殿下、私は貴方のものではありません!

ヴィク

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運命が残酷すぎるだろ

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「入って」

「失礼しますお嬢様。どうぞ、お熱いのでお気をつけてお召し上がり下さい」

「ありがとうレレイ」


 差し出された銀のトレイからマグカップを受け取って口元に近づければ、ココアの甘い匂いが鼻孔をくすぐる。口元が緩むのを感じながら飲めば、濃厚な甘さと温かなココアが疲れ果てた心身共に癒してくれて、ほっと息を吐いた。

 甘いものはどんな時でも穏やかな心地にさせてくれるわ。


「ねえレレイ。アレクシスにもココアを届けてあげてくれる? あの子は私と同じで甘いものが好きだから。私からだって事は内緒で」

「お嬢様ならそうおっしゃると思い、既にバートが運んでおりますわ」

「流石ね、レレイ」


 レレイは本当に気が利く侍女だわ。事前にレレイが気を利かせてくれたのだから私からだって事にはならないし、アレクシスも冷たい姉である私からよりも、侍従であるバートからの方が嬉しい筈。

 アレクシスは、まだ実の両親である叔父夫婦を失ってから半月しか経っていないのに、明るく振る舞い、一言も不満を漏らさずに公爵家の後継ぎとしての勉学に努めている。だけど、まだ胸の内の傷は癒えてないないはずだわ……。

 この家に引き取られてきた時のアレクシスを思い出すけど、多少悲壮さは纏わせてはいたけどそれでも微笑みを浮かべ、新たな環境に溶け込もうとする努めていた強い姿しか知らない。

 未熟な私は、自分にのみ向けられていた愛情がアレクシスに向かうのが面白くなくて、だけど初めての弟だった事や、可愛いあの子の気を引きたい気持ちもあって、結果あの子を我儘に振り回してしまった記憶しかない。


「どうしたのレレイ?」


 気づかわし気な瞳でレレイが私を見ていることに気づいて首を傾げる。レレイは眉を下げると、躊躇いがちに口を開いた。


「お嬢様はお優しい御方でございます。アレクシス様の事を最も気に掛けておられるのもお嬢様です。それがお嬢様の意向であろうと私は悲しくて……」


 レレイの言いたい事がすぐに分かって申し訳なくなる。レレイは私のアレクシスに対する態度が、屋敷の人間から評価が良くない事を気にしてくれている。お父様やお母様は何も言わないけど、アレクシスに冷たい事は知っている筈。

 見逃してもらえているのは私の意志を尊重してくれているのと、外聞の悪いその態度を世間にまで晒していないから。

 私はサイドチェストの上にマグカップを置いて立ち上がると、レレイを抱きしめた。優しいレレイのような、石鹸の香りがする。


「ありがとうレレイ。貴女だけが私を理解してくれるだけでいいの。だから、貴方だけは理解してほしいわ」

「……承知致しましたお嬢様」


 レレイがこの屋敷を去るまで残り二年。伝わってくる腕の中の感触と香りを私は失ってしまう。そう思うと、悲しさと心細さに胸がきゅっと締め付けられた。

 抱きしめ返しても良いかとお願いしてくるレレイに、頷いて抱きしめられながら、私は密かに笑えずにいた。

 

 翌日になり、朝食を終えた頃の事だ。部屋で休んでいると、レレイがルーヴァ二から手紙が届いたと報せてきた。思わず眉を寄せそうになるのを咄嗟に堪えた。

 レレイから差し出された手紙を裏返すと王家の印璽が捺された封蝋がされている。裏には流麗な字筆でルーヴァ二の名が記載されていたが、どうせギオルド辺りに代筆させたものだろう。

 焼き捨てたい気持ちを抑えて、用意してくれていたレレイからペパーナイフを受け取って開封する。嫌な予感がしながら文字を追えば、書いてあった内容に愕然とする。

 ――手紙には、まだ初日の顔合わせを終えたばかりだというのに、次に会う時にルーヴァ二以外の男性を一人同席させると書いてあったのだ。相手はルーヴァ二の協同者だとあったけど、勝手に決めるなんて……だけどそれよりも酷いのは、未来の王太子妃として鼎談して欲しいと書きながらも意に沿わないなら来なくても構わないなんていう内容が書いてある事だ。

 政略結婚の婚約者なんてその程度って言いたいのね。分かっていた事だけど、やはり怒りは湧いてくる。


「お嬢様、大丈夫ですか? 顔色が優れませんわ」

「……大丈夫よ、レレイ。殿下にお返事を書くから準備をお願い」


 レレイはすぐに準備をしてくれて、私は椅子に座って紙と睨み合う。

 さて……どうしようか。この時期のルーヴァ二の主だった協同者といえば、真っ先に浮かぶ一人の男性がいる。王太子時代のルーヴァ二の功績の協同者、ホルルシェ・ベベルボード。

 確か小説のルーヴァ二の説明文に十一という若さで、平民という身分に埋もれていた若き天才発明家を引き立てた慧眼の持ち主という一文があった。だから間違いない。

 ルーヴァ二から言ったんだし、ホルルシェを理由に断ってしまおうか……どうせ期待もされていないだろうし、そもそもあの野郎の好感度なんて気にする必要ないんだし。

 でも……上手くいけば、まだ完璧なルーヴァ二側の人間じゃない、未来の天才発明家のホルルシェと仲良くなる絶好の機会かもしれない。

 ホルルシェは小説の中では名前が出る程度で、フィリリアの平民追放に関係する人間じゃない。今はまだ、安全枠の人間という事。ルーヴァ二と繋がっているという事は難点だけど、上手く私側につける事ができたら……私は未来のこの国の偉業者の一人に人脈ができて、ホルルシェは平民だから平民の知識も得る事ができる。平民の暮らしを始める上で、良い協力者になってくれるかもしれない。

 上手くいけば、公爵令嬢として得た金品を私の名前を使わずに換金する事も可能になって、資金調達も楽になれるわ。

 ――決まりね。ホルルシェには絶対に私に協力してもらわなきゃ。

 ルーヴァ二に比べたら私の方が人付き合いだって上手いわ。それにルーヴァ二はあんな人間だから、私の方が接しやすい人間の筈だ。


「会えるのが楽しみだわ」


 筆を執り、ホルルシェを同席させた鼎談ていだんの承諾の旨を書き終え、封蝋を押した手紙をレレイに差し出した。手紙を出すためにレレイが出て行き、一人になった部屋で紙と共にレレイに用意してもらった紅茶を堪能する。

 ホルルシェはどんな人間かしら……。

 発明家の職業から想像する人物像は、緻密さを求められる職業に合った神経質な人間だ。せめてルーヴァ二のような人間ではない事を強く願う。

 前世の記憶にあるフィリリアとしての人生が大きく動き出しているのを強く感じていた。

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