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東屋2
しおりを挟む王妃様の侍女のハンナはその時思っていた。
王妃様が自らお手を汚す事も珍しいけれど、生の野草をいきなり口に突っ込まれる王女というのも珍しいわね、と。
目を白黒させながら咀嚼するマルガレーテ。
とたんにマルガレーテは驚きの表情になった。
「ふっふっふ、美味しかろう?」
王妃様が訳知り顔で言うと、猛烈な勢いで頷くマルガレーテ。
とにかく驚くほど美味だった。
今までのどんな豪華な食事より、この一本の草の方が遥かに美味しいと思えてしまう。
爽やかな香りとほのかな苦み。それが美しいハーモニーとなって口の中で共鳴していた。
思わずうっとりとした表情になって飲み込むマルガレーテ。
「ああ、なんて美味しいのでしょう、驚きましたわ」
心から感心してそう言うマルガレーテに、
「そうだろうそうだろう。特にこれほど草が新鮮で、そしてマルガレーテの体は今、魔力を切実に欲しているからな。次にルルベ草が生えていたら、そのまま食べてもいいと思えるくらいには美味しかろう」
そう言って笑ったのだった。
そうかもしれない、今度は摘んだ端からその場で食べてしまいそう。
そう思ったマルガレーテは思わず苦笑いしてしまった。
そして感じる自分の中の魔力が膨れ上がる感触。
「王妃様、今、すごく魔力が……」
「回復したね? それがルルベ草の力だ。新鮮なほど効力が高い。しかしそんな新鮮なルルベ草、一体どこで手に入れた?」
そこで初めてマルガレーテは詳しくこの草を摘むことになった経緯を話したのだった。
とたんにルルベ草探索チームが組まれた。王妃様の決断は早かった。
「この庭にあると知られたら王宮に全部差し押さえられる! いますぐ根こそぎ摘め!」
そしてラングリー公爵家にも使いがやられ、あっというまにイグナーツ先生が飛んできて、事情を聞くなり目を輝かせて「保存魔法はお任せください!」と叫んだ。
そして人海戦術でのルルベ草探しが始まったのだった。
なんとリーダーはクロ、いやクラウス様である。
王妃様が言うには、ルルベ草は一見普通の野草なので詳しい人でないと見逃すこともあるという。
なぜならこの国にはとてもよく似た薬草があって、それは普通に雑草レベルでどこにでも生えているので誰もがいちいちじっくりとは見ない。
その上その薬草との違いは、うっすらと見える細い細い金の筋のみだという。日の当たり具合ではすぐにわからなくなってしまうくらいの些細な違いだけだというのだから、この広い庭で探すのは砂山の中から砂金を探すような大変なことだった。
なので、最初に見つけたクラウス様の犬の鼻に頼るのが一番と判断された。
「行け! クラウス! ルルベ草を見つけたら大きな声で吠えるんだぞ!」
と、東屋に着くなりビシッと庭を指さして命令する王妃様。とてもその台詞は自分の息子で王子でもある相手にかけたとは思えない内容であった。
そのせいか、
「ワン……」
クラウス様はなんだかノリが悪い。完全に犬扱いされたことが嫌なのか、それとも王妃様に命令されたことが気に食わないのか。
なんだかしぶしぶ答えるクラウス様に、王妃様は一瞬間をおいた後、ころりと優しい声になって言った。
「でもクラウス、あの草をもっとマルガレーテに食べてもらいたいだろう? あの草がもっとたーくさんあったら、マルガレーテが喜ぶとは思わないか?」
「ワン! ワッフ!」
するとクラウス様は、猛然と広場に駆け出したのだった。
王妃様が小さな声で、
「ふん、ちょろいな……」
と呟いた声はもうクラウス様には届いていないのだろう。
クラウス様が鼻でルルベ草を探すかたわら、もちろん他の使用人たちも総出で目を皿のようにしてルルベ草を探した。
しかしもともとは綺麗に刈られているかボウボウのまま放置されている離宮の庭である。
日暮れまで探して、やっとあと二本見つけたのが精一杯だった。
ちなみにその二本ともクラウス様が探し当てた。
「それでも素晴らしい成果だったな」
王妃様はこの結果にはご満悦のようだった。
かたやマルガレーテは、たった二、三本の草にこの大騒ぎをしたことに驚いていた。
そしてイグナーツ先生は一本研究のために譲ってくれないかと王妃様に交渉を持ち掛けたのに断られてしょげていた。
「研究をしていただいた方が、今後のためになるのではないのですか」
そうマルガレーテは言ってみたのだけれど。
「そうは言っても研究は今まで山ほどの魔術師がやってきていて、そしてほぼ成果は出尽くしている。それよりも今はマルガレーテの魔力を戻す事の方が大事だ」
と言われてしまった。
たしかにこの三本のルルベ草を食べただけで、今まで数ヶ月にわたって少しずつ回復してきた魔力が突然倍にはなったようだった。
ルルベ草、なんてすごい草なのかしら……。
「しかし今回はルルベ草が生えていた場所が三カ所も特定されました。せめてその場所の研究はさせていただいてもよろしいですか」
イグナーツ先生がしょんぼりとしながらもまだ食い下がっている。
「それはかまわない。今回は根の一部を残しておいたから、それを埋めようとは思っているが」
「それはそうございます。落ち着いてよく観察できる良い機会ですね。私も楽しみです」
「ルルベ草のあったところはどこもなんだかキラキラしていて、何を植えてもよく育ちそうですものね」
「キラキラ? なんだそれ?」
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