満開の桜の下から

新田小太郎

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満開の桜の下から

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 周辺地域での桜が満開になったということで、真一は、近くの公園に出かけることにした。駐車場は、花見に来た人の車で一杯である。そこは自然公園になっていて、周辺を広範囲に渡って、山や池、広場の辺りを散策することが出来るようになっている。桜が咲いているのは、広場の周辺一帯で、そこは桜の名所となっていた。
 真一もまた、車を駐車場に置き、広場の方に歩いてみた。家族連れや、老夫婦、また、カメラを持って写真を撮りに来ている人の姿も多い。広場に隣接をして売店や飲食店もあり、そこもまた、多くの人で賑わっていた。
 ここに来ると、多くの人の幸せそうな姿を見ることが出来る。自分は、果たして、彼らのように幸せか。そして、これから先、彼らのように幸せになることが出来るのかと考える。五十という年齢を過ぎ、もはや、結婚をして、子供を持つということは無理な話だが、独りで、幸せな老後の生活を送ることが出来るだろうかと、少し、不安もある。しかし、それは、仕方の無い話なのだろう。
 真一は、この町で生まれ育った。子供の頃から、この公園には、よく訪れている。子供の頃は、両親と共に、よく、この公園に来て遊んでいた。そして、中学生くらいになると、自転車に乗って、友達と、よく、この公園に来て遊んだ。
 好きな女の子と一緒に、この公園に来たこともある。結局、その女の子を付き合うことは出来なかったが、今頃、彼女は、どこで、どうしているのか。
 きっと、結婚をして、子供も居ることだろう。もしかすると、すでに孫が居るのかも知れない。それが、普通の姿なのだろうかと思う。
 普通に生きるということが、なかなか、難しいことだというのを、真一は、高校を卒業する時に、初めて知った。まずは、思うような大学に進学をすることが出来なかったこと。望まない大学、望まない学部に進学をし、勉強にも身が入らなかった。
 そして、大学を卒業。しかし、真一は、就職活動に失敗し、高校を卒業後、一度、離れたこの町に戻って来た。就職氷河期という就職には厳しい時代だったが、周囲の学生たちはそれなりの職場に就職をし、就職先が決まらないままに大学を卒業したのは、自分を含めて、ほんの少数だったようである。自分が無能だったからだと思えば、仕方が無い。少なくとも、会社側は、そう判断をしたということだろう。
 すっかりと自信を無くした真一は、しばらく、無職のまま、実家で過ごした。結局、アルバイトで、何とか雇ってもらった会社で仕事をするようになったのは、実家に帰ってから半年も経った頃のこと。大学まで卒業をして、このような立場に陥ることになるとは思ってもみなかった。これでは、大学に行ったのは、完全に無駄だったということになる。
 実家に戻ってからも、かつての友達とは連絡を取ることは無かった。彼らが、どこで、何をしているのか。噂としては、時折、話が聞こえて来る。誰々は、どこの会社で働いている。誰々が、結婚をした。誰々に、子供が生まれた。そういう話を聞くたびに、真一には劣等感が募った。
 しかし、一々、そのようなことを考えていても仕方が無いと思うようになったのは、ようやく、四十歳も過ぎた頃。後悔をしようが、劣等感を持とうが、過去が帰られる訳でも、過去に戻ることが出来る訳でもない。周囲に惑わされることなく、自分は、自分らしく生きなければならない。そう決意はしたのだが、なかなか、難しいのも事実である。
 桜の咲いている公園の中には、多くの家族連れが来て、子供を遊ばせ、桜の下で、くつろいでいた。まさに、幸せを絵に描いたようなもの。真一は、その広場の中にあるベンチの一つに腰を下ろし、その風景を眺めていた。もし、自分が結婚をして、子供を持つことが出来ていたなら、あのような幸せな家庭を築くことが出来ただろうか。
 広場の中に居る様々な家族の風景に目をやっている中で、真一は、その中に、旧知の人が居ることに気がついた。それは、自分が、高校生の頃、片思いをしていた女性に違いない。彼女は、夫と思われる人と二人で、桜の下に座っていた。何かを、楽しそうに、二人で話している。恐らく、彼女は、自分のことなど覚えていないだろう。何しろ、一度も、言葉を交わしたことがない。片思いは、片思いのままで終わり、今の自分を思えば、それは、それで、ちょうど、良かったのではないかと思う。彼女に告白をしたところで、交際が始まったとも思えないし、交際をしたところで、何か、その後、良いことがあったとも思えない。
 彼女に、子供は居るのだろうか。もし、子供が居れば、今はもう、独立をして、結婚もして、子供も居るのかも知れない。それは、彼女にとっては孫ということになる。
 真一は、彼女の姿を見ながら、もし、自分が、理想の人生を送れたとしたら、それが、どのようなものなのか、想像をしてみた。夢というものが無かった訳ではない。子供の頃は、飛行機のパイロットになるのが夢だった。パイロットになるのは無理としても、普通の会社に就職をし、普通のサラリーマンになることは、想像をしても無理はないだろう。そして、普通に誰かと恋愛をして、普通に結婚をして、普通に子供を持ち、普通に生活をする。
 結局のところ、普通に生活をして行くことが、自分の理想だったのかと真一は気がつく。裏を返せば、自分は、世間一般で言う普通の生活も送ることが出来なかったということかと思う。
 しかし、満開の桜を見ていると、何だか、気分が和むものである。それは、やはり、日本人だからなのか。それとも、人間、全てに共通をする感覚なのか。
 かつて、日本人は、毎年、桜が咲くのは、神様が、山から下りてくるからだと考えていたらしい。確かに、桜には、そのような神秘的な感じもある。満開の桜の下に居ると、自分にも、神様が宿ってくれるだろうかと真一は思った。神様の力を借りて、自分にも、これから、何か良いことが起こるかと想像をすることにした。

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