野良猫を見て

新田小太郎

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野良猫を見て

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 午後の八時過ぎ、真一は、散歩に出かけた。仕事で嫌なことがあり、気分転換のためである。そういうことは、かなり多い。そもそも、働くということに向いていないということなのだろう。そもそも、他人と関わることが苦手で、仲間と騒いで、ストレスを発散するということが出来ない。また、アルコールも嫌いで、酒を飲んで、気晴らしをするということも無い。
 酒で気晴らしをしないというのは、健康にとっても良いことなのだろう。もし、酒に頼れば、アルコール依存になる可能性も十分にある。アルコール依存になると、その後の生活が大変だということは、知識としては知っている。アルコール依存に限らず、薬物依存、ギャンブル依存、買い物依存など、何かに依存をし、精神的寂しさ、苦しさを紛らわすというのは危険である。
 真一は、日が暮れた後、暗がりの中を歩いて、気晴らしをする。真一の住んでいるアパートは、田舎町の郊外にあり、午後の八時を過ぎると、外を歩いている人も、ほぼ、居ない。時折、犬の散歩をする人を見かける程度である。しかし、互いに、挨拶を交わす訳でもなく、自然と距離を置いているので、相手のことは気にならない。
 散歩をするルートは、いつも決まっている訳ではない。その時の気分によって、歩く道を変える。しかし、午後七時には閉店をする個人商店にある自動販売機でジュースを買い、近くにある小さな公園で、しばらく、ジュースを飲みながら時間を潰すことは決めていた。
 その日もまた、商店まで来ると、自動販売機で、一本のジュースを買った。そのジュースを手にして、近くの公園まで歩く。公園には、一つの街灯があり、周囲は、明るく照らされている。真一は、いつものように、その街灯の近くにあるベンチに腰を下ろした。そこで、周囲の景色を眺めながら、時間をかけて、一本のジュースを飲む。
 しばらく、そこでぼんやりとしていると、突然、真一が座っているベンチの足下から、一匹の猫が、音も無く、姿を現した。真一は、驚いたが、足下の猫は、別に、驚く様子もなく、そこで立ち止まると、真一の顔を見上げた。
 真一は、猫が大好きである。子供の頃は、実家で猫を飼っていたが、今、アパートでは猫を飼うことは出来ない。もっとも、一人暮らしで、猫の世話をするのも面倒なので、猫を飼うことが出来たとしても、敢えて、飼おうとはしないだろう。真一は、足下の猫を見て、手を出してみた。
 猫は、人に慣れているようで、逃げることもなく、逆に、真一の差し出した手の先を鼻で嗅ぎに来た。近所の飼い猫なのか、それとも、この公園で、誰かに餌を貰っている野良猫なのか。白と黒の二色の毛の色をした、小柄な猫で、まだ、大人の猫に成りきっていないような感じだった。
 猫は、真一の足に、すり寄って来た。
「にゃあ、にゃあ」
 と、声を上げて鳴き始める。
 腹が減っているのだろうかと思った。しかし、真一は、猫に食べさせる物を、何も、持っていない。
 恐らく、この猫は、野良猫なのだろう。そして、この公園で、この野良猫に、餌を与える人が、いつも居るのに違いない。そして、この野良猫は、この公園に来る人が、自分に餌をくれるものと思い、自分の足下に寄って来るのだろうと真一は思った。見ていると可愛いのだが、よく考えれば、悲しい話でもある。
 もし、誰も、餌をくれなければ、この猫は、どうやって生きて行くのだろうか。この辺りで、何か、お腹を満たすような獲物を確保することが出来るとは思えない。なぜ、このような場所で、野良猫になることになったのか。恐らく、この住宅地にある家のどこかで飼われていた猫が産んだ子供が、何かの事情で、捨てられたか、親が外で出産をし、そのまま野良猫になったのか、どちらかだろうと想像する。
 猫は、一度に、数匹の子供を産むのだろう。だとすれが、他に、一緒に生まれた子猫たちは、はぐれてしまったのか、それとも、すでに死んでしまったのか。
 よく考えれば、厳しい話である。せっかく、この世に生まれたというのに、満足に、生きて行くことが難しい。今、足下に居る猫も、誰も餌をくれなければ、そのうちに餓死をすることになるだろう。それ以前に、世間にとって邪魔なものとして、保健所が捕まえ、殺処分になるかも知れない。
 ならば、自分が、この猫を連れて帰り、飼ってやることが出来るのかと言えば、それは無理である。自分は、他の命に、責任を持つことは出来ない。
 生きるということが、どれほど難しく、大変なことか。真一は、足下の猫を見ながら考えた。自分もまた、今、その最中にある。
 真一は、ジュースを飲み終わると、足下の猫の頭をしばらく撫で、
「じゃあな。誰かに、餌を貰ってな」
 と、公園を後にする。空き缶を、商店の自販機の隣にあるゴミ箱に捨て、アパートに帰ることにした。

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