29 / 60
四重奏連続殺人事件
しおりを挟む
対面インタビュー
約束の時間にはまだ一時間ほどある。倉科はフロント前のソファーに腰を下ろして、ロビーに行き交う人々の様子を注意深く観察している。
服装、手荷物、歩き方、挙動等を見て、どんな職種か、どのような目的なのかを推理?するマン・ウオッチィングを楽しんでいるのだ。
これも探偵修行の一環。一目で人物のバック・グラウンドを見抜くことは熟練した探偵の技なのである。技の切れ味を維持するために日々の精進が必要となる。倉科は暇があると都内の有名ホテルに出向いて研鑽に励んでいる。もっとも、若い女性に対するウオッチングが多いのではあるが…。
このホテルは、丸の内、霞が関、銀座といった都心中枢部分から離れているので、ビジネス以外の目的で使用されることが多いようだ。もちろん、企業のコンベンションや説明会も数多く開催されていることが、正面玄関に表示されたパネルから読み取れる。
しかし、ロビーの利用者でよく目につくのは、ベル・ボーイと親しげな中高年のホテル常用者と豪華な雰囲気に気圧されている若い男女だ。
倉科が現在ウオッチしているのは髪型と衣装の手入れに余念がない中年女性。どこかクラブのママ風だ。同伴出勤の待ち合わせなのだろうか? 妄想に近い推理は留めが無い。
倉科がロビーをぐるりと見渡すと、今日は日柄が良いのか何組もの結婚式があるようだ。ウエディング・ドレスと競うように盛装した女性達で、いつもより華やかだ。
スーツのポケットから発信音があった。
「竹橋だけど、今、大丈夫か?」
「全く大丈夫。ホテルのロビーで待ち合わせをしているところ」
倉科は手帳を取り出して記録を取る準備を始めた。電話に出る時のいつもの動作だ。メモ魔と呼ばれる所以である。もっとも、今ではスマホ本体に録音機能がありメモの必要性は薄れたのだが、倉科は使い方が未だに分からない。鬱陶しい操作マニュアルのある機械を一般人に売るな、が倉科の持論だ。
「蕨西警察署に捜査本部が置かれている件だけど、捜査に全く進展がないみたいだぞ。犯人は左利きじゃないかってことくらいしか判ってないみたいだ。東京地検から埼玉地検それから埼玉県警のルートだ。検察庁の上層部からなんで信頼できる情報だぞ」
左利き?! 倉科は綾乃との会話を思い出した。小田貴子の弟はサウスポー投手、すなわち、左利き。何かゾワゾワとしたものを感じたが、単なる偶然だろう……? と思考を中断し、
「すまん。恩に着るよ。捜査本部で特定の容疑者として大林憲吾という名前は上がってなかった?」
「容疑者を特定する段階まで進展してないらしい。現場付近に停めてあった黒いセダン型の車を追っているとのことだ」
大林の容疑は一応晴れていると考えてよいだろう。竹橋が続けた。
「もしかして、この件、俺の依頼した鈴木さんの件と関係があるんじゃないか? いくら知り合いの女の子が被害者だとしても、捜査状況まで探るのはちょっと変だぞ。お前は昔から無駄なことはしない奴だったからな」
さすが、勘が鋭い。名古屋高裁管内で最優秀と評判の高い弁護士だけのことはある。
「まだ、全くスジは読めてないけどね、勘の段階なんだ。もしかしたら鈴木正恵さんは単なる事故死じゃないかもしれないと思ってね」
「おいおい、乱暴なことを言うなよ。警察の捜査にケチをつけるつもりか? 事故じゃなきゃ何なんだよ?」
それを今から調べるところだよ、と言おうとしたが、
「まあ、いいや。何か分かったら、真っ先に知らせろよ」
弁護士先生は忙しいらしい。自分の言い分だけを話すと電話を切った。いつもと変わらぬマイペースである。そうでなければ、超難関の司法試験も受からないし、一流の弁護士にもなれないか……。倉科は思わず苦笑した。
亀井綾乃がロビーに姿を現した。
いつも彼女がそうしたように、階下からエスカレータを使用して……。高めのヒール、白のクロップドパンツに白の襟付きシャツ、濃いグレイのサマージャケット。以前は見たことが無かったファッションだ。
三年近い月日が流れれば、服装センスも変化するのかなぁ……。変わらないのは右手に提げている、倉科がプレゼントした黒のグッチのバッグと、肩にかけたエンジ色のバイオリンケース。じっと綾乃の後ろ姿を目で追いながら、甘い思い出と強烈な苦渋を回想している。倉科は、バーに向かおうとする綾乃の背後から声をかけた。
「久しぶりだね。元気そうで良かった」
綾乃が振り向いた。一瞬、どういう表情をするべきか迷った様子が窺えた。懐かしさと困惑が入り交じっているようだ。
「待った?」
声の調子は、やや高めのオクターブだ。機嫌は悪くないらしい。昨日、電話を通した声を聞いたが、肉声を耳にするのは三年ぶりだ。当時のことが、いろいろと心によぎるが、今日は調査の目的で会っているのだ、余計な感傷に浸っている余裕はない、と倉科は自分に言い聞かせた。
カウンターでは、バーテンダーや客に話を聞かれてしまう恐れがあるので、庭園側のテーブル席についた。倉科はいつもの通りマティーニを注文する。
「変わらないわね」
「そんなことないさ、老けただろう?」
倉科の自嘲気味な問いかけに、綾乃は微笑みながら、
「そうじゃなくって、マティーニのことよ」
「相変わらず、他のカクテルは覚えられなくってね」
綾乃も同じくマティーニを頼んだ。注文の品が運ばれてくるまで沈黙が続く。
「いろいろと突っ込んだことを聞かせて欲しいのだけれど……」
倉科はカクテル・グラスを持ち上げ、綾乃の目を覗き込みながら始めた。
「どんなことかしら?」
綾乃はグラスに口をつけながら、警戒心を露わにして問い返す。
「君の身の回りで三人も死んでいるんだよ。何か心当たりはないの? 随分前のことだけど、あなた、言っていたよね、正恵と江利子と私の三人は切っても切れない仲なの、お互いに秘密はないのって。その関係が続いていたのなら、君が何も知らないってはずはないでしょう?」
倉科の問いかけに綾乃は表情を硬くしながら、グラスを傾けてマティーニの濃い液体を一口ゴクッと飲んだ。話すのを迷っているように見える。
「正恵と江利子とは以前と同じ関係だったわ。里香さんとは昨日電話で話した通り、特別な関係はなかったわ」
「二人が亡くなるまでに何か気付いたことはない? どんなことでもいいんだ。おかしいな?とか変だな?とか感じたことはなかった?」
どんな些細なことでも聞いておかねばならない。事件の発端というのは他愛もないことから始まるらしいことを倉科は先輩探偵の諸氏から耳にたこができるほど聞かされている。
「特に変わったことは……。無かったと思うわ…」
綾乃が遠くを見るような眼差しで答えた。
「どんな細かいことでもいいんだけど……。例えば交友関係で変化があったとか、つまり、恋人ができたとか、別れたとか、仕事関係で言えば夢想花の専務星野遼介氏との関係はどうだったか……、そんなことなんだけどね」
綾乃がタバコ・ケースから一本取り出して、火を点けようとしている。銘柄は未だに変っていない。メンソール入りの細いロング・サイズ。綾乃の細い指にとてもよく似合っている。
「そう言えば、江利子が半年ほど前から新しい人と付き合い始めたって話してたかしら……。二歳年下だったかな。その彼氏、あまりお金が無いみたいで、デートの費用はいつも江利子が払っているって、ぼやいていたのを覚えているけど……。こんなの役に立つの?」
倉科は手帳を開いて、綾乃の話を記録している。
「交際していた男性の氏名、住所、職業とか、電話番号、メールアドレスなんて分かるかな?」
「さあ……? 妹の玲子ちゃんに聞けば分かると思うけど、必要?」
「可能ならば、そうしてもらいたいのだけど……」
かなり押しつけがましいが、何の手掛かりもない、藁をも掴むような現状では仕方が無い。綾乃はエーッと、顔をしかめて、面倒くさいなぁ、という表情を見せた。
倉科は綾乃の対応に怯むことなく、質問を続けた。
「鈴木正恵さんについて、何か思い当たることはあった?」
「倉さんも知っているじゃあないの。同じ親友でも正恵とは少し距離があったってこと。だから彼女の私生活については、江利子を通してしか知らないわ」
思い当たる節があった。三人は親友関係にあると言っても、濃淡があったようだ。綾乃と榊江利子の親密さは、二人の予定を優先させて、倉科とのデートを何度もキャンセルさせるほどだった。
しかし、綾乃の口からは、あまり鈴木正恵に関することを聞いたことが無かった。思うに、三人の親友関係は、綾乃と榊江利子、鈴木正恵と榊江利子というラインで結ばれていたのだろう。
鈴木正恵と榊江利子の間には綾乃は入れず、榊江利子と綾乃の間に鈴木正恵は入れない、との関係が成立していたと言えるだろう。親友関係とは言っても、綾乃は鈴木正恵に対して榊江利子を巡る嫉妬というか敵愾心のようなものがあったのだろう。
「そうは言っても、鈴木正恵さんとも仲が良かったのだから、何も知らないってことはないでしょう?」
倉科が意地悪く問い詰めると、イラッとした表情で綾乃が回答した。
「以前からマイペースな女だったから……。全然変化なんかないんじゃないの? 昔からの恋人と結婚に向かって進行しているって話をしていたから」
倉科は、鈴木正恵の父親が依頼者なので、彼女についてもう少し突っ込んで聞きたかったが、これ以上の進展が無いと諦めて、質問の方向を変えた。
「事務所との関係で何か聞いてない? 榊さんと鈴木さんが事務所とトラブッていたとか?」
綾乃は三本目のタバコに火を点け、ゆっくりと吸い込んだ。グラスは七分目ほど空けられている。
「二人とも辞めてから一年以上時間が経っているのよ、今更トラブルなんて考えられないわ」
倉科は少し探りを入れてみた。まだ第六勘の段階、つまり勘だけなのだが、榊江利子、鈴木正恵と星野遼介の関係が気になって仕方がない。
「表向きではなくって、裏と言うと大袈裟だけど、君を含めた四重奏のメンバーと専務の星野遼介氏とは何か特別な関係があったと思うのだけど……。演奏以外の関わりはないって言っていたけど、本当のことを教えてくれないかなぁ……」
約束の時間にはまだ一時間ほどある。倉科はフロント前のソファーに腰を下ろして、ロビーに行き交う人々の様子を注意深く観察している。
服装、手荷物、歩き方、挙動等を見て、どんな職種か、どのような目的なのかを推理?するマン・ウオッチィングを楽しんでいるのだ。
これも探偵修行の一環。一目で人物のバック・グラウンドを見抜くことは熟練した探偵の技なのである。技の切れ味を維持するために日々の精進が必要となる。倉科は暇があると都内の有名ホテルに出向いて研鑽に励んでいる。もっとも、若い女性に対するウオッチングが多いのではあるが…。
このホテルは、丸の内、霞が関、銀座といった都心中枢部分から離れているので、ビジネス以外の目的で使用されることが多いようだ。もちろん、企業のコンベンションや説明会も数多く開催されていることが、正面玄関に表示されたパネルから読み取れる。
しかし、ロビーの利用者でよく目につくのは、ベル・ボーイと親しげな中高年のホテル常用者と豪華な雰囲気に気圧されている若い男女だ。
倉科が現在ウオッチしているのは髪型と衣装の手入れに余念がない中年女性。どこかクラブのママ風だ。同伴出勤の待ち合わせなのだろうか? 妄想に近い推理は留めが無い。
倉科がロビーをぐるりと見渡すと、今日は日柄が良いのか何組もの結婚式があるようだ。ウエディング・ドレスと競うように盛装した女性達で、いつもより華やかだ。
スーツのポケットから発信音があった。
「竹橋だけど、今、大丈夫か?」
「全く大丈夫。ホテルのロビーで待ち合わせをしているところ」
倉科は手帳を取り出して記録を取る準備を始めた。電話に出る時のいつもの動作だ。メモ魔と呼ばれる所以である。もっとも、今ではスマホ本体に録音機能がありメモの必要性は薄れたのだが、倉科は使い方が未だに分からない。鬱陶しい操作マニュアルのある機械を一般人に売るな、が倉科の持論だ。
「蕨西警察署に捜査本部が置かれている件だけど、捜査に全く進展がないみたいだぞ。犯人は左利きじゃないかってことくらいしか判ってないみたいだ。東京地検から埼玉地検それから埼玉県警のルートだ。検察庁の上層部からなんで信頼できる情報だぞ」
左利き?! 倉科は綾乃との会話を思い出した。小田貴子の弟はサウスポー投手、すなわち、左利き。何かゾワゾワとしたものを感じたが、単なる偶然だろう……? と思考を中断し、
「すまん。恩に着るよ。捜査本部で特定の容疑者として大林憲吾という名前は上がってなかった?」
「容疑者を特定する段階まで進展してないらしい。現場付近に停めてあった黒いセダン型の車を追っているとのことだ」
大林の容疑は一応晴れていると考えてよいだろう。竹橋が続けた。
「もしかして、この件、俺の依頼した鈴木さんの件と関係があるんじゃないか? いくら知り合いの女の子が被害者だとしても、捜査状況まで探るのはちょっと変だぞ。お前は昔から無駄なことはしない奴だったからな」
さすが、勘が鋭い。名古屋高裁管内で最優秀と評判の高い弁護士だけのことはある。
「まだ、全くスジは読めてないけどね、勘の段階なんだ。もしかしたら鈴木正恵さんは単なる事故死じゃないかもしれないと思ってね」
「おいおい、乱暴なことを言うなよ。警察の捜査にケチをつけるつもりか? 事故じゃなきゃ何なんだよ?」
それを今から調べるところだよ、と言おうとしたが、
「まあ、いいや。何か分かったら、真っ先に知らせろよ」
弁護士先生は忙しいらしい。自分の言い分だけを話すと電話を切った。いつもと変わらぬマイペースである。そうでなければ、超難関の司法試験も受からないし、一流の弁護士にもなれないか……。倉科は思わず苦笑した。
亀井綾乃がロビーに姿を現した。
いつも彼女がそうしたように、階下からエスカレータを使用して……。高めのヒール、白のクロップドパンツに白の襟付きシャツ、濃いグレイのサマージャケット。以前は見たことが無かったファッションだ。
三年近い月日が流れれば、服装センスも変化するのかなぁ……。変わらないのは右手に提げている、倉科がプレゼントした黒のグッチのバッグと、肩にかけたエンジ色のバイオリンケース。じっと綾乃の後ろ姿を目で追いながら、甘い思い出と強烈な苦渋を回想している。倉科は、バーに向かおうとする綾乃の背後から声をかけた。
「久しぶりだね。元気そうで良かった」
綾乃が振り向いた。一瞬、どういう表情をするべきか迷った様子が窺えた。懐かしさと困惑が入り交じっているようだ。
「待った?」
声の調子は、やや高めのオクターブだ。機嫌は悪くないらしい。昨日、電話を通した声を聞いたが、肉声を耳にするのは三年ぶりだ。当時のことが、いろいろと心によぎるが、今日は調査の目的で会っているのだ、余計な感傷に浸っている余裕はない、と倉科は自分に言い聞かせた。
カウンターでは、バーテンダーや客に話を聞かれてしまう恐れがあるので、庭園側のテーブル席についた。倉科はいつもの通りマティーニを注文する。
「変わらないわね」
「そんなことないさ、老けただろう?」
倉科の自嘲気味な問いかけに、綾乃は微笑みながら、
「そうじゃなくって、マティーニのことよ」
「相変わらず、他のカクテルは覚えられなくってね」
綾乃も同じくマティーニを頼んだ。注文の品が運ばれてくるまで沈黙が続く。
「いろいろと突っ込んだことを聞かせて欲しいのだけれど……」
倉科はカクテル・グラスを持ち上げ、綾乃の目を覗き込みながら始めた。
「どんなことかしら?」
綾乃はグラスに口をつけながら、警戒心を露わにして問い返す。
「君の身の回りで三人も死んでいるんだよ。何か心当たりはないの? 随分前のことだけど、あなた、言っていたよね、正恵と江利子と私の三人は切っても切れない仲なの、お互いに秘密はないのって。その関係が続いていたのなら、君が何も知らないってはずはないでしょう?」
倉科の問いかけに綾乃は表情を硬くしながら、グラスを傾けてマティーニの濃い液体を一口ゴクッと飲んだ。話すのを迷っているように見える。
「正恵と江利子とは以前と同じ関係だったわ。里香さんとは昨日電話で話した通り、特別な関係はなかったわ」
「二人が亡くなるまでに何か気付いたことはない? どんなことでもいいんだ。おかしいな?とか変だな?とか感じたことはなかった?」
どんな些細なことでも聞いておかねばならない。事件の発端というのは他愛もないことから始まるらしいことを倉科は先輩探偵の諸氏から耳にたこができるほど聞かされている。
「特に変わったことは……。無かったと思うわ…」
綾乃が遠くを見るような眼差しで答えた。
「どんな細かいことでもいいんだけど……。例えば交友関係で変化があったとか、つまり、恋人ができたとか、別れたとか、仕事関係で言えば夢想花の専務星野遼介氏との関係はどうだったか……、そんなことなんだけどね」
綾乃がタバコ・ケースから一本取り出して、火を点けようとしている。銘柄は未だに変っていない。メンソール入りの細いロング・サイズ。綾乃の細い指にとてもよく似合っている。
「そう言えば、江利子が半年ほど前から新しい人と付き合い始めたって話してたかしら……。二歳年下だったかな。その彼氏、あまりお金が無いみたいで、デートの費用はいつも江利子が払っているって、ぼやいていたのを覚えているけど……。こんなの役に立つの?」
倉科は手帳を開いて、綾乃の話を記録している。
「交際していた男性の氏名、住所、職業とか、電話番号、メールアドレスなんて分かるかな?」
「さあ……? 妹の玲子ちゃんに聞けば分かると思うけど、必要?」
「可能ならば、そうしてもらいたいのだけど……」
かなり押しつけがましいが、何の手掛かりもない、藁をも掴むような現状では仕方が無い。綾乃はエーッと、顔をしかめて、面倒くさいなぁ、という表情を見せた。
倉科は綾乃の対応に怯むことなく、質問を続けた。
「鈴木正恵さんについて、何か思い当たることはあった?」
「倉さんも知っているじゃあないの。同じ親友でも正恵とは少し距離があったってこと。だから彼女の私生活については、江利子を通してしか知らないわ」
思い当たる節があった。三人は親友関係にあると言っても、濃淡があったようだ。綾乃と榊江利子の親密さは、二人の予定を優先させて、倉科とのデートを何度もキャンセルさせるほどだった。
しかし、綾乃の口からは、あまり鈴木正恵に関することを聞いたことが無かった。思うに、三人の親友関係は、綾乃と榊江利子、鈴木正恵と榊江利子というラインで結ばれていたのだろう。
鈴木正恵と榊江利子の間には綾乃は入れず、榊江利子と綾乃の間に鈴木正恵は入れない、との関係が成立していたと言えるだろう。親友関係とは言っても、綾乃は鈴木正恵に対して榊江利子を巡る嫉妬というか敵愾心のようなものがあったのだろう。
「そうは言っても、鈴木正恵さんとも仲が良かったのだから、何も知らないってことはないでしょう?」
倉科が意地悪く問い詰めると、イラッとした表情で綾乃が回答した。
「以前からマイペースな女だったから……。全然変化なんかないんじゃないの? 昔からの恋人と結婚に向かって進行しているって話をしていたから」
倉科は、鈴木正恵の父親が依頼者なので、彼女についてもう少し突っ込んで聞きたかったが、これ以上の進展が無いと諦めて、質問の方向を変えた。
「事務所との関係で何か聞いてない? 榊さんと鈴木さんが事務所とトラブッていたとか?」
綾乃は三本目のタバコに火を点け、ゆっくりと吸い込んだ。グラスは七分目ほど空けられている。
「二人とも辞めてから一年以上時間が経っているのよ、今更トラブルなんて考えられないわ」
倉科は少し探りを入れてみた。まだ第六勘の段階、つまり勘だけなのだが、榊江利子、鈴木正恵と星野遼介の関係が気になって仕方がない。
「表向きではなくって、裏と言うと大袈裟だけど、君を含めた四重奏のメンバーと専務の星野遼介氏とは何か特別な関係があったと思うのだけど……。演奏以外の関わりはないって言っていたけど、本当のことを教えてくれないかなぁ……」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる