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第八幕 日ノ出ズル東ノ国
風吹かぬ
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張り詰めた空気の中、向き合うふたりの間では殺気を打ち合い火花を散らしていた。胸ぐらをつかむ武士は圧倒的な威圧を持っていた。
「貴様は今、何と申した」
緊迫の刻、来たれり。襲い掛かるように圧し掛かりねじ込まれる威圧感に負けるものかと声を上げ、真実を告げない。
「拙者はその恥晒しの始末を取る責任感すら持ち合わせぬ貴様の腹を切って申そうと言ったのだ」
広々とした畳の部屋の中でも彼が座っていたそこ、その場に置いてあった煎り酒によって味付けられた団子。きっとその味に惹かれてついつい言葉が心を引いて出てきてしまったのだろう。そうした美しき想いの庭にならず者の侵入を許すつもりなどさらさらないそうだ。
綱に張りつめられた空気感は今か今かと破裂の刻を待っている。客の武士たちはみな、この状況をひとつの娯楽なのだと思い込んでいた。
「そうか、此岸から彼岸まで渡る船賃は用意しているであろうな」
六文、きっとそうだ。幹人は所々その頭に刻み込まれた知識を見いだしつつ、黙り込んで見つめていた。
「そのようなもの、必要ありはしまい。貴様こそ、彼方へと渡りし刻に落として泳ぎ渡る羽目を見なければいいな」
決して譲る気のない争い。貌を窺うにリリはあからさまに彼らの意地に対して大きな呆れを持っていた。それはやがて盛大なため息と成って零れ落ちた。
「貴様、何たる無礼を!」
――下らないわ
争いの理由も心も何もかもが低質に思えた。果たしてこうした人物を成熟した大人と呼ぶことは出来るものだろうか。
「ここの少年を見てみな。あなたたちよりもよっぽど落ち着いてるわ。これこそがオトナと呼ぶべき者ものじゃないかしら」
目の前にいるふたりは姿や恰好ばかりが立派なだけの童にしか見えない。それがリリの本心だった。
――俺、巻き込まれちゃうの?
幹人は目を見開いて口を開いて黙り込んでいた。どう足掻いても巻き込まれる流れでしかなかった。
「ほう、そ奴が大人とな。では、太刀打ちできるか試して致そう」
リリはますます嘆息の想いを積もらせるばかり。積雪は未だ来ずとも心に呆れの感情を雪として積もらせる。濁った感情を凍てつかせた雪は、その成り行きの通り濁りに充ちていた。
「そういうことじゃないのだけど……どうして強さでばかり測ろうとするのかしら、バカばかりなのかしら?」
幹人もまた、リリに同意して頷いていた。人を守る強さは欲しくても、人を傷つけることで手に入れる強さなど欲の欠片も手も伸びない。
「まあいいわ、幹人が成敗してくれるものね」
驚きあきれてリリに顔を向けた。
――俺がやるのかよ!!
素早く手早くお仕舞いにすることに決めた。卑怯だろうと何でも構わない、魔法を使って追い払うつもりでいた。そう、真剣勝負だ、真剣に己の武具を扱うだけの話だった。
威圧的な男が刀を抜くと共に幹人は魔力を練り、風を放出しようとした。そうして現れる魔力は殆どまばらの空っぽで、そよ風を吹かせるのみに終わっていた。
幹人は自身の手を見つめ、信じられない光景に目を移した。
――魔法が……使えない!?
なに故であろうか、分からないものの、もう一度、これまでの感覚を思い出しながら風を撃とう、その意志を存分に奮い立たせて魔力を放つものの、それでもなお、風は横凪にはなれない横吹く優しい微かな風にしか成れなかった。
男が刀を振り上げる。このままでは終わりだと、命の終焉を悟ったその時、幹人の頭上から強烈な風が吹いて男の手に無数の切り傷を刻み込む。幹人の頭の上では激しく耳を振る魔獣がいて、助太刀に入ったようだった。
「ありがとう、リズ」
幹人の想像をはるかに上回る卑怯具合で、男たちの思う誇りとやらを捨て去り命を拾い上げたのだった。そこから男は白目を剥いて意識を引っ込めて、大きな倒れ込み大きな地響きを巻き起こして。その様、最後の最後まで他者さまに迷惑をかけて夢の世界へと旅立ったのだ。
不測の事態に大いなる疑問を覚えて幹人はリリに訊ねる。
「魔法が使えなかったんだけど」
リリもまた、首を傾げて訊ねていた。
「どうして魔法が使えなかったんだろうね」
分からないことはいくらでもあったようで、深く濃い霧に、雪に視界を覆われたような不明瞭で不透明な疑問を抱き続ける他なく。
「魔女としても分からないだなんてね」
しかし、魔女のリリや魔獣のリズは魔法をごくごく普通の当たり前のように扱っていた。不明はあまりにも大きくて、その上自身が役にも立たないという状況に落ち込み苦しみに喉を締めていた。
こうしたやり取りに割って入る女がいた。
「まあお強い御方。惚れ惚れしちゃいますね」
「ふふっ、私の自慢の彼氏の可愛さに惚れてしまいな」
これまで数多の男を惚れさせてきた女から別の意味での惚れ惚れ、妙な気分で迎えた心情を抱え続けて話を繋ぐ。
「ため息ついてましたけど、慣れたことなんですか?」
女は疲れ果てた表情を浮かべながら話した。
「ええ、ここはどうしても武士が集まってくるからこういった争いが絶えなくて」
この店を支持する層は血の気が多いようだった。
「凶暴で女目的……動物かしら」
中々に厳しい発言を溶かしこむリリの様子が自然と伝わって来て、幹人の背筋に流れる冷や冷やは留まることを完全に忘却していた。
「お客様にそういうこと言わないの。ですが店の争いを鎮める人は欲しいわ」
そこから流れてきた不意の言葉に、幹人は喜びを得た。
「よろしければ、ウチで、『甘味処 きんとん』で、働いてください」
そうしてどうにか職を手に入れたのだった。
「貴様は今、何と申した」
緊迫の刻、来たれり。襲い掛かるように圧し掛かりねじ込まれる威圧感に負けるものかと声を上げ、真実を告げない。
「拙者はその恥晒しの始末を取る責任感すら持ち合わせぬ貴様の腹を切って申そうと言ったのだ」
広々とした畳の部屋の中でも彼が座っていたそこ、その場に置いてあった煎り酒によって味付けられた団子。きっとその味に惹かれてついつい言葉が心を引いて出てきてしまったのだろう。そうした美しき想いの庭にならず者の侵入を許すつもりなどさらさらないそうだ。
綱に張りつめられた空気感は今か今かと破裂の刻を待っている。客の武士たちはみな、この状況をひとつの娯楽なのだと思い込んでいた。
「そうか、此岸から彼岸まで渡る船賃は用意しているであろうな」
六文、きっとそうだ。幹人は所々その頭に刻み込まれた知識を見いだしつつ、黙り込んで見つめていた。
「そのようなもの、必要ありはしまい。貴様こそ、彼方へと渡りし刻に落として泳ぎ渡る羽目を見なければいいな」
決して譲る気のない争い。貌を窺うにリリはあからさまに彼らの意地に対して大きな呆れを持っていた。それはやがて盛大なため息と成って零れ落ちた。
「貴様、何たる無礼を!」
――下らないわ
争いの理由も心も何もかもが低質に思えた。果たしてこうした人物を成熟した大人と呼ぶことは出来るものだろうか。
「ここの少年を見てみな。あなたたちよりもよっぽど落ち着いてるわ。これこそがオトナと呼ぶべき者ものじゃないかしら」
目の前にいるふたりは姿や恰好ばかりが立派なだけの童にしか見えない。それがリリの本心だった。
――俺、巻き込まれちゃうの?
幹人は目を見開いて口を開いて黙り込んでいた。どう足掻いても巻き込まれる流れでしかなかった。
「ほう、そ奴が大人とな。では、太刀打ちできるか試して致そう」
リリはますます嘆息の想いを積もらせるばかり。積雪は未だ来ずとも心に呆れの感情を雪として積もらせる。濁った感情を凍てつかせた雪は、その成り行きの通り濁りに充ちていた。
「そういうことじゃないのだけど……どうして強さでばかり測ろうとするのかしら、バカばかりなのかしら?」
幹人もまた、リリに同意して頷いていた。人を守る強さは欲しくても、人を傷つけることで手に入れる強さなど欲の欠片も手も伸びない。
「まあいいわ、幹人が成敗してくれるものね」
驚きあきれてリリに顔を向けた。
――俺がやるのかよ!!
素早く手早くお仕舞いにすることに決めた。卑怯だろうと何でも構わない、魔法を使って追い払うつもりでいた。そう、真剣勝負だ、真剣に己の武具を扱うだけの話だった。
威圧的な男が刀を抜くと共に幹人は魔力を練り、風を放出しようとした。そうして現れる魔力は殆どまばらの空っぽで、そよ風を吹かせるのみに終わっていた。
幹人は自身の手を見つめ、信じられない光景に目を移した。
――魔法が……使えない!?
なに故であろうか、分からないものの、もう一度、これまでの感覚を思い出しながら風を撃とう、その意志を存分に奮い立たせて魔力を放つものの、それでもなお、風は横凪にはなれない横吹く優しい微かな風にしか成れなかった。
男が刀を振り上げる。このままでは終わりだと、命の終焉を悟ったその時、幹人の頭上から強烈な風が吹いて男の手に無数の切り傷を刻み込む。幹人の頭の上では激しく耳を振る魔獣がいて、助太刀に入ったようだった。
「ありがとう、リズ」
幹人の想像をはるかに上回る卑怯具合で、男たちの思う誇りとやらを捨て去り命を拾い上げたのだった。そこから男は白目を剥いて意識を引っ込めて、大きな倒れ込み大きな地響きを巻き起こして。その様、最後の最後まで他者さまに迷惑をかけて夢の世界へと旅立ったのだ。
不測の事態に大いなる疑問を覚えて幹人はリリに訊ねる。
「魔法が使えなかったんだけど」
リリもまた、首を傾げて訊ねていた。
「どうして魔法が使えなかったんだろうね」
分からないことはいくらでもあったようで、深く濃い霧に、雪に視界を覆われたような不明瞭で不透明な疑問を抱き続ける他なく。
「魔女としても分からないだなんてね」
しかし、魔女のリリや魔獣のリズは魔法をごくごく普通の当たり前のように扱っていた。不明はあまりにも大きくて、その上自身が役にも立たないという状況に落ち込み苦しみに喉を締めていた。
こうしたやり取りに割って入る女がいた。
「まあお強い御方。惚れ惚れしちゃいますね」
「ふふっ、私の自慢の彼氏の可愛さに惚れてしまいな」
これまで数多の男を惚れさせてきた女から別の意味での惚れ惚れ、妙な気分で迎えた心情を抱え続けて話を繋ぐ。
「ため息ついてましたけど、慣れたことなんですか?」
女は疲れ果てた表情を浮かべながら話した。
「ええ、ここはどうしても武士が集まってくるからこういった争いが絶えなくて」
この店を支持する層は血の気が多いようだった。
「凶暴で女目的……動物かしら」
中々に厳しい発言を溶かしこむリリの様子が自然と伝わって来て、幹人の背筋に流れる冷や冷やは留まることを完全に忘却していた。
「お客様にそういうこと言わないの。ですが店の争いを鎮める人は欲しいわ」
そこから流れてきた不意の言葉に、幹人は喜びを得た。
「よろしければ、ウチで、『甘味処 きんとん』で、働いてください」
そうしてどうにか職を手に入れたのだった。
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