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第一戦 VSシリウス 少年と臆病者の剣《チキンソード》
少年と鉄パイプ
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中学2年生の少年風見琢磨が通う学校の応接室。
そこには少年の他に新しい背広を着て身なりを整えている若い男と、どこかだらしない格好に不愛想な顔をしている中年男性の2人がいた。
「やぁ、君が例の事件の目撃者くんだね? 僕は足柄、こっちの不愛想なおっちゃんが栗本。どっちも……まぁ刑事みたいなことをやってるよ」
そうして見せられたのは警察手帳。一応端末でスキャンしてみたが、どちらも本物だったそうだ。
琢磨は、足柄と名乗る刑事にはどこか見覚えがあると感じていた。どこかで会った人だったのだろうか? と思考を外に外しかける。しかし、真面目にしようと努力していた。
さっさとこの任意同行を終わらせて授業に行きいたいというのが琢磨の心境なのだ。これまで通えなかった学校に、中学からようやく通えるようになったのだから。
「じゃあ、昨日のことを話してくれるかな? 君と一緒にいた女性が見たという狼と、そいつを殺した君のこと。そして、狼に食い殺されてから消えたその女性の恋人、保科さんについてのことを」
「はい。ですがその前に、俺の健康管理AIを紹介していいですか? 視界のデータは共有してるんで俺一人よりマシな話が聞けると思います」
それは琢磨が健康でない証拠。健康管理AIなど一家に一体あればいい方で、それを常備しているという事はAI技術がシンギュラリティに近づきつつあると言われているこの時代でもあまりない。
「構わないよ、風見恵子博士の作った健康管理AIのプロトタイプ、個体名“メディ”実働時間は13年。合ってる?」
『肯定します。私はメディ、マスターの神経由来の心肺機能障害をサポートするために作られたインプラント型のAIです。が、その後さまざまなカスタマイズがされているために一般に流通しているAIより多機能であると自負しています』
そう答えたのは琢磨がテーブルに置いた端末のスピーカーからだった。メディが琢磨の体内からスピーカーを操作しているのだ。
これには警察の2人は少し驚いていた。その声の聞き取りやすさに。AI特有の不自然さがないのだ。これは実働時間13年に偽りはないなと二人は納得する。
『それでは、お話いたしましょう。マスターがいかにして狼と殺しあうことになったのかを』
■□■
遡ること約11時間前のこと。琢磨は先ほどまでプレイしていた《Echo World》というゲームの余韻に浸りながらベッドから起き上がり、ストレッチを行っていた。昨今人気の“Soul Linker” というウェアラブルのVR、AR共用端末を操作しつつ彼の相棒へと声をかける。
「メディ、メディカルチェック頼む」
『はい、それではいつも通り30秒動かないでくださいね』
それは、インディーズゲームが好きだという妙な趣味を持つ琢磨の日課だ。プレイが終わった後の簡易検査、実際これで命をつないだこともあるのでなかなかに侮れないことなのである。
『検査に問題はありません。お疲れさまでした、マスター』
「お疲れ様、うっし今日終わり! そしてゲームオーバー! 何考えてんだあのゲームの作者最高にアホだろ。VRMMOで世界単位の死にゲーとか」
『ですが、楽しかったのでは?』
「正直VR剣道とかVRパルクールに匹敵するぞあの濃さは。レビュー書いとこ」
『それでは、その間に明日の朝食の準備を自動調理器で行います。オーダーはありますか?』
「親父が明日の朝帰ってくるから、いつもので頼むわ。あのハニトースムージーコーヒーのごちゃまぜセット」
『……それは困りましたね、いつものコーヒー豆が切れています』
「親父、何気にアレ楽しみにしてるからな……」
そうして琢磨が思いついたのはちょっとした冒険心。今日は新月なのだから星が綺麗に撮れるのではないかという程度の思いだった。
「メディ、バイクのエンジンかけといて」
『現在時刻は22:30分、補導されてしまいますよ?』
「コンビニまで5分もないんだから大丈夫だって、505だから事故ることもないんだし」
彼が愛用しているのはシキシマXV-505というバイクだ。
小柄だがオートバランサーが優れており、ベビーカーにだって使えてしまうという謳い文句だったりする。しかしバイクとしての性能はかなり高い傑作機だ。
これまで自動運転でしか乗れてなかったため、最近VRで免許を取った琢磨には絶好の運転チャンスなのだ。当然少し無茶を言っている自覚はある。
彼の義父が態度に似合わず過保護であり、自動運転以外は基本的に認めていないのも理由ではあるのだがそれはそれだ。
『……仕方ありませんね。ただし運転ログは残します。存分に怒られてください』
「了解」
そう言って琢磨はプロテクターをしっかりと付け、ライダースジャケットを羽織りコンビニまで向かった。
そして、途中で春の大三角を写真に撮って、コンビニで御贔屓のコーヒー豆を買ってバイクのメットインに詰め込んで帰路につく。
すると、突然に世界が変わった。そうとしか表現できない異質さだった。
現在地は大通り、そこに変化はない。そこで突然にバイクが停車した。故障かと思ったが、そんなことよりも空気がおかしい。
「……メディ、何かわかるか?」
『不明です、しかし尋常ではないかと。バイクの自動運転システムが停止しています。それどころか、端末の回線でのインターネット接続および通話も不可能になっています。スタンドアロン状態ですね』
なんだか現実味のないゲームのような状況だな、と琢磨は思った。もっとも、現実だろうがゲームだろうが琢磨のやることは変わらないのだが。
守るべき誰かがいないなら、適当にしていればいいのだ。メディ以外誰が見ているわけでもないのだし。そもそも誰にも迷惑をかけない。
そう考えたところで、悲鳴が聞こえてきた。それも2人分。
その瞬間、聞こえてしまったという事実から琢磨にはやることができた。
危険かどうかは置いておいてここは行かなくてはならない。ヒトの輪の中で琢磨が生き残るためには、そう動かないといけないといけないのだから。
『私は推奨しません』
「けど、行くよ。何、死んだら死んだだ。今どきの若者らしく、人助けをするいい人のRPをやるとしようか!」
そういって琢磨は心の中の仮面をかぶる。それはひどく薄っぺらいものだったが、それでもそのかぶり方は堂に入っていた。
「今、助けに行きます! だから、頑張って!」
そう言った琢磨は端末の音量を最大にしてサイレンの音を鳴らし始めた。普通ならこれでどうにかなるだろう。
そう思って、それが通らないことも同時に思って、バイクで悲鳴の元へと向かう。
そこには、狼に追われるカップルが細い路地に入っていく姿があった。
黒い、影でできた狼によって。
「アレ、ついさっきゲームで殺した奴に似てるな」
『ですね。群狼シリウス、《Echo World》のボスキャラクターです』
「あいつは一匹だけだけどな!」
そう言って、琢磨はバイクの向きを路地に向けアクセルを全開にして突っ込んだ。そしてバランサーの調整をメディに任せて全体重でバイクを傾ける。それによりバイクは路地の中で急カーブを成し遂げ狼の後ろを取った。
自動ブレーキは作動せず、狼は射程距離に入った。その瞬間にバイクから飛び降りる。
どんな理由でどんな生物かは知らないが、バイクに引かれれば大ダメージを受けるだろう。そうなれば琢磨以外は普通に逃げられる。そんな目論見だったが
その狼は、バイクに衝突されても何のダメージも受けずに壁に着地し。ゆったりと着地したのちに見えない貌で嘲笑うかのように「グルル」とうなり声をあげた。無残に破壊されたバイクを足蹴にして。
「メディ、地図! お二人とも! 逃げますよ!」
「あ、ああ!」
あの速度のバイクから飛び降りてもあまり痛まない体の異常を無視して、琢磨は男女と共に、壁に着地した狼と逆方向に走り始める。普通なら琢磨が一番遅く、男が一番速くなるはずなのに3人のスピードはほぼ同じだった。
それどころか、VRでしか走ってないレベルの琢磨が一番速いかもしれないほどだった。
『身体能力が異常に向上しています。筋肉も、内臓、心肺機能も』
メディの言ったそれは琢磨へは福音のはずだった。なにせ、あのバイクの衝突で殺せなかった時点で狼の餌は琢磨になるはずだったのだから。半ばそうなる覚悟で行ったのだから。
しかし、影の狼はそれよりも速かった。遊んでいるのをやめたのか、徐々に自分たちとの距離を詰めていく。
そんなときにメディが指示したのは丁路地、そして、右側には喫茶店があり道は塞がれている。左の道は大通りに繋がっている。
一瞬、意思が鈍りかける。しかし、琢磨は考えるのをやめた。
”俺が親父の息子の風見琢磨として生きるにはどうすればいいのか”などとっくの昔に決まっているのだから。
『琢磨、お前は他人を守れる男になれ。お前の父親はそういう男だった。それを心で受け継いで行けるように、守れる男になるんだ』
そう、伝え聞いた義父からの、実の父の遺志を思い出してタクマはふらりと道を定める。現状の戸惑いをそのままに、しかし心は普段通りに。
「二手に分かれます! 俺は右! あなたたちは左! とにかく逃げ延びて警察に駆け込んでください!」
「おい、そっちは……」
「行き、ましょう!」
「あ、ああ」
現状を考えるに妥当な判断だと琢磨は思う。さっき会ったばかりの子供と、おそらく付き合っている彼女、どちらを優先するかなど決まり切っている。
なら、きっと大丈夫だろう。そう思って琢磨は二人を急かして左の道に追いやり
速度そのままに壁に柔らかく着地して跳び、狼に蹴りを放った。
その一撃は反撃を予想していなかった狼にクリーンヒットして、その片目らしき部分を潰した感触を琢磨の足に与えた。
「何やってんだお前!」
叫ぶ男性。とっとと逃げろと内心思いながら琢磨は言う。
「……逃げ切れないんで、“ここは任せて先に行け”ってやつをやらせてくださいな」
「クソ、なら俺も!」
「優先順位、俺は彼女さんより高いですか?」
その言葉に動きが止まる男性、その後ろには、怯えて震えながらも走り続けた彼女さんがいる。
そして、「すまない!」と一言言って俺を置いて走り出した。
そして、狼が琢磨を襲う。鋭い爪による攻撃だった。
しかし、この異常な空間での身体能力を把握した琢磨は、ゲームでの感覚通りに狼を踏みつけて空を跳び背後に着地する。
そうして何合か回避に徹したことで琢磨には分かったことがある。まず、最初の蹴り同様踏みつけや足払いにも効果はあった。ゲームで慣れている肉を蹴る感触が返ってきたからだ。
そして、この狼は再生能力なんて無粋なものをゲームの狼と違い持っていないだろうという事。
今現在、狼に有効打を与えられたのは蹴りの一撃のみ。ならばこの黒い狼はゲーム的な耐性を持っているのだろうと琢磨は当たりをつけたのだ。
だからこその壁を使った跳躍。異常に上昇した身体能力で高さを取り、その位置エネルギーをもってして狼を仕留める。そういう判断だった。
その判断には間違いはなかっただろう。狼を殺すには実際それしかなかったのだし、近くに武器は何もない。当然剣などどこにもない。
だから、それが最善のはずだった。
たった一つ、狼が先ほどと同じ狼ではないという前提を除けばだが。
飛び上がってから着弾までの僅かな間に、狼の体を黒いモヤが包み込んだのだ
ゲームでの群狼シリウスと同じように。
「ッ⁉」
『マスター!』
それに気が付いたのはメディと琢磨、二人同時だった。片目のつぶれた狼の背中に現れた狼の体。それは《EchoWorld》の群狼シリウスが行っていた最悪の不意打ち技。
体から分身を作り出して攻撃する、分身噛みつきだった。分身の口は琢磨の足に噛みつき、食いちぎるつもりで力を込めていた。しかし、幸いにも琢磨の義父の選んでくれたプロテクターは頑丈であり、噛みちぎられる寸前で噛みつきは止まっていた。
この状況に陥ったのは俺が首を突っ込んだからだが、今の意味などさっぱり分からない。どうしてまるでゲームのような攻撃ができたのかなど意味不明だ。ファンタジーなことこの上ない。
だが、琢磨はこのままならどうしようもなく殺されるという事は確かだった。
故に琢磨は喰いつかれている足を押し込んだ。苦悶の声を押し隠し、一瞬でも長くコイツを足止めしてあの二人の命をつなぐために。
それが現代に生まれた鬼子の、精一杯の人のフリなのだから。
「や、ら、せ、る、かぁぁあああああ!」
そういって叫びながらやってきたのは先ほど行ったカップルの男の方。その手に鉄パイプを持って、俺を救うためにそれを全力で振り下ろした。
後で琢磨が聞いたことだが、それは先ほどまで怯えていた彼女の懇願であり、勇気だった。だからこそ、上昇した力のすべてを使った一撃を放てたのだろう。その一撃は、本当に力強かった。琢磨を救うには、それは正解の行動だった。
その手に持っているのがただの鉄パイプでなければ、だが。
現実は非情であり、なんの力も籠っていない鉄パイプを体で受け止めた狼は、そのもともとあった口で男性の頭を食いちぎった。
シリウスは吠える。恐怖を煽るように、
女性の泣き叫ぶ声が聞こえる。
そして、そんな感傷をこれっぽっちも感じていない琢磨は、思考を回転させた。落ちた鉄パイプが見えたからだ。
導き出したのはあまりにも異常な結論。いくらここではゲームのように動けるからと言ってもここは現実世界、できるはずなんてないのだから。
ゲームシステムを現実に流用するなんてことは。
だが、琢磨と同じ結論にたどり着いたのはAIであるメディもだった。メディは Soul Linker を通じて琢磨の魂の情報を取得しており、先ほどまで琢磨が攻撃するときに足に意識が、殺意が集中していたことを認識している。
『マスター、ありったけの心を込めてください』
「わかってる。今ここで」
琢磨はゲーム同様の時間切れにて消えた狼の分身から転がって逃れ、男性の持っていた鉄パイプをしっかり握りしめる。
そして、そこに命を込めた。
ゲームで呼ばれるその技術の名前は、生命転換。命を燃やして力に変える技だ。
醜く転がりながら、鉄パイプを全力で振りぬいた琢磨。その一撃は狼の頭を吹き飛ばし、その命を奪った。
手に残ったその感触が、いつものことと自分を錯覚させた。それくらいに現実味がない戦いだった。
そうして、琢磨は男性の遺体に目を閉じずに手を合わせる。自分なぞを助けるために散らした命だ。義理としてこれくらいはやっておこうとのことだったが
その命が、まるでログアウトしていくかのように光になって消えていった。
飛び散った血も、握った鉄パイプの曲がりも、果てはクラッシュしたバイクまで元通りになっていた。そして、食いちぎれかけた足も、綺麗に戻っていた。
戻ってくる倦怠感、琢磨には意味がわからないままだったが、なんとかこの事態は終わったように思えた。
そう思うと残っている足の痛みをごまかすように琢磨は腰を下ろし、メディの通報でやってくるまで警察を待ったのだった。
■□■
そんなことを、内心についてはメディとともにごまかしあいつつ琢磨は話した。当然のように渋い顔をする大人2人。なぜなら、琢磨の発言もメディの発言も証拠なんてどこにもないのだからだ。
監視カメラの映像、バイクのドライブレコーダー、ひいてはメディのリンクしている琢磨の視界情報、そのすべてに世界が狂った間の情報は残らなかったのだ。
せいぜいが、琢磨の視界に映っていた、視界だけが移動している情報程度なのだ。カメラの類は完全に沈黙、暗闇を示していた。
「一応聞くけど、君って虚言癖ある?」
そんなことを話す足柄さん、その頭をはたく栗本さん。飴と鞭という奴だろうかと琢磨は考える。
「ウチの新人がアホなこと聞いた。よく頑張ったな坊主」
「……はい」
「なら、これで一応の事情聴取は終了だ。後は警察に任せてゆっくりしてろ。ていうか、休め」
そう促す栗本さん。このまま教室に行っても授業を受けさせては貰えなさそうなので、しぶしぶと了承して学校からバイクで出ていく。
そうしていると、血の匂いが風に乗って漂ってきた。
そこは路地裏へと続く道の途中。
出てきた優等生そうな一人とすれ違いながらその路地に入っていくと、そこには切り刻まれた猫が居た。
「メディ、一応通報お願い」
『了解です。それで、先ほどの彼のことは話しますか?』
「……メディに任せる。どっちでもいい」
『では、面倒は避ける方向にしておきますね』
そう言いながら、琢磨は猫の顔を見る。猫は死にそうになりながらも助けを求める目をしていた。しかし、もう間に合わないことは明白だった。
そんな猫を傷つけた彼のことよりも、傷ついた猫に対して特に何も感じなかった自分のことが、何よりも嫌だった。
時が経っても、鬼子は鬼子のままなのだ。
⬛︎⬜︎⬛︎
「最初の襲撃は無事終了しましたね。良かったですよ最後の一人が彼みたいな戦闘タイプのプレイヤーで」
「目当ての聖剣使いじゃあなかったみたいだがな」
「……聖剣があったとして、あなたはどうするんですか?」
「そいつ次第だよ。奪うか殺すかの二つだ。」
現実世界の現象が完全に収束したのを見て、"残響世界の管理者"の男女はそんなことを話していた。ゲームと現実のはざまにて、両方の世界を認識しながら。
「それで、あなたが目をかけたあの少年はどうでしたか?」
「……さぁな。実際問題ああいうのは一部除いて早死にするからな。それまでに俺にたどり着いてほしいもんだよ」
「わかりませんね、あなたは」
「おっちゃんもAIってのがいまいちわかってねぇよ。お前の堅物さはわかったけどな!」
男は道化のように笑い、女はそれに対して幼い感情を向ける。"この男はどうしてこうなのだろうか"と。若干の呆れと共に。
そこには少年の他に新しい背広を着て身なりを整えている若い男と、どこかだらしない格好に不愛想な顔をしている中年男性の2人がいた。
「やぁ、君が例の事件の目撃者くんだね? 僕は足柄、こっちの不愛想なおっちゃんが栗本。どっちも……まぁ刑事みたいなことをやってるよ」
そうして見せられたのは警察手帳。一応端末でスキャンしてみたが、どちらも本物だったそうだ。
琢磨は、足柄と名乗る刑事にはどこか見覚えがあると感じていた。どこかで会った人だったのだろうか? と思考を外に外しかける。しかし、真面目にしようと努力していた。
さっさとこの任意同行を終わらせて授業に行きいたいというのが琢磨の心境なのだ。これまで通えなかった学校に、中学からようやく通えるようになったのだから。
「じゃあ、昨日のことを話してくれるかな? 君と一緒にいた女性が見たという狼と、そいつを殺した君のこと。そして、狼に食い殺されてから消えたその女性の恋人、保科さんについてのことを」
「はい。ですがその前に、俺の健康管理AIを紹介していいですか? 視界のデータは共有してるんで俺一人よりマシな話が聞けると思います」
それは琢磨が健康でない証拠。健康管理AIなど一家に一体あればいい方で、それを常備しているという事はAI技術がシンギュラリティに近づきつつあると言われているこの時代でもあまりない。
「構わないよ、風見恵子博士の作った健康管理AIのプロトタイプ、個体名“メディ”実働時間は13年。合ってる?」
『肯定します。私はメディ、マスターの神経由来の心肺機能障害をサポートするために作られたインプラント型のAIです。が、その後さまざまなカスタマイズがされているために一般に流通しているAIより多機能であると自負しています』
そう答えたのは琢磨がテーブルに置いた端末のスピーカーからだった。メディが琢磨の体内からスピーカーを操作しているのだ。
これには警察の2人は少し驚いていた。その声の聞き取りやすさに。AI特有の不自然さがないのだ。これは実働時間13年に偽りはないなと二人は納得する。
『それでは、お話いたしましょう。マスターがいかにして狼と殺しあうことになったのかを』
■□■
遡ること約11時間前のこと。琢磨は先ほどまでプレイしていた《Echo World》というゲームの余韻に浸りながらベッドから起き上がり、ストレッチを行っていた。昨今人気の“Soul Linker” というウェアラブルのVR、AR共用端末を操作しつつ彼の相棒へと声をかける。
「メディ、メディカルチェック頼む」
『はい、それではいつも通り30秒動かないでくださいね』
それは、インディーズゲームが好きだという妙な趣味を持つ琢磨の日課だ。プレイが終わった後の簡易検査、実際これで命をつないだこともあるのでなかなかに侮れないことなのである。
『検査に問題はありません。お疲れさまでした、マスター』
「お疲れ様、うっし今日終わり! そしてゲームオーバー! 何考えてんだあのゲームの作者最高にアホだろ。VRMMOで世界単位の死にゲーとか」
『ですが、楽しかったのでは?』
「正直VR剣道とかVRパルクールに匹敵するぞあの濃さは。レビュー書いとこ」
『それでは、その間に明日の朝食の準備を自動調理器で行います。オーダーはありますか?』
「親父が明日の朝帰ってくるから、いつもので頼むわ。あのハニトースムージーコーヒーのごちゃまぜセット」
『……それは困りましたね、いつものコーヒー豆が切れています』
「親父、何気にアレ楽しみにしてるからな……」
そうして琢磨が思いついたのはちょっとした冒険心。今日は新月なのだから星が綺麗に撮れるのではないかという程度の思いだった。
「メディ、バイクのエンジンかけといて」
『現在時刻は22:30分、補導されてしまいますよ?』
「コンビニまで5分もないんだから大丈夫だって、505だから事故ることもないんだし」
彼が愛用しているのはシキシマXV-505というバイクだ。
小柄だがオートバランサーが優れており、ベビーカーにだって使えてしまうという謳い文句だったりする。しかしバイクとしての性能はかなり高い傑作機だ。
これまで自動運転でしか乗れてなかったため、最近VRで免許を取った琢磨には絶好の運転チャンスなのだ。当然少し無茶を言っている自覚はある。
彼の義父が態度に似合わず過保護であり、自動運転以外は基本的に認めていないのも理由ではあるのだがそれはそれだ。
『……仕方ありませんね。ただし運転ログは残します。存分に怒られてください』
「了解」
そう言って琢磨はプロテクターをしっかりと付け、ライダースジャケットを羽織りコンビニまで向かった。
そして、途中で春の大三角を写真に撮って、コンビニで御贔屓のコーヒー豆を買ってバイクのメットインに詰め込んで帰路につく。
すると、突然に世界が変わった。そうとしか表現できない異質さだった。
現在地は大通り、そこに変化はない。そこで突然にバイクが停車した。故障かと思ったが、そんなことよりも空気がおかしい。
「……メディ、何かわかるか?」
『不明です、しかし尋常ではないかと。バイクの自動運転システムが停止しています。それどころか、端末の回線でのインターネット接続および通話も不可能になっています。スタンドアロン状態ですね』
なんだか現実味のないゲームのような状況だな、と琢磨は思った。もっとも、現実だろうがゲームだろうが琢磨のやることは変わらないのだが。
守るべき誰かがいないなら、適当にしていればいいのだ。メディ以外誰が見ているわけでもないのだし。そもそも誰にも迷惑をかけない。
そう考えたところで、悲鳴が聞こえてきた。それも2人分。
その瞬間、聞こえてしまったという事実から琢磨にはやることができた。
危険かどうかは置いておいてここは行かなくてはならない。ヒトの輪の中で琢磨が生き残るためには、そう動かないといけないといけないのだから。
『私は推奨しません』
「けど、行くよ。何、死んだら死んだだ。今どきの若者らしく、人助けをするいい人のRPをやるとしようか!」
そういって琢磨は心の中の仮面をかぶる。それはひどく薄っぺらいものだったが、それでもそのかぶり方は堂に入っていた。
「今、助けに行きます! だから、頑張って!」
そう言った琢磨は端末の音量を最大にしてサイレンの音を鳴らし始めた。普通ならこれでどうにかなるだろう。
そう思って、それが通らないことも同時に思って、バイクで悲鳴の元へと向かう。
そこには、狼に追われるカップルが細い路地に入っていく姿があった。
黒い、影でできた狼によって。
「アレ、ついさっきゲームで殺した奴に似てるな」
『ですね。群狼シリウス、《Echo World》のボスキャラクターです』
「あいつは一匹だけだけどな!」
そう言って、琢磨はバイクの向きを路地に向けアクセルを全開にして突っ込んだ。そしてバランサーの調整をメディに任せて全体重でバイクを傾ける。それによりバイクは路地の中で急カーブを成し遂げ狼の後ろを取った。
自動ブレーキは作動せず、狼は射程距離に入った。その瞬間にバイクから飛び降りる。
どんな理由でどんな生物かは知らないが、バイクに引かれれば大ダメージを受けるだろう。そうなれば琢磨以外は普通に逃げられる。そんな目論見だったが
その狼は、バイクに衝突されても何のダメージも受けずに壁に着地し。ゆったりと着地したのちに見えない貌で嘲笑うかのように「グルル」とうなり声をあげた。無残に破壊されたバイクを足蹴にして。
「メディ、地図! お二人とも! 逃げますよ!」
「あ、ああ!」
あの速度のバイクから飛び降りてもあまり痛まない体の異常を無視して、琢磨は男女と共に、壁に着地した狼と逆方向に走り始める。普通なら琢磨が一番遅く、男が一番速くなるはずなのに3人のスピードはほぼ同じだった。
それどころか、VRでしか走ってないレベルの琢磨が一番速いかもしれないほどだった。
『身体能力が異常に向上しています。筋肉も、内臓、心肺機能も』
メディの言ったそれは琢磨へは福音のはずだった。なにせ、あのバイクの衝突で殺せなかった時点で狼の餌は琢磨になるはずだったのだから。半ばそうなる覚悟で行ったのだから。
しかし、影の狼はそれよりも速かった。遊んでいるのをやめたのか、徐々に自分たちとの距離を詰めていく。
そんなときにメディが指示したのは丁路地、そして、右側には喫茶店があり道は塞がれている。左の道は大通りに繋がっている。
一瞬、意思が鈍りかける。しかし、琢磨は考えるのをやめた。
”俺が親父の息子の風見琢磨として生きるにはどうすればいいのか”などとっくの昔に決まっているのだから。
『琢磨、お前は他人を守れる男になれ。お前の父親はそういう男だった。それを心で受け継いで行けるように、守れる男になるんだ』
そう、伝え聞いた義父からの、実の父の遺志を思い出してタクマはふらりと道を定める。現状の戸惑いをそのままに、しかし心は普段通りに。
「二手に分かれます! 俺は右! あなたたちは左! とにかく逃げ延びて警察に駆け込んでください!」
「おい、そっちは……」
「行き、ましょう!」
「あ、ああ」
現状を考えるに妥当な判断だと琢磨は思う。さっき会ったばかりの子供と、おそらく付き合っている彼女、どちらを優先するかなど決まり切っている。
なら、きっと大丈夫だろう。そう思って琢磨は二人を急かして左の道に追いやり
速度そのままに壁に柔らかく着地して跳び、狼に蹴りを放った。
その一撃は反撃を予想していなかった狼にクリーンヒットして、その片目らしき部分を潰した感触を琢磨の足に与えた。
「何やってんだお前!」
叫ぶ男性。とっとと逃げろと内心思いながら琢磨は言う。
「……逃げ切れないんで、“ここは任せて先に行け”ってやつをやらせてくださいな」
「クソ、なら俺も!」
「優先順位、俺は彼女さんより高いですか?」
その言葉に動きが止まる男性、その後ろには、怯えて震えながらも走り続けた彼女さんがいる。
そして、「すまない!」と一言言って俺を置いて走り出した。
そして、狼が琢磨を襲う。鋭い爪による攻撃だった。
しかし、この異常な空間での身体能力を把握した琢磨は、ゲームでの感覚通りに狼を踏みつけて空を跳び背後に着地する。
そうして何合か回避に徹したことで琢磨には分かったことがある。まず、最初の蹴り同様踏みつけや足払いにも効果はあった。ゲームで慣れている肉を蹴る感触が返ってきたからだ。
そして、この狼は再生能力なんて無粋なものをゲームの狼と違い持っていないだろうという事。
今現在、狼に有効打を与えられたのは蹴りの一撃のみ。ならばこの黒い狼はゲーム的な耐性を持っているのだろうと琢磨は当たりをつけたのだ。
だからこその壁を使った跳躍。異常に上昇した身体能力で高さを取り、その位置エネルギーをもってして狼を仕留める。そういう判断だった。
その判断には間違いはなかっただろう。狼を殺すには実際それしかなかったのだし、近くに武器は何もない。当然剣などどこにもない。
だから、それが最善のはずだった。
たった一つ、狼が先ほどと同じ狼ではないという前提を除けばだが。
飛び上がってから着弾までの僅かな間に、狼の体を黒いモヤが包み込んだのだ
ゲームでの群狼シリウスと同じように。
「ッ⁉」
『マスター!』
それに気が付いたのはメディと琢磨、二人同時だった。片目のつぶれた狼の背中に現れた狼の体。それは《EchoWorld》の群狼シリウスが行っていた最悪の不意打ち技。
体から分身を作り出して攻撃する、分身噛みつきだった。分身の口は琢磨の足に噛みつき、食いちぎるつもりで力を込めていた。しかし、幸いにも琢磨の義父の選んでくれたプロテクターは頑丈であり、噛みちぎられる寸前で噛みつきは止まっていた。
この状況に陥ったのは俺が首を突っ込んだからだが、今の意味などさっぱり分からない。どうしてまるでゲームのような攻撃ができたのかなど意味不明だ。ファンタジーなことこの上ない。
だが、琢磨はこのままならどうしようもなく殺されるという事は確かだった。
故に琢磨は喰いつかれている足を押し込んだ。苦悶の声を押し隠し、一瞬でも長くコイツを足止めしてあの二人の命をつなぐために。
それが現代に生まれた鬼子の、精一杯の人のフリなのだから。
「や、ら、せ、る、かぁぁあああああ!」
そういって叫びながらやってきたのは先ほど行ったカップルの男の方。その手に鉄パイプを持って、俺を救うためにそれを全力で振り下ろした。
後で琢磨が聞いたことだが、それは先ほどまで怯えていた彼女の懇願であり、勇気だった。だからこそ、上昇した力のすべてを使った一撃を放てたのだろう。その一撃は、本当に力強かった。琢磨を救うには、それは正解の行動だった。
その手に持っているのがただの鉄パイプでなければ、だが。
現実は非情であり、なんの力も籠っていない鉄パイプを体で受け止めた狼は、そのもともとあった口で男性の頭を食いちぎった。
シリウスは吠える。恐怖を煽るように、
女性の泣き叫ぶ声が聞こえる。
そして、そんな感傷をこれっぽっちも感じていない琢磨は、思考を回転させた。落ちた鉄パイプが見えたからだ。
導き出したのはあまりにも異常な結論。いくらここではゲームのように動けるからと言ってもここは現実世界、できるはずなんてないのだから。
ゲームシステムを現実に流用するなんてことは。
だが、琢磨と同じ結論にたどり着いたのはAIであるメディもだった。メディは Soul Linker を通じて琢磨の魂の情報を取得しており、先ほどまで琢磨が攻撃するときに足に意識が、殺意が集中していたことを認識している。
『マスター、ありったけの心を込めてください』
「わかってる。今ここで」
琢磨はゲーム同様の時間切れにて消えた狼の分身から転がって逃れ、男性の持っていた鉄パイプをしっかり握りしめる。
そして、そこに命を込めた。
ゲームで呼ばれるその技術の名前は、生命転換。命を燃やして力に変える技だ。
醜く転がりながら、鉄パイプを全力で振りぬいた琢磨。その一撃は狼の頭を吹き飛ばし、その命を奪った。
手に残ったその感触が、いつものことと自分を錯覚させた。それくらいに現実味がない戦いだった。
そうして、琢磨は男性の遺体に目を閉じずに手を合わせる。自分なぞを助けるために散らした命だ。義理としてこれくらいはやっておこうとのことだったが
その命が、まるでログアウトしていくかのように光になって消えていった。
飛び散った血も、握った鉄パイプの曲がりも、果てはクラッシュしたバイクまで元通りになっていた。そして、食いちぎれかけた足も、綺麗に戻っていた。
戻ってくる倦怠感、琢磨には意味がわからないままだったが、なんとかこの事態は終わったように思えた。
そう思うと残っている足の痛みをごまかすように琢磨は腰を下ろし、メディの通報でやってくるまで警察を待ったのだった。
■□■
そんなことを、内心についてはメディとともにごまかしあいつつ琢磨は話した。当然のように渋い顔をする大人2人。なぜなら、琢磨の発言もメディの発言も証拠なんてどこにもないのだからだ。
監視カメラの映像、バイクのドライブレコーダー、ひいてはメディのリンクしている琢磨の視界情報、そのすべてに世界が狂った間の情報は残らなかったのだ。
せいぜいが、琢磨の視界に映っていた、視界だけが移動している情報程度なのだ。カメラの類は完全に沈黙、暗闇を示していた。
「一応聞くけど、君って虚言癖ある?」
そんなことを話す足柄さん、その頭をはたく栗本さん。飴と鞭という奴だろうかと琢磨は考える。
「ウチの新人がアホなこと聞いた。よく頑張ったな坊主」
「……はい」
「なら、これで一応の事情聴取は終了だ。後は警察に任せてゆっくりしてろ。ていうか、休め」
そう促す栗本さん。このまま教室に行っても授業を受けさせては貰えなさそうなので、しぶしぶと了承して学校からバイクで出ていく。
そうしていると、血の匂いが風に乗って漂ってきた。
そこは路地裏へと続く道の途中。
出てきた優等生そうな一人とすれ違いながらその路地に入っていくと、そこには切り刻まれた猫が居た。
「メディ、一応通報お願い」
『了解です。それで、先ほどの彼のことは話しますか?』
「……メディに任せる。どっちでもいい」
『では、面倒は避ける方向にしておきますね』
そう言いながら、琢磨は猫の顔を見る。猫は死にそうになりながらも助けを求める目をしていた。しかし、もう間に合わないことは明白だった。
そんな猫を傷つけた彼のことよりも、傷ついた猫に対して特に何も感じなかった自分のことが、何よりも嫌だった。
時が経っても、鬼子は鬼子のままなのだ。
⬛︎⬜︎⬛︎
「最初の襲撃は無事終了しましたね。良かったですよ最後の一人が彼みたいな戦闘タイプのプレイヤーで」
「目当ての聖剣使いじゃあなかったみたいだがな」
「……聖剣があったとして、あなたはどうするんですか?」
「そいつ次第だよ。奪うか殺すかの二つだ。」
現実世界の現象が完全に収束したのを見て、"残響世界の管理者"の男女はそんなことを話していた。ゲームと現実のはざまにて、両方の世界を認識しながら。
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