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第五幕 風を嫌う者
お助け
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辺りは厳しい冷気と深くておぞましい闇に包まれて、人々の寝静まる夜という舞台を、虫すら鳴かない静寂という演目を行なっていた。
魔女すら寝静まる夜の闇の中、突如響いてきた木の戸を叩く音に身体を震わせながら目を覚ます。
三人とも目を覚ましたようで、幹人先頭他後ろといった形を取って訪問者の相手をすることとなった。戸を開いて、暗闇の深淵の中を覗き込む。家という一種の結界の向こうに待ち受けていたのは人の影。姿ははっきりとは見えなかったものの、うっすらと伝わる気配が女だと訴えかけていた。
女は幹人の顔すらも見ることなくいきなり話を切りだした。
「お願い、私の友達を助けて!」
寝起きの者の内のふたりは頭がまだ回っていなかったようで、薄い反応をしていた。それを確かめてアナが前へと出て話を繋いだ。
「ん? 何があったんだ?」
「森の方で風船の魔物が……私の友を襲ってきたの!」
それを聞いた途端、寝起きの感覚に意識をはっきりとさせていなかったふたりもきっちりと目を覚ました。
「それは……行かなきゃ、今すぐ」
リリが前へと出ようとしたその時、アナは手でリリを制した。
「風船? 今日のことで防衛本能働いてねえのかよ、おかしくねえか」
アナはそう言ったものの、本当の話であれば一刻を争う事態。リリを止める手を幹人がひとりで乗り越えて女の助けになるべく乗り出した。
「大丈夫、多分今日ずっと森にいて知らなかったとかそういうオチだろうし、すぐに倒して帰るよ」
そう述べる幹人に、リリは松明を託した。
「気を付けて、すぐにでもやっつけて帰って来るんだよ」
それからお楽しみだね、そう付け加えて見送って。
一方でアナは未だに釈然としないものを頭の中で泳がせ続けて十分以上の時を経て、ようやく謎の正体に迫った。
「ヤ……ヤバいぞ」
「どうしたのかい?」
リリの楽観的な姿勢が透けて見える声を耳にして苛立ちを強めながらもどうにか抑えて気づきを示した。
「あの女、あの森を明かりのひとつもなしに抜けて来たってことだろ?」
「確かに、おかしいね」
指摘を受けてようやく分かったのだろう。リリの貌はみるみるうちに青ざめて空気の冷たさに解けて同化して行った。
「あの女、きっと今日のこと見てやがったんだ」
「まさか、信仰者」
その信仰の中では森の脅威でしかない風船のような魔物よりも救世主となりえる風使いの方がはるかに許しがたい存在なのだという事実を想うと共に冷や汗が背筋を心地悪さ全開で流れ落ちた。
そこから彼女らが駆けて行くまで時間はそこまで必要としなかった。
☆
闇の中、深くて暗くて先も見通すことのできない天然の目隠しが人々の目を覆う中、幹人は女が地を踏み鳴らす音だけでどうにかついて来ていた。
「明かり点けないと見えませんよ?」
幹人の言葉に対して女はようやく口を開いた。
「そうね、住民起こしたら悪いと思ってたから消してたけど、そろそろ点けてもいいか」
闇の中から何かを擦る音が微かに聞こえて来た。マッチに火がついて、そこからロウソクに火は移された。小さなそれはロウソクに育て上げられて身体は倍以上の大きさになって輝きはふたりに光を当てて影を伸ばす。足元から黒いものが伸びる様は心の陰を表しているようであった。女は柔らかな体つきで優しい母親を思わせる姿をしていた。クルミ色の髪が火に照らされ薄明るい火に染められてその色を取り入れていた。
「もうすぐ着くわ」
早く行かなければ手遅れになってしまう。速く行かなければ時間に追いつくことなどできない。足を速めて進み、やがて強い火の明かりに照らされたそこでひとりの女が風船のような魔物に襲われていた。
「少し休んでたら襲われて……お願い、助けて」
魔物と戦う銀髪の痩せた女は先端の尖った十字架を思わせる刃物でどうにか立ち向かい、荷物を守っているようだった。
幹人は思い悩む。まず間違いなく目の前の女は風を嫌う教えの信仰者だろう。初めから感謝など求めてはいなかったが、助けた結果排斥されるのは御免だった。
「お願い」
銀髪の女は下に深いくまの刻まれた紫色の瞳を細めて険しい表情を浮かべながら風船の魔物の拳を躱すべく後ろへ飛び退いた。草木を掻き分けたそこには深く暗い穴が見えた。崖、それに気が付いた幹人は思考を捨て去って駆けて、風を練り込み敵に迫る。向かう時に振り向いたそこに立っている女の顔が一瞬だけ恐ろしいニヤけを浮かべたように見えた。
それについて考える暇もなく、風に乗ったような速さで魔物に肉薄して練り込んでいた風を思い切り放ち、破裂させた。
「大丈夫ですか」
訊ねる幹人に返された返事は喉元に突き付けられた十字の刃物だった。
「風の使い手……悪魔の使いめ!!」
火に照らされて闇の中で鋭く輝く刃物はあまりにも強い殺意をむき出しにしていて、幹人に寒気を刺し込んでいた。
――やっぱり、こうなるか
「手荒だな、恩を仇で返すのがお前らの信じる神の教えなのか」
その問いの効果などたかが知れたものだった。女は厚い外套を脱ぎ捨てて、信仰者の黒い服の真ん中の縦線と胸を横切る横線。黒の中の白が交差するそこに手を当てて、鋭い声で言葉を刺した。
「わが神の教えにかけて、恩を売り信仰を崩そうと目論む悪魔の使いを……抹消する!」
幹人はナイフを取り出すと共に振るって十字の刃物を払うように除けて、戦いの構えを取った。
魔女すら寝静まる夜の闇の中、突如響いてきた木の戸を叩く音に身体を震わせながら目を覚ます。
三人とも目を覚ましたようで、幹人先頭他後ろといった形を取って訪問者の相手をすることとなった。戸を開いて、暗闇の深淵の中を覗き込む。家という一種の結界の向こうに待ち受けていたのは人の影。姿ははっきりとは見えなかったものの、うっすらと伝わる気配が女だと訴えかけていた。
女は幹人の顔すらも見ることなくいきなり話を切りだした。
「お願い、私の友達を助けて!」
寝起きの者の内のふたりは頭がまだ回っていなかったようで、薄い反応をしていた。それを確かめてアナが前へと出て話を繋いだ。
「ん? 何があったんだ?」
「森の方で風船の魔物が……私の友を襲ってきたの!」
それを聞いた途端、寝起きの感覚に意識をはっきりとさせていなかったふたりもきっちりと目を覚ました。
「それは……行かなきゃ、今すぐ」
リリが前へと出ようとしたその時、アナは手でリリを制した。
「風船? 今日のことで防衛本能働いてねえのかよ、おかしくねえか」
アナはそう言ったものの、本当の話であれば一刻を争う事態。リリを止める手を幹人がひとりで乗り越えて女の助けになるべく乗り出した。
「大丈夫、多分今日ずっと森にいて知らなかったとかそういうオチだろうし、すぐに倒して帰るよ」
そう述べる幹人に、リリは松明を託した。
「気を付けて、すぐにでもやっつけて帰って来るんだよ」
それからお楽しみだね、そう付け加えて見送って。
一方でアナは未だに釈然としないものを頭の中で泳がせ続けて十分以上の時を経て、ようやく謎の正体に迫った。
「ヤ……ヤバいぞ」
「どうしたのかい?」
リリの楽観的な姿勢が透けて見える声を耳にして苛立ちを強めながらもどうにか抑えて気づきを示した。
「あの女、あの森を明かりのひとつもなしに抜けて来たってことだろ?」
「確かに、おかしいね」
指摘を受けてようやく分かったのだろう。リリの貌はみるみるうちに青ざめて空気の冷たさに解けて同化して行った。
「あの女、きっと今日のこと見てやがったんだ」
「まさか、信仰者」
その信仰の中では森の脅威でしかない風船のような魔物よりも救世主となりえる風使いの方がはるかに許しがたい存在なのだという事実を想うと共に冷や汗が背筋を心地悪さ全開で流れ落ちた。
そこから彼女らが駆けて行くまで時間はそこまで必要としなかった。
☆
闇の中、深くて暗くて先も見通すことのできない天然の目隠しが人々の目を覆う中、幹人は女が地を踏み鳴らす音だけでどうにかついて来ていた。
「明かり点けないと見えませんよ?」
幹人の言葉に対して女はようやく口を開いた。
「そうね、住民起こしたら悪いと思ってたから消してたけど、そろそろ点けてもいいか」
闇の中から何かを擦る音が微かに聞こえて来た。マッチに火がついて、そこからロウソクに火は移された。小さなそれはロウソクに育て上げられて身体は倍以上の大きさになって輝きはふたりに光を当てて影を伸ばす。足元から黒いものが伸びる様は心の陰を表しているようであった。女は柔らかな体つきで優しい母親を思わせる姿をしていた。クルミ色の髪が火に照らされ薄明るい火に染められてその色を取り入れていた。
「もうすぐ着くわ」
早く行かなければ手遅れになってしまう。速く行かなければ時間に追いつくことなどできない。足を速めて進み、やがて強い火の明かりに照らされたそこでひとりの女が風船のような魔物に襲われていた。
「少し休んでたら襲われて……お願い、助けて」
魔物と戦う銀髪の痩せた女は先端の尖った十字架を思わせる刃物でどうにか立ち向かい、荷物を守っているようだった。
幹人は思い悩む。まず間違いなく目の前の女は風を嫌う教えの信仰者だろう。初めから感謝など求めてはいなかったが、助けた結果排斥されるのは御免だった。
「お願い」
銀髪の女は下に深いくまの刻まれた紫色の瞳を細めて険しい表情を浮かべながら風船の魔物の拳を躱すべく後ろへ飛び退いた。草木を掻き分けたそこには深く暗い穴が見えた。崖、それに気が付いた幹人は思考を捨て去って駆けて、風を練り込み敵に迫る。向かう時に振り向いたそこに立っている女の顔が一瞬だけ恐ろしいニヤけを浮かべたように見えた。
それについて考える暇もなく、風に乗ったような速さで魔物に肉薄して練り込んでいた風を思い切り放ち、破裂させた。
「大丈夫ですか」
訊ねる幹人に返された返事は喉元に突き付けられた十字の刃物だった。
「風の使い手……悪魔の使いめ!!」
火に照らされて闇の中で鋭く輝く刃物はあまりにも強い殺意をむき出しにしていて、幹人に寒気を刺し込んでいた。
――やっぱり、こうなるか
「手荒だな、恩を仇で返すのがお前らの信じる神の教えなのか」
その問いの効果などたかが知れたものだった。女は厚い外套を脱ぎ捨てて、信仰者の黒い服の真ん中の縦線と胸を横切る横線。黒の中の白が交差するそこに手を当てて、鋭い声で言葉を刺した。
「わが神の教えにかけて、恩を売り信仰を崩そうと目論む悪魔の使いを……抹消する!」
幹人はナイフを取り出すと共に振るって十字の刃物を払うように除けて、戦いの構えを取った。
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