異世界風聞録

焼魚圭

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第四幕 異種族の人さらい

輝き

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 青き閃光の斬撃、輝かしき一閃は亡霊をすり抜けた。手ごたえは一切なく、雷が男の身体を通り抜けるのみ。

「なんだそれは」

 ただ過去を半分ほど演じていただけのはずの幽霊の意識が完全に『今』に引き戻される。こうなってしまえば彼にとっての紘大は恩人なのだろうかそれとも恨むべき相手なのだろうか。

「そうか、今のこれが現実か。少年よ、ありがとう」

 恩を感じていたそうだ。紘大はほっと安心のため息をついた。安息というものを感じて先ほど頭をぶつけたテーブルに寄りかかる。幽霊は言葉を続けた。

「礼としてお前の血の色を見せてやろう」

――はあ?
 助けてもらったお礼として殺害を提案するという狂気に紘大は目を見開いた。

「俺には楽しくないが、お前の顔は死にたい、苦しみこそが生きがいだと言っているぞ」
「そんなわけあ」

 幽霊の動きは言葉を斬りつけ紘大の身を飛びのかせた。テーブルの上に乗っかって、人の心も見えない相手を睨みつけた。

「自覚がないようだ、本当は苦しむことが好きなくせに」
「いやだからおかしいだろ」
「優しさを知らない若者め」
「優しさへの礼儀も知らない死人め」

 幽霊が再び振るった腕、その先にあるナイフを受けとめるべく右手に握る雷を振って。交わるそれは見事に透けて紘大の手首から青に照らされた黒い液体が垂れていた。鋭い痛みに右の雷は手放され、左の雷も捨てて手首を押さえる。止まらない痛みはただずっと纏わりついて紘大を責めていた。

「幽霊だから効かねえのはズルいだろ」

 苦悶の中言葉を絞り出しつつ別の可能性も考えていた。雷が効かないだけという悲しき可能性を。
 幽霊は再びナイフを振り回した。大きな動きを止めるべく、テーブルの上にある瓶を放り投げる。それもまたすり抜けて壁にぶつかって独特な鋭い音を立てて沈黙した。
――攻撃がまず通らねえのか
 更に一撃、そこで強大な雷を発生させて全体を照らす。光が通る間に景色が映し出された。誰もいない部屋の壁に六つの燭台、一番奥に掛けられた紅い貝殻の首飾りがふたつ。血に濡れていたであろうそれは乾ききって血と貝殻本体の色の区別すらつかせない。
 自身の下にも小さな燭台を確認したところで輝きは消え、目の前には元の闇と雷の微かな輝きに照らされる幽霊という寂しい景色に戻った。
――どれだけ強い能力でも強さで蹴散らせないなら効かねえわけだ
 思考は危機感を視て加速して、心臓の鼓動も信じられないほどに激しく暴れ狂っていた。
――考えろ、幽霊の弱点を
 幽霊は腕を上げて更なる一撃の準備を整えていた。ここでどうすれば勝てるのか、どうすれば脅威を退けられるのか。
 参って両手を挙げ降参の意を示し上げようとしていた紘大の脳裏に先ほどの景色が浮かび上がる。

 誰もいない景色

 雷によって微かに照らされた景色の破片

 見間違いようもない

 あの幽霊殺人鬼の弱点は紘大の単純な頭脳によって暴き晒されてしまった。
 紘大が次に取った行動、それは細い雷を特定の方向へと素早く放つこと。雷はまっすぐ伸び、曲がって直線を描く。一瞬で描かれる直線の連続で成された曲線、それはまさに紘大の中のイメージ通りの雷の姿。直線は一瞬で描かれて刹那の間を開いて方向を変えて直線を描く。刹那の中継点にたどり着くまでの過程など目には映ることもなく、人の頭では悟らせない速度で進み続けて燭台へ、中の埃溜まりに小さな破裂を加えて火花を散らして炎の明かりを顕現させた。
 続けて紘大は五つの方向へと雷を素早く撃ち、幽霊が与える一撃を跳んで躱した。低い宙から見下ろす年代を感じさせる重々しい雰囲気漂う一室と炎と雷が織り成すおどろおどろしい絶景、そこに幻想好きな年頃の男が感じるものなどおおかた決まり切っていた。
――カッコいい、俺、そこに立ってたんだな
 重力に気取る想いを乗せて、紘大とミーナのふたりの物語の続きを綴り紡ぐべく落ちる。落下、しかしそれだけでは終わらせない。紘大の右手には、雷の魔法が収められていた。

「これが俺の冒険だ! 誰でも邪魔しに来い!」

 テーブルに乗せられた最後の燭台に雷を撃ち込み、最高潮の想いを言葉に乗せて叫び散らした。

「全員蹴散らしてやる!!」

 魂保つための魂の一撃は見事に炎を灯しだし、幽霊の姿は明るみに隠されて行く。音どころか気配を保つことすら許さない。

「明かりの中では存在できないみたいだな」

 明るみの中、閉ざされていた扉を叩く音を耳の端に捉えた。

「ミーナ、離れてくれ、今開けるから」

 そう語りて数秒後、扉はいとも容易く開かれた。先ほどまでの扉の沈黙が嘘のようでミーナは目を見開いていた。

「ミーナ、無事だったか」
「うん、大丈夫。コウダイくんこそどうしたの」

 結果論ではあるものの、隠す必要性などどこにも転がってはいなかったため正直に話すことにした。偽りの棘など遺すことなくありのままを。
 話し終えた紘大を瞬時に出迎えたもの。それはミーナの温かな瞳だった。

「よかった、コウダイくんが戻って来なかったら……私」

 言葉の節に涙を感じて、しかし表情に涙は見えなくて。

 悟った紘大は自然に言葉にしてしまった。心の歯止めよりも速く、零れ落ちていた。

「無理に笑わなくて……いいんだ。素直なミーナが見ていたい」

 ふとミーナの瞳からあふれる潤い、こぼれ落ちる温かみ。「助かって良かった」そう言って紘大の身体に腕を回し、互いに強く熱い想いを持って抱き締め合った。
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