聖女様かと思ったら、パーティーメンバーのお母さん(しかも伝説の魔女)でした ~

さかーん

文字の大きさ
53 / 101

第53話 持ち帰った戦果と、託される追跡

しおりを挟む
 古井戸から這い出し、ようやく地上に戻った俺たちは、もはや立っているのもやっと、という状態だった。服は泥と埃にまみれ、顔には煤がつき、全身からは疲労と、そして地下の冷たい匂いがした。空には、いつの間にか月が傾き、東の空が白み始めていた。……一晩中、あの坑道にいたのか。

「……つ、疲れた……」
 リリアが、その場にへたり込む。無理もない。ずっと気を張り詰めていたのだ。
「ええ……わたくしも、少々消耗しましたわね……」
 エレノアさんも、さすがに疲労の色は隠せないようだ。彼女が連続して使ったであろう高度な魔法は、相当な負担だったに違いない。

 そして俺は……もはや、言葉も出ない。ただ、生きていることへの感謝と、全身の倦怠感、そして未だにバクバクと鳴りやまない心臓の音を感じているだけだった。

 俺たちは、ほとんど無言のまま、夜明け前の静かな街を歩き、エレノアさんの店へとたどり着った。
 店に入ると、エレノアさんはすぐに温かい飲み物と、栄養価の高そうなスープを用意してくれた。それが、冷え切って疲れ果てた体に、じんわりと染み渡っていく……。

「……ふぅ。生き返る……」
 ようやく人心地ついた俺は、息をついた。

「さて……」
 少し落ち着いたところで、エレオノラさんが切り出した。
「改めて、今回の成果を整理しましょう」
 彼女の目は、すでに冷静な分析者のそれに戻っている。

 俺たちは、代わる代わる、坑道での出来事を報告した。あの新しい採掘痕、プロの手際、そして……角の向こうで聞いた、黒装束の男たちの会話。
『星屑の砂時計』はサイラスによって『納品』されたこと。彼らが『月の雫』の材料として『月長石』を集めていたこと。そして、彼らがエレノアさん(と、もしかしたら俺たち)の動きを警戒していること……。

「やはり……彼らの目的は、『月の雫』の材料収集でしたか」
 エレオノラさんは、静かに頷く。
「そして、サイラスはすでに砂時計を『納品』し、身を隠している……。坑道にいたのは、おそらく後始末か、残りの材料を回収していた末端の構成員でしょう」

「じゃあ、俺たちが見た時、ちょうどあいつら、帰り支度をしてたってこと?」
 リリアが尋ねる。
「その可能性が高いですわね。我々がもう少し早くあの場所にたどり着いていたら……あるいは、もう少し発見が遅れていたら、鉢合わせしていたかもしれません」
 ……危なかった! 本当に、間一髪だったのかもしれない。

「それにしても、『月の雫』……そして、彼らが我々を警戒していること……。これは、非常に重要な情報ですわ」
 エレオノラさんは、腕を組む。
「特に、我々の存在が彼らに感づかれた以上、これ以上素人が単独で追跡するのは、自殺行為に等しいでしょう」

 その言葉に、俺は内心で「よくぞ言ってくれた!」と快哉を叫ぶ。

「……エレオノラさん、じゃあ……」
 俺が期待を込めて尋ねると、彼女は頷いた。
「ええ。これだけの具体的な証拠……アジトの場所(たとえ今は空だとしても)、サイラスの名、彼らの目的と活動内容……これらをまとめ、改めてギルドと衛兵に提出します。今度こそ、彼らも本格的な捜査に乗り出さざるを得ないはずですわ」

「……!」
 俺とリリアは、顔を見合わせた。ついに、この危険な追跡行から、解放される……!

「よかった……!」
 俺は、心の底からの安堵の声を漏らした。全身の力が、本当に抜けていくようだ。
「……まあ、ちょっと残念だけど……仕方ないか」
 リリアは、少しだけ口を尖らせながらも、納得したようだ。

「わたくしが報告と、今後の連携について話し合ってきます。あなたたちは、今日一日、ゆっくりと休んでください。ここ数日、本当によく頑張ってくれましたわ」
 エレオノラさんは、俺たちの頭を、まるで子供にするかのように、ぽん、ぽんと優しく撫でた。……なんだか、すごく、安心する。

「ただし……」
 エレオノラさんが、付け加える。
「例の『月の雫』については、引き続き個人的に調査を進めます。何か分かったら、また力を貸してもらうかもしれませんから、そのつもりで」
 そう言って、彼女は悪戯っぽく笑った。

 ……まあ、そっちは、危険がない範囲なら……いいか。
 俺は、苦笑しながら頷いた。

 エレオノラさんが、報告のためにギルドへと向かうのを見送り、俺とリリアは、店のソファにどっと体を沈めた。
 窓の外からは、朝の光が差し込み始めている。

(……終わった……。とりあえず、終わったんだ……)

 俺は、瞼の重さに逆らえず、そのまま意識を手放した。
 久しぶりに、悪夢を見ずに眠れそうな気がした。

 もちろん、この平穏が幻想で、俺の異世界ライフがそう簡単に終わるはずがない、ということは……この時の俺は、まだ気づいていなかったのだが。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

処理中です...