殿下、私は貴方のものではありません!

ヴィク

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若き発明家との出会い

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「……質問はないの?」


 断られたら困るのは私なのだけど、あまりに心配になり問いかけてしまった。なのにアレクシスはこてりと可愛らしく首を傾げ、満面の笑みで「ありません」と答える。

 ……すごく心がもやもやする。疑うべきだとか言いたいことはたくさんあったけれど、私は説教をできる立場ではないと何度も言い聞かせてぐっと言葉を呑み込んだ。

 それから戻ってきたバートに用件を伝え、馬車で街へ向かった。王都ヨルラム東部にあるレスン河口に設置された主要貿易港チヴェセポ付近で馬車から降ろしてもらうと、潮風の匂いが普段よりも強く感じた。馬車から街を眺めることはあったがやはり実際に降りると新鮮味に溢れる。
 

「お嬢様、宝石店や仕立て屋等は途中で通過した場所に密集しておりますが、こちらでよろしかったでしょうか?」

「ええ、ありがとうバート。ここで十分よ。港が見たかったから」


 海上貿易が主なこの国で働くなら港は一度でも見ていないと。まあ、ユクルト社に目を付けられる予定だからほとんど望みは薄いけど。

 でも、ほんの下働きに混じる事ができたら働けるかもしれないわ。まさか悪役令嬢が敵地で働くなんて敵も夢にも思わないでしょう。

 港からは活気の良い商人の声が響いており、いつか自分も混じる事があるのかもしれないと思うと妙な緊張が込み上げてくる。


「どうかされたのですか姉様?」

「なんでもないわ。さあ行きましょう」


 胸の内を素直に明かす事ができるわけなく、素っ気なく返して港へ足を進める。 


 港に足を踏み入れると、潮の匂いが一気に強くなった。朝の潮風は緩やかだが、冷たく肌を撫でる。


 近づくと港は活気に満ちてはいたが、想像よりは落ち着いていた。積み荷の荷揚げや倉庫への運搬作業等は残念ながら終わったのだろう。聞こえて来た商人の声は、桟橋から停泊した船に乗船している商人仲間と会話をする張の良い声だったようだ。

 だがそれよりも強く関心を引いたのが、会話をしている商人が乗船している巨大な帆船だ。優美な浮彫細工の金の装飾の先にある船首では、勇ましく腕を高く掲げた黄金の女神像が雄々しく存在している。


「……レオティナ・イルセス」


 船には贅沢に使用された金で帆船の名前が刻まれており、その名はこの国の民ならば存ぜぬ者はいない有名な船だ。なぜならこの国で貿易業に最も権威と影響力を持つイル侯爵家の船だからだ。

 かつてロレン国が海上貿易に乗り出す前の古き時代、先々代のイル侯爵、チベル・バース・イルは王家の忠臣としてユクルト社を起ち上げる以前からリスクの大きな未開拓地への遠征へ厭わずに乗り出し、大陸各地で外交を行ってきた。貿易による輸入品のほとんどがユクルト社によるものだ。

 王家は多大な貢献をしたイル侯爵家の功績を称え、勅許ちょっきょを授け、巨大な帆船を与えたという。その際に帆船に付けられた名前は、当時のイル侯爵の意を王家が汲み取り、侯爵夫人レオティナから取られ、イル侯爵家のイルを含めてレオティナ・イルセスとなった。子供の絵物語としても語られているイル侯爵家の有名な愛物語だ。

 現在では貿易商としてだけでなく外交官としても名高いイル侯爵家は国家に代わって諸国と外交を行い、徴税等の実務を行うなど、貿易に従事するだけでなく、軍隊の所有も認められた政府機関としての役割も担っている程、王家の信頼が厚い。



「イル侯爵家の帆船ですね。停泊しているという事は蘭国との貿易を終え、帰還したのですね。レオティナ・イルセス号は初めて拝見しましたが、とても雄々しい船ですね」


「……ええ、そうね。とても、そうだわ」


 常ならば冷たく流しがちのアレクシスの言葉に素直に同意してしまうが、取り繕うの忘れて呆然とレオティナ・イルセス号を見つめる。


 ここに来るまでにあった余裕など消え失せ、急に孤独に放り投げられたような漠然とした恐怖に背筋が寒気が走った。


――私はこんな巨大船を持つ侯爵家すら敵に回す。


 そう思うと、結末を知る未来の脅威が今すぐに迫ってくるように恐ろしく感じた。

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