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花瓶の件から1週間近くが経過した。春斗は白いベッドにて歩く事すら許されない吊るされた脚を見て、現実から目を逸らす。そう、窓の方へと。
広がる青空の上から陽の光は差し込み、柔らかそうな雲は優雅に泳ぎ、鳥たちは滑るように泳いで行く。その様はまさに海のようで美しくもしかしどこか物足りない海は寂しくもある。
ーまるで秋男や冬子がいない今の俺みたいだよー
そんな想いを振り払うべく春斗は昨日の冬子との関わりを思い出す。そう、確か家の鍵を貸したはずである。本人曰く、危険を排除する。恐らく花瓶を割りにでも行くのであろう。心霊現象に首を突っ込む割には基本的に対処が出来ない所詮は一般人な3人。そんな人物たちでもそのくらいは出来る、との事。
暇なあまり春斗は母が見舞いに来た際に持って来たみつ豆ゼリーを食べ始める。
透明なゼリーの中に黄色の四角と豆が2つ。小さくて具もあまり入っていないゼリーの姿はまるで甘い水に可愛らしい飾りを沈めたようで、春斗はそれを愛おしく想いながらプラスチックのスプーンで掬って食べる。
そんな春斗は周りの大人しさに驚くばかりであった。
他にも5人ほどのけが人病人が同じ室内にいるはずが不自然な程に静かなのである。看護師に訊ねたところ、「何かの気配でも感じているのでしょう。この病院出ますから」等と洒落にならないお話をいただいたのであった。
ーなんで霊のせいで入院したのに更に霊に会わなきゃいけないんだよー
そんな事を思い出して肩を落として項垂れる春斗の肩を叩く小さな手。慣れていないのかぎこちなく感じる触り方の癖には完全に慣れていた。
「もしや」
そのもしやは大正解であった。顔を上げたその場、その目に入るのは相変わらずの目付きの悪さと目のクマ。
「よっ、暇してたろ」
「冬子待ってたよ。嫌に静かで嫌だったんだ」
そこから始まる冬子の報告。
「普通に花瓶割って捨てて来た。あとここさ、出るな。この前はたまたまと思ったけど、この部屋で出る」
その報告に春斗は身を震わせた。
「やめて欲しかったよ」
「あんなやつらに命持ってかれないようにこれでも食べて元気出せ」
そう言って冬子が手渡した物、それは水色のゼリーであった。文字通りの水を連想させる姿の中に緑色の葉っぱのようよな物に赤と黒の金魚。ゼリーという名の小さな可愛い金魚鉢であった。
「俺こういうのが好きと思われてるのかな」
「嫌いか?」
「いや好きだけど」
その言葉に冬子はご満悦の様子であった。次に冬子は鞄より本を取り出した。
「あのバカから。私は絶対やめとけって言ったのにな」
「シャレにならないんだけど」
それはこの場で読むと実に雰囲気が出るであろう病院の怪談の本であった。
☆
空はすっかり夜の色に染め上げられているであろう。星の泡たちが浮かぶ空の下、と言いたいところであるが病室の窓のカーテンが閉まっていて例え自身とベッドを囲むカーテンを開けたとしても見えないであろう。
春斗は思い出した。昨日と今日、ふたり揃って水を連想させるようなゼリーを持って来た。水……水場。それは幽霊が集まりやすい場所。まさにこの病室の事ではないだろうか。近くに霊が来ることは分かっている。霊が現れるのだ。連想は止まらない。恐怖は加速して思考の色を心の色を墨のような暗闇で染め上げていくのだ。
ーダメだ、違う事を考えろー
思考の色を変えようと試みる。今日は空を眺めていた。その上の宇宙とはとても広いもので様々な星が浮かんでいて、地球は有象無象の惑星の中でも極めて稀である生物の住まう星。中に人々を閉じ込めた青い球体はアクアリウムのよう。
ー違う、怖っー
思考の色はすぐに恐怖を孕む連想へと流れて行く。流れる。恐怖の漂流。
ー違うんだ、やめてくれー
恐怖は更なる恐怖を呼んでくる。果たしてその個人で完結した恐怖は外側のモノまで呼び寄せるのだろうか。幸い、そうではなかった。
だが、その感情が何者かをいつもよりも過敏に捉えていたのも事実。
呻き声が微かに聞こえる。かつて生きていた者が最期の怨みを呻いている。
あの子に……会い……たかっ……た。
どう……して
来て……くれな……い……
無念の呻きは恐ろしく悲しい。春斗は言葉を失い、考える事すら出来ないでいた。
うぅ……会……い…………た…………
そう呻いて春斗の隣りのベッドへ、近寄って行く幽霊。春斗はカーテン越しで姿が見えないにも関わらず恐怖を感じていた。怪談の本。あれを読む気にはなれなかった。しばらくは怪現象から遠ざかっていたかった。それは叶わぬ話だった。
隣りで寝ている人物が足を激しくばたつかせて叫ぶ。
「引っ張るな! やめろ」
ナースコールを鳴らしたのだろう。外から靴が床を不規則に叩く音が響いていた。
病室のドアは開き、看護師たちが入って来たのが隙間から見えた。
「やめてくれ! 死にたくない」
男の叫びはあまりにも悲痛で耳を塞ぎたくなった。
やっと……一緒に……
その呻きと共に春斗は感じた。霊の気配がふたつに増えて病室を出て行ったその様を。
隣りでは看護師たちが処置を施しているものの、もう既にそこに生命は残されていないのだろう。
彼はあの世に連れ去られてしまったのだから。
広がる青空の上から陽の光は差し込み、柔らかそうな雲は優雅に泳ぎ、鳥たちは滑るように泳いで行く。その様はまさに海のようで美しくもしかしどこか物足りない海は寂しくもある。
ーまるで秋男や冬子がいない今の俺みたいだよー
そんな想いを振り払うべく春斗は昨日の冬子との関わりを思い出す。そう、確か家の鍵を貸したはずである。本人曰く、危険を排除する。恐らく花瓶を割りにでも行くのであろう。心霊現象に首を突っ込む割には基本的に対処が出来ない所詮は一般人な3人。そんな人物たちでもそのくらいは出来る、との事。
暇なあまり春斗は母が見舞いに来た際に持って来たみつ豆ゼリーを食べ始める。
透明なゼリーの中に黄色の四角と豆が2つ。小さくて具もあまり入っていないゼリーの姿はまるで甘い水に可愛らしい飾りを沈めたようで、春斗はそれを愛おしく想いながらプラスチックのスプーンで掬って食べる。
そんな春斗は周りの大人しさに驚くばかりであった。
他にも5人ほどのけが人病人が同じ室内にいるはずが不自然な程に静かなのである。看護師に訊ねたところ、「何かの気配でも感じているのでしょう。この病院出ますから」等と洒落にならないお話をいただいたのであった。
ーなんで霊のせいで入院したのに更に霊に会わなきゃいけないんだよー
そんな事を思い出して肩を落として項垂れる春斗の肩を叩く小さな手。慣れていないのかぎこちなく感じる触り方の癖には完全に慣れていた。
「もしや」
そのもしやは大正解であった。顔を上げたその場、その目に入るのは相変わらずの目付きの悪さと目のクマ。
「よっ、暇してたろ」
「冬子待ってたよ。嫌に静かで嫌だったんだ」
そこから始まる冬子の報告。
「普通に花瓶割って捨てて来た。あとここさ、出るな。この前はたまたまと思ったけど、この部屋で出る」
その報告に春斗は身を震わせた。
「やめて欲しかったよ」
「あんなやつらに命持ってかれないようにこれでも食べて元気出せ」
そう言って冬子が手渡した物、それは水色のゼリーであった。文字通りの水を連想させる姿の中に緑色の葉っぱのようよな物に赤と黒の金魚。ゼリーという名の小さな可愛い金魚鉢であった。
「俺こういうのが好きと思われてるのかな」
「嫌いか?」
「いや好きだけど」
その言葉に冬子はご満悦の様子であった。次に冬子は鞄より本を取り出した。
「あのバカから。私は絶対やめとけって言ったのにな」
「シャレにならないんだけど」
それはこの場で読むと実に雰囲気が出るであろう病院の怪談の本であった。
☆
空はすっかり夜の色に染め上げられているであろう。星の泡たちが浮かぶ空の下、と言いたいところであるが病室の窓のカーテンが閉まっていて例え自身とベッドを囲むカーテンを開けたとしても見えないであろう。
春斗は思い出した。昨日と今日、ふたり揃って水を連想させるようなゼリーを持って来た。水……水場。それは幽霊が集まりやすい場所。まさにこの病室の事ではないだろうか。近くに霊が来ることは分かっている。霊が現れるのだ。連想は止まらない。恐怖は加速して思考の色を心の色を墨のような暗闇で染め上げていくのだ。
ーダメだ、違う事を考えろー
思考の色を変えようと試みる。今日は空を眺めていた。その上の宇宙とはとても広いもので様々な星が浮かんでいて、地球は有象無象の惑星の中でも極めて稀である生物の住まう星。中に人々を閉じ込めた青い球体はアクアリウムのよう。
ー違う、怖っー
思考の色はすぐに恐怖を孕む連想へと流れて行く。流れる。恐怖の漂流。
ー違うんだ、やめてくれー
恐怖は更なる恐怖を呼んでくる。果たしてその個人で完結した恐怖は外側のモノまで呼び寄せるのだろうか。幸い、そうではなかった。
だが、その感情が何者かをいつもよりも過敏に捉えていたのも事実。
呻き声が微かに聞こえる。かつて生きていた者が最期の怨みを呻いている。
あの子に……会い……たかっ……た。
どう……して
来て……くれな……い……
無念の呻きは恐ろしく悲しい。春斗は言葉を失い、考える事すら出来ないでいた。
うぅ……会……い…………た…………
そう呻いて春斗の隣りのベッドへ、近寄って行く幽霊。春斗はカーテン越しで姿が見えないにも関わらず恐怖を感じていた。怪談の本。あれを読む気にはなれなかった。しばらくは怪現象から遠ざかっていたかった。それは叶わぬ話だった。
隣りで寝ている人物が足を激しくばたつかせて叫ぶ。
「引っ張るな! やめろ」
ナースコールを鳴らしたのだろう。外から靴が床を不規則に叩く音が響いていた。
病室のドアは開き、看護師たちが入って来たのが隙間から見えた。
「やめてくれ! 死にたくない」
男の叫びはあまりにも悲痛で耳を塞ぎたくなった。
やっと……一緒に……
その呻きと共に春斗は感じた。霊の気配がふたつに増えて病室を出て行ったその様を。
隣りでは看護師たちが処置を施しているものの、もう既にそこに生命は残されていないのだろう。
彼はあの世に連れ去られてしまったのだから。
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