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第四幕 異種族の人さらい
紅い貝殻
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海をふたり並んでしばらくの間見つめていた。海の持つ青き美しさには人を惹きつける魅力でもあるのだろうか。少なくともミーナはその魔力に引き留められていた。
一方で紘大はあまりにも単純な下心を垂れ流していた。
――海かあ、美少女ハーレムでみんな水着とかいいよな
そんな下心など見抜くことはできていないであろう、ミーナは紘大の手を取って艶やかな輝きに微笑みを乗せていた。
「きれいな海だよねコウダイくん。私、大好きだよ」
「おう、絶景だな、俺も大好きだぞ」
海に映す景色、波に揺らす想いはそれぞれ違ったものだろう。心を奪うことまでしか揃い切れていなかった。
やがてふたり背を向け森へと入り、街へと戻るべく足を進めた。揃った貝は一体誰が加工するのだろう。紘大の疑問はミーナによってしっかりと丁寧にとかされた。
「街の中に貝を首飾りにしてくれる職人がいるの。大切な婚約の証だから綺麗に作れる職人さんが儲かるんだよ」
頷いて、話を聞き続ける。
「でねでね、今すっごく上手な職人さんがいるんだけどー、この人あんまり評判が良くないんだよね」
ワケあり職人といったところだろうか。ミーナは更に話を紡ぎ続けようとするものの、紘大に止められてしまった。
「ストップ、今から通るぜ近いぜこの音はよ」
森の中にて響き渡って彼らの耳に届くは木を切る例のあの子の立てる音だった。
「もしかして、また可愛い尻尾が」
「ああ、ネコの子が見れるぜ」
それはそれは甘美なる時間。紘大はモチロンのこと、ミーナにまで届く魅力、不思議なかわいらしさだった。
切り倒した木を持ち上げて肩に担いで尻尾を揺らしながら去って行く姿を目にしていた。
「カワイイね、あの子」
「ミーナにも分かるのか、キャワイイよな」
しばらく固まったように動かず見つめ続けていた。ネコ耳と尻尾、動物特有のヒゲにネコ足。
「欲しいぞ、あの子」
「えへへ、なでなでしたい」
止めようとする者など誰もいない、そう、この場にいるのは幼い少女と女を愛するあまりに良し悪しが見えていない青少年だけなのだから。
ネコの子、人とネコが混ざり合ったかわいらしさが見えなくなってしまうと共に動き始めた。ふたりして追いかけ始めたのだった。森を抜け、街の中を進み続けて向かった先、そこに待つのは三人の男だった。
紘大は男たちの首に薄ピンクの貝殻が下がっているのをしっかりと目にした。
――こいつら全員既婚者なんだな
働く男ならば誰でもいいのだろう。紘大の知る日本では結婚の困難な顔と職業を見てこの世界での生きやすさを実感した。
男たちは木を受け取り荷車に乗せる。紘大の知る世界では、マンガやアニメの中では馬や牛が引っ張るものだが、そのようなものは見当たらない。
紘大の頭の内に生まれた嫌な予感。それは消えることなく引っ込むことなく煙のように広がって充たして行く。
――待ってくれ待ってくれ、まさか……まさか
そのまさかは目の前でしっかりと繰り広げられた。荷車をつかむネコの子がそのまま勢い任せに走り始めた。
まるで奴隷のような扱いに紘大は驚き苛立ち男たちを睨みつける。
――あんなの、あんまりだ!!
隣のミーナに目を移すと分かること、この街の住人の彼女も怒りを目に映していた。
「ひどいよ……」
十四歳でしかもまともな教育を受けていない少女にだってわかる簡単なこと。紘大はすぐさまネコの子が視界から消えないように、男たちに気づかれないようについて行く。
ネコの尻尾は力なく垂れていた。
「かわいそうだよ」
ミーナの言葉に完全に同意していた。この扱いを哀れに思う心に過去も未来も時代もなにも関係などなかった。
やがて、木の加工を行う店に二本降ろし、残りを船に木を積み込み、男たちの元へと戻ろうとする。
その時紘大は目にした。恐らくは輸送船の持ち主だろう、顔中に皺の刻まれた男が首に下げる貝殻が燃えるような紅で存在を誇示していたことを。
ネコの子が戻ると共に待っていた男たちが草を口に当ててしかめっ面で吹いて必死な音色を奏でていた。どう見てもどう聴いても下手な演奏だったものの、それでもネコの子は寝転がり丸まって安らぎの貌を浮かべて動きを止めていた。
ネコの子がすやすやと眠る様子を眺めつつ、男たちはため息をついた。
「この前の獣人族の方が使えたな」
「あの時のオオカミの顔した男か。そこのガキの十倍は働いてたな」
「木を十本も切り倒して腕や脇に挟んで抱えてきたのは凄かったよな」
目の前の子が聞いていないと言って本人のいる前で堂々と愚痴を吐く臆病者たち。きっとネコの子の抵抗が始まってしまえばひとたまりもないであろう。
「オオカミの奴とはよく飲んでよく遊んだものだ」
「まさか……北の方の国に持ってかれるとは」
――オオカミの顔……歌が上手いんだろうか
冗談を内で唱えつつも安らぎの咲く表情で眠り込んでいるネコの子を見つめていた。酷い扱いを受けているにも関わらず何故あのような表情で眠ることが出来るのだろうか。不思議でならなかった。
誰にも悟らせないふたりの世界を思わせるひそひそとした会話で確かめてみた。
「ミーナは分かるか? なんであんな顔できるのか」
ミーナはあの男たちを射貫くような目で睨みつけ、憎悪を込めた声で語る。
「くさぶえ、ヒトとケモノの間の姿をした種族には草笛が効果的って言いふらしてたと思う。落ち着く音色で癒されながら眠るんだって」
こんなにヒドイことしてたなんて。ミーナは嘆きながらその場を見届けていた。
☆
一旦離脱、深い不快の権化たる男たちを視界から消し去ってふたりきりで街の植え込みのふちに座っていた。ミーナの曇った表情を見つめながら、背中をさする。優しさに触れながらミーナは顔を上げる。
「ありがとう、コウダイくん」
紘大の目が過去へと向かう。ネコの子が木を積み込んだ船の持ち主、あの男のこと。
「そういえば、あの男が下げてたのは紅かったな」
「それは……」
ミーナの声は震えていた。ネコの子への悲しみ、それだけでは説明のつかない別の震えも混ざっているように思えた。
一方で紘大はあまりにも単純な下心を垂れ流していた。
――海かあ、美少女ハーレムでみんな水着とかいいよな
そんな下心など見抜くことはできていないであろう、ミーナは紘大の手を取って艶やかな輝きに微笑みを乗せていた。
「きれいな海だよねコウダイくん。私、大好きだよ」
「おう、絶景だな、俺も大好きだぞ」
海に映す景色、波に揺らす想いはそれぞれ違ったものだろう。心を奪うことまでしか揃い切れていなかった。
やがてふたり背を向け森へと入り、街へと戻るべく足を進めた。揃った貝は一体誰が加工するのだろう。紘大の疑問はミーナによってしっかりと丁寧にとかされた。
「街の中に貝を首飾りにしてくれる職人がいるの。大切な婚約の証だから綺麗に作れる職人さんが儲かるんだよ」
頷いて、話を聞き続ける。
「でねでね、今すっごく上手な職人さんがいるんだけどー、この人あんまり評判が良くないんだよね」
ワケあり職人といったところだろうか。ミーナは更に話を紡ぎ続けようとするものの、紘大に止められてしまった。
「ストップ、今から通るぜ近いぜこの音はよ」
森の中にて響き渡って彼らの耳に届くは木を切る例のあの子の立てる音だった。
「もしかして、また可愛い尻尾が」
「ああ、ネコの子が見れるぜ」
それはそれは甘美なる時間。紘大はモチロンのこと、ミーナにまで届く魅力、不思議なかわいらしさだった。
切り倒した木を持ち上げて肩に担いで尻尾を揺らしながら去って行く姿を目にしていた。
「カワイイね、あの子」
「ミーナにも分かるのか、キャワイイよな」
しばらく固まったように動かず見つめ続けていた。ネコ耳と尻尾、動物特有のヒゲにネコ足。
「欲しいぞ、あの子」
「えへへ、なでなでしたい」
止めようとする者など誰もいない、そう、この場にいるのは幼い少女と女を愛するあまりに良し悪しが見えていない青少年だけなのだから。
ネコの子、人とネコが混ざり合ったかわいらしさが見えなくなってしまうと共に動き始めた。ふたりして追いかけ始めたのだった。森を抜け、街の中を進み続けて向かった先、そこに待つのは三人の男だった。
紘大は男たちの首に薄ピンクの貝殻が下がっているのをしっかりと目にした。
――こいつら全員既婚者なんだな
働く男ならば誰でもいいのだろう。紘大の知る日本では結婚の困難な顔と職業を見てこの世界での生きやすさを実感した。
男たちは木を受け取り荷車に乗せる。紘大の知る世界では、マンガやアニメの中では馬や牛が引っ張るものだが、そのようなものは見当たらない。
紘大の頭の内に生まれた嫌な予感。それは消えることなく引っ込むことなく煙のように広がって充たして行く。
――待ってくれ待ってくれ、まさか……まさか
そのまさかは目の前でしっかりと繰り広げられた。荷車をつかむネコの子がそのまま勢い任せに走り始めた。
まるで奴隷のような扱いに紘大は驚き苛立ち男たちを睨みつける。
――あんなの、あんまりだ!!
隣のミーナに目を移すと分かること、この街の住人の彼女も怒りを目に映していた。
「ひどいよ……」
十四歳でしかもまともな教育を受けていない少女にだってわかる簡単なこと。紘大はすぐさまネコの子が視界から消えないように、男たちに気づかれないようについて行く。
ネコの尻尾は力なく垂れていた。
「かわいそうだよ」
ミーナの言葉に完全に同意していた。この扱いを哀れに思う心に過去も未来も時代もなにも関係などなかった。
やがて、木の加工を行う店に二本降ろし、残りを船に木を積み込み、男たちの元へと戻ろうとする。
その時紘大は目にした。恐らくは輸送船の持ち主だろう、顔中に皺の刻まれた男が首に下げる貝殻が燃えるような紅で存在を誇示していたことを。
ネコの子が戻ると共に待っていた男たちが草を口に当ててしかめっ面で吹いて必死な音色を奏でていた。どう見てもどう聴いても下手な演奏だったものの、それでもネコの子は寝転がり丸まって安らぎの貌を浮かべて動きを止めていた。
ネコの子がすやすやと眠る様子を眺めつつ、男たちはため息をついた。
「この前の獣人族の方が使えたな」
「あの時のオオカミの顔した男か。そこのガキの十倍は働いてたな」
「木を十本も切り倒して腕や脇に挟んで抱えてきたのは凄かったよな」
目の前の子が聞いていないと言って本人のいる前で堂々と愚痴を吐く臆病者たち。きっとネコの子の抵抗が始まってしまえばひとたまりもないであろう。
「オオカミの奴とはよく飲んでよく遊んだものだ」
「まさか……北の方の国に持ってかれるとは」
――オオカミの顔……歌が上手いんだろうか
冗談を内で唱えつつも安らぎの咲く表情で眠り込んでいるネコの子を見つめていた。酷い扱いを受けているにも関わらず何故あのような表情で眠ることが出来るのだろうか。不思議でならなかった。
誰にも悟らせないふたりの世界を思わせるひそひそとした会話で確かめてみた。
「ミーナは分かるか? なんであんな顔できるのか」
ミーナはあの男たちを射貫くような目で睨みつけ、憎悪を込めた声で語る。
「くさぶえ、ヒトとケモノの間の姿をした種族には草笛が効果的って言いふらしてたと思う。落ち着く音色で癒されながら眠るんだって」
こんなにヒドイことしてたなんて。ミーナは嘆きながらその場を見届けていた。
☆
一旦離脱、深い不快の権化たる男たちを視界から消し去ってふたりきりで街の植え込みのふちに座っていた。ミーナの曇った表情を見つめながら、背中をさする。優しさに触れながらミーナは顔を上げる。
「ありがとう、コウダイくん」
紘大の目が過去へと向かう。ネコの子が木を積み込んだ船の持ち主、あの男のこと。
「そういえば、あの男が下げてたのは紅かったな」
「それは……」
ミーナの声は震えていた。ネコの子への悲しみ、それだけでは説明のつかない別の震えも混ざっているように思えた。
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