島での最後

新田小太郎

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島での最後

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 真一が生まれ育ったのは瀬戸内の小さな島で、夏には海水浴とかキャンプの客も多く、昔は、若者も、結構、集まる、活気のある島だった。
 しかし、時代の流れと共に、社会も変化し、若者は島から去り、今では、島では高齢化が進み、過疎も、かなり進んでいる。
 昔は、ミカンの栽培をしている農家が多く、真一の家でもまた、両親はミカンの栽培を仕事にしていた。真一は、子供の頃から、その仕事を手伝い、将来は、その仕事を継ぐものと当たり前のように決めていた。
 島にあるのは中学校までで、高校になると、四国の高校に通わなければならない。島から通う人も居れば、寮に入る人も居る。真一は、島から高校に通い、高校を卒業後は、東京の大学に進学をした。真一が、なぜ、東京の大学に進学をしたのかと言えば、一度は、都会での生活を経験したかったからである。
 しかし、島での生活に慣れた真一にとって、都会での生活は、かなり、煩わしいものだった。人が多いという環境は、真一にとって、必ずしも、快適ではなかった。しかし、真一は、その大学生活の中で、中山葉子という女性に出会った。バイト先で出会った、一歳下の別の大学に通う女子大生だった。東京生まれの東京育ち。洗練された美人の女性で、真一は、彼女に、すぐに好意を持った。当然、彼女に好意を持つ男は、真一の他にも多く居て、真一は、自分など、彼女の恋愛対象にならないだろうと思っていた。が、互いに、文学小説を読むのが好きという共通の趣味があり、意外にも、真一は、彼女と親しくなることが出来た。
 しかし、真一は、大学を卒業すると四国に戻ることに決めていた。東京生まれ、東京育ちの葉子が、自分について四国に来てくれるとは思っていなかったので、交際を申し込むことはしなかった。が、一応、自分が葉子のことを好きだという気持ちだけは伝えておきたいと、真一が大学を卒業し、四国に戻る時、真一は、友人に頼んで、葉子を呼び出し、
「君のことが、ずっと好きだった」
 と、直接、会って、自分の言葉で伝えた。すると、葉子は、一枚の手紙を真一に差し出し、
「後で、読んで」
 と言うと、真一の前から去って行った。
 葉子の姿が見えなくなってから、真一は、その手紙を開いて、目を通す。すると、そこには、
「四国に帰っても、気が変わらなければ、電話をして欲しい」
 と、葉子の家の電話番号が書かれていた。
 まだ、携帯電話の無い時代である。真一は、それまで、葉子の家に電話をかけようと思ったこともないので、葉子の家の電話番号も知らなかった。

 真一は、四国に戻り、就職をした。もちろん、将来的に、島に戻り、ミカンの栽培の仕事を継ぐ意志は、変わらなかった。真一は、葉子に貰った手紙を見ながら、電話をしたものかどうか、悩んだ。
 電話をしたところで、それから、どうするのか。彼女が、このような手紙をくれた意図は何なのか。色々と、自問自答をする。当然、それでは、結論は出ない。真一は、思い切って、一度、電話をしてみることにした。
「社会人生活は、どう」
 と、当たり障りの無い話から始め、いつ、本題に入ろうかと考えながら、話をしていると、葉子の方から、意外なことを言った。
「そっちに、一度、遊びに行っても良いかな」
「それは、もちろん、構わないよ。僕が、色々、案内をするし」
 それから、時折、長期の休みを取り、葉子は、四国に遊びに来るようになった。そして、二人は交際をするようになった。島にある真一の実家にも、葉子は、遊びに来るようになった。真一の実家が、ミカン農家であること、そして、真一が、生来的に、島に帰り、その仕事をすることも、ちゃんと、真一は、葉子に話す。それでも、葉子は、結婚をしてくれるのだろうか。その不安は、真一にはあった。
 が、また、意外にも、葉子は、
「この島に住みたいな」
 と、自分の方から言った。その時、葉子が、どういう気持ちだったのか。真一は、知らない。そして、それから、真一は、葉子と共に、人生を過ごした。

 島での、長い時間が過ぎた。両親の後を継ぎ、真一はミカン農家になったが、島の人口は減る一方で、当然、ミカン農家の数も減って行く。真一の両親も含めて、年老いた人は亡くなって行く。そして、真一と葉子もまた、老年になった。
 六十歳を超えた頃から、真一の身体は病気がちで、ミカン農家も廃業にすることになった。葉子もまた、よく真一と共に働いてくれたが、ミカン農家を廃業することに反対は無かった。
「一度、病院で、検査をしてみたら」
 と、葉子が勧めるので、真一は、四国にある大きな病院で、身体を診てもらうことにした。島にある診療所の先生から紹介状をもらい、葉子を一緒に、四国の病院に出かけて行く。
 が、その時の検査で、真一の身体に、進行をしたガンが見つかった。しかも、それは、いくつかの場所に転移をし、余命も、それほど、長くはないだろうと宣告された。
 それは、真一にとっても、葉子にとっても、驚きだった。突然に、死を突きつけられた真一は、しばらく、呆然としていた。
 真一には、まだ、身体的な自覚は無かった。自分が、もうすぐ、亡くなってしまうとは信じられないことである。
 真一の生まれ育った家で、真一は、葉子と二人で、話をした。それは、この島での真一の話と、東京での葉子の話。そして、二人が出会った頃の事。そして、交際をし、結婚。一緒に島に戻り、ミカンの栽培の仕事に、共に、精を出したこと。
 そして、ひとしきり、話したところで、
「しばらく、歩こうか」
 と、真一は、葉子に言った。
「大丈夫なの」
 と、葉子は、真一の身体を心配する。
「全然、大丈夫。さあ、行こう」
 と、真一は、葉子と共に、家を出た。
 明日、入院のためにこの島を出れば、二度と、ここには帰って来られないだろう。最後の二人の思い出を作るため、真一と葉子は、夜の星空の中で、瀬戸内の海を見ながら、島を歩くことにした。
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