異世界風聞録

焼魚圭

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第一幕 リリとの出会い

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 今まで何をしていただろう、幹人は思い返していた。ただただ進む学校生活に飽き飽きして山に登った、その途中で景色は歪み、捻じれて霞んで気が付けばここにいた。ただそれだけの事。
 今いるそこは、直接目にしたこともない景色に塗りつぶされていた。畑に立ってひたすら鍬を振り下ろす人々はぼろぼろの布切れを纏い、家は古びた木でできていて、幹人にはここが今まで住んでいた街とは明らかに異なることが分かっていた。
「俺、おかしな村に来てしまいました」
 独り言が届いたのか、畑を耕していた男がその手を止めて迫るように近付いてきた。
「なんだ? 見かけない顔だな」
 男は手に握っているものを振り下ろそうと構えた。
「待って待って敵じゃないから。頼む俺を耕さないで」
「耕さねえよ、殺すんだ」
「俺が言いたいのはそういうことなんだけど」
 男が振り下ろした大きな鍬、その一撃を躱し、幹人は考える。
――この状況を切り抜ける方法、この状況を切り抜ける方法、この状況を……ファァァァァック!!
 なにひとつ見い出すこともできずに逃げ惑う。来た道を戻ろうにも後ろにも見知らぬ景色が広がっていた。これでは帰ることもできない。
「どうしろと仰るの神様!!」
 男は追いかけてくる。その後ろには農民の軍勢が大きな足音を立てながらついてきていた。あまりにも無力な幹人、あまりにも無様な逃げ姿はしかし、彼が生きるために残された数少ない手段、生きるために不要な選択を切り捨てて遺された手段だったのだから。
「あああんまりだ、これが神様のおもてなしの作法とでも仰る?」
 男の集団はなに故に追いかけまわしてくるのだろうか、理解など出来るはずもなく。
 空気は踊り息は荒くなる。景色は乱れながら迫ってきて後ろへと素通りしてゆく。知らない場所に気を取られている場合ではなく、ただ逃げる。
「どうしてこうなったんだあああああ」
 分かるはずもない。ただ、他の村が見えてきて、安心して駆け込もうとした。全力疾走委で脚は千切れてしまいそうなほどに痛くて、肺は焼けそうな乾きを感じさせていた。
 目の前にいる農民、それもまた鍬を持った男であった。後ろから大きな声が響く。
「おーい、見つかっちまった」
「ああ!? 侵入者か。殺すぞ」
 そこから再び始まる逃走。幹人は声を上げる余裕すら残っていなかった。

 彼は、おかしな世界に来てしまったようです。
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