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召喚魔法編

嫁と娘

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「新しいお母……さん?」

  俺達の前に現れたメリネアは、イキナリ爆弾発言をかましてくれた。

 「ええ、そうよ。私は貴女の新しいママ、宜しくね」

  宜しくねじゃねーよ。ほら、娘が警戒してるじゃないか。

 「ご注文の確認をさせて頂きます。ハンバーグ定食を一つ、ステーキ定食を一つ、ビッグバークを一つ、チキンステーキを一つ、コーヒーを一つですね?」

  この状況にもかかわらず店員が注文の確認をしてくる。プロだ。

 「はい」

 「お水はあちらのドリンクコーナーでセルフとなります」

  そう言って店員は去っていった。クール。

 「……お父……さん」

  娘が俺の腕を強く掴む。
  そこに見えるのは怯えだ。
  恐らくだが、元妻の再婚相手を思い出してしまったのでは無いだろうか?
  メリネアを見て、また同じ目に合うのではないかと。

 「大丈夫だよ。この人はお前を傷付けたりしないから」

  だがそれでも娘の手に篭った力がやわらぐ事は無い。
  どう説得したモンか。

 「ねぇ、貴方の名前を教えてくれないかしら?」

  俺が悩んでいると、メリネアが娘に名前を聞く。
  何か良い考えがあるのだろうか?

 「……由紀」

  怯えながらもちゃんと答える娘。
  俺はちゃんと自己紹介できた事を偉いぞといいながら頭を撫でてやる。
  しかし頭に触れた瞬間、娘の身体がビクリと震える。
  俺が触れてもこれである。あのアパートで相当辛い目にあってきたのだろう。
  全く持って怒りが沸いてくるな。ヤツ等には絶対に後で報いを与えてやる。

 「由紀ちゃん、私はね、貴方のお父さんの作るご飯が大好きなの」

 「……ご飯?」

  俺ではなく俺のご飯が好きといわれてきょとんとする娘。

 「貴方のお父さんが作る料理は私が食べた事のない味ばかりだったわ。何時も食べていたモノが貴方のお父さんの手に掛かると魔法の様に違うものになっていったの」

 「魔法……」

 「そうよ、貴方のお父さんは魔法使いなの。私はそんな魔法使いの料理の虜になてしまったのよ」

  まて、ソレだと俺が料理人みたいじゃないか。
  ほら、周囲のデバガメ達も料理人かなとか言い出してるし。

 「お父さん魔法使いなの?」

  おおう、そう来ましたか。
  娘がキラキラした目で俺を見てくる。
  うーん、これは、いや、しかし、アリかもしれないなぁ。
  俺はある事を決めると、娘に向き直る。

 「そうだよ、お父さんは魔法使いなんだよ」

 「……お父さんが魔法使い……」

  静かだが、娘の目には明らかに尊敬の光が灯っている。

 「そうよ。私は貴方のお父さんの魔法でメロメロになっちゃったの。一目惚れよ」

  その言葉何処まで信用して宜しいのでしょうかね。

 「メロメロ?」

 「ええ、メロメロ」

  何この会話。

 「だから私も家族になりたいの。貴方と一緒にお父さんの魔法の料理を食べたいの」

  それ食うだけですよね。

 「……」

  娘が俺を見てくる。
  出会ったばかりのメリネアの言葉を信用していいか分からないからだろう。

 「由紀、この人は悪い人じゃないよ」

  そもそも人じゃありません。

 「……ん」

  感情が追いつかない感じか。まぁ仕方ない。

 「大丈夫だよ。由紀は俺が守るから」

 「……うん!」

  俺が守るという言葉に顔をほころばせると娘は俺に抱きついてきた。

 「お待たせ致しました」

  丁度タイミングよく店員が料理をもってくる。
  まるで出るタイミングを計っていたのではないかというくらいのジャストっぷりだ。

 「それじゃあ食べようか」

 「うん!」

 「「頂きます」」

  俺と娘は手を合わせていただきますをする。

 「それは何の儀式なのかしら?」

  日本人の作法を知らないメリネアが不思議そうな目で俺達の動作を見つめる。

 「ご飯を食べる時は頂きますをするの」

  娘が行儀をメリネアに教えている。

 「あらまぁ。ここではそうするのね」

 「お……お姉さん、外国人なの?」

  娘は頂きますを知らないメリネアを外国人だと思ったようだ。たしかに見た目は完全に日本人じゃないし、ドレスだもんなぁ。

 「ええそうよ」

 「そっかー。それじゃあ知らないのも仕方ないよねー」

  少しは慣れたのだろうか? メリネアが外国人と知って態度が軟化した気がする。

 「手を合わせて、頂きます……これで良いのかしら?」

 「うん! バッチリ!」

 「ふふ……」

  何とか打ち解けたらしい二人は食事を開始する。

 「もぐもぐ」

 「もぐもぐもぐ」

  二人共もくもくと食べ続けている。
  とくに娘はガツガツと飢えた獣のような勢いだ。

 「慌てなくても大丈夫だよ」

  俺がやんわりとたしなめるが、娘はコクコクと頷きながらも食べる勢いを緩めない。
  それだけ飢えていたという事だろう。
  ネグレクトにDVか。
  認識阻害の魔法を仕様してあのアパートに忍び込んだ時、俺は携帯電話の動画撮影機能を使って奴等の会話を録画していた。
  それだけでもDVの証拠足りえるものだが、実際に暴力を振るう瞬間でなければ、フリですよなどと言って逃げられるだろう。
  だったら暴力を振る所まで撮影してから助ければよかったといわれるかもしれないが、幼い子供が暴力を振るわれそうになっている時に悠長に撮影していられるほど俺はドライな人間でもない。
  決定的瞬間は手に入らなかったが、後で同じ様に忍び込んで撮影を続ければ決定的な会話を得る事が出来るだろう。
  そんなまどろっこしい事はしないがな。

 「ご馳走様でした」

  気が付けば娘は食事を終え、水を飲んで口直しをしていた。
  小さな女の子が一人前をあっという間か。一体どれだけ飢えていたのだろうか。

 「デザートは食べるかい?」

  せっかくの家族での食事だ、ちょっとくらい贅沢をさせてやろう。

 「いいの。もうお腹一杯だから」

  確かに子供には結構な量か。

 「じゃあ鶏肉の香草焼きとビッグステーキを追加で」

  追加でじゃねぇよ。
  その後、メリネアは肉料理の追加注文を3回ほどし、なぜか周囲の客が「さすが外国人」とかいう謎の発言をしていた。
  幾ら外国人でもこんな食事の仕方はせんわ。

  ◆

「この世界のご飯は本当に美味しいわね」

  心ゆくまで食事を楽しんだメリネアは満足げに笑う。

 「この世界?」

  メリネアの言葉に娘がきょとんとする。
  いかん、流石にここで異世界から来ましたとか言われたら流石に幼い娘でも不審に思う。

 「そうだ、お風呂に行こうか!」

  俺は大きな声で会話を遮る。

 「お風呂?」

  よしよし、注意をそらしたぞ。

 「そうそう」

 「お父さんとお風呂?」

 「ああ」

 「……うん、洗いっこする!」

  子供だもんねー。

  ◆

「大人2人と子供1人 タオルとバスタオルもお願いします」

 「3850円となります」

  出費がでかいなぁ。
  そしてドレス姿のメリネアを見る視線も痛いな。

 「じゃあ入るか」

 「「はーい」」

  俺は娘を連れて男湯へと入る。

 「お客様! そちらは男湯でございます!」

  ん? 男湯なら合ってるだろ?
  そう思って振り向いた俺の後ろには、バスタオルを持ったメリネアが居た。
  ……何故だ?

 「どうしたの貴方様? お風呂と言うものに入るのでしょう?」

  ……ああ! そういう事か。

 「メリネア様、日本の風呂は……ああ、説明しますからこちらへ」

  俺はメリネアを隅っこに連れて行き、日本の銭湯について説明する。

 「成程、温かい水に浸かるのが銭湯なのね」

 「そうです。でもその前に身体を洗って……いえ、その前にですね、向こうの女湯に入ったら……」

  俺はメリネアに銭湯の使い方を懇切丁寧に説明するハメになるのだった。

  ……………………
 ………………
 …………

「と言う訳で、それでも分からなかったら一度服を着てあそこの店員さんに聞いてください」

 「大体分かったわ。他の人間達と同じ様に振舞えばいいのね」

 「そうです!」

  最初からそう言えばよかったのかも知れない。

 「と言う訳で今度こそ入りましょう!」

  その光景を見ていた店員さんが苦笑していた。

  ◆

「ほら、服を脱いで。ばんざーい」

 「ばんざーい」

  娘をバンザイさせて服を脱がす。

 「っ!」

  その光景を見た俺は絶句しバスタオルで姿を隠した。

 「どうしたのお父さん?」

  不思議そうな顔で俺を見る娘。
  そんな娘の身体には、幾つもの青い痣が浮かんでいた。
  それどころか黒ずんでいる箇所まであるじゃないか。
  それは日常的に娘が暴力に晒されていた証拠であった。

 「由紀、お風呂に入る前におトイレに言っておこうか」

 「うん、わかったー」

  俺は娘にバスタオルを羽織らせると、トイレの個室へと入る。
  娘が便座に座ってオシッコをしようとしたので俺はソレを一旦止める。

 「どうしたのお父さん?」

  別に俺は娘のオシッコするところを見たいわけではない。
  オシッコさせるだけなら俺は個室の外にいればいいからだ。

 「お父さんが由紀をここに連れて来たのはね、由紀の傷を治すためだよ」

 「え?」

  俺が言葉の意味を理解できないでいる娘の身体に手を当てる。

 「ヒール」

  俺の手から放たれた魔力は娘の身体に伝わりその身体の治癒能力を高めていく。

 「え? ええ?」

  見る見る間に娘の痣が消えていき、一分も経たない内にその身体はほんのり桜色の健康的な色合いへと戻っていった。

 「何これ? 何したのおとうさん!?」

  痣が消えた事に驚く娘。

 「言ったろ、お父さんは魔法使いだって」

 「……」

  娘がポカーンとした顔で俺を見ている。
  それも仕方ない事だろう。なにせ、本当に魔法で傷を治してもらえるとは思っても居なかっただろうからな。

 「……す、すご……お父さん、ホントに魔法……」

  驚きすぎて言葉が出てこないらしい。
  トイレの中でゆっくり娘の興奮が醒めるのを待つと、漸く落ち着いてきた娘の目がキラキラとした輝きに満ちてくる。
  おっと、このままでは娘が大声で叫びかねないな。

 「由紀、この事はお父さんと由紀との秘密だよ」

 「っ! 秘密」

 「そう、2人っきりの秘密」

  子供は秘密が好きだからな。

 「……あのお、お姉さんは?」

  メリネアの事らしい。

 「あ、あー……あのお姉さんならお父さんが魔法使いなのを知ってるから、言っても大丈夫だよ」

  しかし娘はそれが気に入らなかったらしい。

 「そっかー、2人だけの秘密じゃないんだ」

  うーむ、そこが不満なのか。

 「じゃあ3人だけの秘密ね!」

 「ああ、秘密だ」

 「えへへ」

  そうして、娘の傷を治した俺達はゆっくりとお風呂を楽しむのだった。

 「あはははは、あわあわー!」

  娘はジェットバスがお気に召したらしい。

 「あんまりはしゃぐなよー」

  俺は強い水流が出る水深の深い風呂に入って背中をマッサージしながら湯を楽しむ。

 「私もそっちにいくー」

 「こっちは深いぞー」

 「お父さん持ち上げてー」

 「はいはい」

  娘が抱っこを要求してきたので、俺は仕方ないとばかりに娘を抱きかかえて水流の前に連れて行く。

 「水すごーい!」

 「ほーれ勢いが強くなるぞ」

 「あははははは」

  娘が屈託のない笑顔で笑う。
  うむ、連れてきて良かった。

  ◆

「すぅ、すぅ」

  娘がトラックの荷台にあるベッドで寝息を立てている。
  このトラックの荷台は貨物用ではなく、俺の開発したマジックアイテムや生活用具を置いたキャンピングカーとなっていた。
  荷台の中は暑苦しいのでは無いかと思われるだろうが、マジックアイテムで気温調整や空調は完璧である。

 「それじゃあ俺は少し野暮用で出かけてきます。その子を宜しくお願いしますね」

 「ええ、任せて」

  眠る娘の頭を撫でながらメリネアが静かに答える。
  その姿を見た俺は、車から降りて再びあの場所へと向かった。
  俺の娘を虐待した元妻と再婚相手の居るアパートへと。
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