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聖女の娘は最強魔女!? そして母は…魔王になった件について
第58話 魔王城(仮)の庭掃除と、聖女候補の旅立ち
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「試練、だと?」
俺は目の前で芝居がかったポーズを決める魔将軍(自称)ザラキアスを見て、深く、深ーいため息をついた。リリアが家を飛び出していったというのに、この男の相手までしなければならないのか。
「いかにも! 我が君への忠誠、この身をもって示すに値するか、見定めるがよい!」
「……そうね。じゃあ、裏庭の草むしりをお願いできるかしら」
ザラキアスの大仰な宣言に、エレノアはぽつりと返した。
一瞬、時が止まる。
跪いていたザラキアスが、ゆっくりと顔を上げた。その顔には「今、草むしりと言いましたか?」と書いてある。
「ええ。最近、どうにも雑草の元気が良すぎて困っていたの。特に、マンドラゴラの根が絡みついてしまって」
「ま、マンドラゴラ!? あの、引き抜く際に絶叫し、まともに聞けば精神を破壊すると言われる伝説の…!」
「あら、うちの子たちは大人しいから大丈夫よ。歌を歌ってあげると喜ぶわ」
エレノアはにっこりと微笑むと、ザラキアスの肩をポンと叩いた。
「期待しているわね、四天王候補さん」
その瞬間、ザラキアスの目に、カッと炎が宿った。
「ははっ! なるほど、これは試練! ただの雑草に見せかけた魔力の残滓、歌で宥めるべきは荒ぶる地の精霊! さすがは我が君、このザラキアスの器、すでに見抜いておられるか!」
……ダメだ、コイツ。何を言っても全部、壮大なファンタジーに脳内変換しやがる。
ザラキアスは「いざ、尋常に勝負!」と叫びながら、庭へ猛ダッシュしていった。嵐が去ったリビングで、俺はエレノアに向き直る。
「エレノア、本当に良かったのか。リリアを行かせてしまって」
「……」
彼女は、リリアが出て行った扉を、静かに見つめていた。その横顔は穏やかだったが、俺だけがわかる、ほんのわずかな寂しさの色が滲んでいる。
「あの子は、私の影の中にいるべきではないのです」
やがて、彼女はゆっくりと口を開いた。
「リリアには、リリアだけの輝きがある。それを見つけるのが、あの子自身の旅なのでしょう」
それは、娘の成長を願う母の言葉であり、同時に、自分では娘の心を繋ぎ止められないと悟った、諦めの言葉にも聞こえた。
世界を救う「魔王」は、たった一人の娘の心を救えない。なんという矛盾だろうか。
その頃、リリアは王都へ向かう街道を、一人歩いていた。
母への反発、カイトへの苛立ち、そして何より、自分自身の無力さ。様々な感情が渦巻いて、涙がこぼれそうになるのを、何度も唇を噛んでこらえた。
(私は、母様のようにはなれない)
だが、それでいい。私は、私だけの道を歩くのだ 。
やがて、巨大な王都の城壁が見えてくる。その中心に聳え立つのは、白亜の壮麗な大神殿。
人々を癒し、導く光の総本山。
「聖女」を擁し、魔を浄化する、王国の信仰の中心地 。
リリアがその門前に立つと、まるで待っていたかのように、一人の女神官が静かに現れた。
「お待ちしておりました、リリア様」
女神官は深く頭を下げる。
「闇の力が満ちる今、世界は新たな光を求めております。新たなる『聖女候補』よ。あなたの力を、どうか我らにお貸しください」
リリアは、まっすぐに大神殿を見据えた。
混沌とした「魔王城(仮)」とは違う、厳格で、規律に満ちた、清浄な場所。
ここならば、自分は自分でいられるかもしれない。
「……ええ。喜んで」
母が魔王の道を選んだ日、娘は聖女への道を歩み始めた。
家族という小さな世界が二つに分かたれ、もう後戻りはできない。俺たちの物語は、否応なく次の舞台へと動き出していた。
俺は目の前で芝居がかったポーズを決める魔将軍(自称)ザラキアスを見て、深く、深ーいため息をついた。リリアが家を飛び出していったというのに、この男の相手までしなければならないのか。
「いかにも! 我が君への忠誠、この身をもって示すに値するか、見定めるがよい!」
「……そうね。じゃあ、裏庭の草むしりをお願いできるかしら」
ザラキアスの大仰な宣言に、エレノアはぽつりと返した。
一瞬、時が止まる。
跪いていたザラキアスが、ゆっくりと顔を上げた。その顔には「今、草むしりと言いましたか?」と書いてある。
「ええ。最近、どうにも雑草の元気が良すぎて困っていたの。特に、マンドラゴラの根が絡みついてしまって」
「ま、マンドラゴラ!? あの、引き抜く際に絶叫し、まともに聞けば精神を破壊すると言われる伝説の…!」
「あら、うちの子たちは大人しいから大丈夫よ。歌を歌ってあげると喜ぶわ」
エレノアはにっこりと微笑むと、ザラキアスの肩をポンと叩いた。
「期待しているわね、四天王候補さん」
その瞬間、ザラキアスの目に、カッと炎が宿った。
「ははっ! なるほど、これは試練! ただの雑草に見せかけた魔力の残滓、歌で宥めるべきは荒ぶる地の精霊! さすがは我が君、このザラキアスの器、すでに見抜いておられるか!」
……ダメだ、コイツ。何を言っても全部、壮大なファンタジーに脳内変換しやがる。
ザラキアスは「いざ、尋常に勝負!」と叫びながら、庭へ猛ダッシュしていった。嵐が去ったリビングで、俺はエレノアに向き直る。
「エレノア、本当に良かったのか。リリアを行かせてしまって」
「……」
彼女は、リリアが出て行った扉を、静かに見つめていた。その横顔は穏やかだったが、俺だけがわかる、ほんのわずかな寂しさの色が滲んでいる。
「あの子は、私の影の中にいるべきではないのです」
やがて、彼女はゆっくりと口を開いた。
「リリアには、リリアだけの輝きがある。それを見つけるのが、あの子自身の旅なのでしょう」
それは、娘の成長を願う母の言葉であり、同時に、自分では娘の心を繋ぎ止められないと悟った、諦めの言葉にも聞こえた。
世界を救う「魔王」は、たった一人の娘の心を救えない。なんという矛盾だろうか。
その頃、リリアは王都へ向かう街道を、一人歩いていた。
母への反発、カイトへの苛立ち、そして何より、自分自身の無力さ。様々な感情が渦巻いて、涙がこぼれそうになるのを、何度も唇を噛んでこらえた。
(私は、母様のようにはなれない)
だが、それでいい。私は、私だけの道を歩くのだ 。
やがて、巨大な王都の城壁が見えてくる。その中心に聳え立つのは、白亜の壮麗な大神殿。
人々を癒し、導く光の総本山。
「聖女」を擁し、魔を浄化する、王国の信仰の中心地 。
リリアがその門前に立つと、まるで待っていたかのように、一人の女神官が静かに現れた。
「お待ちしておりました、リリア様」
女神官は深く頭を下げる。
「闇の力が満ちる今、世界は新たな光を求めております。新たなる『聖女候補』よ。あなたの力を、どうか我らにお貸しください」
リリアは、まっすぐに大神殿を見据えた。
混沌とした「魔王城(仮)」とは違う、厳格で、規律に満ちた、清浄な場所。
ここならば、自分は自分でいられるかもしれない。
「……ええ。喜んで」
母が魔王の道を選んだ日、娘は聖女への道を歩み始めた。
家族という小さな世界が二つに分かたれ、もう後戻りはできない。俺たちの物語は、否応なく次の舞台へと動き出していた。
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