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3章 穏やかな日々は海とともに
滞在中の出来事(中編)
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「もう、ソウさん! これは契約違反ではありませんか?」
頬を膨らませて、ソウさん――薬屋の店主を恨めしげに見ます。
ここ数日、わたしはソウさんの依頼を受け、店の工房で回復薬や魔法研究で使われる薬の調合をお手伝いしていました。今日はその最終日だったのですが、わたしは調合ではなく、朝から店頭に立たされて、売り子をしているのです。
「いやな、リルちゃんから直接買いたいって苦情が来てるんだよ。こんなおじさんより、可愛い女の子が売り子をするべきだってさ……。少しでいいからさ、頼むよ」
そう言われましても、わたしは調合をするために依頼を受けたのです。……まぁ、実際にお客さんから、よく使う薬や、こういう薬が欲しいなどという情報を得られるのは案外楽しいのですが……。確かに、役に立つ情報なのですが……。調合、したいです……!
この数日の付き合いで、ソウさんに悪気がないことはわかっていますし、それ以前に憎めない性格でもあるのですが……いえ、だからこそ、わたしは不満気な顔をしてみせます。
「ほ、ほら! お昼にさ、ファルと海辺に海藻を採りに行くんだけど、リルちゃんも連れて行ってあげるからさ! ……ね?」
う、それはとても魅力的な提案です。わたしは簡単に頷いてしまいました。
実は、この前フレッド君と行ったのが、わたしにとって初めての海だったのです。あの時はそれどころではありませんでしたが、海の動植物をちゃんと見てみたいとは思っていました。……素材に詳しいソウさんとファルさんの案内なら、尚更断れません。
「ごめんね、リル? 売り子、僕も手伝うよ。……ソウさん、若いのが立ってる分には構いませんよね?」
「あぁファル、助かるよ」
「ありがとうございます、ファルさん。ですが、工房の方は大丈夫なのですか?」
ファルさんはこの店の薬剤師見習いです。とても優秀で、成人を迎える来年にはここを出て独立するらしく、わたしも色々なことを教えてもらいました。
「うん、もうあらかた終わっているからね。というか、せっかくリルに来てもらっているんだよ? 一緒に働きたいと思うのが普通でしょ」
そう言って片目を瞑ってみせるファルさん。確かに優秀ではありますが、「あれは女たらしだから気をつけてね?」とソウさんに言われた通りの性格です。まぁわたしはまだ十二歳ですから、気にする必要はないと思いますけれども。
「それにしたって酷いよね。魔法と調合の才能があって、本人も調合が好きなのに、売り子をやらせるなんてさ。ねぇ、僕はそんなことさせないのだけど、本当にうちに来るつもりはない?」
そして、隙あらば勧誘してきます。勿論そんなつもりはありませんのでお断りすると、「それは残念」とあまり残念そうではない口調で肩を竦めるのです。……このやり取り、何回目でしょうか?
それでもお客さんが来たときにはしっかり手伝ってくれるので――立場的にはわたしがお手伝いなのですが――、何も言えません。
「あれ? あそこにいるの、リルの連れじゃない?」
ファルさんの視線の先を追ってみると、通りの向こう側に、確かにフレッド君がいました。彼の依頼人である商家のお嬢様の護衛で、買い付けに付き添っているのでしょう。服飾品を扱うお店のようで、フレッド君と同い年くらいのお嬢様と並んで服を選んでは、笑い合っています。
「へぇ。結構楽しそうだね」
……それは、わたしも思いました。彼の表情は優しげで、そして楽しそうで。何だか珍しいものを見た気分です。
フレッド君はわたしの前でもよく笑いますが、それは大半が意地悪い顔で、そうでなければ何故か悲しげに見える笑顔なのです。そもそも一緒に服を買いに行ったこともありませんし、やはり、わたしのような魔法好きではなく、普通の女の子とお話している方が楽しいのかもしれません。
「あ、あんまり見ていると、気づかれてしまうかもしれません。フレッド君は、本当に鋭いのです」
気まずいというのもありますが、気づかれるかもしれないというのもありました。いくら楽しそうだとは言っても、フレッド君は真面目に仕事をする人です。護衛中で気を張っているでしょうから、変に警戒させたくはありません。わたし達は、視線を店内に戻しました。
「それにしても、二人ともまだ見習いですらない年齢で依頼をこなしていて、凄いよね。この前リルが土木工事の作業場にいた時は驚いたよ」
「ふふ、見られていましたか?」
薬屋の前は、役場の道路整備の依頼を受けていました。勿論肉体労働ではなく、魔法使いとしての依頼です。土魔法で道そのものを整備したり、風魔法で重い道具を運んだりと、自分でも結構な活躍ができたと思います。
「風の強い日があっただろう? あの時はヒヤヒヤしながら見ていたんだよ。……大丈夫? 怪我とかしてない?」
そう言って、ファルさんはわたしの手を取ります。ここ数日、調合中の手を何度も見られていますから、怪我が無いことは知っているはずなのですけれど。
「……うん、大丈夫みたいだね」
するっと撫でられる感触が恥ずかしくて、少し俯きました。それに気付いたのか、彼はふっと笑って手を離します。
四の鐘が鳴る少し前。わたしとソウさん、そしてファルさんの三人は海辺に来ていました。
まずはお昼にするらしく、波打ち際から少し離れたところに生えていた木の根元に座ります。ファルさんが持っていたバスケットから包みを取り出すと、良い匂いがしてきました。街中で食べてくれば良かったのに、と思いましたが、海辺で食べるご飯は美味しいのだと、お弁当を作ってくれたようです。
「これ、ファルさんが作ったのですか?」
お弁当の中身は、豪華にもお肉料理とお魚料理の二種類。食べやすいように、それぞれパンに挟まれていました。野菜も添えられていて、見た目にも華やかです。凄いです。
「そうだよ。ファルの料理は美味しいからね、店ではよく夕飯を作って貰うくらいなんだ」
「リルの口に合うと良いんだけど」
「いただきます」
まずはお肉の方を食べてみます。一口噛むと肉汁が出てきました。掛かっている果実のソースもよく合っていて、とても深い味わいです。
お魚の方はお刺身でしたが、何かの海藻で締めてあるのか、身が引き締まっています。こちらは野菜にソースが絡んでいて、さっぱりとしていました。このような食べ方は、海の街ならではですね。
どちらも美味しくて、つい夢中になって食べてしまいました。正直、お店で出されてもおかしくないくらいです。調合とは違い、わたしには到底真似できません。
「……ふぅ。ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
わたしの表情に、ファルさんは満足げに頷きます。そして、何故かソウさんも自慢げでした。
「リルも料理は得意なんじゃないの? 調合ができる人は料理も得意だって、よく言うでしょ?」
「えーと、そうですね……苦手では、ありませんけれど。あまり魔法と関係が無いので……」
「あはは、あくまでも魔法が好きってことか」
「その通りです! なので、普段はフレッド君にお任せしています。簡単なものが多いですが、彼の料理も美味しいのですよ。旅人にとって、早くて美味しいのが一番ありがたいことです」
「なるほどねぇ。……壁は思ったより高いかな」
「え?」
「ファル……」
「いや、何でもないよ。……ソウさん、少し休憩したら、採集を始めましょうか」
「あぁ、そうだね」
ソウさんが薬草茶を淹れてくれました。わたしはそのお茶を飲みながら、海を眺めます。
ニースケルトの街全体がそうですが、この辺りの“気”は大きくて穏やかで、ずっと包まれていたいような安心感がありました。人一倍“気”に敏感で、常にその動きを意識しているわたしにとっては、色々な“気”が流れる場所よりもこういう場所の方が落ち着くのです。
わたしは左手を胸に当てて、ほぅと息を吐きました。
「海は、何だか落ち着きますね」
「そうだね。リルはニースケルトが初めてなんだっけ」
「はい」
「それなら、夏の海をお勧めするよ。依頼で夏までは街にいるんでしょ? 何なら、僕が良い景色の場所を案内してあげるけど」
「夏の海……良いですね。街を出る前に、来てみようと思います」
夏と言えば、今年の夏でフレッド君は十五歳になります。正式に見習い仕事を始められる準成人になるのですから、何か贈り物をしたいところです。
「……」
いえ。そもそもフレッド君は、このまま旅を続けていて良いのでしょうか? わたしが誘った旅なのですから、彼が無理して続ける必要はないのです。たとえば、この街で護衛見習いとして過ごすというのも、一つの選択です。
――そう思った時、喉の奥がぐっと痛くなりました。
「リル、どうかした?」
「あ、いえ……。え、と……ファルさんは、どうして薬剤師見習いになったのですか?」
「いきなりだね」
ファルさんは呆れたように笑いましたが、すぐに少しだけ真面目な顔になりました。
「特に理由はないかな。海で採集中のソウさんと知り合ってさ、何でか仲良くなって店にも出入りするようになってね。調合も結構楽しかったし、そのまま成り行きでって感じ」
「何でか仲良くなったって酷いなぁ。でもまぁ、採集を手伝ってくれる人が欲しかったし、丁度良かったんだよね。試しに調合させてみたら凄い才能だったもんだから、びっくりしたよ」
「ソウさんだって酷いですよ。あれ、て言うかリルはまだ準成人じゃないよね? ……あぁもしかして、フレッド君?」
何故か、やってしまった、という表情になるファルさん。わたしはお茶を飲み終わったコップを回収し、水魔法で洗浄しました。綺麗になったそれをソウさんに返します。
「ま、そういうのは本人に聞いたら良いよ」
「そうですね。その……お祝いの贈り物ことも、本人に聞いてしまっても大丈夫なのでしょうか? 欲しい物はないか、とか……」
今まで贈り物をしたことが無いので、こういうことには疎いという自覚があります。その点、ソウさん曰く「女たらし」のファルさんであれば、何か参考になることを教えてくれるかもしれません。
「贈り物か。……それなら、無難にナイフとかが良いんじゃないかな? これからどうなるにしても、使えるだろうし」
「ナイフ! それは良いですね。さすがです、ファルさん!」
参考になるどころか、ぴったりな物を教えてもらいました。
フレッド君は剣の他にもいくつか刃物を持ち歩いていますが、ナイフは持っていなかったはずです。ベルトや靴に仕込めるようにしても良いですし、せっかくですから贈り物に相応しい機能も付けたいですね。
あれこれと思い付いた魔法陣を忘れないように、杖を出して一度描いてみます。
「ふふ……」
「……良い提案ができたようで、何よりだよ」
「はい、ありがとうございます」
それから、わたし達は休憩を終えて採集を始めました。
実際に生えているところを見ながら、その生態や特徴、何に使えるのかなどを教えてもらうのはとても勉強になります。わたしはその場で“気”の様子も確認していきました。
「リルちゃん、その少しずつ確認しているのは何をしているのかな?」
「“気”の流れを見ていたのですが……すみません、少し遅いですね」
「いや、それは構わないよ。へぇ、“気”の流れか……何か違うのかな?」
ソウさんが興味深そうに聞いてきたので、わたしはソウさんが採集していたトゥアケという草を自分のところからも取り出して、二つを比べてみせます。
「たとえばこれですけど、どちらも高品質ですが、ソウさんが採集したトゥアケの方が水属性の純度が高いですよね。ソウさんは職人さんですから、より高品質の素材を集める感覚や嗅覚が優れているのだと思います。わたしにはそれがありませんから、“気”や魔力に頼っているのですよ」
それなりに高品質の素材を集める自信はありますが、その精度や速度では、やはり本職の方々には敵いません。初見のものは特にそうです。
「そういう調べ方もあるんだね。普段は良いとして、とっておきを使いたい時には試してみようかな」
「ふふ。ソウさんがやったら、完璧な品質ばかりが集まりそうですね」
岩場での採集は、二人に任せることにしました。フレッド君のいないところで危ない真似はできませんし、迷惑を掛けてしまいます。わたしは砂浜で待機して、その様子を見るだけに留めました。
お店に戻って来た時には、日が暮れかかっていました。工房で素材の分類だけ終えて、今日の作業――いえ、ここでの依頼は終了です。……正直、あまり役に立てたとは思えませんでした。
ですがそれを伝えると、「とんでもない!」とソウさんは首を振ります。
「リルちゃんのおかげで回復薬の在庫が物凄く増えたんだよ。これからの時期は需要も増えるし、本当に助かった」
「それに、今朝の売上はかなり良かったしねぇ」
ファルさんもにこにこと頷いています。わたしは素直にお礼を受け取ることにしました。工房やお店の他の人にも挨拶を済ませます。
「リル、街を出る時は教えてね。見送りに行くから」
その言葉に「わかりました」と返事をして、ソウさんのお店を後にしたのでした。
頬を膨らませて、ソウさん――薬屋の店主を恨めしげに見ます。
ここ数日、わたしはソウさんの依頼を受け、店の工房で回復薬や魔法研究で使われる薬の調合をお手伝いしていました。今日はその最終日だったのですが、わたしは調合ではなく、朝から店頭に立たされて、売り子をしているのです。
「いやな、リルちゃんから直接買いたいって苦情が来てるんだよ。こんなおじさんより、可愛い女の子が売り子をするべきだってさ……。少しでいいからさ、頼むよ」
そう言われましても、わたしは調合をするために依頼を受けたのです。……まぁ、実際にお客さんから、よく使う薬や、こういう薬が欲しいなどという情報を得られるのは案外楽しいのですが……。確かに、役に立つ情報なのですが……。調合、したいです……!
この数日の付き合いで、ソウさんに悪気がないことはわかっていますし、それ以前に憎めない性格でもあるのですが……いえ、だからこそ、わたしは不満気な顔をしてみせます。
「ほ、ほら! お昼にさ、ファルと海辺に海藻を採りに行くんだけど、リルちゃんも連れて行ってあげるからさ! ……ね?」
う、それはとても魅力的な提案です。わたしは簡単に頷いてしまいました。
実は、この前フレッド君と行ったのが、わたしにとって初めての海だったのです。あの時はそれどころではありませんでしたが、海の動植物をちゃんと見てみたいとは思っていました。……素材に詳しいソウさんとファルさんの案内なら、尚更断れません。
「ごめんね、リル? 売り子、僕も手伝うよ。……ソウさん、若いのが立ってる分には構いませんよね?」
「あぁファル、助かるよ」
「ありがとうございます、ファルさん。ですが、工房の方は大丈夫なのですか?」
ファルさんはこの店の薬剤師見習いです。とても優秀で、成人を迎える来年にはここを出て独立するらしく、わたしも色々なことを教えてもらいました。
「うん、もうあらかた終わっているからね。というか、せっかくリルに来てもらっているんだよ? 一緒に働きたいと思うのが普通でしょ」
そう言って片目を瞑ってみせるファルさん。確かに優秀ではありますが、「あれは女たらしだから気をつけてね?」とソウさんに言われた通りの性格です。まぁわたしはまだ十二歳ですから、気にする必要はないと思いますけれども。
「それにしたって酷いよね。魔法と調合の才能があって、本人も調合が好きなのに、売り子をやらせるなんてさ。ねぇ、僕はそんなことさせないのだけど、本当にうちに来るつもりはない?」
そして、隙あらば勧誘してきます。勿論そんなつもりはありませんのでお断りすると、「それは残念」とあまり残念そうではない口調で肩を竦めるのです。……このやり取り、何回目でしょうか?
それでもお客さんが来たときにはしっかり手伝ってくれるので――立場的にはわたしがお手伝いなのですが――、何も言えません。
「あれ? あそこにいるの、リルの連れじゃない?」
ファルさんの視線の先を追ってみると、通りの向こう側に、確かにフレッド君がいました。彼の依頼人である商家のお嬢様の護衛で、買い付けに付き添っているのでしょう。服飾品を扱うお店のようで、フレッド君と同い年くらいのお嬢様と並んで服を選んでは、笑い合っています。
「へぇ。結構楽しそうだね」
……それは、わたしも思いました。彼の表情は優しげで、そして楽しそうで。何だか珍しいものを見た気分です。
フレッド君はわたしの前でもよく笑いますが、それは大半が意地悪い顔で、そうでなければ何故か悲しげに見える笑顔なのです。そもそも一緒に服を買いに行ったこともありませんし、やはり、わたしのような魔法好きではなく、普通の女の子とお話している方が楽しいのかもしれません。
「あ、あんまり見ていると、気づかれてしまうかもしれません。フレッド君は、本当に鋭いのです」
気まずいというのもありますが、気づかれるかもしれないというのもありました。いくら楽しそうだとは言っても、フレッド君は真面目に仕事をする人です。護衛中で気を張っているでしょうから、変に警戒させたくはありません。わたし達は、視線を店内に戻しました。
「それにしても、二人ともまだ見習いですらない年齢で依頼をこなしていて、凄いよね。この前リルが土木工事の作業場にいた時は驚いたよ」
「ふふ、見られていましたか?」
薬屋の前は、役場の道路整備の依頼を受けていました。勿論肉体労働ではなく、魔法使いとしての依頼です。土魔法で道そのものを整備したり、風魔法で重い道具を運んだりと、自分でも結構な活躍ができたと思います。
「風の強い日があっただろう? あの時はヒヤヒヤしながら見ていたんだよ。……大丈夫? 怪我とかしてない?」
そう言って、ファルさんはわたしの手を取ります。ここ数日、調合中の手を何度も見られていますから、怪我が無いことは知っているはずなのですけれど。
「……うん、大丈夫みたいだね」
するっと撫でられる感触が恥ずかしくて、少し俯きました。それに気付いたのか、彼はふっと笑って手を離します。
四の鐘が鳴る少し前。わたしとソウさん、そしてファルさんの三人は海辺に来ていました。
まずはお昼にするらしく、波打ち際から少し離れたところに生えていた木の根元に座ります。ファルさんが持っていたバスケットから包みを取り出すと、良い匂いがしてきました。街中で食べてくれば良かったのに、と思いましたが、海辺で食べるご飯は美味しいのだと、お弁当を作ってくれたようです。
「これ、ファルさんが作ったのですか?」
お弁当の中身は、豪華にもお肉料理とお魚料理の二種類。食べやすいように、それぞれパンに挟まれていました。野菜も添えられていて、見た目にも華やかです。凄いです。
「そうだよ。ファルの料理は美味しいからね、店ではよく夕飯を作って貰うくらいなんだ」
「リルの口に合うと良いんだけど」
「いただきます」
まずはお肉の方を食べてみます。一口噛むと肉汁が出てきました。掛かっている果実のソースもよく合っていて、とても深い味わいです。
お魚の方はお刺身でしたが、何かの海藻で締めてあるのか、身が引き締まっています。こちらは野菜にソースが絡んでいて、さっぱりとしていました。このような食べ方は、海の街ならではですね。
どちらも美味しくて、つい夢中になって食べてしまいました。正直、お店で出されてもおかしくないくらいです。調合とは違い、わたしには到底真似できません。
「……ふぅ。ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
わたしの表情に、ファルさんは満足げに頷きます。そして、何故かソウさんも自慢げでした。
「リルも料理は得意なんじゃないの? 調合ができる人は料理も得意だって、よく言うでしょ?」
「えーと、そうですね……苦手では、ありませんけれど。あまり魔法と関係が無いので……」
「あはは、あくまでも魔法が好きってことか」
「その通りです! なので、普段はフレッド君にお任せしています。簡単なものが多いですが、彼の料理も美味しいのですよ。旅人にとって、早くて美味しいのが一番ありがたいことです」
「なるほどねぇ。……壁は思ったより高いかな」
「え?」
「ファル……」
「いや、何でもないよ。……ソウさん、少し休憩したら、採集を始めましょうか」
「あぁ、そうだね」
ソウさんが薬草茶を淹れてくれました。わたしはそのお茶を飲みながら、海を眺めます。
ニースケルトの街全体がそうですが、この辺りの“気”は大きくて穏やかで、ずっと包まれていたいような安心感がありました。人一倍“気”に敏感で、常にその動きを意識しているわたしにとっては、色々な“気”が流れる場所よりもこういう場所の方が落ち着くのです。
わたしは左手を胸に当てて、ほぅと息を吐きました。
「海は、何だか落ち着きますね」
「そうだね。リルはニースケルトが初めてなんだっけ」
「はい」
「それなら、夏の海をお勧めするよ。依頼で夏までは街にいるんでしょ? 何なら、僕が良い景色の場所を案内してあげるけど」
「夏の海……良いですね。街を出る前に、来てみようと思います」
夏と言えば、今年の夏でフレッド君は十五歳になります。正式に見習い仕事を始められる準成人になるのですから、何か贈り物をしたいところです。
「……」
いえ。そもそもフレッド君は、このまま旅を続けていて良いのでしょうか? わたしが誘った旅なのですから、彼が無理して続ける必要はないのです。たとえば、この街で護衛見習いとして過ごすというのも、一つの選択です。
――そう思った時、喉の奥がぐっと痛くなりました。
「リル、どうかした?」
「あ、いえ……。え、と……ファルさんは、どうして薬剤師見習いになったのですか?」
「いきなりだね」
ファルさんは呆れたように笑いましたが、すぐに少しだけ真面目な顔になりました。
「特に理由はないかな。海で採集中のソウさんと知り合ってさ、何でか仲良くなって店にも出入りするようになってね。調合も結構楽しかったし、そのまま成り行きでって感じ」
「何でか仲良くなったって酷いなぁ。でもまぁ、採集を手伝ってくれる人が欲しかったし、丁度良かったんだよね。試しに調合させてみたら凄い才能だったもんだから、びっくりしたよ」
「ソウさんだって酷いですよ。あれ、て言うかリルはまだ準成人じゃないよね? ……あぁもしかして、フレッド君?」
何故か、やってしまった、という表情になるファルさん。わたしはお茶を飲み終わったコップを回収し、水魔法で洗浄しました。綺麗になったそれをソウさんに返します。
「ま、そういうのは本人に聞いたら良いよ」
「そうですね。その……お祝いの贈り物ことも、本人に聞いてしまっても大丈夫なのでしょうか? 欲しい物はないか、とか……」
今まで贈り物をしたことが無いので、こういうことには疎いという自覚があります。その点、ソウさん曰く「女たらし」のファルさんであれば、何か参考になることを教えてくれるかもしれません。
「贈り物か。……それなら、無難にナイフとかが良いんじゃないかな? これからどうなるにしても、使えるだろうし」
「ナイフ! それは良いですね。さすがです、ファルさん!」
参考になるどころか、ぴったりな物を教えてもらいました。
フレッド君は剣の他にもいくつか刃物を持ち歩いていますが、ナイフは持っていなかったはずです。ベルトや靴に仕込めるようにしても良いですし、せっかくですから贈り物に相応しい機能も付けたいですね。
あれこれと思い付いた魔法陣を忘れないように、杖を出して一度描いてみます。
「ふふ……」
「……良い提案ができたようで、何よりだよ」
「はい、ありがとうございます」
それから、わたし達は休憩を終えて採集を始めました。
実際に生えているところを見ながら、その生態や特徴、何に使えるのかなどを教えてもらうのはとても勉強になります。わたしはその場で“気”の様子も確認していきました。
「リルちゃん、その少しずつ確認しているのは何をしているのかな?」
「“気”の流れを見ていたのですが……すみません、少し遅いですね」
「いや、それは構わないよ。へぇ、“気”の流れか……何か違うのかな?」
ソウさんが興味深そうに聞いてきたので、わたしはソウさんが採集していたトゥアケという草を自分のところからも取り出して、二つを比べてみせます。
「たとえばこれですけど、どちらも高品質ですが、ソウさんが採集したトゥアケの方が水属性の純度が高いですよね。ソウさんは職人さんですから、より高品質の素材を集める感覚や嗅覚が優れているのだと思います。わたしにはそれがありませんから、“気”や魔力に頼っているのですよ」
それなりに高品質の素材を集める自信はありますが、その精度や速度では、やはり本職の方々には敵いません。初見のものは特にそうです。
「そういう調べ方もあるんだね。普段は良いとして、とっておきを使いたい時には試してみようかな」
「ふふ。ソウさんがやったら、完璧な品質ばかりが集まりそうですね」
岩場での採集は、二人に任せることにしました。フレッド君のいないところで危ない真似はできませんし、迷惑を掛けてしまいます。わたしは砂浜で待機して、その様子を見るだけに留めました。
お店に戻って来た時には、日が暮れかかっていました。工房で素材の分類だけ終えて、今日の作業――いえ、ここでの依頼は終了です。……正直、あまり役に立てたとは思えませんでした。
ですがそれを伝えると、「とんでもない!」とソウさんは首を振ります。
「リルちゃんのおかげで回復薬の在庫が物凄く増えたんだよ。これからの時期は需要も増えるし、本当に助かった」
「それに、今朝の売上はかなり良かったしねぇ」
ファルさんもにこにこと頷いています。わたしは素直にお礼を受け取ることにしました。工房やお店の他の人にも挨拶を済ませます。
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