全てを諦めた公爵令息の開き直り

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第5章

179話 ありがとう

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「シリル、君の望みはよく分かったよ。でもね、公爵代理も君を大切に想っているから心配されていてね。それで……考えたんだけれど、クレイン公爵代理…どうだろう?シリルの言う通り、このまま正式に公爵の地位を継がれては?」

僕を抱きしめている叔父を見ながら、王太子はそう、打診して来て。

「しかし、殿下っ!そんな訳には参りません。兄の残した忘れ形見のシリルを差し置いて、そんな。」
「けれど、その忘れ形見のシリル本人が、貴方を公爵に、と望んでいるんだよ。前公爵の事ももちろん大切ではあるけれど、何よりも……シリルの気持ちが大切ではないかな。一時的な単なる気の迷いなら、私ももちろん反対するさ。けれど、彼は今までずっと思い悩んでいたくらいに、本気なんだ。なら、その彼の意を汲んであげるのも大切ではないかな。」
「…っ」
「でも、単に貴方が公爵位を継ぐとなると、シリルの立場が宙に浮いてしまう。その心配も、貴方にはあるのでしょう?だから、クレイン公爵代理……貴方が正式にクレイン家の次期公爵となり、シリルを養子にすればどうだろうか?そうすれば、シリルの望みは叶えられるし、公子の立場のままアデリートへ行く事も出来る。彼を手放す事になるとはいえ、立場の心配もしなくていい。それに、時折実家に帰省する事だって可能だろう。」

それで、どうだろうか?
と、ユリウス王太子は穏やかな笑みを浮かべて叔父と僕の方を見やった。
それは、命令などではなく、あくまでも一つの案として、考えてはくれないだろうか?
そう、叔父に促していた。

迷う叔父に、更に畳みかけて来たのはロレンツォ殿下だ。

「貴殿の令息は絶対に大切にすると約束しよう。これは救世の巫女との約束でもあるが。控えめながらも冷静に判断し、自制できる能力を俺は買っているんだ。必ず俺の助けとなってくれるだろうと信じている。だから、是非とも我が側近となり、アルベリーニ子爵令息と共に俺を支えて欲しいんだ。」

頼む。と、未だ戸惑う叔父と僕に、ロレンツォ殿下は頭を下げた。

「あ、あの、ロレンツォ殿下。頭をお上げ下さいっ」
「いいや、貴殿が是と言ってくれるまでは上げられない。」
「ロレンツォ殿下……」

恐縮する叔父に、殿下は頑として断った。
あの殿下が、此処までして下さるなんて。
それに、思いもしなかった。
例えお世辞だったとしても、僕の事買っているんだ、と言って下さるほどだったなんて。

「……分かりました。ユリウス殿下とロレンツォ殿下の提案、お受け致します。」

とうとう根負けした様に呟いた叔父は、少し寂しそうな顔をしながら、僕の顔を見て。

「いつも自分の事は二の次にしてしまうシリルが、口にした望みだ。どうして無下に出来るだろうか。」
「……叔父様。」
「戸籍上、私の息子という事になるが、シリルはそれで本当にいいのか。」
「もちろんです。叔父様がお許し下さるのなら。」

まだ涙目になりながらも、僕は真っ直ぐ叔父様の目を見てそう言うと。
叔父様は、瞳を潤ませながらも僕の頭にポンと手を乗せ、撫でてくれた。

「分かった。シリル……行っておいで。国が違えば勝手も違うから、きっと大変だとは思うが……疲れた時はいつでも帰って来ていいからね。それと、次の夏こそはリックやロティー達とも一緒に、公爵領の方にも行こう。領地の皆も、お前が来るのを楽しみにしていたんだからな。」
「はい……必ず。」

僕は力強く頷いた。

「……色々すまなかったね。これで、良かっただろうか、シリル。」
「はい。僕の為に、随分心を砕いて下さって、本当にありがとうございます。」
「良かった。二人の願いを叶えられて…」

ホッとした様に呟く王太子に、僕が首を傾げると。

「君の望みを叶える事が、カイトの望みでもあったからね。」

そう言い、王太子は目を潤ませているカイトの方を見やった。

「言ったでしょ?最高のハッピーエンドにしようって。今度こそ幸せにならなきゃって。俺達はもうすぐ元の世界へ戻るだろうけど、シリルの人生はまだまだこれからなんだ。俺達に出来るのは、君の幸せを願う事だけだから。地に足のついた未来を歩める様に、俺達から出来るのは、このくらいなんだ。」

どんなに凄い救済の力を持った巫子の自分達も、出来る事なんて限られている。
だから、相談して決めたんだ。
俺達は俺達の出来る手を使って、どうすればシリルを幸せにできるのか、考えたんだ。
これが俺達の精一杯。
だから、これからはシリルの手で掴みに行ってね。
遠慮して、離しちゃ駄目だよ。

そう、カイトと、カレンにも言われた。

————ありがとう。

最初は、敵だと思って、怖くて仕方なかっただけだったのに。
こんなにも、僕の事を……想ってくれて。
本当に、有難う。

僕はまだ薄っすら残る涙を浮かべながら、とても喜びに満ちた笑顔を向ける事が出来た。
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