君と旅をするために

ナナシマイ

文字の大きさ
40 / 46
8章 世界の形

閑話 マルク視点 虚像

しおりを挟む
 あぁ、うるせぇ。規則正しくも荒い息遣いを聞き続けて、どのくらい時間が経った? ちらりと目を向けると、その空間だけ切り取ったような異質さ。本当に同じ拘置所内にいるのだろうか。
 さっきから、ロイや、もとから収容されていた男らが苛立たしげな視線を向けているというのに、あいつは見向きもしない。というより、オレ達のことなど気にも留めていないようだった。耳障りな身体を動かし続ける音に痺れを切らしたのか、とうとうロイが口を開いた。

「フレッド、と言ったか。……お前、少しは大人しくできないのか」

 ロイにしてはかなり優しい口調だ。……まぁ、オレにはそんな口調であっても、あいつに話し掛ける勇気など出なかっただろうが。少し前、衛兵とのやり取りを思い出しただけで背筋がヒヤリとする。今朝会ったときは、またヌルい奴らが来たなと思ったものだが、それはとんだ勘違いだったのだ。



「俺とリルは無関係だ。出してくれ」

 弁明する時間を与えられたとき、あいつは最初にそう言った。少しの躊躇いも、恐怖心も感じさせないその言葉に、警備兵がたじろいだのがわかる。
 オレ達のような悪ガキが「出せ!」と騒ぐのならまだしも、あのようにきっぱりと言われたことなどないのだろう。あいつらが無関係だというのは本当のことだが、それでも普通、あんなに強くは出られないものだ。この時点で、何か違和感のようなものを感じたのは確かだ。

「あぁ、あの忌み子の連れか。あれも無罪を主張していたらしい。揃いも揃って傲慢だな」

 しかし警備兵はニヤりと口の端を歪める。それは人を貶めるのが愉しくて仕方ないといった様子で、そんな魔兵団を普段のオレは嫌っていたが、このときばかりは同意していた。
 忌み子のくせに、周りの人間を気にすることもなく、のほほんとしていたあのチビ。思い出すだけで嫌悪感が走る。少しは痛い目を見れば良いと思った。

 とにかく警備兵は、あいつの様子に気づかないまま――警備兵だけではない、誰も、この時点であいつの変化に気づけていなかった――、こう続けたのだ。

「忌み子が、よくもまぁ普通に街を歩けるものだ。危険過ぎる。捕らえられても文句は言えないだろう」

 ――ビクッと身体が震える。この場にいる全員が、戦慄を覚えただろう。それほどに濃厚な殺意だった。あいつから溢れ出す“気”にジリジリと皮膚を焼かれるようで、オレは思わず両腕をさすった。
 ちらりと盗み見たあいつの瞳は恐ろしいほどに冷え切っていて、鉄格子を挟んでいるというのに、喉元を掴まれたかのように錯覚する。

「……忌み子だから、危険?」
「……っ!」

 とても同年代とは思えないような低い声に、目を瞠った。どんな信念を持てば、こんな声を出せるのだろうか。

「危険かどうかを判断するのはあんたじゃない」
「し、神殿だ。忌み子は神殿にいるべきだろう……?」

 あぁ、もう何も言わないでくれ、と警備兵を睨む。これ以上、こいつを怒らせてくれるなと。いつこちらに飛び火してもおかしくないのだ。
 しかし意外にも、あいつの怒りはすぐに引っ込んだ。……いや、怒り自体は継続していたが、息苦しくなるほどの“気”は弱まったのだ。「神殿……?」と一瞬首を傾げ、それから嫌そうに溜め息をついただけだ。

 そのことにオレ達はほっとした。この短時間で、今や誰もがあいつの一挙手一投足に注目している。この場を支配しているのが誰なのか、本能的に理解していたのだ。そしてそれは、そう外れてはいなかったのだろう。続いた言葉に、またしても顔が強張った。

「言っておくが、俺達は出ようと思えば、今すぐにここから出られる」

 つうっと鉄格子をなぞるその指には、何の迷いも見られない。本当にそうなのだろうと、少なくともオレは、納得した。脅しでも何でもなく、簡単にオレ達と敵対し、そして必要であれば殺しも厭わないような。そう思わせるだけの迫力があったのだ。



「あぁ、音が気になるなら結界を張ってくれ。俺は魔法を使えない」

 オレの心配をよそに、苦言に返ってきた言葉は穏やかなものだった。……というよりも的外れな感じで、ロイは面食らったような顔をした。「……そうか」などと答えているあたり、本当に戸惑っているに違いない。その間にも、あいつは身体を動かし続けている。

 そんなロイを見かねたのか、今度は顔面に傷のある、いかにも暴力が得意そうな男が口を開いた。

「おい坊主。てめぇ、ここがどこだか分かってんのか?」

 ドスの利いた声に、あいつは小さく溜め息をついた。それはもう、面倒臭そうに。
 ……何だこいつ? どう考えても、肝の据わり方がおかしいだろ。

「当然だろう? 誰もここが宿屋とは思わない」
「うるせぇって言ってんだよ! それくらいわか――」
「あんたらと違って」

 話を遮られた男が口をつぐむと、拘置所の中はシンと静まった。アイツが動きを止めたことに、後から気づく。

「俺はここにいる必要がない。筋違いだ。ま、何も言わずにいるのは良くなかったが……これで納得できない奴に、これ以上時間をかける気はない」

 脅しや挑発も通じない、言っていることは乱暴だが正論。オレ達にできることは何もなく、自然、黙り込むしかなかった。それを確認したのか、また身体を動かし始めるあいつ。
 オレはしばらくの間、目を瞑って、石の床が蹴られる音を聞いていた。ターン、と響いたかと思うと、トトト、と短く鳴ったり、ズッと擦れるような音が聞こえたりして、音だけではどんな動きをしているのか、見当もつかない。

 と、不規則な足音が止んだ。今度はやけに規則的な、金属音を含む重い音が聞こえてくる。すぐに、「おい……」と警戒するような声が聞こえてきて、オレは目を開いた。声の主は、今までずっと黙っていた、引き締まった筋肉を持つ男だった。

「お前……何者だ?」

 その目線の先を追うと、またあいつ。何をしているのかと思えば、自分の目の前にある鉄格子を数本、順に指で突いていた。それは単純な動作だが、とにかく速度がおかしい。動く腕がブレて見えるのだ。

「ただの旅人……見習いだ」

 しかし、薄く笑って呟かれた言葉に、思わず笑いそうになった。慌てて俯く。……何だよ、旅人見習いって。こんな時にも冗談を言ってしまえるあいつに、恐怖心を通り越して親近感が湧いてくる。

 だが、それから改めて動きを見てみると、オレはとんでもないことに気がついた。さっきの親近感云々は撤回する。

「嘘、だろ……?」

 思ったより大きな声が漏れ、あいつがちらりとこちらを見る。それでも。

「なっ……何で、突く高さが変わらねぇんだよ!?」

 さっきから、あいつは自分の肩より少し上――大人の胸がある高さを維持していた。見る限りでは、そこから上下どちらにもズレがないようだ。オレには到底できないだろう。

「音もほとんど変わらない、な」
「……突く強さも同じということか」

 ロイと、いつも夢見魔団の後ろを守っているザックの言葉に、更に驚く。言われてみれば、確かにその通りだ。それがただ軽いものではなく、鉄格子一本一本を震わせるものだと考えると、もうわけがわからなかった。事実、最初に口を開いた男は呆れている。

「……とんでもねぇ奴だということは分かった」
「あぁ、逆にここで大人しくしている理由がわからなくなる。何が目的だ?」

 大人達の困惑を受けて、オレは更に混乱した。

「目的も何も、リルのために決まっているだろう?」
「……?」
「神殿なら、少しは冤罪の不満も解消できるだろうからな」

 は……? 今度こそ本当に意味がわからなくて、思考が止まった。そして次の瞬間、この場を満たした混乱が崩壊する。

「魔法的な欲を満たしておかないと、あいつは何をしでかすかわからないんだよ。そうなったら俺の手には負えない」

 ……こいつの手にも、負えないだと? のほほんとしたあの忌み子が?

 肩を竦めながら器用に身体を動かし続けるあいつ。今度こそ全員が口を閉じる。続いた「街全体に闇魔法を使うとか、そういう無茶はさすがに困るだろ?」という言葉は、聞かなかったことにした。



 その後、母親に感謝したのは言うまでもない。自分を助けてくれたことより、あいつが暴れるところに巻き込まれなくて済んだ、そのことに。

 いつもの癖で余計なことも言ってしまったが、二人が怒ることはなかった。あっぶねぇ、と思いつつその様子を窺っていると、オレはある事実に気づいた。
 忌み子のチビは真剣な表情で母親と話しているが、あいつは基本的にチビのことしか見ていない。無表情だが、時折含まれる気遣うような視線に、舌打ちをしそうになる。

 ……そんなことかよ。

 さっさと街を出ていって欲しい、という願いが通じたのか、あいつらは次の日には荷物をまとめて出発した。もうこんな思いはごめんだ。オレはあいつがやっていたように、空中に思い浮かべた鉄格子に向かい、指を突いていった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

勇者の様子がおかしい

しばたろう
ファンタジー
勇者は、少しおかしい。 そう思ったのは、王宮で出会ったその日からだった。 神に選ばれ、魔王討伐の旅に出た勇者マルク。 線の細い優男で、実力は確かだが、人と距離を取り、馴れ合いを嫌う奇妙な男。 だが、ある夜。 仲間のひとりは、決定的な違和感に気づいてしまう。 ――勇者は、男ではなかった。 女であることを隠し、勇者として剣を振るうマルク。 そして、その秘密を知りながら「知らないふり」を選んだ仲間。 正体を隠す者と、真実を抱え込む者。 交わらぬはずの想いを抱えたまま、旅は続いていく。 これは、 「勇者であること」と 「自分であること」のあいだで揺れる物語。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

王女様は聖女様?おてんば姫の大冒険~ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しに行きます!~

しましまにゃんこ
ファンタジー
アリシア王国の第3王女ティアラ姫には誰にも言えない秘密があった。 それは自分が全属性の魔力を持ち、最強のチート能力を持っていた「建国の賢者アリシア」の生まれ変わりであること! 8才の誕生日を境に前世の記憶を取り戻したものの、500年後に転生したことを知って慌てる。なぜなら死の直前、パートナーのドラゴンに必ず生まれ変わって会いにいくと約束したから。 どこにいてもきっとわかる!と豪語したものの、肝心のドラゴンの気配を感じることができない。全属性の魔力は受け継いだものの、かつての力に比べて圧倒的に弱くなっていたのだ! 「500年……長い。いや、でも、ドラゴンだし。きっと生きてる、よね?待ってて。約束通りきっと会いにいくから!」  かつての力を取り戻しつつ、チートな魔法で大活躍!愛する家族と優しい婚約者候補、可愛い獣人たちに囲まれた穏やかで平和な日々。 しかし、かつての母国が各国に向けて宣戦布告したことにより、少しずつ世界の平和が脅かされていく。 「今度こそ、私が世界を救って見せる!」 失われたドラゴンと世界の破滅を防ぐため、ティアラ姫の冒険の旅が今、始まる!   剣と魔法が織りなすファンタジーの世界で、アリシア王国第3王女として生まれ変わったかつての賢者が巻き起こす、愛と成長と冒険の物語です。 イケメン王子たちとの甘い恋の行方もお見逃しなく。 小説家になろう、カクヨムさま他サイトでも投稿しています。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...