上 下
61 / 69
第三戦 VSアルフレシャ 自称王女と螺旋の槍

天仙魚

しおりを挟む
 歌が、聞こえる。

 今、アルフレシャは高度を上げつつ王城に向かっている。その姿はやはり狂おしいほどに美しい。

 歌が、聞こえる。

 タクマは、聞くだけで自分の心が丸裸にされているのを感じる。今まで自身を守っていた人格の鎧がはぎ取られていくようだ。

 歌が、聞こえる。

「返せよ、先生を返せよ!」「どうしてお姉ちゃんを殺したの!」「お前が! 死ねば良かったんだ!」

 そんな声が、頭の中で反芻される。

 そして、いつもの悪夢のように自分をかばって代わりに傷を受ける凪人や氷華の姿を幻視して

「俺が死ねば、良かったのかな?」

 そんな弱音を口に出した。

『寝言は寝ていってください。剣を握って、前を見て、戦ってください。それしかできないから、今あなたはまだ死んでいないのでしょう?』

 そして、メディの言葉と共にタクマは前を向く。

『もっとも、私はマスターを死なせるつもりはないのですけれど』
「そいつは、助かるな」
『では参りましょう。この歌が歌であるのなら、対策は簡単ですから』
「それは……確かにそうだな。行こう」
『道案内は任せてください』

 そうして、タクマは自身の生命転換ライフフォースで真空を作り出す。音はしょせん音だ。空気の振動をシャットアウトしてしまえば、その影響は無視できる。

 そして、両足に命をチャージして、メディの指示のもと照準を合わせる。

『マスター、もう少し左に、そこです。では、以降の微調整は私の指示に』

 メディには、真空でシャットアウトされていても敵の位置がわかる。タクマと違い魂感知能力をきちんと処理できているからだ。

 そして、琢磨を守る真空は形を変え、構えた臆病者の剣チキンソードを通すための円錐へと変わっていく。

「3,2,1!」
『発射!』

 そうして、タクマは一筋の流星へと変わった。

 タクマ達には聞こえないが、アルフレシャの歌声はテンポを変えた。プリンセス・ドリルに対処した時に使った”歌に心酔させる曲調だ”。
 そしてアルフレシャ自身も回避を始めたが、それはしっかりとメディに見切られていた。

『左に3度上に1度です』

 メディとの阿吽の呼吸により回避しようとしたアルフレシャの回避先に当たるように置かれた刺突は、アルフレシャの胴体を貫いてそのまま天に持ち上げた

 そして、タクマが真空を解除してコアを砕きに入ろうとした時、ガシリと何かがタクマの剣を掴んだ。

 それは、女性の腕だった。
 体躯は小さく、華奢な女性だと見た目だけでは思う。

 しかし、その華奢な腕は、ぽきりと簡単に臆病者の剣チキンソードを折り砕いた。

「冗談!?」
『じゃあありません! マスター、回避を!』

 そして、天魚の内側から現れたのは空を泳ぐ人魚。それは琢磨の目の前でアルフレシャのコアを胸に取り込み、名乗りを上げた。

《天仙魚アルフレシャ》と。

 そしてアルフレシャは軽く息を吸った。その予備動作で歌が来ると考えたタクマは即座に真空を展開しようとするが、それは無意味だった。

「La」

 そんな綺麗な一音と、それに付随する圧倒的な衝撃力にてタクマは彼方へと吹き飛ばされた。

 それは、口にするだけなら簡単なこと。
 歌と共に吐いた息で、タクマを弾き飛ばしたのだ。

 たったそれだけで、タクマは町はずれの廃墟へと叩きつけられた。


「ガハッ!?」
『マスター! 気を確かに!』

 メディの声を頼りにどうにか意識を繋ぎとめるタクマであったが、そのダメージは深刻だった。
 両腕はあらぬ方向にひん曲がり、右足は切り飛ばされたか潰されたかで膝から下が存在しない。

 そして、打ち付けたであろう背中からはなにか瓦礫のようなものが刺さっている痛みを感じる。

 死んでないだけ、それが今のタクマの状態だった。

「これは、珍客だな」

 そう答えたのは仮面をつけた男、動けないタクマではそれ以上はわからない。

『現在、部屋の中には3つの魂があります目の前の男ともう一人、……そして、ドリル様です』

 その言葉に、どうすればいいのかタクマは悩む。
 目の前の人間が異界を作っている連中の仲間だったなら、もし、ドリルの聖剣が生命いのちの聖剣だったなら。そんなかもしれないが多く頭をよぎった。

 そして琢磨が選んだ選択は、黙することだった。

 一発。タクマには攻撃手段が一つだけ残っている。だが、それは一発しか放てない。ならば最善のタイミングで放つべきだと考えたが故の事だ。

「……生きているのか死んでいるのか、稀人はわからんな」

 そういってタクマのことを無視する男、そして、声が聞こえてくる。

「マグノリア様、彼女が稀人の聖剣使いです……ええ、あの聖剣の使い手の可能性は十分にあるかと。……私の邪剣を彼女の聖剣は浄化しました。そんなことができる聖剣となると……」

 そんな、独り言が聞こえてくる。通信機かテレパシー系の能力かはわからないが、とにかくここにいないマグノリアという人物に聖剣を渡すつもりのようだ。タクマはそう考える。


 だから、遠慮なく切り札を切ろうとした。
 タクマの持っている切り札。それは生命転換ライフフォースの暴走による暴風の召喚だ。それがあれば意識のある2人はともかくドリルは死ぬだろう。

 そして、彼女が死ねばロビーへと帰還できる。聖剣を盗られる前に。

 そうして命を込めようとした時に、タクマ意識は落ちた。

 寸前に聞こえたのは風切り音。抜き打ちの矢がタクマを貫いたのだろう。



 そうしてタクマはロビーへと帰還する。何も守れず、自身しか殺せずに。

 ■□■

「あー、良く寝ましたわ!」

 そんな声がロビーに響く。その声の主はプリンセス・ドリル。先ほどまでナニカされていた女性である。

「ドリル、無事だったか!」
「ええ、別段何もありませんでしたわ。頭に何かが当たってからずっと寝ていただけですもの」
「……それは気絶だ」
「大した違いはないですわよ」

 そんな、ドリルと長親の声を遠くから聞いたタクマは安堵のため息をもらす。どうやらあのままゲーム世界から帰ってこれなくなる、なんてことはなかったようだ。

 そして、いつも通りリザルトが行われる。

「今回の敵アルフレシャは搦手が得意な敵です。敵の策に惑わされず、謎を解き、世界に明日をもたらしてください。以上でリザルトを終了します」

 そんなマテリアの言葉でリザルトが終わったところで、タクマの目の前にゲートが開く。
 そこに躊躇いなく入っていくと、苦々しい顔のダイナとマテリアが居た。

「タクマ、今すぐ戦力のありったけをかき集めろ」
「はい、最後の一人ラストワンがドリルさんだからですよね」
「そうだが、違う。連中はあの聖剣使いに”マーカー”をしかけやがった」
「……マーカー?」
「現実世界に進行するための目印です。通常は最後の一人になる人物につけていたのですが、聖剣使いであることから彼女がターゲットにされてしまったのです」
「……それを消すには?」
「対になっている大魔を殺すこと、つまりこれから現実に現れるアルフレシャを殺すことしかありません」

 その言葉に、タクマは意識を研ぎ澄ませる。

 守ることはわからない。探すことは苦手だった。だが、殺すことなら問題はない。自身の異常性をそのままに、アルフレシャを殺すことが自分に温かくしてくれた彼女を守ることに繋がるのだと信じて、タクマは折れた臆病者の剣チキンソードを構えた。

「……格好付かねぇな」
「すいません、代わりの剣はありますか?」
「……すいません、物質化にはその持ち主の魂の力を使わないとあまり意味がないんです。魂と紐づいて初めて武器は武器になるのですから」
『やはり、あの物質化のシステムにも裏があったのですね』
「はい。まぁ実際はリソースの問題のほうが多いのですけれど」

 そんな言葉と共に、タクマは折れた臆病者の剣チキンソードとポイントで物質化した上質な鋼の剣をもって、現実世界に戻るのだった。

 彼の首輪の持ち主である、篠崎に次のターゲットは高砂瀬奈であることを伝え、彼女を守るために。
しおりを挟む

処理中です...