雨の降る町

新田小太郎

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雨の降る町

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 電車が駅に到着をした。真一は、荷物を持って、電車を降りる。小さな町の小さな駅である。そして、この町に来る時には、いつも、なぜか、雨が降っていた。
 真一は、駅を出ると、傘をさして、町を歩いた。駅前の通りをしばらく歩くと、小さなホテルが一つ。真一は、この町に来ると、いつも、そこに泊まる。
 この町は、元妻、葉子の故郷で、実家がある。真一が、この町に初めて来たのは、葉子の両親に、結婚を許してもらうためである。しかし、両親から、結婚の許可をもらうことは出来なかった。葉子は、それでも、真一と結婚をすることを選んだ。両親とは絶縁状態になり、それから数十年の月日が経つ。
 しかし、一人娘の葉子は、両親が年老いて、病弱になった頃から、両親の元に戻ることを望んだ。両親は、真一のことを嫌っている。葉子が、両親の残りの人生を共に過ごしたいというのなら、離婚は、やむを得ないところだった。
 決して、真一と葉子は、仲違いをして離婚をした訳ではない。そのため、真一は、時折、葉子と子供に会いに、この町に来た。真一と葉子との間の一人娘は、葉子が親権を持ち、育てることにしていた。その方が、何かと、都合が良いだろうと思ったからである。
 真一が、時折、この町で、葉子と娘の詩織と会っていることは、葉子の両親には内緒にしてある。敢えて、両親の気分を害することもないだろう。
 ホテルの建物は、三階建てで、あまり、綺麗なものだとは言えないが、宿泊料は、その分、安い。近くには、観光地も無く、大きな会社がある訳でもなく、一体、誰が泊まるのだろうと、いつも不思議に思う。しかし、潰れないところを見ると、利益が出来るくらいの客は、宿泊をしているのだろう。
 ホテルに到着をすると、真一は、葉子に連絡を取った。葉子は、しばらくしてから、家を出て、待ち合わせ場所に来ると言う。真一がこの町に来た時に待ち合わせの場所にしているのは、ホテルの近くにあるファミリーレストランである。真一は、葉子が来るという時間に合わせて、ホテルを出ると、ファミリーレストランに、傘をさして、向かった。
 雨は、かなり強く降っていた。傘に当たる雨の音は、かなり大きい。道路には、それほど多くの車が走っている訳ではない。町の様子は、雨の音以外は、静かである。その雨のせいか、ファミリーレストランの中にも、客は少ない。
 真一は、窓際のテーブルに腰を下ろした。雨の強く降る、外の景色がよく見える。
 しばらくすると、葉子の運転する車が、前の道路を走り、ファミリーレストランの駐車場に入るのが見えた。
 車から降りた葉子は、走って、ファミリーレストランの入口に来る。雨に濡れるが、傘をさすほどの距離ではない。娘は、一緒に来てはいないようである。高校生にもなると、わざわざ、父親に会うために出てくるということもない。
 葉子は、ファミリーレストランの中に入ると、真一を探して、真一の居るテーブルに座った。
「詩織は」
 と、真一は、まず、娘のことを聞いた。今は、高校三年生。卒業後は、どうするつもりなのか。
「東京の大学に行きたいと言っているわ。まあ、どうなることか」
「東京か。金が、かかるな」
 葉子の親は、この土地の名士だった人で、それなりに財産も持っている。取りあえず、お金に困るということはない。
 それが、真一が、葉子と離婚をし、娘を、葉子の元に置いた理由でもある。葉子の親が自分との結婚を反対したのは、自分が、その財産を狙っているのかと勘ぐっているのかと疑わなかった訳ではないが、その辺りのことは、よく分からない。真意を問いただす余裕は無かった。
「お父さんとお母さんの様子は、どうだ。元気なのか」
「お父さんも、お母さんも、病院通いに忙しいわよ。年だから、仕方がない」
 葉子は、真一に会うということは両親には話していないので、それほど、長い時間、一緒に居られる訳ではない。真一が、この町で一泊をするのは、着いた日に少しと、次の日の午前中に少し、葉子と会うためである。
 それと、葉子には、一つ、真一に話したいことがあるということで、真一には、それが気になっていた。一体、改めて、何の話があるというのか。
「話って、何」
 真一は、聞いた。電話で話すことではない、直接、会って話したいというのは、何の話なのか。
 葉子は、ためらいがちに言った。
「実は、再婚をしようと思って」
「再婚? 何で」
 と、真一は、思わず、聞き返したが、とっさに、それは、もはや、自分が関係することではないということに気がついた。
「詩織は、何か、言っているのか」
「別に。私の好きなようにすれば良いって」
「お父さん、お母さんは、どう思っているの。再婚をするということは、僕の時のように反対をしている訳ではないということか」
「まあね。そういうこと」
 葉子は、あまり、詳しいことを話したくはないようだった。相手は、どういう男なのか。なぜ、今回の再婚は、自分のように反対をしないのか。色々と、関心はあったが、葉子が話したくないのなら、無理に聞かない方が良いのだろうと真一は思う。
 そして、いつものように、真一は、葉子と、しばらく、そのファミリーレストランで時間を過ごした。雨が降っているので、町を歩くことも出来ない。出来ないことは無いのだが、傘をさしてまで歩くこともない。何気ない話をしながら、もう、この町に来るのも最後になるかも知れないと、真一は思った。
 翌日の朝、ホテルで目を覚ました真一は、部屋の窓を開け、まだ、雨が降り続いていることを確かめた。よく降る雨である。今日は、詩織も連れて来ると葉子は言った。最後の別れとするつもりなのかと思わない訳でもない。
 また、いつもの待ち合わせの時間に、真一は、ファミリーレストランを訪れ、葉子が来るのを待った。が、そこに来たのは、意外にも、詩織、一人だけだった。
 真一に居る窓際のテーブル席に、店の中に入って来た詩織が、腰を下ろす。
「何か、食べるか」
 と、真一は、詩織に聞く。
「じゃあ、パフェでも」
 と、詩織は言った。
「お母さん、再婚をするそうだな」
「そうみたいね。やっぱり、気になる?」
「まあね。ちょっとだけ」
「教えてあげようか。どんな人か」
 真一は、詩織から、葉子の再婚相手の話を聞いた。どうも、昔から、家同士の親交のある間柄で、もちろん、葉子の両親とも親しいらしい。相手の男も、離婚経験があり、葉子とその再婚相手の男性も、子供の頃から、よく知っている間柄ということである。
 それならば、葉子の両親も反対はしないだろう。むしろ、最初から、葉子の両親は、その男と結婚をさせようと思い、自分との結婚を強く反対したのかも知れないと真一は思った。
 しばらく、娘の詩織と時間を過ごし、話をした。娘と、じっくりと話をするというのは、久しぶりのことだった。
 ファミリ-レストランを出て、別れる時、
「じゃあ、またね」
 と、詩織は言った。
 また、会うことが出来るのかどうか。
 真一は、考えながら、傘をさし、雨音を聞きながら、駅までの道を歩いた。
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