176 / 244
第七幕 更に待つ再会
声
しおりを挟む
記号や絵、それらはどのような意味を示す文字なのだろう。一切合切理解出来ない奇々怪々な模様たち。それをリリは当然のように読み上げられずに音を上げる。
「こんなもの、読めるわけないわ」
果たして当時の人々でも読むことは出来たのだろうか、儀礼用の装飾文字である可能性はないだろうか、もしかすると遠い未来の果てで生きる人々の目には幹人たちが使っている文字もそう言った不可解なものとして映っているのではないだろうか。時の流れによる壮大な謎に対して大きな神秘を思いながら失われし文字に漂う寂しさを想って、それでもまだまだ引き摺って幹人は絞った思考を声を上げた。
「もしかしたら古代文明!? この先に地下帝国が」
「ないよないよ、男の子の妄想ってカッコ悪いね」
静嬉によって完全否定されてしまった思春期特有の夢のある空想は静かな闇の中へと空しく響いて吸い込まれてなくなって。渋いものを噛み締めたような表情を浮かべながら俯く幹人の隣でリリの想像が繰り広げられていた。
「かつてこの文字を扱った文明があった。栄えた文明は私たちの知る法則性では視ることも出来ない高度な理屈を用いているために誰にも読むことは出来ない。どうしてそのような文明が滅びて文字だけが今の人々にまで残されているのか。滅びた原因は」
「あなたもなの!? ふたりそろってなんなのもうっ!」
砂漠化による文明の崩壊と石板に文字を書くことによる保存と言伝による継承の出来る者、すなわち言葉を知る者はすでにこの世にいない。それらが原因だという一説。その全ては今この場で魔女が考えたロマン溢れる幻想の空想に過ぎなかった。
「ふざけないで早く読み解こうよ」
現実を見ているはずの静嬉ですら現実離れした調査を進めようとしていた。後ろをついて来ている男たちの話によれば少なくともこの文字の意味を知る者はこの国にはいないのだという。リリの話によれば少なくともこの文字の存在を知る者はこの国にしかいなかったのだそうだ。旅行者や魔女の研究の手が回って来てようやく文字の姿が広められたのだという。
「まず自国の文字も読める人の方が少ないんじゃないかしら」
リリの指摘はもっともだ。文字すら読めないことが多く彼らにとってそもそも文字という物そのものが不可解な神秘の記号なのだ。誰も知らない文字よりも身近なはずの文字を知るのが先と言う話は当然、それすら理解出来なければ研究の道に必要なサンプルとしても機能しなかった。手がかりのない記号に対して優しい目を向けてリリは台座に書き込まれた文字たちに言葉を向ける。
「おやすみ、美しい文字たち」
愕然とした幹人は目を見開き口を開き、感情の面では何も目にせず口にせずただ思うだけ。
――諦めた! リリ諦めたよ!
「ふうん、付き合ってられないかな」
そう言って静嬉は台座へと足を踏み入れた。その瞬間、周囲に変化が現れた。静寂は打ち破られて流れて来て辺りを充たす声。その喧騒は静嬉にとってある種の恐怖と懐かしさを運び込む。
「これ……日本語じゃない! どうして」
それも静嬉の知る声がいくつも流れてきていて驚きはますます大きくなるばかりだった。更に変化は生じ続ける。辺りは揺れ、台座の中心に明るい闇が集い続ける。空気に混じったような希薄なものが細々と集って、小さな円が出来ると共に集まり続ける黒くて明るい闇は太く大量に、勢いを増して集い続けて大きな闇が完成した。そこから流れ続ける声はどれもこれもが異界の言葉でリリは首を傾げていた。
「これが幹人たちが住む世界の言葉なのかな、不思議」
ひたすら声が言葉が流れ続ける不思議な闇、リリはそれをしっかりと見つめ、異界へと続く穴なのだと悟った。
「この安定度は……魔力ひとり分で壊れちゃいそうね」
得体の知れない現象でも、魔力を見れば安定度が丸裸となってしまって、見事なまでに頼りない事実が明らかにされた。
「つまり、どちらかしか……入れないの?」
静嬉の問いにただただ頷くばかりだった。
――俺が入っちまえよ
幹人は一歩、踏み出した。
――そうだよ
更に一歩、足を進めて。
――どうせ
踏み込んで、移動手段へと迫る。
――リリのことなんて分かること出来ない
向こうの世界へ、帰ろうとした。その想いが乗り越えるべき問題なのだと気づかずに、知らずの内に逃れようとしていた。
幹人が元の世界へと向かおうとしたその時、引き留める声が強く響いた。
「幹人、待って!!」
それはいつでも幹人の心のほとんどを占める落ち着いた低い声の慌てる姿。いつもの姿は壊されて感情がむき出しになって、すぐさま続きが紡がれていた。
「いやだ、置いて行かないで! まだ、幹人は……最後」
勝手に決められた順番、リリの勝手な心情はその手を伸ばして幹人の手首をつかんでいた。
一方で静嬉は不満を露わにしてリリに意見を出す。
「そんなの、勝手すぎない? 彼が先に行こうって思ったから動いたんでしょ?」
だから止める権利はない、貌がそう言っていた。
リリは眉をひそめて幹人をただ真っ直ぐ見つめ、想いを濃く強く悲しみをも織り交ぜて注ぎ込む。
何が正しい答えなのだろうか、どうすればいいのだろうか、幹人は不機嫌な少女と今にも泣きだしそうな魔女を交互に見つめ、ただ悩みに想いを巡らせ立ち尽くしていた。
「こんなもの、読めるわけないわ」
果たして当時の人々でも読むことは出来たのだろうか、儀礼用の装飾文字である可能性はないだろうか、もしかすると遠い未来の果てで生きる人々の目には幹人たちが使っている文字もそう言った不可解なものとして映っているのではないだろうか。時の流れによる壮大な謎に対して大きな神秘を思いながら失われし文字に漂う寂しさを想って、それでもまだまだ引き摺って幹人は絞った思考を声を上げた。
「もしかしたら古代文明!? この先に地下帝国が」
「ないよないよ、男の子の妄想ってカッコ悪いね」
静嬉によって完全否定されてしまった思春期特有の夢のある空想は静かな闇の中へと空しく響いて吸い込まれてなくなって。渋いものを噛み締めたような表情を浮かべながら俯く幹人の隣でリリの想像が繰り広げられていた。
「かつてこの文字を扱った文明があった。栄えた文明は私たちの知る法則性では視ることも出来ない高度な理屈を用いているために誰にも読むことは出来ない。どうしてそのような文明が滅びて文字だけが今の人々にまで残されているのか。滅びた原因は」
「あなたもなの!? ふたりそろってなんなのもうっ!」
砂漠化による文明の崩壊と石板に文字を書くことによる保存と言伝による継承の出来る者、すなわち言葉を知る者はすでにこの世にいない。それらが原因だという一説。その全ては今この場で魔女が考えたロマン溢れる幻想の空想に過ぎなかった。
「ふざけないで早く読み解こうよ」
現実を見ているはずの静嬉ですら現実離れした調査を進めようとしていた。後ろをついて来ている男たちの話によれば少なくともこの文字の意味を知る者はこの国にはいないのだという。リリの話によれば少なくともこの文字の存在を知る者はこの国にしかいなかったのだそうだ。旅行者や魔女の研究の手が回って来てようやく文字の姿が広められたのだという。
「まず自国の文字も読める人の方が少ないんじゃないかしら」
リリの指摘はもっともだ。文字すら読めないことが多く彼らにとってそもそも文字という物そのものが不可解な神秘の記号なのだ。誰も知らない文字よりも身近なはずの文字を知るのが先と言う話は当然、それすら理解出来なければ研究の道に必要なサンプルとしても機能しなかった。手がかりのない記号に対して優しい目を向けてリリは台座に書き込まれた文字たちに言葉を向ける。
「おやすみ、美しい文字たち」
愕然とした幹人は目を見開き口を開き、感情の面では何も目にせず口にせずただ思うだけ。
――諦めた! リリ諦めたよ!
「ふうん、付き合ってられないかな」
そう言って静嬉は台座へと足を踏み入れた。その瞬間、周囲に変化が現れた。静寂は打ち破られて流れて来て辺りを充たす声。その喧騒は静嬉にとってある種の恐怖と懐かしさを運び込む。
「これ……日本語じゃない! どうして」
それも静嬉の知る声がいくつも流れてきていて驚きはますます大きくなるばかりだった。更に変化は生じ続ける。辺りは揺れ、台座の中心に明るい闇が集い続ける。空気に混じったような希薄なものが細々と集って、小さな円が出来ると共に集まり続ける黒くて明るい闇は太く大量に、勢いを増して集い続けて大きな闇が完成した。そこから流れ続ける声はどれもこれもが異界の言葉でリリは首を傾げていた。
「これが幹人たちが住む世界の言葉なのかな、不思議」
ひたすら声が言葉が流れ続ける不思議な闇、リリはそれをしっかりと見つめ、異界へと続く穴なのだと悟った。
「この安定度は……魔力ひとり分で壊れちゃいそうね」
得体の知れない現象でも、魔力を見れば安定度が丸裸となってしまって、見事なまでに頼りない事実が明らかにされた。
「つまり、どちらかしか……入れないの?」
静嬉の問いにただただ頷くばかりだった。
――俺が入っちまえよ
幹人は一歩、踏み出した。
――そうだよ
更に一歩、足を進めて。
――どうせ
踏み込んで、移動手段へと迫る。
――リリのことなんて分かること出来ない
向こうの世界へ、帰ろうとした。その想いが乗り越えるべき問題なのだと気づかずに、知らずの内に逃れようとしていた。
幹人が元の世界へと向かおうとしたその時、引き留める声が強く響いた。
「幹人、待って!!」
それはいつでも幹人の心のほとんどを占める落ち着いた低い声の慌てる姿。いつもの姿は壊されて感情がむき出しになって、すぐさま続きが紡がれていた。
「いやだ、置いて行かないで! まだ、幹人は……最後」
勝手に決められた順番、リリの勝手な心情はその手を伸ばして幹人の手首をつかんでいた。
一方で静嬉は不満を露わにしてリリに意見を出す。
「そんなの、勝手すぎない? 彼が先に行こうって思ったから動いたんでしょ?」
だから止める権利はない、貌がそう言っていた。
リリは眉をひそめて幹人をただ真っ直ぐ見つめ、想いを濃く強く悲しみをも織り交ぜて注ぎ込む。
何が正しい答えなのだろうか、どうすればいいのだろうか、幹人は不機嫌な少女と今にも泣きだしそうな魔女を交互に見つめ、ただ悩みに想いを巡らせ立ち尽くしていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる