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東屋4
しおりを挟むそしてあまりに弱い魔力も感知するようになってしまった結果マルガレーテが目眩を起こすようになってしまったので、イグナーツ先生からは新たに、普段は気にならない程度に抑えていられるような教えも追加してもらった。
最近ではそんな感じで天上の美しさを誇るイグナーツ先生ともともと「レイテの魔女」としての美貌を誇るマルガレーテが一緒にいることが増えて、侍女たちや他の人たちからも「毎日視界が眼福」だの「最近妙にまぶしい気がする」だの言われているようだった。
そしてそんな二人を胡散臭げに眺めてはたまに牽制するようにイグナーツ先生に吠え立ててマルガレーテにやんわりと止められる、そんな日々になっていた。
でもなぜか、そんなに麗しい男性と一緒にいても、マルガレーテはイグナーツ先生を異性として見ることはなかった。
なんというか、ときめかないというか、ドキドキしないというか。
イグナーツ先生はマルガレーテにとっては、ただ単に見かけの美しい、常に丁寧に接してくれる大魔術師様、それだけだったのだ。
別にだからといって、かつての初恋に操を捧げているわけでもないのだけれど。
最近は忙しくしていて、前ほどはあの名も知らぬ人を思い出すことも減っていた。たまにふと思い出してはちょっとだけ幸せな気分になって、そしてまたそっと記憶の奥に仕舞いこむ。
そんな古い思い出になりつつあった。
そう、ただ単に忙しくて充実していたから、闇雲に過去を振り返ることもなくなったのだろう。
「ワオン」
そして目の前には、さあ勉強が終わったのなら散歩に行こうとつぶらな瞳でマルガレーテを見上げている婚約者。
とても素直に誰よりもマルガレーテが好きだと態度で表現してくれるこの黒い大きなワンコを嫌いになどなれようか。
半分以上はまだ犬としての意識だから、きっと微妙な人間関係とか、政治的な判断とか、そんな複雑な人間側の事情なんて全然考慮していなくて、それなのに一途にマルガレーテを大好きだと慕うこの姿に、もうすっかりマルガレーテはクロ、いやクラウス様が大好きになっていた。
だからもしいつか彼が人間の姿に戻ったときにその姿がどんな姿であっても、マルガレーテはクラウス様がこのクロと同じ人である限りずっと一緒にいたいと思っていた。
「ワオン。オン!」
今のクラウス様は、もう部屋のドアの前で早く早くというように尻尾をフリフリしながらマルガレーテを期待の目で見つめていた。
別にどこかにつながれているわけでもないクラウス様は、行こうと思えばどこにでも自由に行けるのに、それでもいつもマルガレーテが自由になる時間までは大人しく近くで待機していて、そしてマルガレーテが自由になったとたんに一緒に行こうと誘ってくる。
マルガレーテと一緒にいる。
そんな固い意志が嬉しいから、今日もマルガレーテはにっこりとして、「では参りましょうか、殿下」と言って一緒に庭に向かうのだった。
散歩の行く先は、たいていは今もあの東屋である。
離宮の庭と呼べる場所のルルベ草はもう全て摘み取られた後ではあったけれど、それでも毎回新たな草を探すように周囲を探索するクラウス様の姿を見守るのが日課となっていた。
「ワフウ……」
今日はしょんぼりとして帰ってきたということは、ルルベ草は見つからなかったのだろう。
前にルルベ草を採った所には、新たな双葉が出てはいるけれど、その双葉がもっと大きく成長するまで待つことになっている。
今のマルガレーテの目で見ると、ルルベ草が生えていたところは、全てぼんやりとだけれど魔力のある場所のようだった。
そこは、とても温かく、そして明るい光を発しているような場所。キラキラしたものが漂っている場所。
つまりは……。
この、東屋のような場所。
この東屋に感じていた居心地の良さは、どうやら魔力の多い場所だったからというのが理由のようだと最近マルガレーテは気がついていた。
だからこそ、ここに東屋を建てたのかもしれない。最近はそう思うようになった。
ここにいると魔力が補充されて、とても心地よい。
昔の王様が、ここで療養していた誰か大切な人の回復を願って建てたのだろうか。魔力の多い場所でゆっくり休んで欲しいと願って建てたのかもしれない
そんな想像をすると、その名も知らぬ王様の愛情をも感じて幸せな気持ちになる。
この東屋は、ずっと居たいくらいにマルガレーテのお気に入りの場所だった。
だけれど。
ある日、マルガレーテは王妃様に言った。
「あの東屋を、撤去するべきかもしれません」
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