い山でも超えてみせましょう
あなたのためなら、どれほどの荒野でも渡り切ってみせましょう
私はあなたに夢中です
こんな気持ちは初めてです
どうか私に権利を下さい
あなたの横に立ち続ける権利を与えて下さったなら、私はあなたの塩となり水となり、あなたの歩む道を照らし続けることを誓います
どうしようもなく愛しいキャンディ
あなたが生きていることこそが、私の生きる理由です
あなたの姿を見るたびに、私の心は喜びで満たされます
あなたの声を聞くたびに、私の心は幸福で溢れます
あなたという存在が、どれほど私を救ったことでしょう
どうか私を信じてください
私は息をするように、あなたの安寧を祈り、心からの祝福を贈り続けます
愛しています
私の唯一の人
愛しています
愛しています
エステルは黙ったまま手紙を封筒に戻した。
キャンディはそれを木箱に戻し、スミスが作業をしているであろう部屋の明かりに視線を投げた。
「私もあなたを愛しているわ」
エステルは流れる涙を隠すように、そっと夜空を見上げた。
おしまい
長いお話しにお付き合いくださった皆様
ありがとうございました
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