お覚悟のほどはよろしくて?

志波 連

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57 人魚の女王の来訪

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 そして翌日、いつものように仕事を済ませてロビンとソフィアは共に夕食をとった。
 レオナードにもたっぷりとミルクを飲ませてから寝室へと向かう。

「どうしたの? なんだか顔色も悪いし、落ち着かないって感じだね」

「えっ? そう? そんなことはないけれど。だとしたらレオ殿下からの連絡のせいかもしれないわ。辺境領は大変みたいね」

「ああ、僕も読んだよ。レオ兄上が心配かい?」

 ソフィアは一瞬だけ俯いてから、努めて明るい声を出した。

「ねえロビン、薬は飲んだの?」

「うん、飲んだよ。あと三つで終わりだけど」

「あと三つ? では新しいのを用意しなくちゃね」

「いや、もう良いんだ。もう飲んでもあまり効果は無いから」

 ソフィアは息をのんだ。

「何言ってるの? そんな弱気じゃダメよ」

「うん、わかってる。わかっているけれど自分のことは自分が一番わかるからね。もってあと二か月って感じだと思う。でも諦めたわけじゃないから。僕にできることは全部やるつもりだから安心して。それにレオナードの一歳の誕生日は一緒に祝いたいもの」

 ソフィアは堪えきれず泣き出してしまった。
 嫁いできてずっと耐えていた何かが崩壊したのかもしれない。

「ロビン……ロビン……」

「ああ、泣かないでソフィア。君に泣かれるとどうしていいのかわからなくなってしまう」

 ソフィアの泣き声に驚いたのか、レオナードまで泣き出してしまった。

「うわぁ! どうすれば良いんだ」

 レオナードを抱き上げながら、ソフィアの背中を擦るロビン。
 二人はレオナードを挟んで抱き合うような格好になっていた。

「ソフィア、ソフィア。お願いだから泣かないでくれ。レオナードも泣かないでくれよ」

 そういうロビンも涙声だ。

「私はどうすればいいの……ねえ、私はどうすれば……」

 ロビンに縋りつくように泣くソフィア。
 その時、ドアが静かにノックされた。

「失礼します。ソフィア様、お客様です」

「こんな時間に?」

 ソフィアの代わりに声を出したロビンにかまわず、レモンは大きくドアを開いた。
 部屋全体が光ったように見えた次の瞬間、美しい微笑みを浮かべた緑色の皮膚を持つ美女が入ってくる。

「ババさま……」

「今日は満月だからね、私の方から来たよ。なんだお前、泣いているのかい?」

 啞然としているロビンを一瞥して、優雅な所作でソファーに座る緑色の美女。

「まあ立っていては話しにくい。お前たちも座るが良い」 

 まるでこの部屋の主のように振る舞う緑色の美女は、手に持った扇で椅子を指した。

「ソフィア? 知り合いかい?」

「え……ええ」

 そう聞くロビンに、ソフィアは何と答えたらよいのか分からないソフィア。

「ソフィア様のご先祖様だよ、ロビン殿下」

 レモンがそう言うと、緑色の美女がポンと手を打った。

「おお! お前がロビンか。お前にはぜひ会ってみたいと思っておったのだよ。出てきた甲斐があるというものだ。まあよい。早うこちらに座れ。ああ、その子が『魔消しの者』じゃな? うん、なかなか良い子に育っておる」

 導かれるように、レオナードを抱いたままソファーに座るロビン。

「ロビン?」

 ソフィアの方が驚いて声を出した。

「あなたは誰だ? なぜ懐かしい気がするのだろうか」

「まあそんなことはどうでも良かろう。他人ではないとだけ言っておこうか。そんなことより、かなり辛そうじゃな。薬は効かなんだか?」

「あ……あの薬はあなたが? ありがとう。とても良く効きましたよ。でも……」

「でも? もうそろそろ限界か?」

 ロビンがソフィアの顔を見て悲しそうな顔をした。

「そういうことか。まあ間に合ってよかった。ソフィアは全て話したのか?」

 ソフィアは目を見開いたまま何も言わなかった。

「お前が思うほどこ奴は弱くはないぞ?」

「ババ様……」

 そう言うと緑色の美女はじっとロビンの目を見つめた。
 まるで固まったようにロビンは微動だにしない。
 その腕に抱かれているレオナードも、泣くことを忘れて緑の美女をじっと見ている。
 時が止まったまま、ただ月だけが動いていた。

「さて、ソフィア」

 最初に動いたのは緑色の美女だった。
 ソフィアがおそるおそる顔を向けると、金縛りが溶けたようにロビンが息を吐いた。

「お前はよく頑張った。しかし定めは変えられぬ。覚悟を決めよ。私もできるだけのことはしよう。最後まで信じ抜く勇気を持て」

「信じ抜く勇気?」

「そうじゃ。勇気は正しい者しか持つことはできぬ。信じろ」

「はい、ババ様」

「うんうん、お前は可愛いのう。クローバーにそっくりじゃ」

 そう言って立ち上がった緑色の美女がロビンの頬に手を伸ばした。

「会えてよかったぞ、ロビン」

 ロビンの目から涙がポロポロと零れ、レオナードの銀色の髪を濡らす。
 数秒間じっと目を合わせた後、緑色の美女がソフィアの頭を撫でた。

「信じて待ち続けろ。お前にできることはそれだけじゃ」

 満月が雲に隠れ、部屋が闇に沈む。
 シュルッと艶めかしい絹ずれの音がして、部屋の空気が軽くなった。
 やっと息を吐いたソフィアがロビンに声をかけた。

「ロビン? 大丈夫? あなた……真っ青よ」

「ああ、ちょっとびっくりしたから。すごい迫力だったよね……なんだかすごく疲れちゃった。もう寝ようか」

 この異常な状況をすんなりと受け入れたロビンに、ソフィアは頷くしかなかった。
 レオナードを寝かせ、ベッドに入る。
 頭が混乱しているのか、目を瞑っていても眠気はさっぱりやってこない。

「ロビン? もう寝たの?」

 顔を向けると、ただじっと天井を見つめている横顔が月明かりに照らされていた。

「ロビン……ねえロビン」

 ゆっくりと顔を向けたロビンの目からボロボロと涙が零れ落ちた。

「ソフィア、僕たちはすぐにでも行かなくちゃいけないみたいだ」

「え?」

「急がないと間に合いそうにない。明日にでもアラン兄上に話してくるよ」

 それきりロビンは目を瞑ってしまった。
 瞼に押し出された涙がシーツを濡らす。

「ロビン……」

 不安に押しつぶされそうになりながらも、ソフィアもそっと目を閉じる。
 そして翌日、浅い眠りから目覚めると、ロビンはすでにいなかった。
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