四重奏連続殺人事件

エノサンサン

文字の大きさ
12 / 60

四重奏連続殺人事件

しおりを挟む
探偵倉科に助けを求める大林健吾

 ワイシャツの胸ポケットで携帯電話の着信を示すランプと小刻みなバイブレーションがあった。発信者は大林と表示された。
 「大林ですけど…。今、大丈夫ですか?」
 名古屋駅に到着する寸前で、乗客が慌ただしく、続々と乗降車デッキに向かっている。
 「今、新幹線の中なんだ。名古屋駅で降りるところ」
 「じゃあ、もう少し経ったら電話入れます」
 声が変だ。いつもの自身に満ち溢れた様子ではない。困っているような、慌てているような感じが伺える。倉科は職業柄、電話の声に敏感だ。調査依頼の場合は、こちらの力量を推し量るような調子であり、苦情のそれは、最初から声に棘がある。
 (飲みに誘うようではないな)
 とは感じたが、まさか大林から調査の話はないだろう、と思った。
倉科は自分の職業が平穏な生活を送っている大多数の人間には縁遠いものとの確信があり、まさに大林はまともな社会人の代表だ。
 名古屋駅南口改札を通過した時、着信があった。
 「実は……。埼玉県警から電話があって、事情聴取されまして……」
 声に困惑の色があった。
倉科は、わざとおどけるような、調子で、
「何のこと? 警察なんて君に一番関係のないセクションでしょ? まして埼玉県警だなんて」
「三村里香覚えていますか? 殺されたのを知っていますか? 二三日前ですが……」
大林の耳に小さく、呟くような倉科の声が響いてきた。
「ええっ! 里香って、少し前に行った赤坂の店の里香? それで、どこで? 」
「住んでいたマンションのすぐ近くらしいです。蕨駅近くの…」
倉科の脳裏に、記憶が蘇った。小柄だが均整のとれた身体、三十過ぎの年齢にそぐわないベビーフェイス。
大林の言葉が続く。
「僕の所有物が里香の部屋にあって……。それで、警察が事情を聞きたいって電話があったんです。当日のアリバイも聞かれました」
 「何で、そんな物が彼女の部屋にあるの? いつからそういう関係なっていたの?」
 倉科は先日、中目黒で出合った時、女なんて言ってる暇無いですよ! と人を馬鹿にしたような大林の言説を思い出し、鼻白んだ。
 大林は倉科の質問には答えず、部屋に置いていた荷物について話し出した。
 「別にたいしたものじゃないんです。今度、市場調査する商品の資料とか、着替えやらなんですが…。それって殺人に結びつく証拠になるんですかねぇ?」
 「殺人の証拠って言うけど、君は事件と何の関係もないんだろう? アリバイだって有るんだろう? だったら何の心配もないよ」
 いつもの大林と違って、論理的で無いのが気になり、問い返した。
 「単に君の荷物の存在について事情を聞かれただけだろう?どうして部屋にあるのか? 二人の関係は? とか。えっ、当日のアリバイが完全じゃないって! ウーン、困ったなぁ…。少し疑がってるなぁ…。でも、容疑が濃いのなら直接面会を求めてくるか、警察への出頭を要請してくるよ。警察っていうのはそんなものだから」
 「電話口で刑事もそう言いましたけど…」
 「多分、大丈夫だと思うけど、アリバイをきちんと思い出すことだね。必ずもう一度、警察から電話があるだろうから」
 大林は、アリバイに関する説明を始めた。心配そうな声で当日の滞在場所、同伴者、時間経過等を細々と述べ立てるが、詳細を電話で伝えるには限度があり、歩行中の倉科はメモを取る準備もない。
 「詳しいことは、明後日東京に戻ってからにしよう」
 倉科は、まだ喋り終えない大林を尻目に、電話を切った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...