断末魔の残り香

焼魚圭

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廃塾への潜入

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 秋男の家の中、あの箱に映像が映されていた。秋男、春斗、冬子の3人はテレビの映像をそれぞれに違う想いを持って眺めていた。それは心霊番組。以前秋男が投稿するぞと張り切って学校に忍び込んだものの、到底番組に採用されるものではないような映像が撮れてしまって結局ボツにしたというその映像を投稿する予定だった番組。その番組では今、江戸時代の霊だとかそのような事を言ってゲストたちが和服の霊に怯えていたのであった。
「和服の霊とかぶっちゃけ不自然じゃね?」
 テレビの前でそう言ったのは秋男。その企画を小馬鹿にしたような目で見ていた。
 冬子はその言葉に異を唱える。
「その時代の霊だから当たり前だ」
 そして言葉は続けられる。
「お前の常識に縛られるなよ。例えばスカートをはいた女子高生の霊。当たり前だと思うだろ」
 春斗は頷き、秋男は鼻で笑う。
「今は当たり前でもこれから制服のズボンとスカートの選択の自由化を進めて行こうって声が上がってる」
「で?」
「完全に選べるようになってから数十年後、『今』の時代に没した女子高生の霊たちが出た時、常識に囚われた者はみな、こう言うだろう」
 次の言葉が今の秋男の愚かさを表していた。
「『女子が全員スカートなのはおかしい』とな」
 秋男はそれを聞いて特に感心するわけでもなければ反論する事もなく話題をズラした。
「女子高生つったら火事で燃えた塾知ってるか」
 それは数年前の事。ある場所で学習塾が火事になり、何名もの塾講生が死んだのだということ。秋男は得意げな表情で続けた。
「お前らは無くなったと思ってるだろうけどな、実はそこ、残ってんだ」
 冬子はため息をついた。後の言葉は聞くまでもなく想像がついたのだから。



 車は夜道を走る。正面の闇を地面を頼りない光で照らして進んで行く。
 秋男は塩を持っていた。
「おい春斗、何持ってっか確認しといてくれ」
 春斗は車の後部座席で持ち物を探る。
 数珠に懐中電灯にマッチ。
「なんでマッチが」
 春斗は想像した。塾の霊たちに囲まれた秋男が得意げな表情で「この塾もう一度燃やしてやるぜ。お前らもう1回焼けちまいな、焼肉パーティだぜ」と言ってマッチに火をつけてどこからか手に入れた灯油を撒き散らしたその床に落とすその瞬間を。
「秋男もしかして塾燃やす気じゃ」
「面白そうだがそれじゃ俺らも断末魔の残り香とやらの仲間入りだぜ?」
 冬子は訊ねた。
「何でそんなもの持ってきた」
 その答えは単純明快。
「懐中電灯が壊れた時のためだ」
 頼りない明かり、車のライトの比にならない程の頼りなさ。それを代用品にしようとした秋男の愚かさに冬子は盛大なため息をついた。
 そして車は歩みを止めた。
「着いたぞ」
 恐らく青のビニールシートが被せてあるのだろう。シートは汚れて埃かぶってシワだらけで所々が破れていてあまりにも無様。
 3人はシートの下の方でそれをめくって廃墟化した塾へと忍び込んでいく。
 時の流れが置いて行ってしまった煤だらけの塾。それは過去に燃えた人々の姿を思わせてあまりにも大きな悲しみを与えてくる。
 そんな冬子の想いなど知らずなのか気付かずなのか、秋男は底抜けに明るかった。
「暗いな! 窓の外からの光がお化けに見えるぜ」
 春斗は窓を見た。ビニールシートが裂けて顕になっている外からは街灯の丸い光が映り込み、確かに霊のようにも見えた。
 そんな会話の中で冬子だけは意識を集中させて辺りの空気を感じていた。
「断末魔の残り香が……」
 焦げた廊下、煤だらけの壁、そこに人が立っていた。少年。それはただひたすら憎悪を込めた視線で秋男を睨み付けていた。
「んだ? 何もして来ねえのか。消えろ」
 そう言って秋男は立方体の岩塩を掴み少年に投げつけた。塩は放物線を描き、闇の中を進み少年に当たる。それの行く末来る末を見届けた少年は岩塩が当たった頭から溶けて消えて行くのであった。
「効いてんな!」
 調子に乗った秋男は走って行く。
「待てバカ」
 そう叫び呼び止めようとするも秋男の心には冬子の声など届きやしない。
 秋男は走って教室のドアを開けて叫んだ。
「先手必勝悪霊退散!」
 岩塩を種のように撒いていく。雑に投げて撒いていく。様々な生徒の霊たちがいたがみな消えたり引っ込んだり、とにかくいなくなっていく。しかし、それでも霊たちは次から次へと湧いてくる。
「キリがねぇな」
 そう言って秋男は外へ出てドアを閉める。そして振り返り冬子に叫んだ。
「霊がたくさん出たぞ」
「逃げろ、下手に立ち向かうな」
「塩ありゃ楽勝。ナメクジみてえに溶けて行きやがったぜ」
 そう言って岩塩の入った袋を持ち上げる秋男はその軽さに大いに驚いた。
「残り少ねえじゃねえか」
 結局ここで彼が取る行動などただそれだけ。
「逃げるぞ」
 そして3人は走る。視界の悪いその場所、次から次へとドアが開き出てくる幽霊たち、実は大ピンチだったのだ。
 3人は出口へと戻ってきた。
「よし」
 しかし、出口を塞ぐように立つ少女がいた。その少女は3人を目だけで射て殺そうとしているのかこれまでの比にならない怨みの笑みを浮かべていた。
 秋男は霊に対して岩塩を放り投げた。それは少女の霊に当たる。がしかし、それはなにか知らないのだろうか、少女はより一層憎い様子を見せて顔をくしゃくしゃにねじ曲げる。
 秋男は塩を全てなげるも少女にはただの物体としか思っていないのか、避けもしなければ叫びもせず、ゆっくりと近付いてくる。秋男と冬子と共にいる春斗は後ろを振り返る。なんと生徒たちが追ってきていた。

 地獄へ引きずり込まれる

 そんなことを思いながら怯える春斗。そんな時を経るにも右からは大軍、左からは少女がそれぞれの無念を胸に近付いてくる。
 冬子は目付きの悪い瞳である所を睨み付けて言った。
「ふたりとも、窓を割って逃げるぞ」
 窓に思い切り懐中電灯を叩き付ける冬子。ひび割れた窓はまだ模様が入った程度。そうして懐中電灯で窓を叩く冬子から秋男は懐中電灯を奪い取って殴りつけるように窓をそれで叩く。そうしてようやく割れた窓から3人は外へと飛び出した。春斗は逃げ際に人々の怨嗟の声を聞いて恐怖を抱きながら走るのであった。



「なんだよあれ」
 雑草の生えた道路に立って肩で息をする汗まみれの秋男のその一言に冬子は推測を披露する。
「塩なんて元々古事記でイザナギが黄泉から戻ってきた時に海水で清めたから清めの効果があると言われてる。それがいつしか塩で浄化するということだけが知識として伝わって行って、やがてそれすら知らない人が現れた。さっきの女子高生だな」
 冬子は次の言葉で全てを括った。
「まさに常識に囚われるなってことだな」
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