消された過去と消えた宝石

志波 連

文字の大きさ
63 / 66

63 真相1

 千代が遠い目をした。

「私と斉藤さんとの出会いは、小百合が伊豆長岡に逃げてきた頃です。私はなんとは小百合をまともな母親にしようと独りで奮闘していました。小夜子さんがとにかく可哀そうで……斉藤さんは非業の死を遂げたサクラさんの腹違いの妹である小百合をとても心配していました。何度も訪ねてこられて、いろいろと援助をして下さるようになったのです。山本先生は週末ごとに小百合を買いにいらしていましたが、それとは合わないように来ておられましたね」

「山本さんとは別行動ですか?」

 伊藤の問いに千代が頷いた。

「何度かはご一緒されたと思いますが、ほとんど別行動でした。小百合は煩く言う斉藤さんを嫌っていましたから。だから斉藤さんは私にお金を渡して、日々の暮らしのことや小夜子さんのために使うようにと。そんな頃です、娘が心中したのは。もう私は気が狂ったようになってしまって……斉藤さんが支えて下さったのです。まあ、男と女のことですからね、そうこうするうちになんとなくという感じです」

「でもご結婚はなさらなかった?」

「ええ、娘を亡くしたばかりでしたし、いまさら入籍というのもどうかという気持ちもありました。私は田舎育ちの女です。斉藤さんの住む世界ではやっていけるはずもありません。それでも何度か一緒になろうというようなお話もして下さったのですが、そのうちに山本先生が小百合を東京に連れていかれてしまいました。小夜子さんも田坂の養女になる事が決まり、やっと私は伊豆を離れる決心をしたのです」

「なるほど、それで斉藤邸へ行かれたのですね」

「行くつもりは無かったのですが、熱心に誘ってくださいましたし、田坂の家とも近かったので、家政婦ならとお返事をいたしました。斉藤さんの側でお世話ができるのが嬉しくて、一生懸命働きましたよ。何より小夜子さんに会えるのが嬉しかった。私は死ぬまでこのままで良いと思っていました。でも小百合が薬物の過剰摂取で死んでしまって、山本先生が小夜子を引き取ろうと画策しておられることがわかり、小夜子さんを守るために、斎藤と入籍することになりました。田坂の義兄だけでは守り切れないと判断したからです。小夜子さんにとっては不満だったでしょうけれど、確実に守るためにはこれしか方法がありませんでした」

「小百合さんは薬物の過剰摂取ですか。それにしても小夜子さんと斉藤さんは偽装結婚だったのですね。まあ守るという意味では最善の方法かな」

「ええ、それからの10年は本当に幸せでしたねぇ。表立って妻と扱われることはありませんでしたが、それは私が望んだことです。それに斉藤さんの妻役をやるのが小夜子さんでしょう? 何の不満もないですよ。でも斉藤さんに重大な心臓疾患が見つかり、余命を宣告を受けました。斉藤さんは後顧の憂いを無くすべく、今回の計画を実行に移したのです」

 課長が瞑っていた目を静かに開けた。

「斉藤さんが首謀者ですか」

「そう言うことになりますね」

「なぜそこまで手の込んだことを?」

「ひとつは斉藤さんが、あの宝石の呪いを信じていたことです。宝石が吸い込んでしまったパラメタさんの悲しみが、小夜子さんに繋がることをとてもお畏れていましたから」

「ああ、そのために毎年現地を訪問されていたのですね」

「そうです。そこにおられるサムさんと一緒に儀式をされていたと聞いています」

 サムが後を引き取った。

「斉藤さんはバリにある王家の墓に花を手向け、小夜子さんを守ることを命がけで誓っておられましたよ。山本さんも必ずご一緒に来ておられましたが、彼は呪いのことを信じておらず、どこかバカにしたような態度でしたね。彼を小夜子のいる日本に残すわけには行かないからと言っていましたが、正直私は山本さんには会いたくもなかったですよ。息子さんの前で申し訳ないが、私は好きにはなれない人でした」

 サムが信一郎に小さく頭を下げた。
 信一郎は何度も小さく首を横に振る。

「もう一つは何ですか?」

 課長がたたみ掛けた。

「山本先生に小夜子さんを諦めさせるためです。宝石が無いと貸していたお金が戻らないのでしょう? 山本先生にどんな関係があるのかは知りませんでしたが、虎視眈々と狙っておられましたからね」

「なるほど、だから売却ではなく盗難という理由が必要だったのですね。納得しました」

 課長が指先で目を抑えている。
 ずっと取り組んでいた謎が少しずつ解けているのだ。
 その情報量の凄まじさに疲れを覚えたのだろう。

「私は50億ドルなんていう大金、とても想像できませんが、山本先生が執着するのも納得できるほどの額なのでしょう? それなのに債権者である斉藤さんはこれぽっちも欲しがっていませんでした。お金持ちだったからかしら」

 千代の疑問は当然だ。
 小夜子がそれに答えた。

「斉藤はサクラさんの死にとんでもないほどの責任を感じていました。それにパラメタさんが舐めた辛酸と屈辱を思うと、私も欲しいとも思いません。彼女達の犠牲の上で得た利権を使って稼ぎだしたお金ですものね。斉藤や私が受け取るのは間違っています。あのお金は彼女たちの愛した祖国のために使うべきです」

 民族衣装の男たちが立ち上がって、改めて小夜子に深々と頭を下げた。
 伊藤は三人が座るのを待って声を出した。

「皆さん言いたいことは終わったようですね? ではそろそろ本題に入りましょうか」

 伊藤をはじめとする刑事たちの口角が上がった。
感想 1

あなたにおすすめの小説

十八年前の赤子の取り違え——婚約破棄された「養女」が、公爵家のただ一人の正統な令嬢だと判明した日

歩人
ファンタジー
メリルは、レイクハート公爵家に引き取られた「遠縁の養女」として育った。社交界に出ることも許されず、領地の治療院で病人の世話に明け暮れる日々。義姉ソフィアが王家に嫁ぐまでの「つなぎ」として第二王子の仮の婚約者に立てられても、メリルは「いずれ退く身代わり」と承知していた。 けれど治療院に通う第二王子リオネルと、メリルは本当に心を通わせてしまう。義姉ソフィアと後見人ライラは「養女が分を超えた」と激怒し、婚約を破棄してメリルを治療院ごと辺境へ追放した。 だが、辺境で疫病が広がったとき、王都は気づく。病を癒せる「聖癒」の力を持つ者が、もう一人も残っていないことに。 十八年前、ひとつの嘘があった。公爵令嬢の赤子と、後見人の娘の赤子がすり替えられていたのだ。社交界の令嬢ソフィアではなく——治療院の「養女」メリルこそが、公爵家のただ一人の正統な令嬢だった。 日陰で生きてきた手が、王国を救う。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

旦那様から出て行ってほしいと言われたのでその通りにしたら、今になって後悔の手紙が届きました

伊久留りさ
恋愛
 北辺の国境を守る小さな領地、ヴァルドリア。その城館の一室で、若き領主の妻アリシアは、夫レオンハルトの言葉に静かに耳を傾けていた。 「アリシア、君にはもう少し、この城から離れてもらいたい」  レオンハルトの声は、いつものように低く、落ち着いていた。しかし、その言葉の意味は、アリシアにとってあまりにも唐突で、あまりにも冷たいものだった。 「……離れる、とはどういう意味でございますか」 「つまり、この城にいないでほしい、ということだ。しばらくの間、君には別の場所で暮らしてもらいたい」  アリシアは、ゆっくりと目を閉じた。指先がわずかに震えるのを、彼女は必死に抑えていた。この男の前で、自分が動揺している姿を見せたくなかったからだ。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

娘を毒殺された日、夫は愛人と踊っていた――聖女と呼ばれた私は、王家を静かに崩壊させる

唯崎りいち
恋愛
異世界に転移し、“聖女”として王太子ジークフリートに嫁がされたフェリシア。 愛のない結婚の中で、唯一の救いは娘シャルロットだった。 しかし五歳の娘は、父から贈られたネックレスによって毒殺される。 娘が死んだ日。 王宮では祝賀会が開かれ、夫は愛人と踊っていた。 誰も娘の死を悲しまない世界で、ただ一人涙を流したのは、第八王子リュカだけだった。 やがてフェリシアは知る。 “聖女は子を産んではならない”という王家の禁忌と、娘の死の裏にある政治的思惑を。 ――これは、娘を奪われた聖女が、王家を静かに崩壊へ導いていく物語。