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四重奏連続殺人事件
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福岡市での調査
羽田を離陸してから一時間余りが経過した。着陸態勢に入るとのアナウンスがあり、眼下には玄界灘に繋がる博多湾が現れる。機体が大きく左にバンクし、右側の翼が一瞬、窓からの眺望を奪う。志賀島上空に差し掛かり、あと十分程度で着陸する。倉科の恐怖と緊張は最高潮になった。この時間帯が一番危ない。俗に『魔の時間帯』と呼ばれている離陸後と着陸前の十分である。
福岡空港は日本で一番便利な空港ではないだろうか。中心部まで地下鉄で十数分も要しない。特に博多駅までは、たった二駅しかない。
倉科は無事に着陸できたことを感謝しながら、地下鉄駅に続く、やや距離のある地下道を歩き、改札を通過した。
Nホテルは博多駅から徒歩で五分のしない場所にある。駅の周辺はオフィスビルが多いせいなのか閑散とした感じがする。繁華街として有名な天神地区までは歩くと半時間程かかる。
倉科は調査の仕事で全国の著名都市を殆ど訪れている。その経験からすると、JRの駅と繁華街の地理的関係は二種類あり、中小都市の大半は駅前に商業、飲食街が存在し、その一方で、昔から開けている大都市の殆どは、中心部と駅の間に徒歩にして、三十分から小一時間の距離がある。ざっと思い出すだけでも、札幌、仙台、金沢、京都、広島、福岡。大阪もこの部類に入るだろう。キタのオフィス街より、ミナミの難波、心斎橋の活気を思い浮かべれば判るだろう。
倉科は地下鉄博多駅の地下商店街を経由して階段を上り外へ出た。猛烈な熱気が襲ってくる。午後五時近くでも日差しが強い。スーツを汗まみれにしながらNホテルに向かった。ロビーに入ると、心地よい冷気が倉科を包んだ。元来、冷房好きではないが、この暑さには有り難い。
ここも、有名ホテルの例にもれず結婚式場として人気があるようだ。礼服礼装の男女がそこかしこにグループを作って談笑している。
倉科が普段から実行している人間観察により、待ち合わせた二人の男女はすぐに判った。
初対面の場合は、知人との待ち合わせより、周囲を見渡す動作も大きくなり、頻度も増える。
「榊さんですね? 倉科です。お待ちになりました?」
倉科は真っ直ぐ二人に近寄り、女性の方に声をかけ、男性には会釈した。二人ともきちんとスーツを着用している。男性は濃紺、女性はベージュだ。二人とも緊張した面持ちで倉科と対峙している。
二人を促して、ロビー内にあるティー・ラウンジへと入った。榊玲子は、ぽっちゃりとした顔立ちで、まるで博多人形を思わせる。太っているとの形容には当たらないが、ややふっくらした体型をしている。倉科の記憶にある姉の江利子は、瘦せ型で顔の彫りも深かった。まったく正反対の容貌をした姉妹だ。男性の方は二十代後半だろうか、背広姿が何となくぎこちない。板に付いてないとでも言おうか、普段スーツを着ない職業に就いているのだろう。
店内は金曜日の夕方とあって、待ち合わせや、結婚式流れの男女で混雑している。
倉科は席に着いて、倉科事務所 代表倉科源一郎と記された名刺を二人に差し出した。
男は名刺を受け取りながら、「杉谷です」と名乗った。
「探偵さんじゃないのですか? 綾乃さんが、そう言っていましたけど……」
玲子が名刺を手にして怪訝そうに尋ねた。
「そうですよ。でも、探偵と威張れるほどの仕事をしていませんので、名刺には書けないんですよ」
倉科は照れ笑いをしながら弁明した。玲子がニコッと笑顔を見せた。口角が理想的な角度で上がり、目元がほころぶ。
(第一印象は合格点を取れたかな……)
探偵は刑事と違って、聞き込み相手から嫌われたらアウトなのだ。何も好き好んで、嫌いな相手に情報も与える人はいないからである。多くの人間は、第一印象で相手の好き嫌いを決める。最初が良ければ、大体、事は成就する。それゆえ倉科は、聞き込みの際。神経質なほど第一印象にこだわる。
「改めて紹介します。こちらはお姉さんの恋人だった、杉谷陽一さんです。綾乃さんから是非とも一緒に会って欲しいと頼まれたので……」
倉科は綾乃の働きに感謝した。
男は杉谷陽一と名乗り、職業は保育士、幼稚園で働いていると話した。どこか淋しげな感じを与えるのは、恋人に先立たれた失意によるものと考えるのは穿ち過ぎだろうか。杉谷は倉科の目をじっと見ながら、
「江利子さんが自殺するなんて、今でも信じられないのですが……」
「警察が自殺と断定したのですから、余程の反証が揃わなければ覆すことは困難でしょうね」
杉谷が上目遣いで質問を発した。
「倉科さんは疑いを持っているのですか?」
倉科は、二人に喫煙の許可を貰いながら、淡々とした様相で、
「よく判らないので、いろんな方にお話を伺っている最中です。お二人とも是非、御協力ください」
倉科は、まず、玲子への質問から始めた。
「お姉さんが亡くなる前後、何か変わったことがありましたか? どんな些細なことでもいいのですが。少しでも、普段と違うこと、例えば、家族に接する態度とか、生活パターンだとか……」
玲子は、また同じこと聞かれるのか、との表情で、
「何度も警察から聴かれました。でも、思い当たることなんて、何もなかったです。私たち家族が気の付くようなことは……」
自殺には通常、何らかの前兆が見られると言われている。後で思い起こすと、ああ、あれが前兆だったのか、シグナルを発していたのか、と思い当たる節があるらしい。
同じようなことを杉谷にも尋ねたが、玲子と同じく何の心当たりも無いとのことだった。
羽田を離陸してから一時間余りが経過した。着陸態勢に入るとのアナウンスがあり、眼下には玄界灘に繋がる博多湾が現れる。機体が大きく左にバンクし、右側の翼が一瞬、窓からの眺望を奪う。志賀島上空に差し掛かり、あと十分程度で着陸する。倉科の恐怖と緊張は最高潮になった。この時間帯が一番危ない。俗に『魔の時間帯』と呼ばれている離陸後と着陸前の十分である。
福岡空港は日本で一番便利な空港ではないだろうか。中心部まで地下鉄で十数分も要しない。特に博多駅までは、たった二駅しかない。
倉科は無事に着陸できたことを感謝しながら、地下鉄駅に続く、やや距離のある地下道を歩き、改札を通過した。
Nホテルは博多駅から徒歩で五分のしない場所にある。駅の周辺はオフィスビルが多いせいなのか閑散とした感じがする。繁華街として有名な天神地区までは歩くと半時間程かかる。
倉科は調査の仕事で全国の著名都市を殆ど訪れている。その経験からすると、JRの駅と繁華街の地理的関係は二種類あり、中小都市の大半は駅前に商業、飲食街が存在し、その一方で、昔から開けている大都市の殆どは、中心部と駅の間に徒歩にして、三十分から小一時間の距離がある。ざっと思い出すだけでも、札幌、仙台、金沢、京都、広島、福岡。大阪もこの部類に入るだろう。キタのオフィス街より、ミナミの難波、心斎橋の活気を思い浮かべれば判るだろう。
倉科は地下鉄博多駅の地下商店街を経由して階段を上り外へ出た。猛烈な熱気が襲ってくる。午後五時近くでも日差しが強い。スーツを汗まみれにしながらNホテルに向かった。ロビーに入ると、心地よい冷気が倉科を包んだ。元来、冷房好きではないが、この暑さには有り難い。
ここも、有名ホテルの例にもれず結婚式場として人気があるようだ。礼服礼装の男女がそこかしこにグループを作って談笑している。
倉科が普段から実行している人間観察により、待ち合わせた二人の男女はすぐに判った。
初対面の場合は、知人との待ち合わせより、周囲を見渡す動作も大きくなり、頻度も増える。
「榊さんですね? 倉科です。お待ちになりました?」
倉科は真っ直ぐ二人に近寄り、女性の方に声をかけ、男性には会釈した。二人ともきちんとスーツを着用している。男性は濃紺、女性はベージュだ。二人とも緊張した面持ちで倉科と対峙している。
二人を促して、ロビー内にあるティー・ラウンジへと入った。榊玲子は、ぽっちゃりとした顔立ちで、まるで博多人形を思わせる。太っているとの形容には当たらないが、ややふっくらした体型をしている。倉科の記憶にある姉の江利子は、瘦せ型で顔の彫りも深かった。まったく正反対の容貌をした姉妹だ。男性の方は二十代後半だろうか、背広姿が何となくぎこちない。板に付いてないとでも言おうか、普段スーツを着ない職業に就いているのだろう。
店内は金曜日の夕方とあって、待ち合わせや、結婚式流れの男女で混雑している。
倉科は席に着いて、倉科事務所 代表倉科源一郎と記された名刺を二人に差し出した。
男は名刺を受け取りながら、「杉谷です」と名乗った。
「探偵さんじゃないのですか? 綾乃さんが、そう言っていましたけど……」
玲子が名刺を手にして怪訝そうに尋ねた。
「そうですよ。でも、探偵と威張れるほどの仕事をしていませんので、名刺には書けないんですよ」
倉科は照れ笑いをしながら弁明した。玲子がニコッと笑顔を見せた。口角が理想的な角度で上がり、目元がほころぶ。
(第一印象は合格点を取れたかな……)
探偵は刑事と違って、聞き込み相手から嫌われたらアウトなのだ。何も好き好んで、嫌いな相手に情報も与える人はいないからである。多くの人間は、第一印象で相手の好き嫌いを決める。最初が良ければ、大体、事は成就する。それゆえ倉科は、聞き込みの際。神経質なほど第一印象にこだわる。
「改めて紹介します。こちらはお姉さんの恋人だった、杉谷陽一さんです。綾乃さんから是非とも一緒に会って欲しいと頼まれたので……」
倉科は綾乃の働きに感謝した。
男は杉谷陽一と名乗り、職業は保育士、幼稚園で働いていると話した。どこか淋しげな感じを与えるのは、恋人に先立たれた失意によるものと考えるのは穿ち過ぎだろうか。杉谷は倉科の目をじっと見ながら、
「江利子さんが自殺するなんて、今でも信じられないのですが……」
「警察が自殺と断定したのですから、余程の反証が揃わなければ覆すことは困難でしょうね」
杉谷が上目遣いで質問を発した。
「倉科さんは疑いを持っているのですか?」
倉科は、二人に喫煙の許可を貰いながら、淡々とした様相で、
「よく判らないので、いろんな方にお話を伺っている最中です。お二人とも是非、御協力ください」
倉科は、まず、玲子への質問から始めた。
「お姉さんが亡くなる前後、何か変わったことがありましたか? どんな些細なことでもいいのですが。少しでも、普段と違うこと、例えば、家族に接する態度とか、生活パターンだとか……」
玲子は、また同じこと聞かれるのか、との表情で、
「何度も警察から聴かれました。でも、思い当たることなんて、何もなかったです。私たち家族が気の付くようなことは……」
自殺には通常、何らかの前兆が見られると言われている。後で思い起こすと、ああ、あれが前兆だったのか、シグナルを発していたのか、と思い当たる節があるらしい。
同じようなことを杉谷にも尋ねたが、玲子と同じく何の心当たりも無いとのことだった。
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