伯爵令嬢は恋に生きてます!

ヴィク

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「もちろんです。こちらから事情を伺ったのですから。宿屋に関してはすぐにご案内いたします。ただ、仕事に関しては私の一存では決めかねるので少し時間を頂いても大丈夫でしょうか?」

「もちろんです!ありがとうございますルジェ様」


(なんて親切な方なのかしら。こんなにも早く目的が果たせていくなんて思っていなかったから少し安心したわ)

 ルジェの剣の鞘には正真正銘のヴァルフ辺境伯の紋章が刻まれており、身分は明らかだ。そしてチェスタで辺境伯の騎士団の身分偽るなどという命知らずは白昼にはいないだろう。

 諸外国との要所であり、国外問わず人の出入りが多い交易の場としても有名なチェスタは治安の取り締まりが厳しいことでも名を馳せている。

  犯罪発生率が低く、街の自警団の多さに理由もあるが、なによりセライラ王国の黒の英雄、ヴァルフ辺境伯の影響が大きいだろう。黒の鎧を纏い、三十年膠着状態にあった国との戦争をたった二年で自国の勝利に導き、被害を最小限に収めたことから黒の英雄と謳われている。

 その功績以外にも数々の戦争で自国を勝利に導いた黒の英雄の膝下で犯罪を犯そうなどという命知らずは少ない。

 周囲を軽く見回すだけでも街は活気よく、治安の良さが見て取れる。王都とはまた違った賑やかさがあり、だが劣る部分など見られない。


「お許しいただけるならそちらの荷物は俺が運ばさせていただければと思います。リリア様は長旅でお疲れでしょう。目的地までは少し離れているので、馬車で向かいましょう」

「まあ、荷物まで。こんなにも親切にしていただいて良いのでしょうか?もちろん、大変感謝の気持ちでいっぱいなのですが」


 正直、乗り物での移動以外にも徒歩移動が求められる時は革鞄をずっと両手で持って移動していたため、慣れない移動で腕が疲れて痺れていた。足の裏もじんじんと痛んでおり、リリアの額にはじっとりと汗が滲んでいる。その額を腕を上げて上品にハンカチで拭う気にもなれない。

 ルジェはにこりと笑うと、勿論ですと荷物を持ってくれる。リリアが両手で運んでいた革鞄を片手で軽々と持っている姿に、すっかり苦労が身にしみたリリアは心の底から感心してしまった。

(今まで私が甘やかされていたというのもそうだけれど、やはり殿方とは体の造りが違うのね。ルジェ様は騎士だからなおさらなのかしら)

 服越しでもルジェの体が鍛え上げられているのはわかる。じっと腕を見つめてしまうリリアに、ルジェは顔を赤くして困惑した声を漏らしているが、リリアは気づかない。


「リリア様!暗くなる前に移動しましょう。さあこちらです」

「ありがとうございます。それと、どうかご友人に接されるように私にも気楽に接していただければと思います。リリアとお呼びください」

「え!?いや……それは不相応な気が」

「だめでしょうか?もう私には親しい者はおりませんので、親切にしていただいたルジェ様と友人になれたらと思ったのですが……」


 本でよく読むことがある身分に拘らない友人という存在にリリアは強く憧れていた。マグノア家の使用人もリリアには良くしてくれて想ってくれているのは理解しているが、やはりどうしても仕える家の令嬢という立場がついてくる。

 目的が順調に達成していることに気を良くするあまり、会ったばかりの相手に対して踏み込みすぎたかとリリアが落ち込めば、ルジェはぎょっとした顔をして、迷う素振りを見せたあと諦めたようにわかったと頷く。


「そうしようリリア。俺のこともルジェと呼んで気楽に接してくれ。君は淑やかに見えて意外と積極的なんだな」


 接し方を崩したことによって距離感も縮まったのか、ルジェの態度は最初よりも砕けている。

 家族以外では婚約者以外に親しく呼ぶことがなかった名前を呼ばれたことに、リリアの胸は感激でじんわりと熱くなる。

(ああ、あの方に出会ってから私の心は満たされてばかりだわ)

 もしヴァルフ辺境伯と王都で開催された祝祭パーティーで出会っていなければ、リリアは伯爵令嬢としての人生を順当に歩んで婚約者と結婚して家を出ることもなかった。旅路で経験した出来事も得ることもなかった。

 そしてルジェのように親切な友人と出会うこともなかったかと思うと、ヴァルフ辺境伯との出逢いに深く感謝する。


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