異世界おっさん一人飯

SILVER・BACK(アマゴリオ)

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 祭りの日。領都フランシアは早朝から活気に満ちていた。ロワル川へ向かう人々で街道は賑わい、誰もが豊漁への期待に胸を膨らませている。俺もジャンと冒険者ギルド前で待ち合わせ、他の商人たちと乗り合い馬車に乗り込む。
 
「旦那、昨日はぐっすり眠れたっすか?」
 
 隣に座ったジャンが、いつもの明るい声で話しかけてくる。
 
「祭りに参加できると思うと楽しみで、少し寝付けなかったな」
「楽しみなのはいいことっすけど、護衛の最中っすから油断は禁物っすよ」
「分かってるさ。きっちり役目を果たさせてもらうよ」
 
 馬車に揺られながら街道を進む。領都を出るとすぐに、色づいた森が両側を覆い始めた。木々の間から差し込む陽光が、絨毯のように広がる落ち葉をきらめかせる。
 道中、大きなトラブルは無かったが、小型のゴブリンや低級の魔物が姿を見せるたび、俺と他に乗り合わせてる冒険者とで素早く対応すた。
 
 昼過ぎには視界が開け、ロワル川の雄大な流れが見えてきた。川幅は広く、ゆったりと蛇行している。そして、その広大な河川敷には、既に無数の人々が集まり、臨時の街が出現したかのようだった。色とりどりのテントや露店が立ち並び、祭りの活気で溢れている。これがサーモン祭か。初めて来たわけではないが、何度体験してもその賑わいには圧倒される。
 
「着いたっすよ、旦那! さあ、早く受付を済ませて、最高の漁場を確保するっす!」
 
 ジャンは待ちきれないといった様子で、馬車を降りるなり受付へと駆け出した。俺も後に続く。河川ギルドの受付で参加料として大銅貨二枚を支払い、漁業許可証と簡単な漁具を借り受ける。ソルジャーサーモンの漁に使われるのは、一般的な釣竿ではなく、先端に複数の鉤がついたモリや、小型の網が主流だ。奴らは力が強く、動きも素早い上に、ジャンプしての体当たりや水属性の魔法を放ってくることもあるらしい。
 許可証を受け取った俺たちは、人でごった返す河川敷を通り抜け、少し下流の比較的空いている場所を目指した。
 
「今年は例年より豊漁だって噂っすから、期待できるっすよ!」
 
 ジャンの言葉通り、川面をよく見ると、黒っぽい魚影が無数に遡上しているのが分かる。あれがソルジャーサーモンか。その量に改めて圧倒される。
 良さげな場所を見つけ、早速、受け取ったモリを構える。川底は浅く、ソルジャーサーモンは比較的上層を泳いでいるため、狙いを定めやすい。
 
「いくっすよ旦那!」
「おう」
 
 狙いを定め、モリを振り下ろす。ソルジャーサーモンはモリが近づくと素早く逃げるが、なにせ数が多いため、一振りで数匹に鉤が掛かることも珍しくない。掛かったソルジャーサーモンは想像以上に力が強く、暴れまわる。川の中に引き込まれないよう、しっかりとモリについたロープを握り、岸へと引き寄せる。
 体長は五十センチから一メートルほど。筋肉質で、見た目は確かに魚だが、その引きの強さと時折放たれる魔法で魔物だと改めて認識する。ジャンも慣れた手つきで次々とモリや網でソルジャーサーモンを獲っていく。獲った魚は、鮮度を保つためにジャンが持ってる収納袋に素早く仕舞われる。俺も負けじと、黙々とソルジャーサーモンを仕留めていった。
 
「いやー、獲れる獲れる! これでしばらく仕入れはバッチリっす!」
 
 肌寒い気候ながらも汗を流しながら、ジャンは実に楽しそうだ。俺も負けずと獲るたびに、ズシッと来る感触が心地よく、ついつい夢中になる。
 
 しばらくソルジャーサーモンの漁を続けていた時だった。ジャンの隣でモリを構えていた俺は、川面を遡上する一つの影に目を奪われた。
 他のソルジャーサーモンとは一線を画す、圧倒的な大きさ。そして、その魚体は通常の黒っぽい色ではなく、太陽の光を反射して、光沢のある銀色に神々しく輝いていた。まるで王族が纏う絹織物のように滑らかで美しい鱗だ。体長は優に一メートルを超える。
 
「……ジャン、あれ、見ろ」
 
 思わず息を呑んで指さす。ジャンも俺の視線の先を追い、その光景に目を見開いた。彼の猫の耳が、ピンと逆立つ。
 
「なっ……! あれは……! ま、マジっすか……!」
 
 ジャンの声が震えている。彼の目が、その銀色の巨体に釘付けになっていた。
 
「もしかして……幻のロイヤルサーモンっすか?」
 
 ロイヤルサーモン。
 その存在は、ベテランの冒険者や古老の漁師たちの間で囁かれる言い伝えのようなものだ。
 ソルジャーサーモンの上位種であり、数十年、あるいは数百年に一度しか目撃されないと言われているらしい。その肉は比類なき美味であり、食べれば力を授かり、不老長寿にも効果があるという途方もない尾ひれの付いた噂まである。だが、その姿を見た者はほとんどおらず、捕獲できた者など歴史上にも数度しか記録がない、まさに「幻」の存在だとジャンが口早に熱く語ってきた。
 銀色に輝く巨大な魚影に、周囲のソルジャーサーモン達は道を譲る。優雅に、力強く、流れを遡上してくる。その威容は、ただの魚のそれを遥かに超えていた。周囲で漁をしていた人々も、その異様な姿に気づき始め、どよめきとざわめきが波紋のように広がっていく。モリや網を構える者もいるが、その神々しさや、あるいは未知の存在への畏れからか、誰もが動きを止め、ただその「主」の姿を見守っている。まるで時間が止まったかのようだった。
 
「旦那……あれ、本物っすよ……! あのロイヤルサーモンが、こんな間近に……! 信じらんないっす……!」
 
 ジャンの興奮と動揺が入り混じった声が、俺の耳に届く。彼の全身から、期待と緊張がないまぜになった気配が放たれていた。
 
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